あの日に言えなかった、ごめんなさい
恋愛メインの、少し重い展開の短編です。
鬱要素が結構ありますが、笑いあり、おふざけありの内容に仕上げました。
バトル要素は少な目です。
ちょこちょこ修正しますが、多めに見て下さい。
バトルより恋愛かなと思ったのでジャンルを恋愛に変えました
僕は、夢を見ていた。
幼馴染で婚約者のリーリスと、教会で夫婦として結ばれる夢。
しかし、その夢は儚く消えた。
***
僕の名前は、アルス=フェイオン。
今年で15歳になる、名門騎士であるフェイオン家。
当主である父、ラウル=フェイオンの息子だ。
物心ついた時から、僕は、剣を手に握り、ひたすらに父から厳しい修行を課せられた。
しかし、残念ながら。僕には圧倒的に、剣術の才能が無かった。
そして、稽古をする度に、腕が自由に動かなくなり、
普通に立って、歩く時も痛みが走る身体になっていた。
「アルス!何だ!その気の抜けた打ち込みは!
その様な気構えでは、立派な騎士になれないぞ!」
「ごめんなさい。父上」
「剣はこう振るんだ!」
「ぐあっ!?痛っ!痛いです!父上!」
「泣き言を言うな!しっかりと身体で覚えろ!」
そして、父上の気が済むまで、僕は木刀で身体を滅多打ちにされた。
「今日も、この程度の攻撃を一撃も受け止められんとは・・・今日はこれまで!」
「あ・・・ありがとうございました」
僕は、全身傷だらけになりながら、父上に感謝の言葉を言う。
口の中で、錆び付いた味を感じるのも、毎日の事だった。
そして、僕が地面で蹲っている時に、父上の隣で見学している女の子が、僕に話しかけてきた。
妹のケイトだ。
金髪のセミロングで、小柄だけど、気の強い感じ印象で、整った顔をしている。
僕達が通っている、王立学院でも、男子から、かなり人気があるみたいだ。
そして、ケイトは、僕より2つ下の13歳にも関わらず、剣の才能に溢れていた。
「兄さんも、全然成長しないわよね」
「うっ・・・」
そして、最近は、僕への当たりがキツイ。
数年前までは、仲が良かったけど。
実力差が開く程に、ケイトの態度は冷たくなっていった。
「父上、兄さんに稽古を付けるのは、時間の無駄じゃないの?」
「ケイトは、黙っていなさい」
「はあーい」
ケイトは、大人の騎士に混ざって、剣の稽古をしているくらいに強い。
父上も、ケイトの将来に期待をしているのか、言葉遣いが多少荒くても、特に注意もしない。
僕が、同じ口調で話せば、今みたいに袋叩きに遭う。
ケイトは、不出来な僕とは大違いだった。
でも、僕は優秀な妹を、素直に誇らしく思っていた。
そして、休憩の時、ケイトが話しかけてきた。
「兄さん」
「どうしたの?ケイト」
「もっと真剣にやったら?いつまで経っても上達しないじゃない。そのうち、家を追い出されちゃうわよ?」
「僕は、いつでも真剣だよ。才能がないんだ。仕方ないよ」
「本当に、負け犬根性が染み付いているよね。妹にここまで言われて、悔しいと思わないわけ?」
「悔しいけど。本当に、何をやっても駄目なんだ。これ以上、僕を追い詰めないでよ」
「才能が無かったら、人の何倍も稽古をすればいいじゃない」
「ごめんね」
ケイトには、謝ったけど。結果が出ていないのでは、何も言い返せない。
実際に、父上から与えられた課題の、3倍くらいは陰で稽古している。
それでも、ケイトの足元にも及ばないのだから、悔しいよりも、不甲斐ない自分に嫌気が差してくる。
悔しいけど、これが現実。
どうしようもない、才能の差。
こればかりは、努力で埋めようがないよ。
「本当に、仕方のない兄さんね。私が養ってあげようか?」
「流石に、それは勘弁して」
「冗談よ、私が、そんな事をする訳、無いじゃない。あの人にも失礼だからね」
「うん。分かっている。少し休ませ、痛っ!」
「大袈裟ね。さっさと、どいてくれない?」
「ごめんね」
妹に養われる兄なんて、情けないにも程がある。
それでも、妹のケイトは、僕に対して、親切に接してくれていたと思う。
***
僕は、王立の学院に通っている。
そこで行われる、剣術の授業でも、同級生に誰一人、勝つ事が出来なかった。
そして、同級生のみんなに、面白半分に痛めつけられる。
これが、僕の学園の日常だった。
「これが、剣聖ラウル=フェイオンの息子か?てんで弱いじゃねぇか!」
「いや、まだ実力を隠しているかもしれないぞ?アルス!次は俺だ!」
「ダニエル・・・ニルス?ち、ちょっと待ってよ!まだ息が・・・」
「問答無用だ!行くぜぇ!剣聖の息子!」
「痛っ!痛い!ほんとに止めて!」
「ほらほら!早く、本気を出さないと死んじまうぞ?」
「こ、これが本気って、痛っ!何回も言っているのに・・・」
「ヒャッハァー!そりゃあ!トドメだ!」
「おいおい。ニルスもそれくらいにしとけ。こいつマジで死ぬぞ?」
「あん?ダニエル。お前も散々ボコボコにしただろ?」
「仮にも、フェイオン家の跡取りだ。流石に授業でぶっ殺したら不味いって」
「それもそうだな。つい調子に乗っちまったぜ。これほどスッキリするサンドバックはいねえからな!おう今日はこれくらいにしといてやる!」
でも、僕には返事をする体力は残っていなかった。
(酷いよ・・・人をサンドバック扱いなんて・・・)
***
僕は、医療室で治療を受けてから、教室に戻った。
「アルスは、また剣術の授業で虐められていたの?」
隣から、透き通る様な、綺麗な声が聞こえてくる。
リーリス=ランベルク
名門貴族のランベルク家の2女で、僕の婚約者になる女の子だ。
プラチナブロンドの長髪に、ぱっちりした桔梗色の綺麗な瞳。
正直、僕には勿体ないくらい、優しくて可愛い子だった。
「まだ、怪我が残っているよ。『ヒール』」
そして、リーリスが、魔法で手当てをしてくれる
リーリスは、神聖魔法が得意で、成績も優秀だった。
女の子は、男子と混ざって剣術をする子もいれば、得意分野を伸ばすために、魔法を鍛える子もいる。
リーリスは、魔術を専門に学んでいた。
「ありがとう。少し痛みが取れたよ」
「どういたしまして。アルスも少しは怒った方がいいよ。黙っていると、相手が付け上がるだけよ?」
「うん。でも手も足も出なくて・・・それに、友達に怒るなんて出来ないよ」
「あれって、友達なの?でも、アルスの優しい所は嫌いじゃないけどね」
「ほ、本当!?」
「婚約者に嘘なんていわないよ。でも、これ以上アルスが怪我をするようなら。私が注意するわ」
「そんな事をすれば、リーリスが虐められるじゃない!それはダメだよ!」
「本当に、お人好しね。そういう所も嫌いじゃ無いけどね」
「うん。ありがとう」
この頃は、辛い日々の中にも、小さな幸せがあると信じていた。
***
そして、『信託の儀式』の時がやって来た。
人間は15歳になると、教会からギフトが与えられる。
これは、神様が、種族として力が劣る人間に、
この厳しい世界で、生きられる様にと、力を与えて頂ける儀式だ。
ギフトの授与には、2年の誤差が生じる事があるため、13歳のケイトも参加する事になっていた。
僕は、婚約者で幼馴染のリーリスと、妹のケイトと共に、信託の儀に来ていた。
「アルスは、頑張っているもの。神様も、きっと素敵なギフトを与えてくれるよ」
「ありがとう、リーリス」
「兄さんも、少しはマシになるといいね」
「うん。でも、こればかりは、神様しか分からないよ」
***
そんな雑談をしている時に、リーリスの番になった。
「リーリス=ランベルク、前へ」
「私の出番みたい。それじゃあ、行って来るね。アルス」
そして、一際大きなどよめきが起きる。
なんと、リーリスのギフトは、『聖女』
教会から、女の子に与えられるギフトの中で、最強で最高のギフトだ。
本人は、周囲から羨望と称賛の視線を集めるが、照れくさい表情で僕達の所に戻って来た。
「たはは。私が聖女だって。ギフトが凄過ぎて実感が沸かないよ。乾いた笑いが出ちゃった」
「凄いよ!リーリス!何だか、遠い人に見えちゃうな」
「アルスまで止めてよ。私は、聖女でもアルスの婚約者だからね?」
「こんな奴の、どこがいいのか・・・」
「ちょっと!ケイト酷くない?」
「次は、ケイト=フェイオン」
「あれ?僕じゃないんだ。それにしても、ケイトは13歳なのに、もうギフトを貰えるなんて!凄いよ!」
「私の事より、兄さんは自分の心配をしてよね」
「あはは」
「まったく先が思いやられる兄さんね・・・それじゃ、行って来る」
「相変わらず、キツイなあ」
「ケイトは、兄さんに正直になれないだけ、本当はアルスを心配しているのよ?」
「そうなの?」
「リーリスさんは、余計な事を言わない!」
「ふふっ。ゴメンね。ケイト」
そして、また、どよめきが起きる。
ケイトのギフトは、『聖騎士』
神官騎士の上級職だ。
「堅苦しいのは、苦手なのよね。父上と同じ、剣聖が欲しかったわ」
「聖騎士なんて、すごいじゃないか!神様に贅沢なんて言ったら駄目だよ」
「ふふふ。私はケイトに護ってもらおうかしら」
「リーリスさんなら喜んで!」
「次、アルス=フェイオン。前へ」
「いよいよ、だね。アルス」
「せめて、マシになって帰って来てね」
「うん。行って来る」
そして、僕は、神官様の前に来た。
「アルス=フェイオン・・・そなたのギフトは」
「はい」
「無い」
「えっ?」
「無いって、どういう意味ですか?」
「残念ながら、そなたは神から愛されておらぬ。何のギフトも得られなかった」
「そ、そんな!今年ではなく、来年に授かるとかの間違いでは無いのですか?!」
「はっきりと神の声が聞こえた。この男に与えるギフトは無い。何年待っても、そなたに神からのギフトは与えられぬ」
「神様、どうして・・・」
神官様の言葉に、今日一番のどよめきが走った。
そして、リーリスの僕を見る目が、いつもと違う事に気付いてしまった。
まるで、表情が抜け落ちた顔で、僕を見つめている。
「アルス・・・嘘だよね」
「リーリス?」
「加護なしは、異端者の証明・・・神の敵・・・どうして?」
「待って!僕に、そんなつもりは!」
「私だって・・・アルスが誰よりも優しい男の子だと思ったから、惹かれていたのに!私を騙していたの?」
「違う!僕は騙してなんかいない!神様の敵なんかじゃないよ!信じて!」
「神様が、アルスを敵と認めたのよ!異端者は聖女の敵・・・どうしてこんな事になるのよ!」
「待って!僕は、リーリスと戦うなんて、考えたくも無いよ!」
「もう、嫌!私を惑わせないで!好きな男の子が、無能な上に、神の敵なんて、そんな人生なんて耐えられないよ!」
「僕の事を無能・・・そんな事、今まで一度も言わなかったのに・・・」
「私だって悲しいよ!悔しいのよ!!婚約者と思った、初恋の男の子が、神様の敵だったなんて!
今まで陰で笑っていたの?!今までの、優しくて穏やかな時間は嘘だったの?!」
「それはちがっ!?」
僕は、リーリスに説得しようとしたが、屈強な神官戦士の腕で口ごと、
羽交い絞めにされた。
「異端者が!身の程を弁えろ!聖女様を泣かせるなど!言語道断だ!」
「聖女様!貴方は目覚めたばかりの大切なお身体!どうか異端者の処分は我々にお任せを」
「任せます・・・もう、私の前に現れないで!」
「はっ!」
僕は、なんとか拘束から口だけ出して言葉を出した。
「嘘だよね・・・リーリス」
しかし、リーリスは、僕の問いに何も答えず、
そればかりか、振り返る事すらせずに、そのまま神官達と共に去って行った。
***
「異端者アルス!貴様はいい加減に喋るな!大人しくついて来い!聖騎士の妹は、そいつから離れろ!」
「はい。分かりました」
「ケ、ケイト?」
バキッ!
