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DJ KOOと新卒社員が考える エイベックスの未来と多様化するエンタテインメント DJ KOOと新卒社員が考える エイベックスの未来と多様化するエンタテインメント

ハイライト

ONOFF

3年にわたり続いたコロナ禍が明け、ライヴやフェスをはじめとするリアルイベントが続々と再開されはじめた2023年。エンタテインメントが再スタートを切る節目の年に入社した新卒社員たちは、どのような想いや展望を抱いているのだろうか。今回座談会に参加したのは、エイベックス・エンタテインメント株式会社(以下、AEI)で新人の発掘や育成を行う高野かれん、エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ株式会社(以下、ALC)でライヴ制作を担当する岡上理子、エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ株式会社(以下、AMC)でTikTok運用に携わる白崎莉玖、エイベックス・アライアンス&パートナーズ株式会社(以下、AAP)で広告制作やイベント運営を行う田上理彩、エイベックス・ピクチャーズ株式会社(以下、API)で動画配信プラットフォームで配信する作品を扱う松瀬雅大の新卒社員5名。そして、TRFとして30年以上のキャリアをエイベックスと共に歩んできたDJ KOOとの熱いセッションをお届けする。

DJ KOOと新卒社員が考える エイベックスの未来と多様化するエンタテインメント

(左から)松瀬雅大、岡上理子、高野かれん、DJ KOO、田上理彩、白崎莉玖

エンタテインメントを
総合的に俯瞰する世代観

DJ KOOと新卒社員が考える エイベックスの未来と多様化するエンタテインメント

DJ KOO(以下、KOO)とエイベックスの新卒社員——かたやDJ・タレントとしてメディアで目にしない日はないエンタテイナー、かたや熱い志を持って明日のエンタテインメントを模索する新卒社員たち。彼らの既存の枠にとらわれない柔軟なアイデアとKOOならではの斬新なビジョンが化学反応を起こし、まだ見ぬエンタテインメントの未来像が浮かび上がる。まず、KOOが彼らに投げかけた質問は、「どうしてエンタテインメント業界を志したのか」という問いかけだった。

DJ KOOと新卒社員が考える エイベックスの未来と多様化するエンタテインメント

高野「私は、AEI事業開発本部のIP発掘育成avex Youthグループに所属し、新人の発掘や『ユース生』と呼ばれる生徒の育成やレッスンの管理を担当しています。この業界を志した理由は、カルチャーに触れた時に鳥肌が立つ体験の提供や、つらいことがあっても心の支えになるものを作り出したいという思いがあったから。現代の多様化するエンタテインメントは、言語を超えた共感性がありますし、多くの方に届けるための間口が広いところが魅力だと考えています」

岡上「私はALCでライヴ制作を担当しており、現場ではテクニカルと演者をつなぐ役割を担うほか、ライヴ全体のスケジュール管理を行っています。学生時代はダンスに没頭していたこともあり、ライヴを扱う事業で制作側の業務を担当してみたいと考えました」

KOO「僕らの世代がイメージする“エンタテインメント観”から徐々に変化を遂げて、今や無数のジャンルが存在するよね。たとえば僕自身も、音楽イベント以外にスポーツのイベントなどでもDJを披露するお仕事をいただくようになりました。僕らは30年かけて少しずつ変化を受け入れてきたけど、みんなの世代は既に多様なエンタテインメントのジャンルが同列にある。それを総合的に俯瞰できる世代だということを感じます」

優れたアイデアがあれば
年齢や経験に関係なく挑戦できる

DJ KOOと新卒社員が考える エイベックスの未来と多様化するエンタテインメント

ジャンルレスなエンタテインメントの広がりに、現代ならではの多様性を見て取ったKOO。次に彼が気になったのが、自らもアーティストとして30年以上所属し続けてきた「エイベックス」という組織について、彼らがどのような印象を抱いているかということだった。

白崎「私はAMCのデジタル戦略ユニットという部署で、エイベックスの所属アーティストがTikTokの再生数をどのようにして伸ばしていくかなど、コンサルティングに関わる部分を担当しています。また、社内からのSNS関連の問い合わせに対するリレーション業務も担当しています。まだ入社半年にもかかわらず、TikTokの施策では重要な進行部分を任せていただいており、新しい意見や考えを柔軟に取り入れてもらえるエイベックスの環境はありがたいと感じています」

田上「私は、AAPの営業部門で、主に広告制作やイベント運営、商品開発などをもとにクライアント企業様の課題を解決する営業的役割を担当しているのですが、入社前、エイベックスについては長い歴史があり音楽や芸能に特化した会社という印象を持っていました。新卒社員の裁量権は少ないと想像していたのですが、いざ入社してみるとまったくの逆。年齢やキャリアに関わらず業務を任せていただいているので、自分のモチベーションにも大きく影響がありました」

KOO「強い想いを持って入社して、それをすぐに形にできるのはいい環境だよね。せっかく優れたアイデアを持っているのに、年齢や経験が障壁となり、実現するまでに時間がかかるのは勿体無い。エイベックスの“誰でもトライできる”カルチャーは大きな魅力だと思う」

突き抜けたヒットコンテンツを生み出し
エイベックスを唯一無二の企業へ導く

DJ KOOと新卒社員が考える エイベックスの未来と多様化するエンタテインメント

新卒社員たちが抱く仕事への思いに真正面から向き合うKOO。その受け答えに、新卒社員たちの目は輝きを増す。続いてKOOは、入社半年ほどの彼らが直面している現在の課題について問いかけた。

岡上「私の場合、ライヴ制作の現場を少人数で回しているので、自分にかかる責任や、仕事量が比較的多くなります。それを“いかに個人で対応するか”という部分と、“対応しきれない時に周囲に頼れるかどうか”という部分の判断を適切に行うことが課題だと感じています」

KOO「時には妥協も必要かもしれないね。“妥協”と聞くとネガティブな印象があるかもしれないけど、“あきらめ”と違って課題を持ち続ける意味合いがある。最優先事項はお客様で、お客様がいるから我々の仕事は成り立っている。だから、どんなに忙しい中でも『お客様の楽しみを減らさないためにはどうしたらいいか』を考えることが重要だと思う」

DJ KOOと新卒社員が考える エイベックスの未来と多様化するエンタテインメント

松瀬「私はAPIで、自社の動画配信プラットフォームで配信する作品を調達したり、逆に自社作品をAmazon Prime VideoやNetflixなど他社の配信サービスに向けて販売する業務に携わっています。業務を行なっていく上で感じた課題は、権利の関係上、世の中に作品を広めていくことが難しいところだと感じています。しかし、それを個人で解決できるかというと難しくて。エイベックス自体が権利元になり、オリジナルの作品を制作することが一つの解決策であると考えています」

