日本文化と乖離した個人主義

久保田 信之

敵対せぬ「私」と「国家」

NPO法人修学院院長・アジア太平洋交流学会会長 久保田 信之

 憲法13条の「国民は個人として尊重される」を疑わずして受け入れている不勉強な政治家が相当数現存しているのではないか。「個人を、何ものにも従属しない主体的で絶対的な存在である」と説いた「18世紀の個人主義」を、唯一最高の思想であると信じているようだ。勉強する余裕を持たない政治家だけではない。多くの評論家の中にも、18世紀以降の思想界の変遷に思いを致す柔軟な思考訓練が欠けているようだ。彼らが愛用する「国民主権」という言葉も、「何ものにも束縛されない自由な個人を主人公とする政治」だと、信じて疑わないようだ。

 結果において、先進諸外国では考えられないことだが、「自分・私」と「国家・社会」とを対立させ、敵対させて、国民の意に反する方向に「一部の権力者」が政治を独占して誘導している、との被害者意識を扇動しているようだ。


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