そして、僕は、いきなり父に頬を思い切り殴られて、吹き飛ばされた。
「娘の名前を、気安く口にするな!この異端者が!」
「ち、父上?」
「貴様など、息子では無い!異端者として、教会で裁かれるがいい!この一家の面汚しが!」
「そうね。リーリスさんを悲しませる無能はフェイオン家にいらないわ。帰りましょう。父上」
「そ、そんな・・・ケイトまで」
「家督はケイトに継がせる。ケイトに見合った養子を探そう」
「貴族で、素敵な人を紹介してね。そこのゴミみたいな出来損ないだけは止めてね」
「当前だ!相応しい婿を探すぞ」
「待って!父上!ケイト!!」
「いい加減にしろ!待つのは異端者の貴様だ!収容所に連れて行け!」
「はっ!さっさと来い!このゴミが!」
「ぐあっ!」
僕は、後頭部に一撃をもらって、意識が遠のいていく。
みんな揃って、僕をゴミだなんて・・・僕はゴミなの・・・?
優しい言葉や、あの時の笑顔は、演技だったの?
分からないよ・・・誰か教えてよ!お願いだよ!
そして、僕は、そのまま神殿の衛兵に捕えられた。
***
僕の身柄は、異端者として、教会に預けられた。
そして、異端審問で、現実を突きつけられる事になる。
この時、僕は喋る事も、表情を変える事も出来ない様に、魔道具を付けられていた。
こんな物は、裁判でも、何でもないよ。
「アルス=フェイオンの異端審問を始める。証言者は前に」
「はい」
最初に現れたのは、幼馴染で婚約者だった、リーリスだった。
そして、父のラウルと、妹のケイトの姿もある。
そして、リーリスの証言が始まった。
「幼少の頃から、親しくしてきた、聖女リーリスに尋ねる。アルスは異端者か」
「分かりません。でも聖女の私が、今まで一緒にいて何も気付きませんでした。婚約者です。初めて意識した男の子です・・・それが異端者と言われたのです。とても心の整理が付きません」
「聖女殿には同情する。異端者アルスから、何か言う事はないか」
「・・・」(違う!僕は異端者なんかじゃない!僕もリーリスが好きなんだ!)
「この様な、聖女様の悲痛な声にすら無言とは。人の心が無いと見える・・・化けの皮が剥がれたな」
「待って下さい!お願いアルス!何か否定してよ!あの時は感情的になって言い過ぎた!無能なんて言ってごめんなさい!でも、私の初恋だったの!
だから、出来るなら助けたい!弁明があるなら聞いてあげる!私も力を貸すから!ねえ!何か言ってよ!アルス!!」
「・・・」(リーリス!気付いて!僕は!喋れないだけなんだ!)
「嘘・・・まさか、本当に、私に言う事は何も無いの・・・そう、今度こそ、本当に見損なったわ!」
「・・・」(待って!リーリス!行かないで!)
「何という非道な男か・・・聖女殿の心の叫びにの耳を貸さず、純真な心を踏みにじるとは。見るに堪えん外道よ!」
「妹のケイトはどうか」
「何も話したくありません!これではリーリスさんが、あまりにも可哀想です!私に、こんな人でなしの兄はいません!こいつは異端者です!!」
「・・・」(違う!全部、教会は仕組んだ出鱈目だ!)
「実の妹・・・いや、失礼した。聖騎士殿の娘の言葉にも、耳を貸さないか・・・これは決定的だな」
***
僕は、動きを封じられた状態で、リーリスから悲しい失意の目を、そして妹のケイトからは憎悪の目を向けられた。
「判決を言い渡す・・・異端者アルスを火刑に処す!」
「さよなら・・・ごめんなさい。もう立っているのも辛くて。これ以上ここにいたくないよ」
「だ、大丈夫ですか?リーリスさん!」
「ありがとうケイト。貴女だけは、変わらないでね」
「もちろんです!」
「異端者アルスから、フェイオン姓を剥奪する。無関係の私はこれで失礼させてもらう」
「行きましょう!父上、リーリスさん。あんな異端者の人でなしと同じ場所にいたら、駄目です」
「うん。これ以上は無理。ケイトは、私の聖騎士になって護ってくれる?」
「はい!任せて下さい!」
もう、3人の頭の中では、僕は人でなしの異端者になっていた。
僕が、小さな幸せと思っていた場所は、ここで完全に消えてしまった。
心の中の、黒い染みが大きくなった気がした。
(こんな世界。嫌いだ・・・)
そして、僕は処刑までの1週間の間、
顔の形が変わるまで、徹底的な拷問を受けた。
そして、毎日、ダニエルとニルスが、学園から僕を痛めつけに来ていた。
「ぎゃははは!マジで殴りたい放題だぜ!殺してもオッケーってなあ!」
「や、やめへ・・・」
「言いたい事があるなら、きちんと喋れよ!」
「あはは!無茶言うなよ。そいつの口の中、歯もボロボロで舌も千切れているぜ!」
「ゆるひへ・・・」
「バーカ!許す訳ねえだろっ!このゴミ野郎!」
日が進むにつれて、左手の指が切り落とされ、右腕が根本から斧で斬られて失った。
処刑の前の日は、とどめと言わんばかりに、右目を潰された。
僕は、もう、まともに喋れない口で、叫び声をあげた。
「ああああっ!!!」
「ぎゃはっ!!最後の仕上げってなあ!」
「流石にひくわー。お前、どれだけこいつが嫌いなんだよ。明日まで持つのか?コレ」
「息さえしてればいいんだよ!もう片方も抉っちまおうぜ!」
「ばーか、処刑台が見えないだろ?」
「それもそうか!良かったな!残して置いてやるよ!感謝しろよ!」
生きて、処刑台まで歩ける状態であれば、何をしてもいいという、酷い扱いだった。
もう、全身血塗れで、ボロボロだった。
痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!痛みのあまり、頭がおかしくなる!!!
どうして、人間は、こんな酷い事を笑いながら出来るの!!!
そして、僕が休めたのは、痛みで気を失った時だけだった。
意識が闇に落ちる度に、心の染みが大きくなった。
(こんな酷い世界なんか、無くなっちゃえ)
***
そして、僕の処刑の日がやってきた。
足だけは、辛うじて動く状態で、僕は処刑台に歩かされた。
(やっと楽になれる・・・)
「おい、異端者!言い残すことはあるか?」
「・・・」
「もっとも、もう喋る気力も無いか?くははっ!」
「しね・・・」
「あん!」
「しね」
ドカッ!
僕は蹴りを入れられた。でも、ずっと全身が痛くて、痛みなんて麻痺していた。
「自分の立場を分かってんのか!この異端者が!」
「みな、しね・・・」
「てめえ!」
「処刑人!いつまで遊んでいる!異端者を早々に、処刑せよ!」
「分かりました。くそっ!異端者め!」
そして、僕は処刑台に張り付けられた。
僕は、潰れていない片目で、周囲を見渡す。
僕を見る、民衆の目が、汚物を見る様な目に染まっていた。
そして、その中には、リーリスとケイト、そして父上の姿もあった。
僕が知っている人達は、僕のこんな姿を見ても、澄ました顔や怒りの表情で、僕の処刑を待っていた。
そうか、みんな、僕の事が嫌いなんだ。
僕が、惨たらしく死のうとしているのに、それでも許せないんだ。
そして、処刑台の下から、火の手があがる。
唯一痛めつけられていない僕の足が燃えた瞬間、信じられない激痛が走った。
でも、僕の口は壊れていて、ロクな悲鳴も出せなかった。
炎に包まれながら。僕は走馬灯で考えた。
僕は、何の為に生まれて来たんだろう。
僕は、そこまで悪い事をしたの?
みんな、どうして僕が嫌いなの?
どうして・・・最後に誰か教えてよ・・・
毎日、父上の期待に応える為に、剣術を学び、勉強も真面目にやってきた。
優秀な妹が、誇らしかった。
可愛くて優しい、幼馴染の婚約者が好きだった。
僕が、無能なのがいけないの?でも、それは殺されて当然の事なの?
神様がギフトを渡さない。それだけの事で、僕は気が狂う激痛の中で生涯を終えようとしている。
こんなの理不尽過ぎるよ・・・
そして、僕の中の何かが壊れた。
・・・もういいよね。
物心つく前から、厳しい訓練に加えて、酷い虐めを受けて来た。
そのせいで、全身が常に悲鳴を上げていて、真っ直ぐに立つのも一苦労だった。
それでも、認めて欲しくて、必死に頑張って生きて来た。
そして、その先にあったのは、もっと酷い虐めと、信じていた人からの裏切り。
僕に、仲良くしてくれる人なんて、一人もいなかった。
本当に・・・酷い人生だよね。
だから、思い切り言ってやる!
『神様なんて、大嫌いだ!』
***
「ゴオオオオォォォォ!!!」
アルスの身体が炎に包まれて見えなくなった。
恐らく、すでに生きてはいまい。
父親として、罪悪感はあるが、神から異端者のギフトを受ける方が悪い。
それに、私は、最高の英才教育をあいつに施した。
言うなれば、愛の鞭だ!
だが、そんな私の気持ちに、あいつは何も応えてはくれなかった!
諦めずに、何度も厳しい稽古をつけた!
ケイトに行う予定の稽古まで加えてあいつに叩き込んだ!だが!まるで形になっていなかった!
父として、やれる事は、全て尽くした。私は何も間違ってなどいない。
悪いのはあの愚図だ!
いや、私に息子などいなかった。
幼い頃から、息子を虐待し続けた父親は、都合のいい言葉で、その罪から逃げた。
***
兄さんだった人が、燃えて消えていく。
あいつは、いつもヘラヘラしていて、何一つ真面目にやろうとしなかった。
私も、兄さんのやる気を出させようと、何度も憎まれ口をたたいたよ。
でも、兄さんは、いや、あの異端者は、全然努力なんかしなくて、飲み込みも悪くて、弱いままだった。
あんな生き方をすれば、神様から異端扱いされて当然だ。
それに、何よりも、腹立たしいのは!
リーリスさんの気持ちを踏みにじった事だ!あの異端審問の出来事だけは、絶対に許せない!!
あれは、人でなしの異端者だ!
妹は、自分が作り上げた正しさで、自分の正義を信じた。
***
(あれが、アルスなの?)
私の婚約者だった、男の子は、片目と、片腕が無くなっていて、ボロボロだった。
でも、異端者だから、仕方ないよ・・・そう考えないと立っていられない。
今でも気を抜いたら吐きそう。
私は、平静を装うのがやっとだった。
あの信託の儀から、言い寄ってくる男性が殺到した。
名門貴族の2女で、ギフトが聖女。でも今だけはこの肩書きが自分には重たかった。
確かに、アルスは異端者だった。でも、私の初恋だったんだよ?
せめて静かに失恋くらいさせてよ・・・
そして、処刑台の上で、初恋の男の子が、燃えて消えていく。
あの人は、いつも笑って、怒る事を知らなかった。
虐めで酷い怪我をしても、怒りの表情をした所を見た事が無い。
それどころか、あんな事をしてくる人を、友達と言っていた。
そんな、どこまでも純真で優しいアルスに、私は、自然に惹かれていた。
だから、異端審問の時に、私は、想いのすべてをぶつけた!
でも、アルスは、何も応えてくれなかった。あの瞬間。私はすべてを失った気持ちになった。
本当に、神様の敵の異端者だったなんて・・・はっきり言って見損なった!
ううん。自分の見る目の無さに、呆れてくる。
でも、最後まで看取ってあげよう。そして心に区切りを付けよう。
そう思った時、私は信じられない物を見た。
「えっ!?」
それは、いつもアルスを見ていた、リーリスだけが気付いたかもしれない。些細な表情の動き。
あのアルスが、あんな目をしているなんて・・・
あれは、憎悪の目・・・何を憎んでいるの?もしかして・・・私なの?
ううん、異端者は神の敵。きっと、元から世界のすべてを憎んでいたんだ。
そう考えないと、心が壊れて、頭がおかしくなりそう。
婚約者だった女の子は、相手の気持ちより、信託を信じて、心を閉ざした。
***
僕は、身体を焼かれ続けて、気が狂いそうな苦痛の中、はっきりと理解した。
『この世界は間違っている!』
次の瞬間、僕の心に反応するかのように、ドス黒い感情に支配されていくのを感じる。
でも、全然足りない!
僕の怒りは、こんなちっぽけな物じゃ無い!
もっと!もっと!憎しみの感情が欲しい!!
せめて、死ぬまでの間に、この世の全てを呪ってやる!!
「そろそろ、死んだかあ?」
「口を利けなくしたのは、失敗だったなあ、悲鳴すら上がらないのが、味気ねえなあ」
「それな!あの情けない声で絶叫を上げて欲しかったぜ」
違うよ。こんな間違った世界で生きている、君達の方が可哀想だ。
こんな世界なんて、こちらから願い下げだよ!
