ベル・クラネルの原初の記憶は、降り積もる雪の冷たさと、暖かな大きな腕に抱き抱えられたことだった。
とある雪原で拾われたベルは、自分の名前以外の記憶を持ち合わせていなかった。手掛かりになりそうなものは、隣に倒れていた綿雲のような生き物だけであった。
しかし、ベルはその子のことも何も覚えていなかった。コスモッグと呼ばれる種族であることも、こういった生き物をポケットモンスター、縮めてポケモンと呼ぶことさえも。
記憶どころか常識すら怪しいベルに対し、ベルを拾った男は――
「ダッハッハ! 大丈夫だボウズ! メシでも食ってりゃ記憶もそのうち戻るって!」
そう笑い飛ばしてベルにこれでもかとカレーを食べさせたが、もちろんベルの記憶が戻ることはなかった。
「おじさん、なにもおもいだせないよー?」
「んー? ダメかー? まあ、記憶がなくても生きてりゃなんとかなるもんだ!」
なんとも無責任な発言をしたが、言葉に反して男は意外にもかいがいしくベルの世話を焼いた。
身の回りの世話はもちろん(衣服を手縫いで作るなど、ごつい見た目に反して器用だった)、この世界の常識についても教えてくれた。ちゃっかり居ついたコスモッグを抱きしめながら、はえーといった顔で男の教えをベルは記憶を埋めるように叩き込んだ。
ベルがある程度この生活に慣れた頃、男はポケモンについて教えてくれた。
ポケモンは頼りになる隣人であり、時に襲い掛かる怖い生き物であり、でも自分の友達や相棒になってくれる存在である。
男の講義を聞き終えたベルは、男からもらったばかりの新品のモンスターボールを手に、コスモッグをまっすぐ見つめた。
「ねえ。キミは、ボクのおともだちになってくれる?」
ベルの問いかけに、コスモッグは喜んでボールの中に入っていった。ベルの初ゲットであり、生涯で一番頼りになる親友兼相棒ができた瞬間である。
「よし、じゃあさっそく新しくできた相棒と一緒にバトルを……っていいてえとこだが、カンムリ雪原のポケモンは強すぎるからなあ。さすがにコスモッグじゃ厳しすぎっか」
どうしたもんかと悩む男だが、突如名案を思いついたと手を叩く。
「おっ! そういやちょうどシャクちゃんがダイマックスアドベンチャーやってたな!」
「シャクちゃん?」
「おう! オレのド可愛いムスメちゃんだ! まあ、ベル坊にとっちゃお姉ちゃんだな! ダイマックスアドベンチャーならポケモンをレンタルできるし、隣で俺が色々教えられるし、ちょうどいいだろ!」
「おもしろそー! でも、そのまえに、ひとつだけきいていい?」
「おっ? なんだベル坊?」
「おじさんのおなまえ、なんていうの?」
「………………ダッハッハ! こりゃうっかりしてたな! オレの名前はピオニー! あらためてよろしくな! ベル坊!」
ピオニーの娘のシャクヤと合流し――この子どこで誘拐しただの、うざいだの暑苦しいだのひと悶着あったが――三人とその辺りで暇をしていたトレーナー一人を加えて、ダイマックスアドベンチャーを始めた。
ダイマックスアドベンチャーとは何かとベルはピオニーに尋ねたが、ドデカイポケモンをみんなで協力して倒して、最後に伝説のポケモンをぶっ倒して捕まえるという、おおざっぱな説明しか返ってこなかった。
「まあ、習うより慣れろだ! とにかくやってみようぜ、ベル坊!」
という訳で、ダイマックスアドベンチャーを始めたのだが、当然のごとく始めはうまくいくはずもなかった。
ベルのポケモンの知識はタイプ相性や、物理、特殊、変化といった技があるといった、基礎の基礎しかない。相手はもちろん、自分や仲間のポケモンの特徴さえも、隣のピオニーやシャクヤに教えてもらわなくてはわからない。
ダイマックスアドベンチャーに失敗してはしょげるベルに、ピオニーは豪快に笑い飛ばしてそのうち慣れると慰めた。
実際、その通りだった。いや、むしろ想像の遥か上をいっていた。
一度情報を聞けばベルは水を吸うスポンジのように覚え、身に着けた。ぎこちなかった指示もイッパシのトレーナーのようになった。
