「精神医療の恐ろしさ」の記事のコメントで紹介のありました、かこさんのブログを読みました。問題意識を持った方たちが茶話会などで警鐘を鳴らし、ケイジさんの事件の署名活動を行っています。
ブログ名は「精神医療の真実」
小中学校の現場から精神科医の介入を求める声がある事を知って驚嘆しました。
そんなことをさせては絶対いけない。
不登校は親のせいではないという確証を得たくて子供を患者にしてしまう。発達障害と診断されて安心したという声は、非常に一般的なものです。親の気持ちは痛いほどわかりますが、子供をクスリ漬けにすることでもっと恐ろしい結果が待っています。大学病院の権威ある医者の治療も何ら変わりません。高名な精神科医も自己の売名に利用できるケースを選択して治療し、利用する・・・・そんなふうに感じたことがあります。精神病の治療は難しい。でも、決して医者任せにしてはいけないと感じます。
以下、かこさんのブログより引用
不登校は「病気」ではありません。しかし、いまや学校や精神医療の現場では「不登校は病気である」という考えがあからさまにまかり通っています。以前紹介した滋賀医科大学病院の「不登校の離脱率」(治療率)では「不登校は病気」の構図が露骨ですし、なんといっても「不登校の患者さん」という言葉さえありました。不登校→病気→医療につなげる→問題の解決?
しかし、こういう「個人の医療化」で本質的な問題は何も解決しません。単なる排除に過ぎないです。
そもそも不登校したくなるような学校、先生……だったのかもしれず、そちらの改善には蓋をしたまま、不登校になった子ども一人にすべての責任があるかのように医療へとつなげてしまう。それが「向精神薬の服薬」なのですから、この国の未来は暗いような気がします。
しかし、一方で保護者の中には、「不登校は病気である」とされて安心したという意見もあります。育て方の問題ではなかった、親のせいではなかった、「病気だから学校に行けないのだ」ということです。
これは発達障害についても同様の現象があります。
確かに「育て方」「親のせい」だけではないでしょう。しかしだからといって「病気だから」「障害だから」という論理に向かうのは、結局「子どもの医療化」を促すことになります。
学校現場は精神科医の助けを求めている……!?!?!?
と題して、あるサイトが先日(6月4~6日)行われた第111回日本精神神経学会学術総会のシンポジウムについて紹介している。
シンポジウムのタイトルは「学校現場と精神科医の連携向上に向けて:学校が精神科医に求めること,学校に必要とされる精神科医とは?」。
正直、ここまで来たのかという驚きを隠せない。
このサイトはログインをしないと全文を読めないので、大まかな内容をここでお伝えする。以下部分的に引用。
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精神疾患の多くは半数以上の例が学齢期に初発することが近年の疫学研究から明らかにされている。思春期に問題となる疾患の多くが精神疾患であることも知られている。子供たちが日常の大半を過ごすのが学校であり,学校現場がさまざまな精神保健問題を抱えていることは想像に難くない。一方,精神保健・医療の専門家である精神科医と学校の連携はほとんどない上に,子供の精神保健問題や治療に当たる精神科医は非常に少ないのが現状だ。
学校現場からの声
養護教諭は精神科医とつながりたい!
初めに登壇した女子栄養大学の大沼久美子氏は,養護教諭を養成する立場から,学校保健活動の中核を担う現職養護教諭たちの声を届けた。
同氏が現職養護教諭に「学校が精神科医に求めること」を尋ねたところ,精神科医療につなぐ基準やポイント,精神的な救急処置対応に関するアドバイス,連携の取り方,受診先の判断,保護者への対応に関する情報提供を求める声が寄せられた。また,学校医として精神科医を配置して定期的に相談できる仕組みが欲しい,集団生活の場で規律的な生活を送る学校現場の状況を知ってもらいたいなど,学校と精神科医の間での情報共有の機会を求めていた。
同氏は「心の危機管理は日常管理が重要。日常的につながっていればこそ,より良い対応が可能になる」と考える。学校保健委員会への招聘や研修会への参加,講師の依頼など,精神科医とつながる機会を積極的に設けていきたいという。「養護教諭は精神科の医師とお近づきになりたい。どうぞ学校に来てください。先生方のクリニックを訪問させてください」と同氏は呼びかけた。
養護教諭は精神科医とつながりたい!
