Part 01:
菜央(冬服):
とりあえず、必要な食材は全部買えて良かったわね。あとは腕によりをかけて、ご馳走を作らなくちゃ。
菜央(冬服):
そういえば、今日のホームパーティー向けに新作のゲームソフトを見つけてきたわ。操作は簡単だから、美雪もきっと楽しめるはずよ。
美雪(冬服):
…………。
菜央(冬服):
美雪? ちょっと、美雪ってば。
美雪(冬服):
っ……おぅ、びっくりした。なに? どしたの?
菜央(冬服):
それはあたしの台詞よ。さっきからずっと浮かない顔をして……どこか身体の具合でも悪かったりするの?
美雪(冬服):
いや、そんなことないよ。今日は陽が出ててあったかいから、外を出歩いてもわりと平気だしねー。
美雪はそう言って、おそらく安心させるためかことさらに明るい笑みを浮かべてみせる。
……ただ、その表情から本心をごまかそうとしていることに気づかないほど、あたしと彼女の関係は浅いわけではない。
菜央(冬服):
……。そういえば、もうすぐ高校受験よね。志望校をどこにしたのかは聞いてなかったけど、今の時期だともう決まってるんでしょ?
美雪(冬服):
…………。
菜央(冬服):
美雪、聞いてるの?
美雪(冬服):
えっ……? あぁ、ごめん。今のは話を聞いてなかったんじゃなくて、その……。
菜央(冬服):
ぼーっとしてたのは事実じゃない。
立て続けにぼんやりとした応対をされてはさすがに看過することができなかったので、あたしは少し強めの口調で指摘する。
……とはいえ、美雪も受験生。本番を間もなくにしてナーバスになるのは、当然と言えば当然だろう。
だからそのせいで、他のことについての注意が散漫になるのは仕方ない……そう考え直したあたしは、矛を収めて話題を変えようとした……が、そこへ。
美雪(冬服):
……まだ、どうしようかなって迷ってるんだよ。
うっかりすると聞き漏らしてしまいそうなほど小さな声で、美雪はぼそりと呟いていった。
菜央(冬服):
迷ってるって……前回の全国模試の合格判定、そんなに悪かったの?
美雪(冬服):
いや、そんなことないよ。第1回の時からBとCを行ったり来たりだけど、都立だから内申点も加味されるしね。
美雪(冬服):
ただ、その……うーん……。
美雪(冬服):
私のお母さんたちには、絶対に言わないでよ?千雨にもまだ話してないんだからさ。
菜央(冬服):
……えぇ、誓うわ。
幼なじみの千雨にさえ話していない内緒事を教えてくれるということに少し嬉しさを覚えつつ、あたしは真剣な思いでしっかりと頷く。
すると美雪は、気持ちを静めるようにずずっとドリンクをストローで飲み干してから……ふた呼吸ほど置き口を開いていった。
美雪(冬服):
実は……私立に行くか都立のままにするかで正直ちょっと、迷ってるんだよね。
美雪(冬服):
夏頃までは都立高一本で考えてたんだけど、今後の進学のことを考えたら私立に行くのもありかなー、って思ってさ。
菜央(冬服):
……そうなんだ。
少しだけ意外な思いを抱きながら、あたしは告げられた悩みについて内心で反芻する。
家計への負担を考慮して、美雪は都立への受験一本だと思っていたし……彼女も何度となく、それを仄めかしていた。
……言うまでもなく都立と私立では、入学金と授業料を含めて大きな差がある。3年間で2倍、3倍になる学校も結構多い。
さらに、同窓会などへの出費も求められて……一般家庭だとかなりの痛手になると聞いている。
……ただこれは、母から聞いた話ではなくテレビなどのメディアを通じて得た知識だ。あの人は絶対に、この類の話をあたしにはしない。
菜央(冬服):
(もしうっかりでも言えば、きっとあたしが私立に行きたいって思った時に足かせになると考えてるんでしょうね……)
実際、進学の話をするたびに母は「大丈夫」「備えはあるから」と言ってはばからない。あたしの夢と希望こそが最優先、という姿勢だ。
その気持ちは、とても嬉しい。本当にありがたくて、頼もしいんだけど……。
ただでさえ忙しくて悩みの多い母に、娘の進学のことで余計な無理などをさせたくはない。だからあたしは、高校は都立を受けるつもりでいた。
菜央(冬服):
(美雪も親に負担をかけたくない、って言ってたからてっきりそうだと思ってたんだけど……)
菜央(冬服):
何か……あんたが考えを変えるきっかけでもあったの?