驚くシャクヤと面白がったピオニーが、更にベルへと知識を授ける。知識だけでなく、何度も何度も攻略していくことで、経験を積み上げていく。
そしてとうとう、ベルは一番奥にいた伝説のポケモンと対峙し、ピオニー達の協力ありきとはいえ、打ち破って捕まえてしまった。
「わーい! またおともだちがふえたーーー!」
無邪気にはしゃぐベルを、遠巻きに眺めるピオニーとシャクヤ。
「……この子ヤバくない?」
「こりゃドスゲー才能だな! 育てがいがありそうだぜ」
その後もピオニー達と共に順調に伝説のポケモンを捕まえては捕まえて、推定年齢6、7才でやばいぐらい戦力を増強させていったベルであった。
しかし、そんな楽しい楽しいダイマックスアドベンチャー漬けの日々も終わりを告げる。
「…………おおっ!? すっかり忘れちまってたぜ! そういやオレたちカンムリ雪原の伝説ポケモンの言い伝えを、確かめに来てたんだった!」
「はあ? いまさら? もうずっとダイマックスアドベンチャーだけでいいじゃんか」
「でんせつ! いいつたえ! おもしろそー!」
「うわっ、ベルのおめめがすっごいキラキラしてるし!」
「ベル坊も乗り気だな、よし! じゃあさっそく探検と行こうぜ! これからはオレのことを隊長って呼ぶんだぞ、ベル坊!」
「わかった! タイチョー!」
という訳で、三人で仲良く伝説のポケモンを求めて探検することになった。
以下、長くなるのでダイジェストでお送りする。
「てょわわわぁ~ん」
「わー! すごい! タイチョーひかってとんでる!」
「あははははははっ! オヤジ、すげーピカピカ! マジ浮いてるし! ウケル、撮っとこ」
「ふーん、村での評判を聞きたいねえ。ポケモンもエゴサするんだ。マジウケル」
『えごさ? というのはよくわからんが、ヨの頼みを聞いてくれるということでよいのか?」
「まかせて、おうさま!」
「おうさま、おうさま! おうまさんつれてきたよ!」
『おおっ、でかしたベル! ……って、なにゆえ二頭いる!?』
「もういいじゃん、どっちでも。なんなら二頭ともチャリオっちゃったら?」
『…………うむ! それもよいな!』
『さあベル! このバドレックス・チャリオットフォームを見事倒して、ヨを捕獲してみせるのだ!』
「アタシ、てきとーなこといったのにマジで二頭とも引いちゃってるよ、このエゴサ王」
「よーし、ガンバルぞー! いけっ、イベルタルっ!」
『……四倍弱点は勘弁してほしいヨ(エスパー・ゴースト・こおりタイプ)』
なお、普通にブリザードランスで弱点を突かれるので、結構苦戦してバドレックスを捕獲しました。
その後もバドレックス関連の記憶が てょわわわぁ~んしてたせいでなくなっていたピオニー隊長が駄々をこね、探検を続けた。
レジ系のなぞなぞに、ベルと一緒に頭をうんうん唸らせる傍ら、シャクヤがいとも簡単に解いてパパとしても隊長としても威厳もなくしたり。
ガラルの姿の伝説の三鳥がダイ木の丘に集まってきた瞬間、ベルが通常の三鳥を用いて即効で捕まえてしまい、なにもできなかったピオニー隊長が更に威厳をなくしたり。
ガラル本土から来た寒い中おへそを出した博士のお手伝いをして、伝説の三闘の足跡を探して捕まえ、ピオニー隊長のカレーに釣られたケルディオをゲットしたり(ようやく威厳を取り戻せたと隊長大喜び。なお、娘さんはそれでいいのかと呆れていた模様)。
「たのしかったーーー!」
「おうおう! そうだろそうだろ! シャクヤちゃんもド楽しかったよな!」
「……まあ、それなりに面白かったけど。でも、アタシはやっぱダイマックスアドベンチャーが一番っしょ! てなわけで、最後にまたやりにいこ!」
そして劇場版もかくやという、巣穴から出てきたネクロズマ率いるウルトラビースト編が始まってしまった。
次々に倒れるベルのポケモンたち。ピオニーもシャクヤも手持ちをすべて失いつつも、ネクロズマのみまで追い詰めた。しかしながら、ベルの残りの手持ちがコスモッグのみになってしまった。
そんな中、コスモッグは勇気をもって飛び出し、コスモニウムを飛び越える二段進化を成し遂げ、ソルガレオとなって果敢にもネクロズマに対峙する!