どうやら、僕は、本当に異端者になってしまったみたいだ。
あはは!死ねて幸せだな!なあんだ!僕の幸せは、こんな所に在ったんだ!!
そして、処刑台ごと、僕の身体は燃えて灰になった。
***
「うわっ!黒焦げどころか、灰しか残ってねぇぞ」
「異端者の処刑だからな。すべてを灰にする決まりだ」
「死体蹴りしたかったんだけどなあ。最後までムカつく奴だったぜ」
「足が汚れるだけだろ?蹴る価値もねえよ、さっさと燃えカスを片付けようぜ」
死体すら虐めようとするの?
本当に酷い人達・・・あれ?どうして僕の意識はあるの?
僕の身体が灰になったのは間違いない。
今まで、身体が燃えていて、嫌という程、痛みを実感していたんだ。
魂だけになっちゃったのかな?こんな世界に、未練なんて何も無いんだけど。
でも、僕は今、灰の中にいる。
あれ?どういう事だろう?
それに、失ったはずの。右腕の感触を感じる。
あれ?失った指先が動く・・・
(っつ!!)
次の瞬間、頭の中に、鈍い痛みが走った。
何かが流れ込んで来る!何これ!?記憶?
それは、一人の天使の記憶だった。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
名前は、大天使アスタリア。
3000年前に、神と人間に裏切られて、滅ぼされた魔王だった。
そして、天使だったアスタリアが、魔王になった経緯が、僕の頭の中に再生されていく。
アスタリアは、神に使える天使の1人だった。
当時の人間は、技術の進化で増長し、神を蔑ろにして、事もあろうに聖地を穢した。
神は大浄化を決意し、人間に神罰を与える。
太古の人間は大半が滅び、死んでいった。
アスタリアは、滅びゆく人間を憂いて、神に対して怒りを鎮めて欲しいと進言した。
しかし、神がアスタリアに下した審判は、反逆罪。堕天だった。
アスタリアは、堕天して地上に堕ちる。
しかし、失意よりも、滅びの道を辿っている人間を助ける事を決意する。
そして、辛うじて生き残った人間に知恵を与え、人類を滅亡から救った。
これが、僕達の祖先に当たる、人間だ。
そして、生き残った人間は、神の許しを得て、大浄化を免れ。
アスタリアから得た知識で、文明を築いていく。
しかし、文明が発達し、人々が裕福になった途端、アスタリアは人間に裏切られた。
神が、人間に信託を与え、ギフトを授けたのだ。
そして、信託を与える条件が、裏切りの堕天使、アスタリアの処断だった。
神は、人間を許したが、人間に神の様に祭られているアスタリアを許せなかった。
アスタリアは、神の決定に従い、仮初の神の座から降りた。そして、人間に理解を求めた。
しかし、神が人間に与えた、ギフトは、人間が、この世界で生き残る術などでは無かった。
ギフトは、堕天したアスタリアとアスタリアの残した物を滅ぼす為に与えた力だ。
そして、ギフトの前に、アスタリアは討伐されて、封印される事になる。
「やった!魔王アスタリアを倒したぞ!」
「この!神の敵め!」
「動けない様だな!二度と復活出来ない様に、八つ裂きにして封印してしまおうぜ!」
アスタリアの身体は、8つに分けて封印された。
こうして、一方的な虐殺と引き換えに、人間はギフトの力を中心に発展していき、
アスタリアが授けた知恵や力は、この世界から消え去った。
しかし、人間は、どこまでも愚かな生き物だった。
力を欲する権力者が、アスタリアの遺体に目を付け、あろうことか封印を解いてしまった。
「これは、凄い!なんという力だ!ギフトで錬成を使える奴がいたな。よしこの足で剣を創ろう」
「この腕は俺達が貰っていくぜ!魔物の侵入を防ぐ盾が欲しかった!」
「この頭で、サークレットを創れば、素晴らしい叡知が得られそうだ!」
そして、アスタリアの8つの身体は、
別の姿で聖遺物として、権力者の所有物となり、アスタリアの力は好き勝手に使われた。
しかし、人間は神から言われた事を忘れていた。
封印が解かれた状態で、アスタリアの魂を封じ込めた人柱が、命を落とせば、アスタリアが復活する事を。
どこまでも救いが無い話だった。
そして、魂を封じ込めた人柱は、外ならない僕だった。
△△△△△△△△△△
これが・・・天使様・・・アスタリア様の記憶なの?
僕より、もっと救いが無いじゃないか!こんなの酷すぎるよ!!
《やっと見つけた・・・》
(誰?)
《私はアスタリア・・・天使アスタリアです》
(そうですか、アスタリア様の記憶を見ました)
《それは、少し恥ずかしいですね》
(人間が憎いですよね?僕の身体を好きに使ってください)
《お断りします》
(えっ?)
《貴方の、その考えは逃げ・・・甘えです。その様な物を、私に押し付けられても困ります》
(僕は死ぬまで酷い目に遭ったんだ!甘えて駄目ですか?!逃げてもいいじゃないですか!!)
《困った子ですね。この国にいる人間が、この世界の全てでは無いでしょう?》
(どういう意味です?)
《外の世界に目を向けなさい。この世界は美しい。自分を愛してくれる人、貴方が愛する人が必ずいるはずです》
(いませんよ。そんな人)
《意固地になってはダメですよ。仮にここにいる人が死んで、貴方の気は晴れるのですか?》
(分かりません)
《それでは、質問を変えましょう。貴方を殺した人間は、その手で殺してあげる価値がありますか?》
(無いと思います)
それだけは、断言できる。
《死はすべてを無に帰す。これ程甘い考え方はありません。辛くても生き続ける事が人に与えられた使命なのですから》
(でも、仕返しくらい、してもいいじゃないですか?)
《私が、天罰でここにいる人間を処断したとしましょうか?天使の力で神の御許に行く。神に仕える者にとってこれに勝る栄誉はありません。まさに祝福です》
(そう言われると、腹が立って来ました)
《貴方は、何年も辛い思いをして生きて来た。不公平ではありませんか?》
(まったく、そのとおりです)
《なにより、その手を汚せば、貴方は必ず後悔します。貴方は私と同じですから》
(そうですか?)
《その証拠に、私が外に出られたのです》
(怒りに任せて、この世のすべてを呪って死んだ事?)
《それだけではありません。貴方にもきっと分かる時が来るはずです》
(はい。何の事か分かりません)
《私は、神も人間も、愛しています。あの様な裏切りに遭っても、人間を信じたい気持ちは無くなりません》
(あんな酷い目に遭っても、そんな事を言うんですか?)
《我ながら、度し難いと思います。堕天して、殺されてもなお、愛を求めるのですから》
(とんでもないお人好しですね)
《はい。それだけが取り柄ですので》
(でも、誰よりも、厳しい方だと思います)
《それも、私の取り柄と思っていますよ》
でも、どうしよう・・・
このまま起き上がっても、すぐに殺されちゃうよね。
また燃やされるのは、流石に嫌だ。
《私も、それを許す気はありませんよ》
(でも、周りは人でいっぱいだよ)
《少し、悪戯するくらいはいいでしょう。それくらいの力であれば残っています》
(悪戯?)
《ええ、身体を少し借ります。まずは起き上がりましょう》
(分かりました。アスタリア様。お任せします)
***
僕の身体は、灰の山に埋もれていた。
そして、何事も無かったかのように、ムクリと身体を起こす。
炎に包まれて、満身創痍だった身体どころか、1週間の拷問で失った指や腕も元通りに戻っている。
そして、長年の虐めで出来た古傷も、跡形も無く消えていた。
これが、アスタリア様の力なのかな?
僕は、物心ついてから、初めて健康な体を手に入れた。
ここまで、気分爽快なのは、生まれて初めてだった。
真っ直ぐに立っても、痛みを感じない事が、何よりも嬉しい!
《この様な事に、そこまで喜ぶ人は貴方くらいですよ?》
(そうなの?)
《重心が崩れたままで、稽古など、いくらやっても逆効果です。歪みが余計に悪化します》
(もしかして、僕がいつまでも弱かった理由って・・・)
《父親が体の基礎が出来ていない身体を、稽古と言って叩き壊したのです。無能はあの親です》
(でも、妹は?)
《女の子を叩きのめす度胸が無かった。もっとも、妹の分の鬱憤も貴方に向けられた様です》
(最低な理由だね。才能以前の問題だよ)
僕の無能の正体は、驚く程に単純な事だった。
父親だった、あの男が、稽古と言って、感情に任せて、叩き壊したんだ。
「死体が起き上がった!」
「アルス!その身体は何だ!俺が切り落とした右腕があるぞ!」
(それで、どうするの?)
《ここからは、私が身体を使います。フフフ》
(えっ?何?その邪悪な笑み!?何か、物凄く嫌な予感がするよ?)
《まあ、見ていなさい。悪い様にはしません》
次の瞬間、僕の身体が真っ白な光につつまれて、神々しい衣服につつまれた。
しかし、なにより驚くのは、頭の上に輝く光の環と、背中に生えた、白く美しい12枚の羽根だった。
「なっ!」
「て、天使だと!?」
『我は大天使アスタリア・・・この身体の持ち主アルスの中に眠っていた者です』
「だ、黙れ!アルスが天使なわけ、ねぇだろうが!その腕をもう一度ぶった切ってやるぜ!」
「ま、待て!ニルス!」
ブシュウ!!!
ニルスは、斧でアルスの腕を叩き斬ろうとした。
しかし、次の瞬間、切断されたのは、ニルスの腕だった。
「あぎゃああああ!!!俺の腕が!!!」
『天に武器を向ければ自分に返ります・・・次はありません』
「うぎゃああ?あ?・・・腕がある!な、何だ!今のは!?」
そして、アスタリア様は空高く舞い上がり、人の手の届かない所に停止した。
***
一方、各々が、好き勝手な思惑を胸に、処刑台を見つめていた時。
突然に異変は起こった。
「なっ、何なんだ!あれは!」
「ええっ!?あいつが生きている!どうして?」
灰の中から、1人の男の子が蘇った。
そして、驚く事に、アルスの身体は聖なる衣に包まれ、頭上に光輪が輝いており。
背中には、純白の12枚の翼が宿っていた。
「嘘・・・アルスが、天使様・・・?」
***
そして、王国全土に響く声が紡がれる。
怒声ではなく静かな声だが、国中の人々の、頭の中に入る不思議な声だ。
『神は嘆いておられます。天の遣いを処刑するなど・・』
(あれ?アスタリア様は、神様に見放された、堕天使では?)
《アルス・・・少し黙ってもらえますか?今、いい所なのです》
(は、はい・・・)
『コホン・・・この身は滅び、天に召されるでしょう。人間達よ、天の遣いを殺した、己の罪を後悔なさい』
そして、自分の力を示す様に、アスタリア様は、この時代で失われてしまった魔術を行使する。
『ヘブンズフォール』
ズガガガガガアアアアアァァァァァァァン!!!
「ぎゃああああ」
「ひいっ!」
「て、天罰だ!」
「き、教会の女神像が!粉々になっている!」
「教会が燃えているぞ!」
突然の落雷で、教会にある女神像が、粉々に砕け散った。
『貴方達に、神に祈る資格はありません』
そして、アスタリア様の目の前に、一人の神官が慌てて跪いていた。
確か、神官で一番偉い人、そして処刑を命令した人だった。
そんな人が、僕に土下座をしていた。
「て、天使様!何卒お許しを!」
『天使殺しが、神の御許に行けると思わない事です』
「も、申しわ」
しかし、神官長の言葉が言い終わる前に、アスタリア様の姿は消えていた。
そして、残されたのは、事の経緯を唖然と見つめる民衆。
父と妹だった2人。婚約者だった聖女。
粉々に砕け散った、女神像だった。
***
その後、処刑を見物に来た民衆は、当然、大混乱となった。
「我々は、なんと罪深い事をしたのだ!神の使途を処刑するなど!」
「女神像が!神は、我々を見放した!!」
「天使様が言っていた!神の御許に行けないって!つまり地獄に堕ちるしかないのか!」
「地獄なんて嫌よ!」
「そもそも、何故、こんな事になったんだ!」
「そうだ!こうなる様に、仕向けたのは誰だ!」
「異端審問で、アルス様に魔道具を使って、喋れなくしていたのは、教会の異端審問だ!」
「き、貴様!裏切るつもりか!」
「いや、異端と決めつけていたのは、聖女様だったぞ!」
「違うわ!私は断言していない!それに魔道具って何の事!?説明して!」
「聖女と天使のどっちが正しいと思う?俺は天使様だと思うぜ!」
「誰もがそう思っている!それに剣聖の父親と聖騎士の妹も、異端と言い切っていたぞ!」
「一家で迫害していたのか!とんでもねえ悪党だ!」
「ま、待ってくれ!これは、何かの間違いだ!」
「そ、そうです!兄さんを迫害なんて」
「何が兄さんだ!フェイオン家に、アルスなんていないって言い切っていたじゃねぇか!」
「そうだ!面汚しと顔面を殴りつけていたぞ!」
「それでも人間の親か!」
「黙れ!異端者に対する扱いとしては真っ当な行動だ!私には家族を守る責任がある!お前達だって私の立場なら同じ行動を取るだろう!」
「そうよ!それに、あなた達だって、兄さんに石を投げて罵倒していたじゃないの!今更善人ぶらないでよ!」
「なんだと!」
「聖女様、いや聖女の性格の悪さには、呆れました。婚約者を死に追いやるなんて」
「婚約者だって!?」
「待って下さい!それより魔道具について聞かせて下さい!」
「可愛い聖女様と思って期待していたけど、中身はクソ女だったな。がっかりだ」
「そんな・・・クソ女なんて・・・酷い!」
「どっちが酷いんだよ!天使様に謝れ!」
「そうよ!婚約者が死ぬ所を・・・しかも怪我だらけでボロボロだったのに、自分が被害者って顔で見ていただけじゃない!」
「そ、それは・・・でも、神官様が、異端者だって!あの時の私に何が出来たというの!