初めに登壇した女子栄養大学の大沼久美子氏は,養護教諭を養成する立場から,学校保健活動の中核を担う現職養護教諭たちの声を届けた。
同氏が現職養護教諭に「学校が精神科医に求めること」を尋ねたところ,精神科医療につなぐ基準やポイント,精神的な救急処置対応に関するアドバイス,連携の取り方,受診先の判断,保護者への対応に関する情報提供を求める声が寄せられた。また,学校医として精神科医を配置して定期的に相談できる仕組みが欲しい,集団生活の場で規律的な生活を送る学校現場の状況を知ってもらいたいなど,学校と精神科医の間での情報共有の機会を求めていた。
同氏は「心の危機管理は日常管理が重要。日常的につながっていればこそ,より良い対応が可能になる」と考える。学校保健委員会への招聘や研修会への参加,講師の依頼など,精神科医とつながる機会を積極的に設けていきたいという。「養護教諭は精神科の医師とお近づきになりたい。どうぞ学校に来てください。先生方のクリニックを訪問させてください」と同氏は呼びかけた。
今すぐに,精神科医に相談できたら…
次に登壇した東京都足立区立六木小学校の東真理子氏は,現職の養護教諭の立場から,学校現場が抱える苦悩を語った。
集団になじめない,すぐにキレる,不登校,ささいな切っかけで生じる暴力,いじめ,学級崩壊。その背景に,精神疾患の可能性や保護者の精神疾患の影響をうかがわせるケースが少なくないという。「今すぐに,精神科医に相談できたら」と東氏は願う。同氏が「今」を強調する理由は,保護者を説得してなんとか受診につなげても「子供は診ない」と拒絶されることや,診てもらえても3~6カ月待ちを強いられることが非常に多いためだ。
同氏は,学校現場の1日を紹介した。連絡なしで登校しない子供への対応,発熱やけがなど身体的不調への対応,保護者からの相談,強迫性障害や自閉症スペクトラムなどを抱えた子供たちに休息の場を提供し,教室から突然姿を消す子を探し回ることや,時に窓から飛び降りようとする子をなだめることもあるという。
「いろんな子供がいろんな場面でいろんな問題行動を起こす」と同氏は言う。個別指導の比重が増しており,担任教諭単独ではなく組織で対応しているものの限界がある。「適切な対応の指針が欲しい。精神科医の助力を切に願っている」と語った。
精神科医からの声
東京都医学総合研究所の安藤俊太郎氏は,「学校に精神科医は必要」と述べ,学校精神保健や精神疾患を抱える子供への対応において精神科医が担うべき役割を提言した。
助けを求めない子供がむしろ要注意!
精神疾患の半数は14歳までに発症するが,精神的不調を抱える児童の6割以上は専門家の助けを得ていないことが疫学研究で示されている。さらに,抑うつ症状が重症化している子ほど援助を求めないという調査結果もあり,「助けを求めない子はむしろ要注意」と安藤氏は警鐘を鳴らす。
診察経験がない年代でも躊躇せず診る姿勢を
安藤氏は「自分が診察した経験のない年代の子供でも躊躇せず診療すること,その際には,子供のころの感覚での"信頼できる医師像"(笑顔で優しく接するなど)を体現すること」とした。(略)
安藤氏は「自分が診察した経験のない年代の子供でも躊躇せず診療すること,その際には,子供のころの感覚での"信頼できる医師像"(笑顔で優しく接するなど)を体現すること」とした。(略)
全ての精神科医が学校精神保健活動に貢献を
安藤氏は「精神疾患発症好発年齢に当たる中学・高校の数は約1万5,000校,精神科医の数は約1万4,000人。全ての精神科医が積極的に若年者症例を受け入れ,要請があればアウトリーチの学校精神保健活動に貢献すべきだ」と提言。
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『ルポ 精神医療につながれる子どもたち』を書いた人間としては頭が痛くなるような内容である。
日本精神神経学会は女性の養護教諭2人を登場させて、「精神科医にぜひ学校に来てほしい」と懇願させている。
特に小学校の東さんという養護教諭の言っていることは――いろんな子供がいろんな問題を起こし、学校だけでは対応に限界がある。だから、精神科医の助力が必要、ということで、養護教諭としての責任放棄に近い発言と感じる。
特に小学校の東さんという養護教諭の言っていることは――いろんな子供がいろんな問題を起こし、学校だけでは対応に限界がある。だから、精神科医の助力が必要、ということで、養護教諭としての責任放棄に近い発言と感じる。
「適切な対応の指針がほしい」と言い訳のようにおっしゃっているが、それが結局は病気でもない子どもを「医療」に手渡してしまう可能性を大いに孕んでいることに気づいていない(意地の悪い言い方をすれば、子どもを医療化することで問題の解決を図りたいだけ)。そして、そもそも精神科医に「適切な対応」ができるのかという疑問があり、なによりそれが問題なのだが、「専門家信仰」を持つ現場の教諭の頭には、一瞬たりともそういう疑問が浮かばないらしい。
日本精神神経学会の総会に、わざわざ学校現場の人間を登場させて、「お願いします、精神科医を学校に!」と言わせている点、何とも精神医学界の本音が透けて見え、この先、精神医療における子どもの被害者は確実に増大していくものと思われる。
すべての国民を「精神医療化」して、何らかの病名をつけ、薬を飲ませる……それが究極、彼らの目的なのだ、という穿ちすぎの考えを否定する気にさえなれない気分だ。
言葉が拙い=精神疾患の症状と誤解されます。
それをされたら「人生はおしまい」です。
14歳までに発症するから早く精神科へというのは、「脅し」にすぎません。
14歳以下は、自分を表現できない、後
「思春期、反抗期」なんです、それを「病気」と誤解されたら、大変な事になる。
私の、母親は単に「思春期の子供の世話を丸投げしたい」ですよ、親の怠慢が、子供の人生の喪失に繋がる。
もし誤診だったら懲役沙汰の犯罪ですけれど(人の人生をぶち壊すんだから)
精神疾患の患者という、社会的底辺になると
訴えられない。
訴えられなければ、存在しないで、実際はとんでもない数の、誤診がある。
早期介入は、「誤診増やし」にしかすぎないです。
不登校は、受験して進学すれば済む話。
精神科に関わったら「受験、進学」は奪われますよ。
一旦精神科の門をくぐった人間を「受け入れてくれる、学校」は存在しない(私の時代はなかったです)
成人して「誤診でした」になっても、もうやり直しできないですよ。
精神科の医者の仕事は「人生を破壊し、無茶苦茶にする事」です、もし「心ある親」なら、何があっても近づけない筈。
行けば「なんらかの、診断」をされて人生をおわりにさせるだけです。