――詳細は番外編を見てくれ!(なお掲載予定は未定)。
こうして数か月に渡る長いカンムリ雪原の冒険を成し遂げ、ベルとポケモン達は大きく成長した。
結局記憶は戻らなかったが、ベルはピオニーの養子となり、シャクヤやパルデアからの留学から一時帰国してきたボタンの、二人の姉に可愛がられた。
子ウサギのように可愛らしい男の子が、おねーちゃん、おねーちゃんと後をついてくるのである。ボタちゃんすらも即効で絆された人たらしウサギ、恐るべしである。
……のちの彼の女性関係を想像すると恐ろしい気がするが、ベルはまだまだショタざかりなので気にしないでおこう。
ベルのポケモンバトルの才能に目をつけたピオニーが、マスタードの道場に住み込みで入門させようとするのに、二人の姉が猛反発するのは当然のことと言えた。
結局はベルと一緒に入門することで結論が出て、ピオニーは可愛いわが子が三人とも家に離れることに号泣した。
「泣くくらいなら、住み込みなんてやめればよかったじゃん」
「おーいおいおいおいおい……! でもよぉ! ベル坊の才能考えりゃこれが最適でよお!」
「…………テンションのまま、ウチも入門決めちゃったけど、どうしよ。ウチ、インドア派なんですけど」
「しゅぎょー、たのしみだなー!」
そしてベルは二人の姉と共に、マスタードの道場で修行を始めた。
面白お姉さんとお兄さんであるクララとセイボリーにうざ絡みされたり、でもやっぱすぐに「ベルきゅん♡」と絆されたり、ボタンが根を上げて即効で脱走しようとしたり、かと思えばマスタードの息子と意気投合して怪しげなメカを作ったり、それを見てシャクヤがドン引きしたりと色々あった。
ベルはマスタードの課す試練を次々と乗り越え、同時に身体を鍛え、心身ともに大きく成長していった。
「ベルちんはポケモンバトルの才能はすっごいけど、格闘の才能はまあまあくらいだねー。でも、努力の才能だってすっごいから、このまま続ければ強くなれるよん」
「はいっ! ししょー!」
修行の最中、寂しくなったピオニーが講師としてむりやり住む込み始めたり、ガラルの新チャンピオン・ユーリがやってきたり、ベルに目をつけたユーリが勝負を挑んできたり、色々な出来事があった。
「さあ、ベル! キミの力を見せてみて!」
「はいっ! ユーリおねーちゃん!」
「……うふふ、おねーちゃん。ユーリおねーちゃんかあ……うふふふふ。――はっ!? で、出番だよ、ザシアン!」
「いけっ! ソルガレオ!」
――詳細は番外編を見てくれ!(なお以下略)。
一年以上に渡る住み込み生活を終えたベルは、マスタードに免許皆伝を与えられ、今度はパルデアに戻るボタンについていって、オレンジアカデミーに留学することとなった。
またも号泣するピオニーと、同じく号泣するシャクヤに見送られ、ベル達は旅立った。
オレンジアカデミーでは様々なことを学び、吸収し、どんどんベルは実っていった。
……生徒会長であるネモに、同時期に入学してきたアオイともども目をつけられてしまった。
「ベル、おはよう! 今日もいい天気だね! じゃあバトルしよっか!」
「はいっ! ネモおねーちゃん!」
「ベル、お昼休みだね! ごはん食べたらバトルしよっか!」
「いいよ、ネモおねーちゃん!」
「ベル、放課後だよ! これはバトルするしかないね!」
「そうだね、ネモおねーちゃん!」
「ベル、そろそろ寝る時間だね! じゃあ最後にもう一回バトルしよ!」
「……むにゅむにゅ。うん、ネモおねーちゃん…………」
でもベルはいい子なので、ネモのバトルバトルバトル攻勢に嫌な顔一つせずに受け入れ、ますますネモをヒートアップさせた。はた目からみるとショタに言い寄る危ないお姉さんだと、ボタンは内心思っていた。
正直、強くなる見込みがあるからとアオイをスター団関連の問題解決に巻き込んだ姉もたいがいだとベルは思ったが、ベルはいい弟なので黙ってくれた。