みんなだって、異端者だって!そう言っていたじゃない!どうして私だけがここまで非難されるの!こんなの酷いよ!」
「そもそも、どうして聖女様が、天使様と見抜けなかったんだ?天使様が異端者と言い切ったのは、信託の儀を行っていた神官だろ!!節穴にも程があるだろうが!!!」
「神官様!!まさか!アルスの信託は出鱈目だったのですか!?」
「いや、信託は紛れも無く、異端者・・・いや、無能、加護なしであった!」
「おい・・・元々天使様だから、加護はすでにあったって事じゃねえか?」
「それじゃあ、アルスは・・・」
「おい!何をいまさら後悔しているんだ!奇跡的に天使様として復活なさったが、お前らが火あぶりで殺したんだろうが!」
「殺した・・・私が・・・」
「聖女様!気を確かに!それにフェイオン家の方はこちらに避難して下さい!貴様ら!教会を疑うのか?!」
「当たり前だ!あの天使様は何だよ!それに神官長が土下座していただろうが!」
「天使様が目の前にいれば、土下座するのは、当たり前だ!」
「それなら!今すぐに天使様をここに連れ戻せ!」
「貴様らこそ、立場を弁えろ!これ以上の侮辱は実力行使になるぞ!」
「おもしれえ!どうせ地獄行きなんだ!暴れてやるよ!」
「王国騎士の方、力を貸してください。暴徒を鎮圧します!」
「ああ、流石にこれ以上は見過ごせない。だが、教会にも思う所はある。後で話を聞かせてもらうぞ」
「あ、貴方達も我々を疑うのか!」
「天使様の異端審問に、不正があると分かった。そこは詳しく聞かせてもらう。
あと拷問を受け持った連中も連れてこい。出来ないならば自分達だけで鎮圧するのだな」
「分かりました。あの二人を捕えて置け!」
民衆は、どこまでも自分勝手だった。
特に、教会の関係者。フェイオン家の2人と聖女へ、民衆から非難が殺到した。
だが、教会も正論を民衆に叩きつける。
最後には、王国と教会が実力行使で黙らせた。
挙句には、出来もしないギフトを取り上げるなど、脅し文句すら飛び交う有様だ。
そして、天使の姿となった僕は、単に透明になって、そこにいただけだった。
『フフフ・・・見事な泥沼ですね。まさに破滅に一直線。これは痛快です』
「こっちがドン引きだよ・・・アスタリア様は、性格悪いよね。そんな事だから堕天したんじゃないの?」
『アルス。人聞きが悪いですよ。私は女神像を壊して、姿を隠しただけです』
「もういいです。みんな自分勝手で、最後まで手を取り合おうとしないんだから。
一言、ごめんなさいと言えば、それでいいのに。自分が傷つきたくない事だけを考えて、その一言が出てこない。
僕は、今度こそ、愛想が尽きました。本当にこんな人間が好きなんですか?」
『もちろんです。醜い所も含めて愛していますよ。フフフ、あの悲痛な表情。コミカルで可愛いじゃないですか?』
「ごめんなさい。その感覚は、永遠に分かり合えないと思います」
『それは、残念です。フフフ』
考え方が違い過ぎるよ。
僕には、人が傷付け合う所を見て、愉しむなんて出来ない。
やはり、アスタリア様は、堕天使だと改めて思った。
『しかし、私にも、力はわずかしか残っていません。長年の封印で力が尽きようとしています』
「そ、そうなんですか?」
『今から、アルスを、別の国に転移させます。それで、私の魂は消えるでしょう』
「アスタリア様は、残る事は出来ないのですか?」
『無理です。こうして話している今も、魂は尽きようとしています。聖遺物・・・私の8つに割かれた身体ですが、それも消失するでしょう』
「そうですか、残念です」
『中には、国を守護する武器になり、結界になりました。私の力は、長年に渡って人間に使われ過ぎました』
「本当に、救いが無いですね」
『いえ、それまで人間を護り続けたのですから、本望です。神もお許しになるでしょう』
「本当に、凄い人ですね・・・あ、すいません天使様でした」
『フフッ、私も生まれ変われるなら、人間になってみたいです・・・これ以上は名残惜しくなります。行きますよ』
「はい。ありがとう御座います。天使アスタリア様の事は、一生忘れません」
『その一言で、私の一生は救われました』
次の瞬間、僕の身体は、まったく知らない場所に移動していた。
***
僕は、見知らぬ森の中を彷徨っていた。
「参ったな・・・」
僕は呟いた。
アスタリア様はもういない。
何度も、自分の魂に、呼びかけたが返事が無い。
何より、この世界から、消えたという事実が、何故か僕には分かる。
「この姿、どうしようかな」
僕は、綺麗な泉で自分の姿を確認した。
うん。誰がどう見ても、完全に天使だ。
アスタリア様も、消える前に、光輪と羽根を引っ込めて欲しかった。
「こんな、姿で街中なんか行けないよ・・・」
とはいえ、お腹は空く。
投獄されてから、ロクな物を食べていない。
というか、天使って、お腹が空くものなの?
「どうしよう・・・」
そんな、困っている時に、悲鳴が聞こえた。
「くそっ!魔物だ!」
「きゃあああ!」
「いや、僕は魔物では・・・あれ?」
声は、もっと遠くから聞こえていた。
間抜けな自分が恥ずかしい。
って!誰かが、魔物に襲われている?
でも、こんな姿で助けに・・・それより、僕の力で助けられるのかな?
僕は、試合でも稽古でも、一度も勝ったことが無い。
無勝全敗の、最弱剣士だ。
でも、困っている人を、見過ごせないよね。
僕は、声のあった方角へと飛んで移動した。
あれ?飛べる・・・いや、細かい事は後!
***
そして、森の奥で、2人の男女が魔物に襲われていた。
「リナ!」
「ごめん・・・足引っ張っちゃった・・・」
「しっかりしろ!今すぐにお医者様の所に」
「もう、私はダメ・・・アレクは生きて。私の分まで」
「グルルル・・・」
「この、イノシシの怪物!よくもリナを!」
「お願い・・・私を置いて逃げて」
「そんな事が出来るか!死ぬなら一緒だ!」
僕は、悲鳴の聞こえた場所に来た。
リナという女の子が、大怪我をして、アレクという青年が命がけで護っている状態。
そして、相手は巨大なイノシシの魔物みたいだ。
確か、キラーボアという名前で、物凄く強かったと思う。
僕は、2人の所に飛んで行った。
「グルルル・・・ギャピ!!!?」
「な、何だ!?いきなり魔物が怯えて逃げて・・・」
「アレク・・・私、やっぱり死んじゃったのかな?空に、天使様が見える」
「いや、俺も見える・・・そうか死んでしまったか。でもお前と一緒なら悪くないな」
「うん・・・いつまでも二人きりだよ」
「ああ」
二人の世界に入っちゃったよ・・・
それよりも、女の子のお腹から血が流れ続けている。
早くしないと、手遅れになっちゃうよ!
「納得していないで、女の子を治療しないと死んじゃうよ?」
「えっ!うえっ!?て、天使様!」
「頭下げなくていいから、女の子を治療してあげて」
「わ、分かりました!」
「逃げ出すなんて、そんなに、怖いかな?ちょっと傷付いちゃうよ」
「いえ、どんな魔物でも、その姿を見れば逃げ出すと思いますよ?」
思わず、アレクという少年が反応するけど、そんなに怖いかなあ。
でも、治療している、アレクの顔は焦りが見えてきた。
リナさんの傷は、思ったよりも深かった。
「駄目だ。傷が深くて血が止まらない!薬草があっても、何か傷口を抑える物が無いと!」
「それじゃあ、これ使って」
「えっ、これって!天使様の羽根ぇ!?」
「うん。2,3枚もあれば足りると思って」
「こ、こんな恐れ多い物を!」
「手遅れになっちゃうよ?いいから、当ててあげて」
「わ、分かりました」
そして、リナさんの腹部に、天使の羽根をあてがう。
すると、驚く事に、薬草を使っていない部分も、見る見るうちに、傷が回復していった。
「奇跡だ!傷が物凄い勢いで塞がって行く!」
「本当だ。すごいねえ」
「いえ、天使様の羽根なのですが」
「役に立ったら良かったよ。バサバサしたら2,3枚は宙に舞うからさ。そこまで気にしなくていいよ」
「そ、そうですか・・・」
天使の羽根って、そんな効果があるなんて、初めて知ったよ。
でもそんな事、誰も知らなくて当たり前だよね。
「あ、ありがとうございます!」
「助かりました。天使様は命の恩人です!」
リナさんは、一命を取り留めて、
アレク君とリナさんは、僕に感謝していた。
***
怪我の手当も済んで落ち着いた頃に、アレクから質問を受けた。
「天使様は、なぜこの様な場所に?」
「あ、うん。実は家を追放されちゃって。行く当ても無いんだよね」
「追放・・・ま、まさか!堕天使!?」
確かに、アスタリア様は堕天使だよね。僕もそうなのかな?
それにしては、真っ当な天使っぽいけど。
「どうだろう?堕天使なら光輪はつかないと思うし。羽根も白いよね」
「も、申し訳御座いません!天使様に対して、何と不敬な事を!」
「彼女を許してください。罰するなら俺を!」
「いや、謝る必要はないよ。実は、自分が、何者か良く分かってないんだ。生まれたばかりだからね」
「は、はあ・・・」
「それで、お腹が空いて、彷徨っていたら声が聞こえたんだ」
「天使様もお腹は空くのですか?」
「空くみたい。それでどうしようか悩んでいたんだ。こんな格好で街中なんて行けないよね」
「そ、そうですね。街がパニックになります」
「みんな、仰天しちゃうよ」
「せめて、自分の力を鑑定して欲しい所だけど・・・」
「天使様を鑑定するチャレンジャーは、現れないと思います」
「だよね・・・どうしようかな」
「お礼に、せめて、何か食べ物・・・といっても、干し肉しかありません」
「干し肉!僕は好きだよ!美味しいよね!」
「こ、こんな物でいいのですか?」
「でも、お金がないから。買えないよ」
「いえ、助けて頂いたお礼に差し上げますが」
「いいの!ありがとう!」
そして、僕は、リナさんから頂いた、干し肉を食べた。
「おいしい~!久しぶりにまともな物を食べたよ!」
「そ、そうですか・・・」
しばらくは、残飯すら食べさせてもらえなかったからね。
干し肉がご馳走に見えるよ。
「羽根と光輪を出し入れ出来れば、街に行けるんだけどね。方法知らない?」
「無茶な事を言わないで下さい」
「天使様の身体の事など、知ろうとするだけで不敬罪に問われますよ」
「うん。知っている訳無いよね。ごめんね」
「い、いえ・・・」
「さて、少し食べたから、何が出来るか確かめないとね」
「はあ・・・」
「確かこうだったかな?」
「天使様?」
『ヘブンズフォール』
「・・・」
「やっぱり使えないよね」
「あの、天使様?」
「いや、恥ずかしいから、今、見た事は忘れて!」
「「は、はい」」
魔法のポーズで不発だった時ほど、恥ずかしいポーズはないよね。
でも、アスタリア様みたいにはいかないよね。
基礎力は人間の年相応なのかな?