田上「課題で一つ思い浮かぶのが、世間が抱いているエイベックスに対しての認識と実態とのギャップです。たとえば、営業で他社にお伺いすると『当社と音楽って関係ありましたっけ?』というリアクションが返ってくることがあります。今やエイベックスは、360度ビジネスを取り入れ、音楽だけにとどまらない広範囲での事業展開を行っています。多角化した事業を展開しているという事実を、より多くの方に周知してもらえるよう、日々模索しています」

DJ KOOと新卒社員が考える エイベックスの未来と多様化するエンタテインメント

KOO「なるほど。いろいろな課題があがったけど、僕個人が今一番エイベックスに期待していることは、より多くの突き抜けたヒットコンテンツを生み出してほしいということかな。ヒットコンテンツは、いつ・どこから火がつくかわからないし、ここにいる5人で考えた企画がメガヒットコンテンツを生み出す可能性も十分にあると感じます。『これが最強のエイベックスだぜ!』というワクワクするムーブを起こしてほしい!」

業界の枠を超えたコンテンツプロデュースで
実現する無限大の可能性

DJ KOOと新卒社員が考える エイベックスの未来と多様化するエンタテインメント

個々の悩みに寄り添い、耳を傾けながらも、「ヒットコンテンツを作る起爆剤になってほしい」と焚きつけるKOO。そこには30年間エイベックスと共に歩み続けてきたからこその熱い想いが読み取れる。KOOからの最後の質問は、「これから先のエンタテインメント業界はどうなると思う?」という問いかけだった。

白崎「業界全体を通して、創作へのハードルが年々下がってきていると感じています。例えば、ボーカロイドのようなアマチュアでも楽曲制作が可能なソフトも存在します。音楽だけでなくアニメ制作でも同じだと思うのですが、クリエイターの平均年齢も年々下がっており、若い世代やフリーランスの方がもっと頭角を現してくるのではないでしょうか。この状況を踏まえた上で必要なことは、『個人ではできないことをエイベックスという組織で行動し、複数の力でエンタテインメントを変えていく』ことであると考えています」

田上「たとえば今、エイベックスとテレビ朝日、CyberZが協業運営しているeスポーツの大会、RAGEが始まったように、業界の枠を超えた流れが起きています。レコード会社とテレビ局、動画配信プラットフォームが一緒になって何かを制作することは、数年前ではあまり考えられなかった。この流れを受け、たとえば今後エイベックスと他のレコード会社が共同でコンテンツを制作することも可能性としてはあり得ると考えています。今後もエンタテインメントを作る体制や取り組みが、既存の枠を超えて進化していく未来に期待しています」

KOO「垣根がなくなってきているのは、僕らアーティストも強く感じる。以前、大黒摩季さんから『デビュー30周年記念のアルバムに参加してほしい』というオファーをいただいたんです。僕らがコラボするなんて、90年代当時から考えるととても画期的な出来事なんですよ。あと、5 年前くらいに、バンダイナムコさんの『アイドルマスター』というゲームとコラボをさせていただいた時も衝撃的でした。最初は自分のパフォーマンスを受け入れてもらえるか不安だったのですが、大いに盛り上がっていただき、ネット上でもトレンドの1~3位を『DJ KOO』で独占したくらい。こういう1+1が2になるだけでなく、無限大に拡がる可能性が今の時代のエンタテイメントにはあると思う」

DJ KOOと新卒社員が考える エイベックスの未来と多様化するエンタテインメント

最後に、座談会を締めくくろうとしたKOOから、「僕のノートを見てみる?」と突然の申し出が。そのノートを開くと、彼がライヴやテレビ収録の現場で感じたことや気づいたこと、反省点などを書きつづったメモが何ページにも記されていた。「30年以上のキャリアを持つKOOさんでも、ここまでやるのか」と、新卒社員たち一様に驚きの表情を見せた。エンタテインメントのゴールはお客様を楽しませること。そして、その裏側には目に見えない努力と研鑽がある。人々の心を躍らせ、幸せにする。“DJ KOO”という生き方は、今後のエイベックス及び、エンタテインメント業界を担っていく5人にとって、大きな指針となるはずだ。

DJ KOOと新卒社員が考える エイベックスの未来と多様化するエンタテインメント

(写真左から)
エイベックス・ピクチャーズ株式会社
コンテンツビジネス本部デジタルビジネスグループ ビジネスデベロップメント&Opsユニット
松瀬雅大

エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ株式会社
制作事業本部 第1制作グループ
岡上理子

エイベックス・エンタテインメント株式会社
事業開発本部 IP発掘育成avex Youth グループ
高野かれん

DJ KOO

エイベックス・アライアンス&パートナーズ株式会社
第2アライアンス営業グループ 第1アライアンス営業ユニット
田上理彩

エイベックス・ミュージック・クリエイティヴ株式会社
ソーシャルコミュニケーショングループデジタル戦略ユニット
白崎莉玖

こんな内容

  • エンタテインメントを
    総合的に俯瞰する世代観
  • 優れたアイデアがあれば
    年齢や経験に関係なく挑戦できる
  • 突き抜けたヒットコンテンツを生み出し
    エイベックスを唯一無二の企業へ導く
  • 業界の枠を超えたコンテンツプロデュースで
    実現する無限大の可能性
2023.11.17公開

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“志”採用
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DJ KOOと共に振り返るエイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:生見愛瑠) DJ KOOと共に振り返るエイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:生見愛瑠)

ハイライト

ONOFF

エイベックス35周年特別企画として、TRFのリーダー・DJ KOOを案内人に迎え、時代をつくってきたさまざまなアーティスト・タレントたちとのスペシャルな対談をお届けする企画がスタート。第3回目のゲストは、モデル・女優として多方面に活躍し、“めるる”の愛称で親しまれる生見愛瑠。対談では「生見愛瑠のこれまでの成長とこれから」をトークテーマに、過去から現在に至るまでのキャリア形成を振り返りつつ、現在進行形のモデル、女優として、幅広い層から支持される生見の魅力をDJ KOOが探った。

DJ KOOと共に振り返るエイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:生見愛瑠)

幼少期の娯楽は少女マンガだけ
保育士になりたかった人見知りの少女

DJ KOOと共に振り返るエイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:生見愛瑠)

“めるる”こと生見愛瑠は、『Popteen』や『CanCam』の専属モデルとして人気を博し、その後は『ヒルナンデス』のレギュラーをはじめ、バラエティなど数々のテレビ番組に出演。さらに近年は『おしゃれの答えがわからない』でドラマ初出演、『モエカレはオレンジ色』(2022年)ではヒロインとして映画初出演を果たし、同作品では第46回日本アカデミー賞『新人俳優賞』を受賞するなど女優としても活躍している。

そんな生見は、実はエイベックス・アーティストアカデミー・名古屋校の出身で、小学4年生のときからダンスや歌などを学んでいた。しかし、それまでの幼少期の生見にとって、芸能界は縁の遠い存在だったという。

