浦和高校の校歌指導に「心病んだ」男性の訴えに「改善する」と同校

杉原里美

 埼玉県立浦和高校の新入生向けオリエンテーションで、過去に上級生による不適切な校歌指導があったと元生徒から指摘があった。県の調査に同校は「多人数でプレッシャーを与えた可能性はある」と認め、改善を図るとしたが、校歌指導は「不適切とは言えない」とし、続ける方針を示している。

 浦和高校は県内で著名な進学校で男子校。同校の校歌指導は毎年、伝統的な学校行事として応援団がリードする形で行われる。新入生を体育館に集め、2日間にわたって各1時間程度、上級生が指導する。

 県は、二十数年前に同校に入学した男性の訴えを受けて調査。男性は、校歌指導で竹刀を持った応援団員に罵声を浴びせられたショックでうつ状態になり、不登校が続いて中退したという。

 県の聞き取りに、浦和高校側は昨年5月、その前月にあった校歌指導について、教員に聞き取りをし、上級生が竹刀を持っていることや罵声を浴びせたことは否定。精神を病んだと直接訴えてきた生徒もいないとした。

 一方で、約30人の新入生を指名して1人で歌わせた▽歌えなかった生徒がいた際に「そんなんで浦高生の資格はない」との発言があった▽(体育館2階に)大勢の野球部員がいたことは認めた。このうち、野球部員の参加は「過度なプレッシャーを与えた可能性がある」として、取りやめると説明したという。

過去に上級生による不適切な校歌指導を受けたと埼玉県に訴えた男性が取材に応じ、当時の様子を語りました。記事の後半で紹介します。

 ただ、個別に指名して歌わせたことは「教員と応援団の生徒が連携を取り、心配な生徒は指名しないように配慮をしている」と説明。「資格はない」との発言も「校歌・応援歌をしっかり覚えてきてほしいという意味で使った」とした。今後は、新入生に褒め言葉を多用するように応援団を指導していくと、県に応答した。

 浦和高校の臼倉克典校長は朝日新聞の取材に、校歌指導は「浦高生として一体感を得るために行っている」と説明。指導自体は「不適切とは言えない」との見解を示しつつ、「教育的観点から時代に合わせて不断の見直しをするのは当然のことだ」と話した。訴えた男性が問題視した過去の校歌指導については、「(自身が)着任した2023年度以前のことは責任を持って答えられない」とし、調査しない方針だとしている。

 県は「学校は『改善する』と言っているので、現時点では、これ以上の調査の予定はない。今後、必要になれば、他校も含めて調査する」としている。

床に竹刀をたたきつけて怒鳴られ、PTSDに

 県に訴えていた男性は、自身が受けた校歌指導の様子を朝日新聞の取材に語った。

 男性によると、入学式の数日後、新入生が体育館に集められた。上級生による部活紹介の途中、急に照明が落とされて暗幕が引かれ、真っ暗になった。

 竹刀を持った複数の応援団員が1年生の列の間を巡回した。アナウンスでクラスと出席番号を指定され、起立させられた生徒にスポットライトが当たり、3人ほどの団員がバタバタと走ってきて取り囲む中、1人ずつ校歌を歌わされたという。

 校歌を収録したCDは入学式前に渡されていたが、こうした「指導」があるとは知らず歌詞を覚えていない生徒がほとんどだったという。

 男性も指名されたが歌えなかった。すると、3人ほどの団員に囲まれ、「返事はどうした」「『はい』ではなく『オス』と言え」「おい、なんで歌えないんだ」「校歌、応援歌を歌えない者に浦高生の資格はない」などと、床に竹刀をたたきつけて怒鳴られ、謝罪を絶叫させられたという。

 その後、ステージの前に正座させられ、歌詞カードを渡されて覚えるように言われ、「さらし者にされた」。同様に正座させられた15人ほどの新入生は、すすり泣きをしていたという。

 男性はうつ状態になり、心療内科で心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。「『お前は生きていてはいけない』と思い込まされ、睡眠も食事もおぼつかなくなった」。不登校が続いて留年し、その後、中退した。今も治療が続く。

 SNSの被害者の声や知人を介して浦和高校の校歌指導がいまも続いていると知り、「自分が声をあげなかったことで被害者が生まれ続けている」と、県に調査を要望したという。

 この男性以外にも、卒業生の間で浦和高校の校歌指導を疑問視する声もある。

生徒会に廃止を訴えた卒業生も

 2010年代半ばに入学した20代の男性によると、校歌指導の際に応援団員だけでなく、体育館の2階にいた野球部員や吹奏楽部員も、大きな音や罵声で新入生を威圧した。指名された同級生の1人が不登校になったという話を聞いたため、理不尽だと思い、生徒会の定例会に出席して暴力的な校歌指導をやめることを申し入れた。だが、「応援団がやっていることだから」と取り合ってもらえなかったという。

 この男性は「暴言も心理的虐待であり、暴力だということが世間の常識。浦和高校は、自主性を大事にする学校を標榜(ひょうぼう)しながら、暴力を容認していた。教員たちも、やってはいけないことだと分かっているから、(内容を詳しく説明せず)だまし討ちのようなことをしていた」と話す。

 ほかの複数の卒業生によると、少なくとも2021年度までの新入生に対しては、竹刀による威圧や歌えなかった生徒が前に立たされる指導があったという。

 他県の公立高校でも、強圧的な校歌指導を問題だと訴える元生徒がいる。

他県でも「まるで軍隊」

 秋田県内の公立高校での校歌指導で不登校になったという10代の大学生は「まるで軍隊のようだった」と語る。

 この大学生によると、新入生がいる体育館に応援団員が「お前ら立て」と大声で叫んで入ってきて、腰をそらせて校歌や応援歌を絶叫させられたという。生徒手帳を持ってこなかった生徒に「なんで忘れるんだ」と怒鳴りつけていたが、「教員は見ているだけで何も言わなかった」。さらに、教員は「このことはSNSなどに書き込まないでください」と念押ししたという。

 熊本県立済々黌高校では、応援団員に威圧的な校歌指導をされたことなどが原因でうつ状態になり転学を余儀なくされたとして、元生徒の男性が県に損害賠償を求めた訴訟があった。

 応援団の歌唱指導に詳しい亜細亜大学の小河久志准教授(文化人類学)は、浦和高校の校歌指導について、「1人ずつ歌わせるのはハラスメント的な側面がある」とした。

「一線越えた指導は見直しを」識者

 小河准教授によると、威圧的な指導は旧制中学の流れをくむ一部の高校でみられたという。自身が歌唱指導を調査した宮城県仙台第三高校では1990年代後半以降、新入生を正座させたり、歌詞の覚えが悪い生徒を竹刀で威圧したりする指導方法が変更された。「新入生の心身に負担を与える」ことが理由で、男子校から共学化されたことも変更を後押しした。

 小河准教授は「歌唱指導には、新入生が過酷な体験を乗り越え、一体感を持つという『通過儀礼』の側面はあった。厳しく指導し、愛校心を芽生えさせる目的だったのだろう」と指摘。その上で、「威圧したり暴言を投げつけたりして心理的に追い詰めるハラスメント的な指導はやめるべきだ。『伝統』で片付けず、本来の意味に立ち返って議論する必要がある。一線を越えた指導については、関係者が責任をもって見直していかなければならない」と話す。

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この記事を書いた人
杉原里美
さいたま総局|県政・教育担当
専門・関心分野
家族政策、司法のジェンダー、少子社会、教育