天使LV1って感じ。
ん?干し肉の分、少し力がついたのかな、何か使えるみたい。
自分の能力を見る鑑定が使える様になった。
『鑑定』
名前:アルス
種族:はぐれ天使
LV:1
特技:-
能力:-
あれ?特技と能力は何も無い。
でも、はぐれ天使って何?堕天使じゃないんだ。
そして、次の瞬間、12枚の翼が2対の小さな羽根に変わった。
合わせるように、光輪も物凄く小さくなっていく。
「て、天使様!お姿が!」
「あれ?羽根が小さくなっちゃった」
「光輪も小さく」
「これなら、目立たないよね」
「いえ、目立つでしょう」
「そうですね」
まだ、駄目みたいだった。
街で食事を取りたいだけなんだけどね。
「なにか、フードとかないかな?それなら街を歩けるよね」
「それなら、こちらに、ありますが。着けますか?」
「ありがとう!助かるよ!」
「ところで、天使様は、街で何をなさるおつもりでしょうか?」
「特に決めてないよ?とりあえず、行ってみたいだけだよ」
「そうなのですか?」
「そうだね。人間として、普通に生活したい。いきなり天使になって混乱しているんだ」
「人間として・・・天使になった?」
「僕は、元は人間だからね。何の冗談か、殺されて、こんな姿になっちゃったけど」
「「殺された!?」」
「あ、ごめん」
「差し支えなければ、何があったか教えて頂けないでしょうか?」
「えっと」
僕は、アレクとリナに、人間の時に、ギフトを得られない罪で、処刑された事を話した。
でも、僕の住んでいた街の人間と違って、アレクとリナは、怒った様で、そして悲しい顔をしていた。
「なんという事を・・・申し訳御座いません」
「人間の恥です。天使様に、なんとお詫びすれば良いのかわかりません」
「いやいや。二人が謝る必要はないよ?」
あれ?物凄く意外なリアクション。
てっきり、それは仕方ないですね。とか帰ってくると思っていた。
「人として恥ずかしいです。その様な非道な事を行うなど」
「でも、私はその国に生まれなくて良かったです。私も加護なしですから」
「ああ、俺も加護なしだからな」
「そうなの!?」
ギフトが、信託の儀が無い街なんて、初めて知った。
それで、人が生活できるの?
「この街は、数十年前に、教会がドラゴンに襲われて、信託を与える人がいないんですよ」
「うん。でもギフトが無くても、生きて行けるって、皆で協力して生きて来ました」
「素敵な街ですね。僕もこの街に生まれたかったよ」
「天使様・・・」
こんな、心の美しい街があったなんて、アスタリア様の言っていた事は本当だった。
僕には、力を合わせて生活する二人が、とても輝いて見えた。
世界は美しい。本当にそうですね。アスタリア様。
「でも、ギフトが強力な事に変わりありません。この街の冒険者にギフト持ちがいますが、あの男は俺達を見下していますから」
「私は、あの人が大嫌いです!この前も無理矢理迫って来て!」
やはり、例外もいるみたいだ。
どこにでも、酷い人がいる。
しかもこんな親切で心の綺麗な人を邪魔するなんて、腹が立ってきた。
「こんな、お似合いの夫婦の邪魔をするなんて、許せないよ」
「あの、リナは妹ですが・・・」
「あれ?死んでも一緒とか言ってなかった?」
「血は繋がっていないので・・・その」
「も、もしかして、僕は余計な事を言っちゃいました?」
「はい・・・」
「そうですね・・・」
「えっと・・・ごめんなさい」
「そんな!天使様が頭を下げるなんて!」
「お、恐れ多いです!」
僕の余計な一言で、3人が謝り続けるという奇妙な構図になってしまった。
***
微妙な空気が続いたけど、話が進まないので、
なんとか、気を取り直して、会話を続けた。
「アレクとリナは冒険者なんだ」
「ええ、親の再婚で、兄妹になりましたが、両親が事故で他界しまして」
「それは、悪い事を聞いちゃったね。でも、きっと素敵な両親だったと思う。そうでないと、子供が親切で優しい人に育たないよね」
「そ、そんな・・・」
「でも、そう言って頂けると嬉しいです。自慢の親でしたから」
「それで、駆け出し冒険者でしたが、2人では先程みたいな強敵に遭うと危なくて」
「はい、一人が倒れたら身動きが取れなくなります」
「アレクとリナの職業は何?」
「剣士です」
「私は、魔物使いです」
「魔物使い?・・・そうだ!いい事を思い付いちゃった!」
「何でしょう?」
「リナは僕をテイムしない?」
「は?」
「へ?」
***
「いやいやいやいや!無理無理無理無理無理無理!!!無理ぃっ!!!」
「何事も挑戦だと思うけどなあ」
「いえ、流石に無茶苦茶かと」
「試しにやってみてよ」
「お、恐れ多すぎます!私が異端審問で吊るし上げられますよ!」
「僕がいいと言っても?」
「そ、それは・・・大丈夫かもしれませんが」
「リナ。やってみよう」
「アレク?!」
「天使様の顔を見てみろ。滅茶苦茶期待している目だ」
「キラキラしている・・・」
「逆に、やらないと不敬にされそうだぞ?」
「わ、分かりました!でも無理だったら、無理と言いますから!」
「うん!」
『テイム』
「あ、繋がった感じ」
「あの、恐れ多いですが、真名を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「アルスだよ」
『天使、アルスに問います。従者である事を認めますか?』
「はい。認めます」
「こんなに、簡単な契約は初めてです・・・普通は・・・!?」
「どうした?リナ?」
「うわっ!うっ!うえっ!あがっ!!?」
「な、何だ!」
「どうしたの?!」
「嫌!止めて!も、申し訳御座いません!契約を切って!このままだと持たない!死んじゃう!!」
「ええっ!?分かりました。従者を拒否します!」
「はっ!はあ・・・はあ・・・お、恐ろしい物を見ました・・・」
「な、何があったんだ?!リナ!大丈夫か?顔が真っ青だぞ!?」
「テイムする時は、その相手の過去を共有するんです・・・その、アルス様の過去を・・・」
「そうだったの?!ごめんなさい!!」
「とても口外出来ない内容でした。ほんの一端に触れただけで気が狂いそうになりました・・・」
「本当に、ごめんなさい。嫌な物を見せてしまいました」
「いえ、こちらも迂闊でした・・・でもあんな非道な事を人が・・・うっ・・・あ、あれ?」
「どうした?リナ」
「神聖魔法が使えるようになっている・・・それに何かパワーアップした気がする」
「鑑定をかけてみる?」
「鑑定スキルを持っているんですか?是非お願いします!」
『鑑定』
名前:リナ
種族:人間
LV:8
特技:魔物使い、神聖属性
能力:神聖魔法LV1
「LV8?!」
「LV5だったのに、アレクに並んじゃった?嘘!?」
「アレクも見ていい?」
「是非、お願いします」
名前:アレク
種族:人間
LV:8
特技:剣士、剣技
能力:剣技LV1
僕は
名前:アルス
種族:はぐれ天使
LV:1
特技:-
能力:-
うん、僕が一番弱いね。相変わらず最弱みたい。
「僕は、LV1のままだね」
「そうなんですか?」
「でも、リナが無事で良かった」
「うん。でも、もう一度やったら、間違いなく、精神が壊れます」
「ごめんね。行く当ても無いから、リナの仲間にしてもらおうと思ったんだけど」
「流石に、テイムはもう無理です」
「だよね」
「天使様」
「アルスでいいよ?様も要らない」
「では、恐れ多いですが、周りに怪しまれるので、アルスは冒険者になりたいと?」
「いや、今の自分に何が出来るか試したいんだ。それには自分を鍛えないとね」
「天使様が修行ですか・・・物凄い違和感ですが」
「僕の場合は、天使の何が普通かも分からないからね。特殊って事で」
「でも、冒険者登録には、お金が要りますし、何より鑑定して、身分証が必要になりますよ?」
「ああ、それは大騒ぎになりそうだ。人間で無いと難しいね」
「受付嬢のミラさんは、アルスを鑑定なんてしたら、ショック死するかもしれないな。流石に無理だろうな」
「それなら、アルスを登録しに行きましょうよ!」
「冗談だよな?リナ」
「半分くらい?」
「リナと、受付嬢の人は、あまり仲が良くないの?」
「ええ・・・犬猿の仲といっていいです」
「せっかく、泥棒猫を始末出来るチャンスだったのに・・・」
「リナ?何かドス黒い物が、漏れているよ?」
結局、僕は荷物持ちで同行する事になった。
「アルス様、いえ、アルスは空を飛べるのかい?」
「少し試してみるよ」
『ふわっ』
『スイーーー』
『ストン』
「うん。問題なく飛べるみたい」
「それでは?魔法は使えるでしょうか?」
「魔法自体、知らないから。覚えようが無いね」
「えっと、こんな感じで。『ホーリーライト』」
「こう?『ホーリーライト』!あ、出来た!」
「治癒魔法のヒールも使えると思います。これはアルスから頂いたスキルなので」
その後、僕は、ホーリーライトとヒールが使えるようになった。
「あと、装備と言えば武器ですか」
「アレクは、余っている剣とかある?」
「ええ、予備武器であれば、ここに」
「少し貸して」
「はい。どうぞ」
僕は、目の前の小さな木に、剣を振り下ろす。
昔と違って、重心が安定して、剣先まで、力が伝わったのを感じた。
「はっ!」
「え!?」
「うん!力が伝わるっていいね!」
「天使様は剣の達人でしょうか?」
「最弱だったよ?健康な体で、剣を振るのはこれが初めて。親に身体を壊されて、いつも袋叩き・・・ご、ごめん。空気を重くしちゃった!」
「いえ、こちらの配慮が足りませんでした。でも素晴らしい剣筋です」
「そう?強い人の動きの見様見真似だけど」
「はい。自信を持っていいと思います!」
「この剣は借りていいかな?」
「もちろん!」
そして、一度、街に戻って、簡単なクエストに同行する事にした。
道中で、アレクとリナの視線が呆れているのを感じた。
「しかし、それはインチキではないでしょうか?」
「何が?」
「荷物を飛んで運ぶなんて・・・」
「目立たない様に、歩いたふりしているよね」
「いえ、私達は、ほぼ手ぶらじゃないですか?」
「流石に、申し訳なく思います」
「荷物持ちだからね。この程度の荷物なら、大丈夫だよ?それに僕のトレーニングになるから僕にもプラスになる。生まれたてで、まだまだ弱いからね」
「それならいいのですが・・・」
そして、目的地についた。といっても、僕達が出会った森だった。
「この辺りに出る、野ウサギを倒して、薬草を集めていたんです」
「薬草・・・それなら僕でも役に立てるかも!」
「そうなのですか?」
『鑑定』
雑草 無価値
ヒール草 低品質
雑草 無価値
ヒール草 中品質
魔力草 低品質
「これとこれは、雑草でいらない。こっちは高く売れそう・・・ってどうしたの?」
「「ず、ずるい!」」
「そう?」
「とにかく、俺とリナで草を集めて、アルスに観てもらおう」
「それがいいわね」
「ここにある薬草の仕分けは終わったよ。荷物もあるし、ここで剣の練習でもしているよ」
そして、野ウサギが現れたが、妙に懐かれてしまった。
『ピィピィ』
「ああ。よしよし♪可愛いね!君!」
「あの、魔物相手に何をしているんですか?」
「いや、妙に懐かれちゃって。この子は見逃してくれない?」
「ぴぃ・・・」
「そんな、つぶらな瞳で訴えられたら戦えないですよ」
「無理・・・残酷過ぎます」
結局、野ウサギは、森に返して、薬草集めで終わった。
「それでも、豊作ですね!」
「ええ、ここ数日で一番稼げたんじゃないかしら」
「良かった。僕も少しは力がついたかな」
そして、冒険者ギルドに来た。
僕は、みんなの荷物を持っていたので、ギルドの建物に入った。
天使とバレない様に、フードを着たままだったけど、
冒険者は、もっと怪しい姿の人が、たくさんいるので、特に目立たなかった。
「ミラさん。鑑定と買取をお願いします」
「アレク君!・・・・と、リナ」
「・・・どうも」
この二人が犬猿の仲というのは、事実みたい。
「それと、そちらの人は?」
「アルス。荷物持ちです」
「ああ、荷物持ちね。でもアレク君って、そこまで裕福ではないでしょう?荷物持ちなんて雇って大丈夫なの?」
「ええと、まあ、成り行きで」
「僕が頼んだんです。ついて行っていいですかって」
「アレク君は、相変わらず優しいよね。今度デートしようよ」
ミラさんが、アレクに抱き着こうとするが、リナさんがそれを遮った。
「その前に、仕事をしてもらえないかしら?ミラさん」
「あら、ヤキモチ?妹なのに、ブラコンかしら?」
「ええ、ブラコンで結構!それより仕事してくれない?こっちも暇じゃないのよ。おばさん」
「おば・・・滅茶苦茶な鑑定結果にしてやろうかしら・・・」
「それは、どうか止めてくれないか?ギルドマスターに話を通す事になるよ?」
「嫌ですよう!アレク君!冗談ですって!いきなり罵られたら。頭に来ちゃうでしょ?これくらいの冗談は許してよ」
「分かりました。それで、鑑定の結果はどうですか?」
「ちょっと待ってね。どれどれ・・・って!何よ!これ!」
「どうしました?」
「すでに、完璧に仕分けられているじゃない!しかも雑草や毒草が一つも無い!」
「それは、その」
「まさか、アレク君、鑑定に目覚めちゃった?それとも・・・ああ、そっちは考えたくない!」
「どういう意味よ!でも残念だけど違うわ」
「それって・・・」
そして、僕に視線が集まる。
まあ、隠す事も無いよね。
「たまたま、僕が持っていましたので。勝手に仕分けました」
「はあ、稀にいるのよね。無自覚でとんでもない奴って・・・」
「それはもう・・・」
「そこだけは、激しく同意するわ」
「えっ?僕が常識知らずみたいになっている?」
いつの間にか、常識人3人と、非常識な奴1人の状態だった。
いや、天使だけどね。すこし失礼じゃないかな?