DJ KOO(以下、KOO)「おそらく、多くの人にめるるの印象を聞いたら、デビューしたときからすぐに活躍しているようなイメージがあると思うんだよね」

生見愛瑠(以下、生見)「本当ですか? でも私は小学4年生のときにアカデミーに入って、モデルの仕事を始めたので、その自覚はないですね。それに性格的に人見知りなので、小学生のときはクラスでも端っこにいるようなタイプでした」

KOO「それは意外だね。小さいころになりたかった職業はあった?」

生見「芸能界への興味は全然なく、子供が好きなので、ずっと保育士さんになりたかったんです。なので自分が今、芸能の仕事をしているのが本当に不思議で。田舎に住んでいたし、娯楽も少女マンガくらいしかありませんでした(笑)」

生見にとって、幼少期に表現をアウトプットするための自己発信力を学べるエイベックス・アーティストアカデミーで学んだことは、その後モデルやタレント、そして女優とマルチな活躍をしていく基盤になったと言えるだろう。

両親の影響から進んだ
芸能界への道

生見の芸能界入りを後押ししたのは、両親の存在だった。母親は、生見の幼少期にヒットを連発していたエイベックスを代表するアーティスト・安室奈美恵の大ファン。娘に歌やダンスを習わせたいという気持ちから、エイベックス・アーティストアカデミー名古屋校への入学を後押ししたという。

生見「最初は正直イヤイヤでしたが、ご褒美をもらえたり、欲しいものを買ってもらいたくて通っていました(笑)。しばらくした頃、偶然東京校の方にスカウトしてもらえたんです。余談ですが、昔から音楽には馴染みが深く、祖母からピアノを習っていたのと、父はずっとバンドが好きで、幼少期からロックを聴かされていました。“める”という名前も、男の子だったら“めたる”にしようと考えていたそうです」

KOO「それはすごいエピソードだね。両親の影響で言うと、僕も幼稚園に入る前の3歳ぐらいのときに、記憶にはないけれど、家にあったジュークボックスでレコードを聴いていたらしいんだよね。幼少期から遊び道具にしていたと聞いて驚いたね。親の影響は、自分では気づかなくても、あとから響いてくるのかもしれないね」

アカデミーに通い始め、芸能界への第一歩を歩み始めた生見にとって、「かわいくなりたい」という気持ちよりも、「おしゃれになりたい」と言う気持ちの方が強かった。

生見「当時、私の住んでいた場所から比べると、名古屋はすごく都会だったんです。私はジャージで出かけるような女の子だったけど、名古屋に出るとみんなすごくおしゃれで。それで恥ずかしいと思うようになって、ファッションの勉強をするようになりましたね」

先輩モデルたちとは逆のアクションを
自分だけのキャラクターをブランディング

生見はその後、『JSガール』や『ニコ☆プチ』を経て、2015年には『TOKYO GIRLS AUDITION』でPopteen賞とRay賞をW受賞。同年12月から『Popteen』専属モデルとしての活動をスタートした。先ほど幼少期は「人見知り」だったと話していたが、一方で自分のことを「かなり頑固で負けず嫌い」とも語り、その考え方がモデルの活動で生きていく。

生見「メイクやファッションに関してもこだわりは強いです。『Popteen』のときはみんながある意味ライバルでしたし、一番を狙っている子ばかり。やはり、自分の中にこだわりがないとまず目立てないし、際立つキャラクターがないと1位になれない雑誌でしたので、負けず嫌いな性格が生かされましたし、いま振り返っても貴重な経験でしたね」

生見「ギャルのキャラクターが多かったですし、みちょぱさんや、ニコルさんはテレビなどでも活躍していたので憧れを持っていました。私が同じことをしていても勝てないと思いましたし、とにかく先輩たちとは逆のことをするように意識しました。みちょぱさんやニコルさんは言動やビジュアルも派手で、女の子たちから憧れられるようなキャラクターですが、自分は読者の子たちと近い距離にいるような等身大のキャラクターを目指したんです。読者の子たちとの交流を図るために『Popteen』時代からSNSにも力を入れるようになりました」

DJ KOOと共に振り返るエイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:生見愛瑠)

KOO「そのときに初めて、自分自身をブランディングし始めたと同時に、芸能界の広さみたいなものをイメージできるようになったんだろうね」

生見「それまでは母にいろいろと助けてもらいながら活動していましたが、自分で頑張って切り開いていかないといけないと思うようになりましたし、仕事への意識が芽生えたのがその時期でした」

カリスマモデルからバラエティの主役へ
同世代の共感を呼ぶ“はっぴーす”

DJ KOOと共に振り返るエイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:生見愛瑠)

試行錯誤しながらもオンリーワンの価値を探し求めた結果、生見は上品かつキュートな雰囲気が魅力の “等身大のモデル”というジャンルを確立。そのHAPPYオーラが読者の共感を呼び、2019年には『Popteen』の「好きなモデルランキング」で首位を獲得し、“令和”初となる号では念願の単独表紙。ついに、カリスマモデルの仲間入りを果たした。

モデルとして大きな目標を達成した一方で、当時の生見は、女優への興味を抱いていた。エイベックスの社員や担当マネージャーからは、その道を目指しつつも、「めるるのキャクターはバラエティに向いている」というアドバイスを受けたという。

生見「最初にバラエティに出演したのは、オーディションを受けて合格した『踊る!さんま御殿!!』でした。収録では自然体で挑み、すごく楽しめました。そこから『何も考えずにそのままのめるるで出てほしい』というようなオファーをいただけるようになりました」

当時は女子高生だった生見の、テレビだからといって背伸びしない独特の受け答えやリアクション、天真爛漫なキャラクターが視聴者の心を掴み、タレントとしての才能が開花。そこからバラエティ番組の主役になるまで時間はかからなかった。

KOO「めるるがテレビに出始めたころに、一緒に営業を回ったことがあった。あのときからHAPPYオーラ全開だったし、めるるのトレードマークである“はっぴーす”のポーズはやっていたよね」

生見「やってました! それをKOOさんがいろいろなところで広めてくださって」

KOO「そう! でも僕はそれがめるるのポーズとは知らなくて、若者の間で流行っているポーズだと思ってやっていた。それが3年前ぐらいだけど、今でも人気なのは、めるるの魅力がちゃんと世の中に伝わっている証拠だよね」

モデルからタレント、そして女優へ
大事にしている“自分が楽しむ”ということ

DJ KOOと共に振り返るエイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:生見愛瑠)

テレビ番組でも大活躍し、多くの方の目に触れるようになった生見は、かねてから思い描いていた女優の道へのチャレンジを始める。冒頭でも触れたが、近年は話題のドラマや映画作品へ着実に出演し注目を集めている。また、10月22日から放送される新日曜ドラマ『セクシー田中さん』(日本テレビ系)にも出演が決まっており、モデルやバラエティとは違う新たな一面を見せている。