美雪(冬服):
あった、というか……大学への進学を考えたらさ。都立と私立だと、学内環境も教師の質もやっぱり大きな差があるんだな、って。
美雪(冬服):
この前、菜央の小学校の敷地内にある附属校の文化祭へ一緒に行ったことがあったでしょ?あの時に、案内してくれた先生と話をして……。
美雪(冬服):
もし、将来的に大学まで行くつもりなら私立に入ってしっかり勉強しておくのもありだと思ったんだよ。
菜央(冬服):
……そうなんだ。
つまり、あたしが誘った附属校の文化祭が美雪に今の悩みをもたらしたということか。……それを思うと、若干の申し訳なさを感じる。
ただ、ここであたしが謝るときっと彼女は「そうじゃない」と否定するだろうし……なにより、失礼だろう。
だからあたしは、別の方向から美雪に質問を投げかけていった。
菜央(冬服):
それで……美雪。私立と言ってもピンキリだけど、どこがいいとか目処はつけてる? もしかしてうちの附属校?
美雪(冬服):
いやいや。ちょっと調べてみたけど、正直あそこはいろんな意味で敷居が高すぎるよ。校風は悪くなかったけどね。
美雪(冬服):
で、私が行ってみたいと考えてるのは……聖ルチーア学園なんだ。
菜央(冬服):
えっ……?!
Part 02:
塾に忘れものをした、という美雪と別れて途中にある公園に立ち寄ったあたしは、空いていたベンチに腰を下ろす。
日暮れ間際でも、人の姿はちらほらと見える。すぐ近くに交番があるので、治安面の心配がないからだろう。
菜央(冬服):
……といっても、あんまり遅くなったらパーティーに遅れちゃうわね。
なんてひとりごちながら、あたしは空を仰ぎ見る。……上空は風が強いのか細長い雲の群れが結構な速さで流れていた。
菜央(冬服):
聖ルチーア学園……か……。
#p雛見沢#sひなみざわ#rにいた時、盛んに耳にした学校名だ。
曰く、中高一貫の全寮制。曰く、厳しいカリキュラムが組まれた淑女見習いの学び舎。そして……。
菜央(冬服):
以前、公由一穂が「いた」学園……。
美雪(冬服):
私も最近知ったんだけど、うちの学校の先生の何人かに話を聞いてみたら……あの学園って、ある時期を境に変わったんだって。
美雪(冬服):
詩音たちが言ってたような厳しい規則はかなり緩和されて、生徒たちの自主性を尊重した学園生活になってるそうだよ。
美雪(冬服):
ここ数年に関して言えば、国立大への進学率も上がってるみたいだし……そういうところに入って本気で勉強に専念するのも、ありかと思ってさ。
菜央(冬服):
……にわかには信じられないわね。
あの詩音さんが逃げ出すほどだったという学園が、たった10年で様変わりするとはとても思えない。
ただ、美雪の性格上その辺りのウラはしっかりと取って調査したはずなので……信憑性はそれなりと考えて差し支えはないだろう。
菜央(冬服):
けど……美雪。あんたがそこに行きたいと考えた本当の理由は、そこじゃないんでしょ?
菜央(冬服):
一穂の行ってた学園だから……もしかしたら「世界」に変化があった時に、もう一度会えるかもしれない……。
菜央(冬服):
そういう期待を込めての志望動機も、きっとあるのよね……?