***
そして、ミラさんの鑑定が終わった。
「中品質の魔力草、高品質のヒール草は高く買い取ります。
併せて、287ゴルダですね」
「薬草だけで、287ゴルダだって!?」
「すげえな。薬師でもいたのか?」
「目立っているね」
「それは目立つわよ。大抵はこの30から50ゴルダがいい所ですもの」
「ああ、雑草や毒草は逆に、処分に金がかかるから、差し引かれるんだ」
「それだと、雑草だけ持ってきた場合はどうなるの?」
「そんな冒険者はいないわよ。嫌がらせか!って追い返すわ」
「ある程度、見分けを付けられないと冒険者にはなれません」
「成程、しっかりしているね」
「でも、鑑定持ちなら、コソコソ荷物持ちなんてやらないで、冒険者登録してみたら?そちらの方をお薦めするわよ?」
「そ、それは少し、事情がありまして」
「そうしたの?アレク君らしくない。日雇いより、冒険者の方が稼げるじゃない。アレク君は、人の足を引っ張る真似は、絶対にしないよね」
「そういう訳では無いのですけど」
「少し、いえ、かなり込み入った事情がありまして」
「リナが、私に口籠るなんて珍しいわね。何なのその子?」
これは、外で待っていた方が良かったかな?
言い訳が思い浮かばない。変に目立ち過ぎちゃった。
***
そこに、乱暴な声が聞こえて来た。
「おい!アレクよう!」
「ダニエル・・・」
(ダニエル?その名前は外道の代名詞なの?)
「稼いだなら驕れよ!リナちゃんもこっちに来い!」
「私に触らないで!」
「相変わらず気が強いねえ!益々、俺の物にしてやりたいぜ!」
「お生憎様!もう好きな人がいます!」
「へえ、誰だ?まさか兄貴じゃねぇよな!兄妹で恋人とか不潔にも程があるぞ?」
「このっ!」
「あの、ギルドハウスで、揉め事は止めて貰えませんか?」
「何だよ?ミラだって、こいつが邪魔だろ?俺が貰ってやるよ!」
「馬鹿にしているのですか・・・ブチ殺しますよ・・・」
「あんだとぉ!?」
「そんな事をすれば、アレク君は私を許さない。彼はそういう人です!私達を馬鹿にするのも大概にして下さい!」
「綺麗事ばかりぬかしやがって!ギフト持ちの俺様に楯突くのか?おお?」
「正直、ダニエルさんは、この街にいらないとさえ思っています。暴れるなら別の街に引越しして下さい」
「おい、いい加減にしろよ?マジで殺すぞ?」
(アレク)
(何だい?アルス)
(この、いかにもって人が、例の?)
(ああ、ギフト持ちだ)
「この、斧戦士のギフト持ち、ダニエル様に楯突こうとは、いい度胸だ!」
(おのせんし・・・?)
「アレク、おのせんしって何です?」
「えっ?いや、ギフトの名前だが。それより声が大きい」
「だって、聞いた事ないもの。そんなギフト」
「な、何だ!てめえは!」
明らかに動揺するダニエル。
そして、僕の声に、ミラさんが反応した。
「どういう事ですか?」
「信託で得られるギフトは、剣士、戦士、騎士、聖騎士、剣聖とかだけど、斧を専門で使うギフトなんて、見た事も聞いた事も無いよ」
「て、てめえ!まさか教会の人間か!」
「いや、旅人だけど、別の街にいたから知っているよ。それって本当に信託で得た物なの?」
「あ、当たり前だ!」
「それじゃあ。魔法使いのギフトをいくつか言ってみてよ。信託の儀は数十人が集まって行うから、他の人のギフトの名前も聞いたよね」
「て、てめえ!」
「てめえなんてギフトは無いよ?別に戦士系でも構わないけど」
「それなら、騎士だ!俺の出身地は田舎で」
「はい、残念。騎士なんてギフトは無いよ。ちなみに戦士もブラフ。本当にあるのは剣士と、聖騎士、剣聖だよ」
「この野郎っ!」
ダニエルが、僕に掴みかかろうとする。
しかし、その前にギルドの冒険者がダニエルの周りに集まった。
「いいえ、こちらが問い詰める番です。ダニエル」
「そうだな、こいつはギフト持ちといいながら、散々悪い事をやっていた」
「俺は、こいつに彼女を乱暴された!」
「俺の店は何度も、こいつに酒を持っていかれた!」
「私も、妻を乱暴されたぞ!」
僕が思っていたよりも、このダニエルは悪党だった。
女の子を暴力でいいなりにするなんて、吐き気がする。
そして、ミラさんの視線はこの上なく冷たい物になっていた。
「皆さん、その汚物を捕えて下さい。懸賞金は500ゴルダ。依頼主は私、ミラです」
「ミラ!てめえ!」
「てめえ!じゃねぇよ!黙るのは貴様だ!」
「そうだ!この嘘吐きが!」
「彼女の仇だ!捕まえろ!」
「おう!半殺しにしないと気が収まらねぇ!」
「て、てめえら!後で覚えていろよ!」
「お前に、後なんてねぇよ!このよそ者のクソ野郎!」
「グゲギャ!や、やめ!」
「止めるワケねぇだろうが!ウチの女房に手を出しやがって!あれ以来塞ぎこんでいるんだぞ!」
「わ、悪かった!ややめ!ぐはあ!」
「今更遅いんだよ!金が無いなら身体で酒代を払ってもらう!」
「ぐぎゃ!げへ!て、てめえら、ぐはっ!」
「縛って喋れなくしろ!こいつの声はもう聞きたくない!」
「ああ、猿轡を持ってこい!ロープも頑丈な奴だ!」
こうして、ダニエルは、冒険者の仲間にタコ殴りにされて、身動きが取れなくなった。
***
「アルスさん。助かりました」
「いえ。僕は知っている事を言っただけですので」
「いや、助かったよ、アルス。あの男は俺が思っていたより屑な男だった!リナが犠牲にならなくて本当に良かった」
「ありがとう。アルス。でもギフトに詳しいのね?斧戦士なんてギフトは無いなんて」
「いや、本当はありますよ?斧戦士。騎士もあるんじゃないかな?」
「「「「「何ッ!?」」」」」
僕の言葉に、ギルド内すべての声が驚きに変わる。
「僕がそんな事、知っているワケ無いじゃないですか。あれはすべて出鱈目です」
「アルス・・・君って奴は・・・」
「まさか、デタラメだったなんて・・・」
「アルス君・・・」
滅茶苦茶、呆れられた。
でも、ちゃんと根拠はあるから。安心してよ。
「でも、あの人はギフト持ちじゃないです。僕は、鑑定を使えるので見ちゃいました」
「「「あ」」」
「でも、大人しく白状する人じゃないのは、一目見て分かったので。
自爆する様に、罠にハメちゃいました。
あの、皆さん、どうしてそんな目で、僕を見るんですか?」
ギルド職員の目は、怖い物を見る目だった。
「俺は、君が怖い・・・」
「え、えげつない・・・」
「君の方が、ダニエルなんかより、遥かに怖いわ」
「人聞きが悪いです。こうして、穏便に解決したじゃないですか?」
「そ、それはそうだが・・・」
「助けられて言うのも何だけど・・・釈然としない」
「もう、アルス君については、詮索しないわ。歯向かったら破滅させられそう・・・」
「嫌ですよ。僕に、そんな酷い事が出来る訳ないじゃないですか?」
僕は、無害アピールしたけど、周りの人の反応は良くなかった。
どうして?
結局、僕は、ギルドのミラさんから
『やばいやつ』認定されて、
身元については、ギルドに加入しない限り、深く追求しないという掟が出来上がった。
***
一方その頃、ギルド近くにある牢獄
捕えられた、ダニエルは鉄格子の中で怒り狂っていた。
「くそっ!くそっ!くそおっ!」
俺は斧戦士と言っていたダニエルだ!
でもな!俺がギフト持ちっていうのは、本当なんだよ!
俺のギフトは『破壊者』だ!
口外すれば、異端者で処刑される代物だ!
こいつは外には出せねえ!
だが!あのアルスというチビをぶち殺して、リナを犯すくらい簡単だ!
俺をコケにした野郎は、全員ぶっ殺してやる!
「まずはこ!痛ってえ・・・」」
口の中がズタズタに切れていやがる!
あいつ等、滅茶苦茶に殴りやがって!そんなに彼女と女房が大事なら
家に閉じ込めて置けや!
あいつらの目の前でぶっ壊れるまで犯してやる!
「鉄格子が!邪魔だ!おりゃっ!」
俺が気合いを入れて鉄格子を握って力を入れた途端に、
鉄格子が砕けた。ぶっ壊してやった。これが破壊者だ!
その前に、俺を捕まえたミラの奴を、真っ先にぶっ壊して、やらねぇと気が収まらねぇ!
俺は、そのまま、牢獄を抜け出した。
しかし、見張りがいねぇな。不用心にも程があるぞ?
そして、一歩を踏み出そうとした時に、そのまま廊下で転倒した。
「あ?何だ!こりゃ!?」
よく見ると、床にヌルヌルのワックスみたいな物が塗られている。
「まさか、本当にこうなるなんてね」
「テメエはミラ!それにギルマス!」
「ダニエル・・・いや、バルト王国の指名手配犯にして、異端の破壊者!お前を処断する」
「何!何故それを!」
「あの子が教えてくれたのよ」
「あの、クソガキが!」
###############
ダニエルを牢屋に移した途端に、
アルス君が、真実を話し始めた時は驚いた。
「改めて、言いますね。ダニエルのギフトは『破壊者』スキルは『破壊』。対象の物や心を破壊します」
「そ、そんな恐ろしいギフトがあるなんて・・・あれ?アルス君は、ダニエルがギフトを持っていないって言ってなかった?」
「嫌ですよ。出鱈目って言ったじゃないですか?ダニエルを油断させる餌です」
「ええ・・・そうね。そういう子よね。それで?」
「このスキルは有効範囲が恐ろしく狭い事が弱点です。手で触れる範囲しか有効ではありません」
「でも。触れたらアウトなのよね?そんな恐ろしいギフトを持った相手にどう対処すればいいの?」
「思いっきり、罠にハメましょう」
「え”?」
「炎や毒は壊せません。正確には壊せるかもしれませんが、液体や気体は量が無数に近い。いちいち破壊していてはキリがありません」
「はあ・・・それで具体的にはどうするの?」
「ですので。牢獄の廊下に火柱の罠を隙間なく仕掛けちゃいましょう。あとは熱と有毒ガスで勝手に倒れてくれます」
「君ってエグイ事を、さらっと言うのね」
実際に燃やされたからね。あれは良く効くと思うよ。
「あとは、ギフトが物騒過ぎます。恐らく教会から異端扱いされています」
「そうか!手の内を隠していたのはそういう理由なのね!」
「はい。ですので、ギルドの情報網で『破壊者』、もしくは『ダニエル』の名前で照らし合わせると出て来ると思います」
「分かったわ!すぐに周辺のギルドに連絡を入れてみる!」
そして、案の定、隣国のバルト王国では有名な賞金首だった。
被害に遭った、女性は数知れず。
むしろ、リナが無事なのは奇跡に近いと思う。
「あとは、いきなり殺すと裏が取れませんので、一度牢獄を破壊して見せてもらいます。その後は、お任せします」
「え、ええ」
###############
まさか、ここまで上手く行くとは思わなかった。
あの子、本当に『やばいやつ』だわ。
「それで、この俺様に勝とうと思ってないよな!俺の破壊者は、全てを破壊するぜ!」
しかし、ギルマスは慌てた様子も無く、部下に指示を送る。
「もう、状況証拠は十分だ。やれ」
「はい」
「あん?」
ボボボボボッ!!!