生見「ずっとやりたいと思っていたことなのでもちろんうれしいですし、バラエティも大好きなので両立していきたいと思っています。半年に1回くらい、マネージャーさんにやりたいことを伝える機会をちゃんと作るようにしているんです」

生見のように、タレントの個性や特徴を生かしつつも、本人が挑戦したい方向性へマネジメントできたのはエイベックスが長年貯蓄してきたマネジメントに関しての知見の成果なのかもしれない。

KOO「それがちゃんと実現しているのはきっと手応えがあるよね。ただ、その仕事の量がとてつもなく多いだろうから、そこでの葛藤みたいなものはあるんじゃないかな」

生見「ずっと演技の仕事だけが続くと、自分の中でいっぱいいっぱいになってしまうので、バラエティのお仕事が自分のバランスを保ってくれている所もあって。今はすごくいいバランスでお仕事をさせていただいている実感があります」

KOO「僕は仕事をしていく上で『みんなを笑顔にする』というのを大事にしているんだけど、めるるは何か自分の中で大事にしているものはあるのかな?」

生見「私は自分が楽しむということを大事にしています。バラエティ番組への出演は3年くらい続けてこられましたが、今でも心から楽しみながらやれています。結果として、見てくれている方にも、楽しんでいただけたら嬉しいですが、一番はやっぱり自分が楽しむことだと思っています」

そんな生見の楽しんでいる姿は、テレビ、雑誌、SNSから自然と伝わっているのだろう。事実、以前はファンの比率がほぼ女性だったそうだが、最近は性別・年齢層を問わず、幅広いファンからのメッセージが生見の元には届いている。

自分のスタンスで今を全力に
いつまでも“10代のような明るい人”でありたい

先のことは細かく考えず、目の前にあることをとにかく全力で取り組んで次のステップへ──。世代も性別も道のりも全く違うDJ KOOと生見だが、その考え方はリンクしている。

KOO「めるるが、自分のスタンスを持っているからこそ、目の前のことにしっかりと取り組めて、なおかつそれを積み上げていけるんだと僕は思う」

生見「そうですね。私の場合、今は演技を楽しめているし、今年に入って『モエカレはオレンジ色』という映画に初出演し、日本アカデミー賞の新人俳優賞もいただけたので、目標を挙げるとしたら主演女優賞を受賞できるような女優さんになりたいです」

KOO「めるるにはエイベックスから誕生した女優として、是非とも主演女優賞を取ってほしいな」

生見「はい! 頑張ります。あとは、ビジュアルではなく、考え方がずっと10代のような明るい女性に憧れているので、いつまでも“マインドギャル”を忘れずに、これからも生きていきたいですね」

モデルでも女優でも、“共感”が人気を呼ぶのが必須条件になっている昨今。今ではテレビや雑誌といったマスメディアと同等かそれ以上に、YouTubeやSNSといったパーソナルな発信手段から伝わるリアルな情報がファンに求められている。その点、華やかな世界に生きる「めるる」と、自然体で楽しむ「生見愛瑠」は同じフィルター上に存在し、その嘘のないスタイルが、今この時代に支持される理由なのだろう。今後も、活動の幅をさらに広げていきながらも「自身が楽しむ姿勢」を忘れない生見から、目が離せない。

DJ KOOと共に振り返るエイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:生見愛瑠)

(写真左)
DJ KOO

(写真右)
生見愛瑠

こんな内容

  • 幼少期の娯楽は少女マンガだけ
    保育士になりたかった人見知りの少女
  • 両親の影響から進んだ
    芸能界への道
  • 先輩モデルたちとは逆のアクションを
    自分だけのキャラクターをブランディング
  • カリスマモデルからバラエティの主役へ
    同世代の共感を呼ぶ“はっぴーす”
  • モデルからタレント、そして女優へ
    大事にしている“自分が楽しむ”ということ
  • 自分のスタンスで今を全力に
    いつまでも“10代のような明るい人”でありたい
2023.10.20公開

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生見愛瑠 (avex management Web)
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DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:SAM(TRF)) DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:SAM(TRF))

ハイライト

ONOFF

エイベックス35周年特別企画として、TRFのリーダー・DJ KOOを案内人に迎え、時代をつくってきたさまざまなアーティスト・タレントたちとのスペシャルな対談をお届けする企画がスタート。今回のゲストは、ダンスクリエーターとして幅広く活躍し、DJ KOOと共にTRFで一時代を築いた盟友・SAM。「ヒット・ ムーブメントはどのようにして生み出されたのか」をトークテーマに、DJ KOOとSAMのふたりが、これまでの成功体験やキャリア形成を振り返りつつ、アーティストの視点から音楽×エンタテインメントの過去・現在・未来について語り尽くす。

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:SAM(TRF))

医者の道から外れていった高校時代
夜のディスコで出会ったダンスの衝撃

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:SAM(TRF))

DJ KOOとSAM。言わずと知れたTRFのメンバーのふたりであり、それぞれが“DJ”と“ダンス”を武器に、日本の音楽エンタテインメント業界において一時代を築いたアーティスト。そしてエイベックスにとってTRFは、邦楽第1号グループのレジェンドだ。

SAMは意外にも、明治時代から埼玉で医院を代々営む家系で、男兄弟は結果的にみな医者に。SAMも必然的に医者を目指すルートに幼少期から乗るわけだが、「このまま医者になることが自分のやりたいことなのか」──そんな想いを抱くようになったという。そんな悩める高校生のSAMが出会ったのがディスコだった。

SAM「通っていた高校は進学校でしたが、同じクラスにいた友達の影響で、高校1年生のときに初めてディスコに行ったんです。当時、渋谷にあったBLACK SHEEPというディスコで見た、常連客のダンスパフォーマンスに衝撃を受けたのを覚えています」

DJ KOO(以下、KOO)「そのときに、SAMはダンスミュージックが一気に身近になったわけだ」

SAM「そう。そこからディスコに足繁く通うようになって。そのころは親も自分が医者になることは諦めていたし、15歳のときに家出もして。両親に『何がやりたいのか?』と尋ねられ、『自由になりたい』と答えた。そしたら父に『居場所を伝えて、学校にちゃんと行くなら好きにしていい』と言われたので、夜はディスコに行き、次の日の学校には頑張って行く。そこから夜になったらまたディスコに行くという生活が始まった」

ダンスにのめり込んだ70〜80年代
ディスコのスターが目指したプロの道

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:SAM(TRF))

SAMが最初にダンスにのめり込んだ70〜80年代。都内にはさまざまなディスコが存在した。ただしどこのディスコにも常連客がおり、目立てないと考えたSAMは、新規オープンのディスコを狙い、その常連客と“ミッキーマウス”というダンスチームを組んだ。