美雪(冬服):
……っ……。
痛いところを突かれたように、美雪は息をのんで一瞬押し黙る。
それでも、ふた呼吸ほど置いてから……彼女は落ち着いた口調で、言葉を繋いでいった。
美雪(冬服):
……大きな理由の1つには違いないよ。それは本心だし、ごまかすつもりもない。
美雪(冬服):
けど、それ以上に見てみたいって気持ちもあったりするんだよ。一穂たちと一緒に頑張った結果が、もしかしたらそこにあるんじゃないかな、って……。
菜央(冬服):
…………。
菜央(冬服):
美雪……あんたはまだ、「あの子」のことに囚われてるのね……。
これからは新しい「世界」に目を向けて頑張る、と言っていたくせに。全てが元に戻った今となっては一穂がいた痕跡など、見つかるはずがないのに……。
菜央(冬服):
(ううん……だからこそ、かしら)
一穂の存在がもはや「ない」からこそ、自身をもって彼女が歩んだかもしれない「未来」を追体験する……。
そうすることで美雪は、学園内に彼女の気配を感じたいのかもしれなかった。
それは、とてもいじらしくて……でも、悲しい。一穂がもうこの「世界」に戻ってこないという事実の裏返しのようにも思えるからだ。
ただ……それだけ美雪が一穂のことを想い、再び会いたいと願っているということなのだろう。
それに比べて……あたしは……。
菜央(冬服):
あたしは、……冷たいのかしら……?
そんな不安と疑念が、鎌首をもたげてあたしの胸の内に去来していく。
あたしは美雪ほど、将来の道をねじ曲げてでも存在を追いかけたいという思いが……ない。
……いや、全く「ない」というよりも「薄い」といったほうが正しいだろう。だって会いたいという思いは、確かにあるのだから。
菜央(冬服):
(でも……あたしがあの子に伝えたいのは、実のところ不満なのかもしれない……)
美雪には感じられるのに、あたしは感じられない。この差が生まれている現状に……納得ができない。
ひょっとして一穂は、あたしが怒っていることに気づいているから……姿を見せてくれないのだろうか。
だとしたら、今の感情を持て余した状態ではずっと彼女とは会えないということになる……。
一穂:
『――そんなことないよ、菜央ちゃん』
菜央(冬服):
えっ……?!
弾かれたような勢いでベンチから立ち上がり、あたしは左右に首を振り向けて周囲をうかがう。
視界に映るのは、さっきと同じように家族連れにカップル、そして自分と同じくらいの子どもたちの姿で……。
今、確かに耳にしたと思しき「あの子」の姿は……どこにも見当たらなかった。
菜央(冬服):
一穂……っ……。
以前、美雪は言っていた……たとえ姿は見えなくても、その気配を感じることが時々あるのだと。
でも、あたしは今まで一度も感じたことがない。だから、本当にあの子がちゃんとそばで見守ってくれているのか……不安になる。
菜央(冬服):
っ、神様なんだから……たまにはちょっとくらい、顔を見せてくれてもいいじゃない……!
そんな恨み言めいた思いを、あたしは誰も聞いていないことをいいことにうめくように……口走る。
そして、もやもやとした思いを晴らすためしばらくの間ずっと、ベンチに座ったまま天を仰いでいた……。
Part 03:
菜央(冬服):
遅くなってごめんなさい。今からパーティーの準備を手伝うから……えっ?!
今夜のホームパーティーの会場、美雪たちの団地の集会場に足を踏み入れるなり……あたしは、我が目を疑った。
千雨(制服):
おっ……やっと到着か、菜央ちゃん。なかなか来ないから、探しに行こうと思ってたんだぞ。
美雪:
といっても、もうすぐ日暮れだから私たちだけで外に出たところで、すれ違ったりして二次遭難になることが確実だけどねー。
菜央(冬服):
……、ぁ……あぁ……っ!
レナ(24歳):
……? どうしたの、菜央。なんだか震えているけど、そんなに外が寒かったのかな……かな?
魅音(25歳):
くっくっくっ……違うって、レナ。まさかあんたが来てくれるとは思っていなかったから、びっくりして固まっちゃっているんだよ。
美雪:
いえーい、サプライズ成功~!どう、菜央? 驚いたでしょー?