「な、何だ!こりゃ!」
「火のトラップだ。廊下で使うなど正気の沙汰では無いが、破壊し切れない物が、お前のギフトに一番効果があるからな」
「くそおっ!こうなりゃそのトラップをぶっ潰して!」
チョロチョロチョロ・・・
「な、何だこの水・・・!?油だと!?それにこの床の滑りも油!まさか!」
「液体も効果抜群らしいね」
「くそおっ!テメエ!俺が冒険者からいなくなってもいいのか!この街で最強は俺だ!誰が街を護るんだ!」
「君の横暴は、魔物より質が悪い。それに異端を放って置く程、お人好しではないよ」
「くそがっ!テメエ等もおしまいだ!俺が死ねば、魔物がこの街を襲うぞ!そうなればリナもミラも関係ねえ!全員あの世逝きだあ!」
「いいから、さっさと死んでくれ。お前にかける時間も惜しい」
「ち、ちくしょう・・・あのクソガキ・・・」
(あ、セカンドフェーズの合図だ。)
###############
「最後は、あのクソガキと言い残して、死んだように倒れると思いますが、手は緩めないで下さい」
「どういう事?」
「王国が、異端者を処刑しない訳が無い。つまり処刑台で火刑に遭っても生き延びたカラクリがあります」
「えっと。火刑で死なないって」
「恐らく、自分の死を破壊しています」
「ええっ!?それって不死身って事じゃない!」
「本当の不死身はあり得ません。神様がそれを許すとは思えない」
「でも・・・」
「死ぬ直前に、火で死ぬという事実を破壊。とか、それに近い事をやっていると思うんです。
ですので、猛毒も仕掛けちゃいしょう。即効性のマンドラゴラの毒がいいと思います。アレは耐熱なので、死体が高熱に晒されても毒が残り続けます」
「君って、本当に恐ろしい事を思い付くわね」
###############
(よし、火を使ったのが仇だ!馬鹿が!俺は火では死なないんだよ!そんなクソな掟はぶっ壊したからな!この火が収まったら、全員ぶち殺してやる!)
『チクチクチク』
(あ?何だ?ぐはっ!ど、毒だとお!)
「がはっ!クソが!何だ!これは!しまった!まだ火が!ぐあああああっ!」
「驚いたわ。本当に蘇った!」
「すべてシナリオ通りだ。ここまでくると恐ろしいね」
###############
「それで、毒殺で仕留めるの?」
「いえ、あとは四方八方から、槍で串刺しにして、動けない内に、四肢を切断して取っちゃいましょう」
「ええっ?」
「毒殺も破壊されるはずです。むしろ、火と毒で身動きを取れなくして、命の維持にギフトを使っている間に、五体バラバラにするのが目的です。
今、5体をバラバラに出来れば、手間は省けますが、まだ、裏が取れていませんので」
「君って・・・いやもういいわ。それで?」
「腕と足とアソコは、二度と悪さをしない様に灰にします。
あとはダルマ状態で、牢屋の中央に放置すれば、そのうち、ギフトを使うのを止めて勝手に死ぬと思います。
生き返っても、何も楽しみが無いですから」
「え、エグイわね・・・」
「死体には、永遠に近寄らないで下さい。白骨になっても閉じ込めたままの方が安全です。寿命の死を破壊されたら、スケルトンになって復活するかもしれません」
「分かったわ」
###############
そして、アルスの描いたシナリオに忠実に、ダニエルに執行した。
「て、テメエ等・・・絶対に許さねえ!って!何しやがる!」
「うぎゃああああ!!!おれの腕!おい!足も!?まさか!やめろ!!!」
両腕、両足、それにシンボルを灰にされた、ダニエルは、強気な態度から反転して、
次々と行われる、えげつない処刑に、怯えるだけだった。
「あとは、刺さった槍を掴んで、牢屋に運べ。間違っても身体に触るな。破壊されるぞ」
「や、やめ!何をするつもりだ!」
「もう、何もしない。お前はギフトの力で、死を破壊して生き残るからな。そのまま牢屋で朽ち果てろ」
「おい!嘘だよな!せめて殺してくれ!首を切断すれば一発だ!こんなのあんまりだ!」
「悪いが、お前は信用出来ない。我々も破壊されたくないからな。お前が生きようが死のうが、そこなら安心だ」
「ま、待ってく!」
ガシャン!
こうして、ダニエルの死体は白骨になっても放置され続けた。
***
ミラさん達が、ダニエルを処刑している頃、アレク達は家に戻っていた。
今回の件は、一歩間違えば、リナが壊される可能性もあったため。
二人は、安心の果てに、別の感情が芽生えていた。
「リナが無事で良かった。まさかダニエルがあそこまで恐ろしい男とは思わなかった」
「私も怖かった・・・でも、こうして無事にアレクの傍にいられる事が嬉しい」
「リナは俺が必ず守る。この命が尽きるまで。いつまでも傍にいて欲しい」
「はい。アレク・・・」
「リナ・・・」
(うーん。どう見ても馬鹿が付くカップルだよね)
「えっと、アルスは、止めないのですか?」
「いえ、お構いなく。キスでも、子作りでも好きに最後までやっちゃってください。お邪魔な僕は屋根裏で寝ていますので」
「こ、子作り!?」
「そ、そそそそんな、エッチな事は出来ません!」
「そう?二人の子供は、凄く可愛いと思うよ」
「そ、そんな・・・子供なんてまだ早いです」
「俺は、リナを養う準備が出来てないから。無責任な事は出来ないよ」
「アレク?!」
「俺の気持ちは決まっている。あとはリナ次第だ」
「うん。アレク。私の気持ちを受け止めて」
さて、お邪魔虫は、屋根裏で寝ますか。
僕は、下から聞こえる嬌声を無視して、そのまま眠った。
********
そして、次の日の昼。
さすがに、周りが見えてなさ過ぎだよね。
僕は、ドア越しに聞こえる声に向かって声をかけた。
「あれ?まだやっていたの?」
「えっ!きゃあああああ!!!」
「あ、アルス!どうして!」
「もうお昼だよ?流石にそろそろ休みなよ」
「ええっ!?」
「まさか、一周回って、昼になっていたとは・・・」
「うん。匂いとかドア越しでも酷い事になっているから、身体を洗って換気した方がいいよ。他人の恋人の裸を見る趣味は無いから、外にいるね」
「わ、分かった・・・」
「ううう・・・恥ずかし過ぎる・・・」
そして、二人は身体を綺麗にすると、そのままバタリと倒れて寝てしまった。
本当に仲がいいよね。
僕も・・・
いや、止めよう。僕に家族も恋人もいない。
この街の人は、信用出来る。僕にはそれだけで十分だ。
******
一方、バルト王国は、
天使の処断事件が尾を引いて、教会の権威が地に落ちていた。
加えて、隣国で、異端者ダニエルが、犯罪を、犯し続けて、
冒険者ギルドが、処断を済ませたとの知らせを受けた。
教会が取り逃がした、不死の極悪犯罪者だ。
それを、冒険者ギルドが討ち果たした。
しかも、隣国の小国で、ギフトの恩恵も少ない国が。
この事実は、教会に更に追い打ちをかけた。
アルスの生家である、フェイオン家に、かつての栄華は無かった。
当主の、ラウル=フェイオンは、
『見る目の無い成り上がり』『剣だけは一流』
『天使様を迫害した無能』『血も涙もない、非道な父』
と散々なレッテルを張られた。
もっとも、無茶な英才教育で、アルスの才能を壊したのは無能そのものだが、
ラウルは「私は悪くない」とブツブツとつぶやくだけで、精神を病んでいた。
無論、その様な状態では、『剣聖』のギフトを持っていても剣に冴えなどあるはずも無く。
勝手に、おちぶれていく事になった。
***
妹のケイトは、天使を異端扱いした、妹と言われたが、
当時の年が、若い事や、聖騎士という立場から、それ程酷い風評被害を受けていなかった。
しかし、ケイト自身の考え方は大きく変わってしまう。
聖騎士としての職務を真っ当する事が、唯一の贖罪と考え、一心不乱に稽古に精を出した。
今となっては、父の剣聖を超えて、王国最強の騎士と言っても過言では無かった。
しかし、今のケイトにとって、強さの栄光など、まったく興味が無い。
むしろ、強くなって見えて来る事実に、落胆と後悔を積み重ねていった。
激しい鍛錬の中、ケイトは何度も思った。
思い返すと、アルスは身体のバランスが歪んでいた。
あれは、すでに体幹が壊れていた。立ち上がる時に痛がっていたのは、骨が曲がっていたから・・・それを私は邪魔とあしらった。
未熟だった、昔の私には、それが分からなかった。
でも、だからといって、私のやった事は、決して許される事じゃない。
兄さんは、私が殺したんだ!
天使様はその後に、復活した何者かは、分からないし、理解しようとも思わない。
でも、せめて、兄殺しの罪を償ってから、地獄に連れて行って欲しい。
そのためには、もっと力が欲しい!
兄さんを殺してしまった事が許されるなんて思わない!
でも、私と同じ気持ちを他の人に持って欲しくない!私は、出来るだけ、たくさんの人の命を救うんだ!
ケイトは、恋愛の話を友達とする年頃の女の子だ。
しかし、今のケイトは、贖罪の為に、強さを追い求めて、
その果てに、死ぬためだけに、鍛錬をする、悲しい修羅と化していた。
***
そして、聖女リーリスへの、世間の風当たりは、特に強かった。
かつての婚約者で、天使だった男を異端扱いして、火あぶりに追い込んだ聖女。
『天使殺しの聖女』の異名は、リーリスの心を深く抉った。
しかし、本人の精神状態の方が、もっと深刻だ。
今の、リーリスの外見は酷い有様だった。
病的で青白く、髪もボサボサ。
眼の下にクマを作った姿は、かつての可憐さは微塵も無かった。
20歳くらい年上と言われても納得するやつれ具合で、
天使様の呪いと言われても、甘んじて、その罵声を受けた。
「聖女様!どうか休まれて下さい!このままでは死んでしまいます!」
「いいえ、次の方の治療を・・・」
「この国で一番治療を受けるべきなのは貴女です!見ているこちらの気が休まりません!」
「怖いんです。こうして誰かの為に、何かをしていないと、気が狂いそうで・・・
でも、私が狂う事はあの人に対する裏切りです。私は自我をもって、最後まで生き続けます」
「聖女様・・・」
「私は、好きだった、婚約者を死に追いやりました。天使様はおっしゃっていました。神の御許に行けないと。
当然です。私は好きだった人を信用せず、異端審問で身動きが取れなかった、あの人を悪と決めつけ、
聖女の立場に縋り付いた、浅ましい女なのです」
「そんな事はありません!今の貴方の姿を見て、そんな事を言う人はいません!」
「いいえ・・・処刑場でボロボロになったあの姿を見ても、私は自分が騙されたと、自分の事しか考えていませんでした。
あの人がどんな気持ちで、どれほどの苦痛を味わったか、まるで考えなかった!