SAM「そのころにはさまざまな繋がりができて、ミッキーマウスとして名も売れ始めた。それに伴い、レコード会社から新譜のプロモーションのキャンペーンを任されるぐらいになっていました」

KOO「当時はレコード会社がディスコでプロモーションをしていた時代だし、ディスコが『サタデー・ナイト・フィーバー』の世界そのものだったからね」

SAM「ダンスは、当時憧れている先輩がいて、その人たちの動きを、鏡の前で真似して踊って覚えてたな」

KOO「ディスコには鏡があって、そこで踊るのがステータスだったんだよね」

SAM「ただ、自分たちの先輩で上手な人はたくさんいるのに、ダンスで生計を立てている人がいなくて。昼間は喫茶店でウェイターをやっていたり、電気屋さんで働いていたり。『なぜ、みんなプロにならないのか?』と思っていたし、自分たちのパフォーマンスがカッコいいという自信もあったので、プロになろうと決意しました。そんな高校3年のとき、全国ディスコ協会のトップで、日本ディスコ界の草分け的なドン勝本さんに声をかけていただいたんです」

アイドル・ダンス・ユニットでデビュー
有名になるにはテレビしかなかった

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:SAM(TRF))

SAMは全国ディスコ協会に所属していたチームに加入し、初めて我流ではないディスコダンスを学ぶことに。さらにその後、ボーカルを入れた新たなアイドル・ダンス・ユニット“チャンプ”としてデビューする話が浮上。1982年、SAMが20歳のときだ。

SAM「当時ディスコ絡みで社会的な事件が起こった影響で、急遽歌詞を差し替えることになってしまい、結果的にデビュー曲も売れなかった。その後は“RiffRaff”というユニット名で再デビューし、ある程度人気は出たものの、有名になってダンスを広めたいと思っていた理想には程遠い時代があった」

ここまでのエピソードを聞いても、SAMがどれだけ当時のディスコシーンに根ざした活動をしてきたか、ダンスに執着してきたかが伝わってくる。

SAM「自分たちが夢中になったディスコダンスは、どのダンスよりもカッコいいので、メジャーな舞台で見せるしかないと思っていたし、より拡散していくにはテレビに出演するしかなかった。ただ一緒に活動していたメンバーたちの熱も徐々に冷めていって。その後は、ニューヨークへダンス修行に行ったり、いくつかのダンスチームに所属したりしていました」

自分たちのダンスを世に広めるために、アイドルとしてデビューしたSAM。しかし、当時のテレビが求めていた音楽やダンスと、自分が見せたいものの乖離、そして「ダンサー=バックダンサー」という既成概念が、SAMの求めていた道を阻んでいた。

人生を変える小室哲哉との出会い
さまざまな戸惑いの中でTRF結成

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:SAM(TRF))

そんなSAMに転機が訪れる。1990年頃に深夜番組で放送されていた『ダンス!ダンス!ダンス!』という番組に出ていたSAMを、小室哲哉(以下、小室)が見つけたことだった。

SAM「当時は“MEGA-MIX”というダンスグループに所属していて、TRFを結成する前のCHIHARUやETSUも、その番組でレギュラーダンサーとして出演していた。実際に小室さんに会ったときには『普段はどんな音楽で踊っているの?』と聞かれて、「ヒップホップやジャズを踊っています」と答えたら、「オリジナルの曲で踊ってみない?」と言っていただけて、すぐに飛びつきました」

ただしそこから順風満帆にことが進んだわけではなく、むしろSAMにとっては戸惑いの連続だった。小室にオリジナル曲のレコーディングをしていると呼ばれ、そこで聴いたのはSAMにとって馴染みのなかったテクノ。小室は当時、TM NETWORKとしても活動していたので、当たり前と言えば当たり前だが、その衝撃は大きかったという。

KOO「ここまで、自分はダンスで勝負すると決めて活動してきたSAMだけど、TRFになるときにもさまざまな葛藤があったわけだよね。元々、以前からお互いの存在は知っていたから、四つ打ちで踊れるのかなって最初は思っていた」

SAM「ダンスで言うと、ちょうどハウスが日本に入ってきたころだったので、テクノを踊ることについても対応できるだろうとは思った。その一方で、テクノの楽曲に馴染みがなかったこともそうだし、DJとしてKOOちゃんが入り、ボーカルでYU-KIが現れ、当初想像していたイメージと違って、結成したばかりの時は葛藤があったんだよね」

「EZ DO DANCE」が大ヒット
日本を代表するアーティストに

1993年、小室のプロデュースでtrf(デビュー当時は小文字)はシングル「GOING 2 DANCE/OPEN YOUR MIND」と、アルバム『trf 〜THIS IS THE TRUTH〜』でデビュー。その存在が、少しずつ全国のクラブなどを通してリスナーに認知されていき、そしてついに、TRFの存在を世に知らしめるセカンドシングル、「EZ DO DANCE」がリリースされる。

SAM「テクノサウンドへの葛藤はあったものの、ようやく自分たちが一番カッコいいと思っていたダンスをテレビで見せられることが本当に嬉しかった。多くの人に自分のダンスを認知してもらう、それを一番望んでいたからね」

本人たちに戸惑う余地を与えないほど、TRFは一気に日本の音楽エンタテインメントの中心に躍り出るとともに、それまで存在しなかったダンスライヴのフォーマットを作った。

SAM「TRFが5人になって、ダンサーが自分と女性2人で合計3人になったときに、どうやってパフォーマンスを魅せていくか、すごく考えながら活動していました。だから、どのライヴも全部が印象に残っています。dAnce to positive(Overnight Sensation)の演出に関しては小室さんにコンサートの作り方をイチから教わった部分もあって、すごく成長できたライヴだったな」

KOO「TRFは日本においてダンスライヴの先駆けとしてやってきたから、何かを参考にするのではなく、自分たちのアイデアで一から作り上げてきたところはあるよね」

90年代のTRFは5作連続ミリオンセラー達成をはじめとする、一大ムーブメントを巻き起こし、その後のTKブーム(小室ファミリー)のきっかけをつくるとともに、エイベックスの礎を築いた。

“生き字引”のDJ KOOとSAMが思う
エイベックスのこれまでとこれから

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:SAM(TRF))

冒頭でも述べたように、TRFはエイベックスにとっての邦楽第1号グループ。ふたりはエイベックスにおけるこれまでの歴史をすべて見てきたと言える、“生き字引”のような存在だ。

SAM「最初のころのエイベックスは社員が30人くらいしか在籍していなかったので、スタッフみんなの顔と名前がわかったけど、オフィスが青山に移転してからどんどん人が増えていった。アーティスト目線で無茶を聞いてくれるし、社風としてノリがいいし、いい会社だと思います」

