1.私立学校の経営難
少子化の影響等により、私立大学を運営する学校法人の経営状態の悪化が指摘されています。日本私立学校振興・共済事業団が公表している「令和6(2024)年度
私立大学・短期大学等 入学志願動向」によると、令和5年度に320校(53.3%)であった定員割れの学校(入学定員充足率100%未満の学校)は、令和6年には354校(59.2%)に上昇しています。
https://www.shigaku.go.jp/files/shigandoukouR6.pdf
こうした社会情勢が影響してか、昨今、大学教員の労働問題を扱った裁判が増加しているように思います。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令6.5.15労働経済判例速報2569-14 学校法人目白学園事件も、そうした裁判例の一つです。
この裁判例の特徴は、学校経営に係る財務上の困難を解決するとの名目で行われた人件費抑制を内容とする就業規則変更について、経営上の必要性に疑問があるとして、その効力がされていることです。
整理解雇の場面では、経営上の必要性(人員削減の必要性)が否定されることは、あまりありません。佐々木宗啓ほか『労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕398頁にも、人員削減の必要性は「倒産必至、債務超過、累積赤字といった事態にあることまでは要求されず、黒字経営の中で経営合理化や競争力強化のために行う人員削減についても、使用者の経営判断を尊重して肯定する例が多い。」と記述されています。
整理解雇よりインパクトが弱い労働条件の不利益変更においては、猶更緩やかに理解されそうにも思われますが、従前の最高裁判例との兼ね合いもあり、裁判所は、そうした考え方は採用していません。今後、更に増加することが見込まれる大学関連の労働事件に取り組むにあたり参考になるため、紹介させて頂きます。
2.学校法人目白学園事件
本件で被告になったのは、私立大学等を設置、運営する学校法人です。
原告になったのは、被告が運営する大学等(大学、大学院、短期大学部)の専任教員として働いている方です。
被告では、18歳人口の減少に伴う入学者減少、その結果として生じる事業収入(学生生徒等納付金)の減少や、老朽化した校舎の建て替え等に対応するため、一定の年齢に達している職員の定期昇給の停止などを内容とする就業規則変更が行われました。
これに対し、原告の方が、就業規則変更等の効力を争い、従前の給与との差額等の支払いを求めて提訴したのが本件です。
裁判所は、次のとおり述べて、就業規則変更の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「使用者が就業規則を労働者に不利益な内容に変更するためには、当該就業規則の変更により労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らしてその変更が合理的なものといえ、かつ、変更後の就業規則が労働者に周知されることを要する(労契法10条本文)。そして、特に賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益が及ぶ場合には、その変更の内容が当該不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容といえることを要すると解すべきである(最高裁判所昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号60頁参照)。」
・上記・・・に係る判断枠組みに照らした検討
「本件規則変更による不利益を検討するに、まず、本件規則変更は、全教職員を対象として実施されていた一律の定期昇給制度を廃し、被告大学等における55歳から59歳までの教員の定期昇給を隔年とし、60歳以降の定期昇給を完全に停止すること、65歳以降については64歳の給与の約8割までその額を減額し、当該給与に対応する等級及び号俸を基準として算出される賞与並びに退職金についても減額することをその内容に含むものである・・・。そして、本件規則変更によって、定年まで勤務した場合の原告の生涯取得賃金は退職金も含めて合計1650万円余りも減額することとなるが・・・、この減額幅は当時の原告の給与で換算して、約2年分を超える金額にも相当するものである・・・。」
「したがって、本件規則変更は労働者である原告の重要な権利に対し、相当に重大な不利益を与えるものといわざるを得ない。」
「なお、令和2年5月1日時点における被告の教職員数の合計が923人であり、内316人が被告大学等の専任教員であること・・・、そして、実施策において、被告大学等の教授については本件規則変更によって、50歳から70歳までの20年間で約1764万円の減額になると試算されていることからすれば・・・、被告の教職員のうち、上記不利益を受ける教員の範囲は相当程度に及ぶこともうかがわれる。」
「そして、本件規則変更の必要性に関し検討するに、被告の事業収入はその大部分を学納金に負っているところ・・・、確かに、国立社会保障・人口問題研究所による資料によれば、本邦の18歳人口について、平成29年時点の約120万人から令和22年(平成52年)には約74パーセントに相当する約88万人に減少するとされており・・・、また、被告における支出に関し、平成24年度から平成26年度にかけて、教職員人件費が毎年平均して約1.5パーセント増加し・・・、法人施設の老朽化や耐震性の問題から、将来的には複数の校舎の建て替えを要し、被告が平成29年10月に作成した書面では、約494億円もの多額の支出を要すると試算されていた・・・。このように、将来的に事業収入を減少し得るといえる事情がある一方、支出の拡大ないし、多額の支出を要するといった事情が指摘され、本件規則変更に至る経緯の中で行われた財務見通し(平成29年5月当時)では、平成36年(令和6年)には、約26億0300万円という大幅な赤字に転落するという結果も見込まれた・・・。」