宝探しの実習が始まった際は、入学初日に拾った「アギャッス」と鳴く変なモトトカゲと共に各地をジムバッジを集めて廻ろうと思った。ネモにしつこく誘われたことが大きな理由の一つでもあるが、ベルは強くなることへの努力を厭わない性格でもあるからだ。
しかし、変なモトトカゲがコライドンと呼ばれるポケモンだと教えてくれたお兄さん、ペパーに頼まれてヌシポケモンを探して倒し、秘伝スパイスを手に入れることを優先した。
他人に刺々しいペパーであるが、流石に幼いベル相手には始めから良いお兄さんでいた。二人で協力してヌシを倒し、スパイスを手に入れてペパーの大事な相棒マフティフを癒していく。
なお卑しいアギャッスもご相伴にあずかっていた模様。
「ベル、ごめんな。バッジ集めてる最中なのに、オレになんかに付き合わせちまって」
「オレになんかじゃないよ。だってペパーおにーちゃんは、ともだちだもん!」
「……ベル、お前本当にいい子ちゃんだなあ! 生徒会長に辟易したらオレに頼れよ。なんとしてでもあのバトル脳をとめてやるから!」
「……?」
無事にマフティフを完治させ、バッジを集め終わってポケモンリーグを勝ち抜きチャンピオンになり、先にチャンピオンになっていたアオイと共にネモとのチャンピオン同士のバトルも終えたベルは、ペパーに頼まれパルデアの大穴に挑むことになった。
お供は戦闘狂のネモ、LPハッキングかましたボタン、そしてミライドンを乗り回し、スター団を壊滅させたアオイである。
「コライドンってなんか、アタシのミライドンと似てるね」
「んー、なんかコライドンがむかしってかんじで、ミライドンがみらいってかんじ?」
「ああうん、ベルのいうことがしっくり来るかも」
「どっちも強そう! いつか戦ってみたいなー」
「相も変わらずぶれないちゃんだぜ、生徒会長」
どこか神秘的な雰囲気のするエリアゼロを、五人は和気あいあいと冒険する。
そして地下ではペパーの両親が待ち受けており、衝撃的な事実が判明し、襲い掛かる苦難にコライドン、ミライドンがカッコいい活躍を見せてくれた!
――詳細は番外編を以下略
エリアゼロの大冒険を終えた後も、キタカミの里に修学旅行に行ったり、ブルーベリー学園に交換留学にいったり、再度エリアゼロに挑んだり、キビキビパニックが起こったりと色々なことが起こった。
「ちょっと! そんな簡単に話を終わらせるんじゃないわよ! あったまきた!!」
「わやじゃ……。ねーちゃん、恥ずかしいからやめて」
「なにが恥ずかしいのよ! 手ぇ出るよ!」
こうして、入学して数年後にはベルは無事にオレンジアカデミーを卒業できた。
それからベルは旅を始めた。宝探しでいろいろなものを見て回った経験から、卒業したらやろうと決めていたことである。
旅した場所はガラル、カント―、カロスなどなど、様々な地方である。一人旅のこともあったし、ピオニーたち家族やペパーたち友達と一緒だったこともあったし、新しく出会った仲間とともに旅をしたこともあった。
しかし、もうすぐ14才の誕生日を迎える日、アローラで島めぐりを終えた直後、ベルは頭を打ってしまう。幸いにも大きな怪我も後遺症もなく、誕生日を祝うために集まった家族や友達に安堵された。
「ベルが無事でド安心したぜ!」
「オヤジったら凄い慌ててたもんねー」
「シャクねえもめっちゃ焦ってた」
「いやいや、それをいうならボタンもだろ。あたふたしまくりちゃんだったぜ」
「……? ベル、どうしたの? なんだか呆然としてるけど。まだ頭痛いの?」
ベルはアオイに肩に手を置かれたことも気づかず、虚空を呆然と眺めていた。
ベル・クラネルには雪原でピオニーに拾われる以前の記憶はない。そう、存在しないはずだった。
しかし今、思い浮かんだこの記憶はなんだ?
一面の麦畑。ものすごい風で揺れる麦。空にぽっかり開いた大きな穴。それに吸い込まれる自分の身体。
そんな自分に翠と灰のオッドアイの瞳を揺らして、必死に手を伸ばそうとする灰色の髪をした、見たこともないほど美しいドレス姿の女性。
「………………お母さん?」
記憶の中の女性を、ベルは母と呼んでみた。