KOO「ライヴでTRFが『EZ DO DANCE』をやると、社員一丸となって盛り上がっているのを見て、やっぱりエイベックスはいいねって思えたよね」

SAM「なので、同じ方向を向いて進めたらもっとパワーを発揮する会社だと思うし、エイベックス出身のアーティストでヒットを飛ばすような人をさらに多く輩出していけたらいいよね」

KOO「エイベックス出身で考えると、TRFのあとには安室ちゃん(安室奈美恵)がいて、あゆ(浜崎あゆみ)がいて、この前対談した倖田(倖田來未)もいて。自分たちはそれを体験しているからこそ感じることだけど、続々とエイベックスから人気アーティストが出てくる盛り上がりを、今後もさらに出していきたいよね」

SAM「今では、エイベックスは映像コンテンツやアニメなども含めていろいろな事業を多角的に手掛けているけど、やはりダンスミュージックの走りの会社という部分を生かして、音楽事業をもっと盛り上げていけたらいいなと思う。その柱はしっかり立てていきたいですね」

アーティスト活動を超えた可能性
若者から高齢者まで楽しめるダンス

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:SAM(TRF))

2000年代以降のSAMは、SMAP・東方神起・BoA・V6など、数々のアーティストの振り付けやコンサートプロデュースを行うとともに、2004年からはダンススクール「SOUL AND MOTION」を主宰するなど、次世代ダンサーの育成にも力を入れてきた。

そして活動の幅を広げる中で生まれたのが、エクササイズDVD『TRFイージー・ドゥ・ダンササイズ』。TRFのダンサー3人がダイエット向けのダンスを指導するエクササイズDVDは、2012年の発売以降、シリーズ累計で380万枚の大ヒットを記録している。

SAM「これまでエクササイズにはあえて触れてこなかったけど、一般の方にダンスをもっと楽しんでもらうための可能性を考えたときに、エクササイズ×ダンスの形が見えてきたんです」

KOO「僕がこれまでSAMを見てきて思うことだけど、性格的に頑固なところは頑固な反面、常に新しいことを受け入れるマインドを持っているよね」

さらに2016年には、ダンスに親しみやすい環境づくりと、アクティブシニア世代の健康寿命の伸張を目的とした 「一般社団法人ダレデモダンス」を設立。昨年には “60歳からの筋トレ・脳トレダンスDVD”をテーマにした『リバイバルダンス』をリリースした。

SAM「高齢者に向けたダンスはお手本がなかったので、知り合いの認知症専門医や理学療法士に相談したり、アメリカの大学でジェロントロジーの修士号を修得したりして、プログラムを作っていった。その結果、自分の力で自分の体を動かすことが、何にも勝る健康法だという結論に辿りつき、『リバイバルダンス』に繋がったんだよね」

音楽とダンスが「好き」という感情
挑戦し続ける30周年のパイオニア

ただしSAMは高齢者向けのダンスに関して、「今でもアーティストとしての活動や、若手の育成を行なっているベースがあるからこそできること」と語る。すべての活動は、“ストリートダンサー”のSAMという存在があってこそ。そして今年で30周年を迎えるTRFのふたりは、このタイミングで改めて、「好き」という感情を大事にしている。

KOO「我々は常にTRFになる前の下積みというか、好きで突っ走ってきた部分が、今の年齢になってなおさら大事なんだということを感じているよね」

SAM「そうだね。やっぱり音楽もダンスも、人の気分を高揚させたり、元気にしたりと、ポジティブな要素しかない。さらにダンスに関して言えば、ひとりより大人数で踊った方がより効果がある。だから、音楽とともに、みんな踊りましょうよ」

自らの“好き”という気持ちを大切に持ち続け、生涯現役を貫くSAM。30周年を迎えたTRFのメンバーとして、そしてソロアーティストとして衰えを知らぬ姿を見せる一方、ダンスで若手を育て、高齢者を救う──その姿は「ダンスで日本を元気にする」という使命を背負った、ダンサーとしての誇りと、まだまだこれからも進化するという覚悟と自信に満ちていた。

そして来年、2024年2月18日(日)に武道館ライヴ・TRF 30th Anniversary Live at 日本武道館 「past and future.」の開催が決定。武道館のライヴ時にはSAM、DJ KOO 共に62歳を迎え、女性メンバーも60歳手前でのパフォーマンスとなる。日々、ポジティブに「今日が最後かもしれない」という覚悟を持ちながらステージに立つ彼らが、TRF30周年の集大成にあたるライヴを武道館で披露する。

KOO「武道館のライヴは、TRFで育った人みんなに見てほしいです。昔からTRFを聴いてくれている方が、今のTRFを見て自分も頑張ろうという気持ちになってくれたら。そしてTRFを知らない人たちにも是非見てほしい。僕たちの音楽で、元気や勇気を与えることができたらいいなと思います。みんな仲間であり、親戚のように思っていますから」

SAM「子どもから大人、おじいちゃんやおばあちゃんまで巻き込んで、全世代が楽しめるライヴを作ろうと思っています。ダンスや音楽はもちろん、演出面でも盛り上げていきたい。終わったあと、絶対に『楽しかった』と言ってもらえるようなライヴを目指していきます」

日本中をダンスミュージックで熱狂の渦に巻き込んだパイオニアたちは、30年の時が経った今も変わらず、アップデートを重ねて走り続ける。「人を楽しませること」への挑戦に人生を賭ける彼らのパフォーマンスに、私たちはこの先も心を躍らせ、生きる元気をもらうことだろう。

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:SAM(TRF))

(写真左)
DJ KOO

(写真右)
SAM

こんな内容

  • 医者の道から外れていった高校時代
    夜のディスコで出会ったダンスの衝撃
  • ダンスにのめり込んだ70〜80年代
    ディスコのスターが目指したプロの道
  • アイドル・ダンス・ユニットでデビュー
    有名になるにはテレビしかなかった
  • 人生を変える小室哲哉との出会い
    さまざまな戸惑いの中でTRF結成
  • 「EZ DO DANCE」が大ヒット
    日本を代表するアーティストに
  • “生き字引”のDJ KOOとSAMが思う
    エイベックスのこれまでとこれから
  • アーティスト活動を超えた可能性
    若者から高齢者まで楽しめるダンス
  • 音楽とダンスが「好き」という感情
    挑戦し続ける30周年のパイオニア
2023.09.05公開

関連リンク

TRF Official Website
DJ KOO official website
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DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:倖田來未) DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:倖田來未)

ハイライト

ONOFF

エイベックス35周年特別企画として、TRFのリーダー・DJ KOOを案内人に迎え、時代をつくってきたさまざまなアーティスト・タレントたちとのスペシャルな対談をお届けする企画がスタート。その記念すべき最初のゲストは、2000年代に“エロかっこいい”の代名詞で、日本における新たな女性アーティストのスタイルを切り拓いた倖田來未。対談では「ヒット・ ムーブメントはどのようにして生み出されたのか」をトークテーマに、DJ KOOと倖田來未のふたりが、これまでの成功体験やキャリア形成を振り返りつつ、現在進行形のアーティストとして、音楽×エンタテインメントの過去・現在・未来について語り尽くす。