菜央(冬服):
……っ……。
立ち尽くしたまま言葉を失うあたしを見て、お姉ちゃんは心配そうに……逆に魅音さんと美雪はニヤニヤとからかうように笑っている。
お姉ちゃんと魅音さんが今回のパーティーに参加してくれるなんて完全に予想外だったので、もちろん驚きで、大喜びで……大歓迎だ。
だけど、……それ以上の衝撃がすぐ目の前に存在していたから、あたしはお姉ちゃんがいても無邪気にはしゃぐ気にはなれなかった。
美雪:
とりあえず、来たばかりなんだからゆっくりしなよ。料理だったら私と千雨のお母さんズが頑張るって言ってたし、レナと魅音も手伝ってくれるそうだからさ。
千雨(制服):
たまには妹らしく、お姉さんに甘えたらどうだ?まぁ2人きりの時はわがまま言い放題で困る、ってレナが言ってたがな。
レナ(24歳):
は、はぅ~!そんなこと、私は一言も言っていないし思ったことも全然ないよ~!
お姉ちゃんたちのそんな会話を聞き流しながら……あたしは、呆然とした思いで「あの子」のそばへゆっくりと歩み寄る。
菜央(冬服):
一穂……あんた、なんで……?
一穂:
…………。
すると、「あの子」――一穂は人差し指を立てると、口元でしー、とポーズを取ってみせていった。
一穂:
だって……みんな、楽しそうだったから。この日だけは……ね。
菜央(冬服):
だけなんて言わないで、ずっといなさいよ。あたしは……あんたと会いたくて、ずっと……っ!
一穂:
……。ありがとう、菜央ちゃん。でも、……ごめんなさい。私はもう、「神」だから。
一穂:
みんなの幸せを願うために、私は別の世界に居続けなければいけない……。
一穂:
だから……今日は特別。一度目にすれば、私のことが見えないって言ってた菜央ちゃんの不安も少しは解消できるかな……って。
菜央(冬服):
っ……わかったわ。
わかっている。おそらく一穂は、あたしが泣きそうになっているのを見かねて特別に姿を現してくれたのだろう。
美雪と千雨、そしてお姉ちゃんたちもが一穂の存在を自然に受け入れているのは、きっと彼女がそういう「世界」を用意してくれたからだ。
その思い……そして優しさに、ちゃんと応えよう。そしてありがたく、この幸せな一時を楽しもうとあたしは心に決めた。
魅音(25歳):
あ、そうそう!実はこの前、最新式のカメラを買ったんだ。みんなで撮ろう!
美雪:
おぅ、いいね!んじゃ一穂と菜央、こっちに集まってー!千雨とレナも、早くー!
千雨(制服):
……あー、悪い。こっちは料理の佳境だ。先にお前らだけで撮ってくれ。あとで行くから。
レナ(24歳):
はぅ……わ、私もちょっと手が離せなくて……!菜央、あとでいっぱい写真を撮ろうねっ♪
菜央(冬服):
う……うん……!
お姉ちゃんの嬉しすぎる提案に頷き返しながら、あたしはいそいそと防寒着を脱ぐ。
せっかくの記念撮影なんだから、制服じゃなくもっとお気に入りの服を着てくれば良かったとちょっとだけ後悔したけど……。
一穂も美雪も制服だし、ある意味でこの服装が「あたしたち」らしいのかもしれない。そう思い直したあたしは、小走りでみんなの輪に加わった。
魅音(25歳):
んじゃ、撮るよー!1たす1はー?
一穂・美雪・菜央:
にーーーー!!
…………。
もしかすると、この夜に一穂がいたことを美雪たちは……そしてあたしもまた同様に、翌日になれば忘れてしまうのかもしれない。
この写真も幻のように存在がなくなるのか、あるいは一穂だけの姿が消えるのか……。
でも、……だとしても、いい。別に構わない。
たとえ記憶として残っていなくても、この日のこと……そして一穂のことはあたしの魂の中に、しっかりと刻みつける。
そして、いつか……再び会えたその時に、このパーティーのことを「3人」で集まってずっとずっと語り合いたい。
そんな夢が天に届く日が来ることを、あたしは「神様」になった友達を見つめながら無言で祈り、心から願っていた……。