「これらの事情に照らせば、被告において、将来の収入減少を見込み、支出を抑制するという長期的観点から、給与カーブの再設定といった人件費の削減を主たる内容とする本件規則変更を行い、法人財務の悪化を未然に防ぐという経営上の必要性があったことは否定できない。」
「しかしながら、まず、18歳人口の減少に関し、被告自身、平成29年に文部科学省に提出した書面において、『日本全国として人口減少が進行する中でも、本学の立地条件は極めて人口減少の大きな影響を受けにくい』としていたものである・・・。そして、同文書では、被告の入学者の約9割を占める関東圏の18歳人口について、全国の18歳人口が122万人とされている平成22年との比較ではあるものの、令和22年におけるその減少割合が約1割にとどまるとされている・・・。このほか、同文書において根拠とされている資料においては、関東圏では平成29年から令和22年にかけて大学進学率が上昇していく旨推計もされている・・・。さらに、18歳人口の減少が被告に与える影響に関しては、C大学における志願者数が増加していることも指摘することができる・・・。」
「また、平成24年から平成26年にかけての教職員人件費に係る増加率は上記のとおりであるものの、より長期の期間である平成24年度から令和元年度にかけての増加率が毎年平均0.7パーセントであることと比較して相当に高くなっている・・・。被告では、平成24年度から令和元年度にかけて専任及び有期の教職員が22人増加しているのに対し、平成24度から平成26年度の3年度だけで19人も増加していることからすれば・・・、被告が増加するとした人件費に係る増加率については過大に見積もられていることがうかがわれる。」
「さらに、将来見込まれる校舎の建替費用に関し、上記のとおり、実施策の翌月に作成された書面では合計約494億円を要すると試算されているものの、その1平方メートル当たりの単価については平成26年には30万円/平方メートル、平成27年には40万円/平方メートル、平成28年には約48万円と、Fキャンパスに限ってみても、年々増加して試算されており・・・、その具体的な根拠も明らかでなく・・・、その試算が妥当なものであるのか判然としないといわざるを得ない。」
「平成29年5月当時の上記財務見通しについては、その根拠が正確なものであるかにつきこれらの事情を指摘することができるところ、上記財務見通しでは翌年度繰越収支差額が令和3年度にはマイナス約14億9000万円になるものとされていたが・・・、本件規則変更の影響を排した、実際の同年度の翌年度繰越収支差額は約1億2600万円の黒字となっており・・・、上記財務見通しと現実の推移との乖離が相当に大きくなっているといわざるを得ない状況となっている。」
「そうであるとすると、上記経営上の必要性があったといえたとして、その必要性の程度には疑問がないとはいえない。」
「その上で、変更後規則の内容の相当性に関し検討するに、上記・・・のとおり、本件規則変更により、原告を含め、被告における相当程度の範囲に及ぶ教員の受ける不利益の程度は相当に重大なものである。他方で、上記イのとおり、本件規則変更における経営上の必要性の程度には疑問がないとはいえないことからすれば、被告がその教職員に対し、検討会議等において一定の成果が出される都度、説明会や意見交換会を実施し、本件組合とも複数回の団体交渉を行うなどして対応するなど・・・、その周知に係る手続が相当であったといえたとしても、本件規則変更が、上記不利益を法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるとは認めることができない。」
「したがって、本件規則変更は、無効である。」
「なお、被告は、変更後規則の内容の相当性に関し、65歳以上の被告大学等の教授の研究日を2日から3日に増やしたこと,扶養手当を引上げたこと等の指摘をするものの、研究日が増えたからといってその分労務を免除されるわけでもなく、また、扶養手当の引き上げの額も子供一人当たり5000円から8000円程度に過ぎないのであって・・・、上記重大な不利益の代償措置として、変更の合理性を基礎づける程度に十分であるとは到底いえず、上記判断を何ら左右しない。」
3.経営難は免罪符にはならない
この事件で裁判所が引用している最三小判昭63.2.16労働判例512-7 大曲市農協事件は、次のとおり判示しています。
「当裁判所は、昭和四〇年(オ)第一四五号同四三年一二月二五日大法廷判決(民集二二巻一三号三四五九頁)において、『新たな就業規則の作成又は変更によつて、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいつて、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない』との判断を示した。右の判断は、現在も維持すべきものであるが、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによつて労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労働者にとつて重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更にらいては、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」
このように労働条件の不利益変更の場面では、必要性がかなり厳格に判断されます。整理解雇の必要性とは概念が大分異なり、経営難というだけは通用せず、なぜ経営難と言えるのかが厳しく問われていくことになります。
私立大学の経営難のようないわば常識化している話は、言われると何となく「そうなのだろう」と所与の前提と受け止めてしまいがちです。しかし、本件のように、内容を精査検討すれば、争える事案もあります。
労働条件の不利益変更の場面における使用者側の説明は、利害が対立している一方当事者の主張であることを意識したうえで、その当否を検討して行くことが大切です。