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:倖田來未)

2000年に念願のデビュー
当時は『10年歌えたら幸せ』と思っていました

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:倖田來未)

1990年代から2000年代にかけて、エイベックスはダンスミュージックを軸に一時代を築く数々のヒットアーティストを生み出し、日本のエンタテインメント業界の中心へと駆け上がる。DJ KOOと倖田來未はまさに、その激動の中心にいた人物たちだ。

DJ KOO(以下、KOO)「TRFは今年で30周年。でもさらに遡るとその前に僕は、エイベックスがまだ洋楽をメインにやっていたころに、DJとしてエイベックスの楽曲をDance Mixという形でリミックスしていた。だから、立ち上げ当初くらいから一緒に時代を過ごしてきたんだよね。DJ歴で言えば今年で43年目だから」

倖田來未(以下、倖田)「なおかつ、今も現役で活躍されていることがすごい。私は2000年デビューで、当時は『10年歌えたら幸せ』と思っていました。歌手を目指し、小学4年生ぐらいからオーディションを受けていましたが、ほぼすべて書類審査で落選していて。歌を聴いてほしくてカセットテープを同封して送りましたが、結果は全然ダメでしたね」

『avex dream 2000』で掴み取ったチャンス
12万人のオーディションで準グランプリ

そんな倖田に転機が訪れたのは、高校2年生だった1999年。エイベックス主催のオーディション『avex dream 2000』で、初めて歌の審査を受けられることに。

倖田「12万人が集まった『avex dream 2000』では1次審査から歌を披露できる機会を与えられていたので、私としては『やっと自分の生歌を聴いてもらえる!』という気持ちでした。ようやく、最終審査まで残り、結果は準グランプリ。そのあとは候補生として毎週末、京都から東京に行き、ウォーキング、ダンス、ボイストレーニングなどのレッスンを受け、高校3年生のときにデビューしました」

倖田が述べたようにエイベックスでは、当時から積極的に次世代のアーティストやクリエイターを育成するためにさまざまなレッスンの機会を設けていた。

KOO「次世代のアーティストを育成するシステムが当時からエイベックスにあったのは知らなかった。デビューに向けたレッスンなどの英才教育は、今の『エイベックス・アーティストアカデミー(以下、アカデミー)』にも繋がっているだろうね」

倖田「私は当時、そもそもデビューできるかどうかも定かではなかったし、デビュー後も、『シングル3枚で結果を出さないといけない』というスタートだったので。今のアカデミーのシステムは、アーティストたちにとってすごく夢があるなと思うんです」

ほかの人と同じでは誰も振り向いてくれない
試行錯誤してオリジナルな存在に

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:倖田來未)

ここで倖田來未の原体験を遡ると、音楽が好きだった母の影響で、幼少期に聴いていたのは“中森明菜”、“山口百恵”、“鈴木聖美”。その後、“DREAMS COME TRUE”の曲を聴いて「私も人を感動させるような曲が歌いたい」と思い、歌手を志したという。

倖田「rhythm zoneでデビューすることが決まってから、洋楽を聴くようになったんです。18歳の頃は“バックストリート・ボーイズ”、“イン・シンク”、“ブリトニー・スピアーズ”などを聴いていましたね。当時の日本のチャートやビルボードチャートの上位に名を連ねるアーティストたちは、エイベックスと関係があるアーティストばかりで。なので、所属したらすぐに活躍できると思っていたんですが、実際はもちろん全然売れない。それにデビューしたら、今まで憧れていた人たちが急にライバルに変化したんです」

KOO「もちろんアーティストとしてのリスペクトはあるけれど、自分が憧れているアーティストのように売れるためには、同じ土俵に立って戦っていかなければいけないしね」

倖田曰く、「テレビに出る前は、エイベックスの中で守られたブランディングをしてもらっていた」と語る。だからこそ、守られた期間で自分磨きにも取り組めたとも。さらにその期間で倖田は、さまざまなクラブにゲスト出演し、自分のことを誰も知らない環境の中で歌う“特訓”をしていた。そのステージは1年間で100を超える。

KOO「クラブのショータイムって、出演する側からしたら本当に根性がいる。お客さんは自分たちが盛り上がるために来ているのに対し、アーティストはアウェイの状態から入るのが当たり前なので。どのようにオーディエンスを盛り上げて、振り向かせて、巻き込めるかっていうところが常に勝負。そのときの経験が、今の倖田をつくっていると思う」

倖田「クラブで場数を踏んできた時代があったからこそ、今でも細やかなことに感謝の気持ちを持てる。実際に会場に行って経験を積んでみないとわからない。そう思うことができるようになったあの時代があって本当に良かった」

KOO「そう思えるということも含めて、ブレイクするに至るまでに大切なのは、『教えてくれることだけをやっていても上手くいかない』ってことなんだよね」

倖田「やはり、ほかのアーティストと同じことをやっていたら誰も振り向いてくれない。誰もやってないことを探していたら、当時、“ブリトニー・スピアーズ”、 “クリスティーナ・アギレラ”、 “デスティニーズ・チャイルド”など洋楽アーティストのようにセクシーでカッコ良く歌って踊るようなアーティストが国内にいなかったんです」

オリジナルのスタイルに活路を見出した倖田は、一躍、日本の音楽シーンの中心へ飛び立った。

自分が出る杭になれたと思って
叩かれてもいいという覚悟でいた

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:倖田來未)

倖田「はじめに『ファイナルファンタジー(X-2)』の主題歌に『real Emotion』が起用されて、そのあとリリースした『Crazy 4 U』を聴いてくださった庵野秀明監督から声がかかり、実写映画『キューティーハニー』の主題歌のオファーを受けました。その過程で、倖田來未というアーティストが確立できたんです。あとは『Butterfly』もきっかけとなった一作です。あの楽曲で日本レコード大賞も受賞し、ファッション雑誌で“くぅちゃん”ファッションみたいな感じで取り上げられて、街にも真似してくれる子たちが増えましたね」

セクシーなファッションに身を包み、パワフルな歌声とダンスでパフォーマンスする。当時、倖田來未を表す代名詞として生まれたのが、“エロかっこいい”だった。

倖田「カッコいいセクシーさみたいなところを追求していた中で、その代名詞が世間に浸透していきました。日本に先駆け的な存在がいなかったから、当時は叩かれたりもしたし。でも自分が出る杭になれたと思って、そのときは言われるだけ言われ続けようという覚悟でいましたね」

知らないと言われるより嫌われていたい
新時代の代名詞となるアーティストへ

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:倖田來未)

KOO「世間の人たちから見ると、“エロかっこいい”=倖田來未というイメージが確立している。イメージに乗っかるしかない部分もあるけど、きっとそこに葛藤はあったはずだよね」

倖田「でも私は、倖田來未の存在をどこか俯瞰で見ていて。倖田來未だったらこういう衣装を着る、こういう発言をする、こういう楽曲を歌うみたいな。当時はものすごいスピードで人気が広がっていったので、自分でも『倖田來未すごい!』なんて思っていましたが、 “地に足をつけて、現状に甘えず”という言葉を毎日のように自分に言い聞かせていましたね」

KOO「その頃には、ライヴをする場所がクラブからホールになって、アリーナになって、ドームになって、と瞬く間に拡大していった感じだよね。TRFもそうだったんだけど、ものすごいスピード感で物事が進んでいくじゃない。そのときはどんな心境だったのかなって」

倖田「ファンからの熱量をすごく感じた一方で、やはり批判も多かった。だけど、ファンが100人いれば、同時に自分のことをよく思っていない人も100人いるくらいの心構えでいましたね。20周年ツアーのタイトルにもなっていますけど、私は『知らない、と言われるより嫌われていたい』。自分の存在や自分の歌で救われる人がいるのであれば、私は傷ついてでもチャレンジしてジャンプをする。それは昔も今も変わらない姿勢かなと思います」

社内の繋がりが互いを高め合う
エイベックスの強みを生かした挑戦へ

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:倖田來未)

さまざまなことを乗り越えてきたふたり。その距離感の近さと関係性の深さ、根底にあるのは「リスペクトし合っていること」だとDJ KOOは語る。

KOO「お互いに自信を持ってやっているし、その自信というのは、積み重ねてきたもの同士だからわかること。それほど頻繁に会っているわけではないけれど、SNSで倖田の写真を見るだけで、今の倖田がどんな状態か、いい調子そうだなとかもわかるんです」

倖田「エイベックスはアーティストも社員も縦社会ではない、というところが魅力だと思うし、昔から私もKOOちゃんに対して先輩と後輩のような固い関係ではなく、いい距離感で付き合わせてもらってきた。例えば『a-nation』のようなエイベックスのアーティストがたくさん集まるイベントがあるじゃないですか。そこで、もっといろいろ話し合える場があったり、ライヴでコラボできる環境があったりすれば、さまざまなアーティストがお互いに高め合うことができるんじゃないかなと思います」

KOO「エイベックスのいろんなイベントに参加していく中で感じるのは、どれも根本に『エイベックスでこんなことができるんだ!』という強みを、アーティスト全員が再認識できる場だということ。倖田が言うように、改めて今、社内の関係値をさらに生かした挑戦をするのはいいことだなと思いました」

アーティストは自分次第
ハードルを下げず、信じた道を歩き続ける

倖田「エイベックスには後輩でカッコいいアーティストがいっぱいいるけど、まだまだ世の中に知られていない人がたくさんいる。それをどう突破するのかが重要ですけど、結局アーティストは自分次第なところもあって。私はオリジナルな存在でいるために、流行っている曲をあえて聴かず、時代の流れとは異なる楽曲をアウトプットするような楽曲作りを心掛けてきました。自分のハードルを下げずに、信じた道を歩き続けることはすごく大事だなと思います」

KOO「それは、ここまで積み重ねてきたからこそ、見えてきたものがあるよね」

倖田「私からすると、KOOちゃんは芸能界でもう一度大きな波を起こしたから、さらにすごい存在だなと思うんです。私がもう一度何をするのか、となったときに、結局歌手以外の選択肢が浮かばないんですよ。やはり歌うことが好きなんです。今も毎年ツアーをやらせてもらえる環境にあって、シングルもアルバムも継続的にリリースさせてもらえて。昔から変わらず、倖田來未として楽しみながら活動ができていることが嬉しいですね」

ボーカリストであり、エンターテイナー
今でも倖田來未が一番好き

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:倖田來未)

長きにわたって、エンタテインメントの世界を走り続けてきたふたり。この先の未来、どんなことを想像し、どんな姿の自分がそこにはいるのだろうか。

倖田「音楽を楽しむ選択肢はものすごく広がりましたよね。例えば、将来VRで座席指定ができて、そこからライヴを観られるようなシステムが当たり前になれば、いろんな状況下の人が気軽に音楽を楽しむことができる。これはコロナ禍のときにすごく思いました。どうしても参加できない場所やタイミングを含め、デジタルライヴがひとつの選択肢として存在すればいいし、それによって改めて生のライヴの重要性も出てくるのではないかなと思っています」

KOO「倖田のデジタルライヴのパフォーマンスは気になるね。ちなみに、倖田はずっと演者として第一線で活動しているけど、プロデューサーとしてグループやアーティストを育てていく姿も僕は見てみたいな」

倖田「40、50歳になったらプロデュース業にも挑戦してみようかなという、漠然としたイメージはありますけど…。例えば、倖田來未には表現できないパフォーマンスもあると思うので、そのアイデアを応用できたら面白いかもしれないですね。仮にアーティストを育成するとなれば、育てる子の人生を背負って本気で取り組みたいと思っています。ただ、現時点で、私はエイベックスのボーカリストであり、エンターテイナー。まだまだいろんな世代の方に倖田來未を観てもらいたいし、これからも世の中を楽しく騒がしていきたいと思っています」

倖田來未の登場はセンセーショナルだったゆえに、多くの人の目に映ったときには、その裏にある苦労や努力を一切感じさせないものだった。ただし、誰よりも自らの理想像と向き合い、厳しい声と視線に晒されながらも、確固たるブレないアーティスト像を作り上げたからこそ、今も倖田來未というオリジナルな存在が支持され続けるのだろう。これからも、アーティスト活動のみならず、時代を牽引するアイコンとして、唯一無二のエンタテインメントを届ける彼女から目が離せない。

DJ KOOと共に振り返る エイベックスの歴史とエンタテインメントのこれから(ゲスト:倖田來未)

(写真左)
DJ KOO

(写真右)
倖田來未

こんな内容

  • 2000年に念願のデビュー
    当時は『10年歌えたら幸せ』と思っていました
  • 『avex dream 2000』で掴み取ったチャンス
    12万人のオーディションで準グランプリ
  • ほかの人と同じでは誰も振り向いてくれない
    試行錯誤してオリジナルな存在に
  • 自分が出る杭になれたと思って
    叩かれてもいいという覚悟でいた
  • 知らないと言われるより嫌われていたい
    新時代の代名詞となるアーティストへ
  • 社内の繋がりが互いを高め合う
    エイベックスの強みを生かした挑戦へ
  • アーティストは自分次第
    ハードルを下げず、信じた道を歩き続ける
  • ボーカリストであり、エンターテイナー
    今でも倖田來未が一番好き
2023.07.20公開

関連リンク

倖田來未 OFFICIAL WEBSITE
DJ KOO official website
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