貴方も見たでしょう!片腕と片目を失い!全身ボロボロの、あの凄惨な姿を!」
「不幸なすれ違いです!それに不正を働いた異端審問の2人は厳しい尋問の末に処刑しました。死んだあの方も、聖女様の不幸を望んでおられないでしょう!」
「私は見てしまったのです」
「何をですか?」
「死の直前。あの人の顔は憎悪に染まっていました。私はあの人のあんな顔は見た事が無い。
誰よりも優しかったあの人が!人を怒る事も躊躇う純真なあの人が、死の淵ですべてを呪いながら死んでいったんです!そうさせたのは他ならない私なんです!!」
「聖女様・・・」
「私は、婚約者を裏切り、死に追いやった女。あの人は、私を最も恨んで死んだはずです」
「聖女様。どうかお休みになってください。また考えが悪い方へ行っています」
「お気遣い、ありがとう御座います。でもせめてもう一人・・・」
「!聖女様!お気を確かに!」
「・・・ごめんなさい・・・」
聖女リーリスが休める時は、精魂が尽き果てて、気を失った時だけだった。
***************
僕が、この街に来て、1年の月日が経った。
僕は、相変わらず、アレクとリナの愛の巣に居候している。
この二人も、相変わらず、いや月日を重ねるごとに、イチャイチャ度が増している。
正直、砂糖にはちみつをかけたくらいに、胸焼けがするバカップルだった。
「それで、とうとう、出来ちゃったの?」
「アルス!いきなりなんて事を聞くんだ?」
「ううう・・・アルスの馬鹿」
「いや、毎日よくやるなと思って。流石にそろそろ、かなあと」
「流石に、子供はまだ早いよ」
「えっと、こっそり避妊していますので・・・」
「それは、なんかごめんね」
相変わらず、こういう空気を読むのは苦手だった。
そして。アレク達について冒険していく内に、僕の力も随分強くなった。
「しかし、アルスも強くなったな」
「そうですね」
「ありがとう。でも、そういう二人も強くなったよね」
僕達は、順調にレベルアップをしていた。
アレクは剣技にさらに凄みが増して、大抵の魔物であれば、一人で任せても大丈夫なくらいに強くなった。
今では、因縁の相手のキラーボアを、一人で相手出来るくらいだ。
あとは、剣が壊れた時にも動けるように、体術にも力を入れた。
勤勉化なので、薬草学や、レンジャーのスキルも最近学習している。
ギフトは持っていないが、職業とスキルを自由に選んで、自分に最適化するという点では
加護無しの方が、柔軟で、非常時にも応用が利く。本当に強い冒険者じゃないかと思い始めた。
リナも、テイマーとして、様々な魔物を使役して、その能力を使っている。
小鳥やリスを使った偵察は、とても役に立つ。
そして、大型犬、狼を使って荷物を運んだり、その背に自分が乗って、高速移動するなど、
魔物使いはレベルが上がれば上がる程に、その幅が広くなっていった。
事故で、僕をテイムした時に得た技も、ついでに強くなっていた。
あとは、薬草学に、魔物使いを応用した、プラントマスターも試作している。
そして、僕も、あまり思い出したくないけど、身体に染みついた剣技を正しい姿勢で使う事で、覚えられなかった剣技を次々と習得する事が出来た。
そして、アレクが剣の手合わせをしてくれる事も大いにプラスになった。
アレクの剣は、我流だけど実戦の剣。何が何でも勝つ泥臭い剣だ。
あの家の剣技は綺麗過ぎる。おそらく、試合ではアレクはあの男に及ばないが、実戦ならば結果は逆になる。
そして、魔法も神聖魔法を、かなり覚えた。
これは、天使の力が影響している。LVアップと共に、使える技が思い浮かんでくるからね。
アレクとリナは「「ずるい!」」といっていたけど。うん。ずるいよね。
でも、状態異常回復で、猛毒などを、すぐに治療出来るのは、パーティーにとってプラスだった。
そして、最大の問題が出てきた。
レベルアップするにつれて、羽根が大きくなって、枚数が4枚になってしまった。
2枚の羽根はまだ小さいけど、流石に目立つ。
「これが目下の悩みだよね」
「さすがにフードで隠すのは難しくなってきたな。別の手を考えないと駄目かもしれない」
「光輪も輝きが増しているわ。フードだと逆に目立つわね」
「確かに、フードの奥が光っていたら不気味だよね」
「暗がりだと怖いな」
「実際に、あれはちょっと・・・」
うん。暗がりで、布越しに、頭だけ光っていたら、怖いよね。
「いっそ、ファッションという事で、その姿のまま、外に出てみたらどうだろう」
「そうか、その手があった!意外と名案かもしれないわ」
「いやいや、二人共、最近、僕に適当過ぎじゃない?」
「大丈夫じゃないか?アルスを普通の荷物持ちと思っている人は、この街には一人もいないぞ?」
「そうね。渾名が『やばいやつ』だからね」
「命名、ミラさんだよね」
僕の渾名が『やばいやつ』で固定されちゃった。
いや、ダニエルの時は、思い付いた作戦を伝えたけどさ。
その内容が、えげつな過ぎたみたい。
僕の場合は、実体験と、アスタリア様の記憶があったから、参考にしただけなんだけどね。
しかし、ミラさんの名前を聞いた、アレクとリナの顔色は優れなかった。
「ああ、うん・・・」
「今は、ミラに会うのはちょっと怖い」
「そうだね。二人が開き直って恋人になったと報告した時の顔は、忘れられないよ」
あれは、思い出しても怖い。
あの時のミラさんこそ『やばいやつ』だった。
「悪い人じゃないんだけどね」
「ミラが、ダニエルを必死に抑え込んでいた時に、くっついちゃったから。私もバツが悪くて」
「でも、いつまでも避けるのも失礼だよね。久々に会いに行ってみよう」
「フードはどうする?」
「もう無理でしょ。このままでいいよ」
さすがに代替え案が出てこないので、僕も開き直った。
***
そして、ギルドに行く途中で、見知ったおじさんに出会った。
1年も住んでいれば、顔馴染みも増える。
でも、僕の姿を見るなり、仰天していた。
「て、天使様!?」
「えっと、アルスです」
「アレクにリナ?・・・ああ!成程な!そりゃ、やばいやつだわ!はっはっは!納得したぜ!アルス!」
「どうも」
通りがかりのおじさんは、意外とすんなりと、僕の姿を受け入れてくれた。
そして、僕達はそのまま、ギルドハウスに入った。
ここは、変人が沢山いるから問題無いよね。
しかし、そうはならなかった。
「あーーー売り切れちゃった、アレク君に、リナ。おめでとー」
ミラさんは、机に突っ伏して、全力でやさぐれていた。
しかし、僕の姿を見た瞬間、背中に水でも入れられた様な顔で飛びあがった。
「それと後ろの・・・・・・・・・・うえっ!!!て、天使様あ!?ひゃああああ!!!」
「お、おい!見てみろよ!あれ!!!」
「て、天使様だ・・・」
「な、なぜ!こんな所に!」
すっかり、注目を集めちゃった。
「アルスです。翼が大きくて隠せないので、そのまま来ちゃいました」
「あ、アルス君・・・いえアルス様?!」
「君でいいですよ。中身は変わっていませんから」
「そ、そう。でも私の目は確かだったみたいね。まさか天使なんて・・・『やばいやつ』過ぎるでしょ」
「ああ、やばいな・・・」
「これって、やばいで済む問題か?」
「いや、でもアルスだからな」
「ああ、それだ!納得したぜ!!」
「ん?どうした?みんな」
「おう!ギルマス!アルスが素顔で来ているぜ!」
「ほう、アルスの素顔おおおおおおお!!!???・・・て、ててて天使様!!!?」
「どうも、アルスです。ギルマス」
「こいつはたまげた・・・ああ、確かに今までの奇行に説明が付く。成程、ミラは正しかったらしい」
「僕は、みんなにどう思われていたの?」
「それは、あれだろう」
『『『『『『『やばいやつ』』』』』』』
いや、知っていたけどさ。
でも、みんな、いい人で良かった。
この街は、とても暖かい。僕は初めて居場所を見つけた。そんな気持ちになった。
***
そして、噂は、伝搬する。
アルスの情報は、隣国のバルト王国にも届いた。
「アルスが隣国にいるだと!」
ラウル=フェイオンは大声で、伝令の報告に歓喜した。
しかし、妹のケイトは、表情を変えもせずに、その話に耳を貸さなかった。
「ケイト!アルスの居場所が分かったぞ!」
「兄さんは、私達が殺した。天使様はその兄さんの身体に宿った御方よ」
「何を言っている!アルスを連れ戻せば!この家だって!」
「止めて!今更、どの面を下げて会うと言うのよ!異端者扱いして、1週間拷問して火あぶりにしたけど、生きているなら帰ってこい、とでも言えっていうの?!」
「しかし、アルスが帰ってこなければ、フェイオン家は取り潰しになる!そうなればお前だって!」
「貧乏でもいいじゃない!私はもう、女の幸せを掴むつもりは無いわ!私は兄さんを死に追いやった人でなしの聖騎士よ!
この命は贖罪の為に使う!死ぬその瞬間まで人の命を救って!救って!そして力尽きた時に、地獄に堕ちる覚悟は出来ているわ!」
「ケイト!お前はいつまでそんな事を言い張るつもりだ!」
「もちろん死ぬまでよ!私は生き方を決めたの!もう私の事は放って置いて!」
「なんという事だ・・・」
***
そして、その報はリーリスの元にも来ていた。
しかし、こちらはもっと深刻な事態となっていた。
「聖女様!アルス様の居所が分かりました」
「・・・そうですか」
リーリスは度重なる、過労から、病を患っていた。
50代の老人と言われても信用する姿だった。
「どうか、お会いになられて、元気な姿に」
「一言だけ。ごめんなさいと。私の名は伝えずに、それだけを伝えて下さい。私にはそれだけで充分です」
「聖女様!」
「ゴホゴホ・・・ご、ごめんなさい。今日は体調がすぐれません」
「畏まりました」
もう、あの人に会す顔なんて無い。もっともこんなおばあちゃんみたいな顔で会っても。私が困るわよ。
「あの日に、伝えられなかった言葉だけ伝えて欲しい。
きっと、あの人は、この言葉だけが欲しかったはずだから・・・」
「ゲホゲホガハッ・・・もう長くないかな?でも、あの人は天国で、私は地獄だから、もう会えないよね・・・それだけが心残り・・・」
口から血を吐いたリーリスは、そのままベッドで休んだ。
******
僕は、ギルドに呼ばれた。
何でも、バルト王国から、使者が来ているという。
「ああ、嫌な予感しかしないよ」
「ギルドが呼び出しとは珍しいな。しかも一般人のアルスを名指しだ」
「そうよね。私達なら分かるけど、無関係のアルスを名指しっていうのがね」
「姿を隠せないかなあ」
「前のその身体にいた、天使様は出来たといっていたか?」
「うん。僕の場合は鑑定で、何も見えないから、何が出来るか手探りなんだよね」
「以前。その技を使った時の記憶で再現するとか?」
「あの時は、それどころじゃ無かったからね」
なにしろ処刑完了直後の話だからね。
結局、僕はギルドに行く事になった。
そして、待ち構えていたのは、見たくも無い顔だった。
「アルス!」
「よく、僕の前に顔を出せるよね。恥を知らないの?ラウル=フェイオン」
それは、僕の父親だった男だった。
「私が悪かった!どうか戻って来て欲しい!」
「それは、処刑台に散らばった灰に言ってよ。人間のアルスは、あの場所で死んだよ」
「お前が戻って来てくれないと、フェイオン家が取り潰しになってしまうのだ!」
「言う事はそれだけ?それじゃあね。さっさと国に帰ってよ」
「アルス!育ててやった恩を仇で返すのか?」
「虐待された記憶しかないけどね。その手で、アルスの身体を叩き壊したよね?」
「な、何を言っている!私はお前に英才教育を施したのだぞ!」
「そうやって、成長していない子供を叩きのめしたよね。知っている?幼い子供の骨は柔らかいんだよ?」
「それが何だと言うんだ!才能が無かった分際で!」
「お笑いだね。自分でその才能とやらを叩き壊したのに。アルスは体幹が壊れて。まともに立つ事も難しかったんだよ」
「で、出鱈目を言うな!」
「思い出したくない?立ち上がるだけで悲鳴を上げていた時が沢山あったよ。それを気合いが足りない!と言ってさらに痛めつけて悪化させた」
「わ、私が間違っていたとでも言うのか!?」
「さあ、僕は残っている記憶を伝えているだけだよ。それに、今の僕は剣でもあんたより強いけどね」
「なんだと?!」
「こうしようか?剣で僕に勝てたら、戻ってあげてもいいよ。でも負けたら、ここには二度と来ない」
「その言葉に二言は無いな!」
「そっちも、二言したら駄目だよ」
そして、ギルドにある闘技場に移動した。
「これでも剣聖のギフトを持った男だ!容赦はせん!その根性を叩き直してやる!」
「邪念が多過ぎるよ。もう勝敗は決定しているよね」
「ぬかせ!」
ブォン!
スッ・・・
「何故当たらん!?」
「何故当たると思ったの?それより驚く事があるじゃない。まさか気付いてないの?」
「何!?ぐああっ!???」
「3回斬りつけた。真剣なら死んでいるよ。勝負ありでいいかな?」
「い、いつの間に・・・見えなかった」
「ギフトに頼り過ぎだよ。鍛錬を欠いた、才能任せの剣なんて、目を瞑っても避けられるよ」
「この勝負は無しだ!そもそも、お前は天使だろう!スペックが違い過ぎるんだ!」
「僕は、わざわざレベルを合わせて、勝負してあげたのに?それを放棄するの?」
「このようなもの!勝負でも何でもない!」
「じゃあ、国にそのまま逃げ帰ってよ。そして、二度と来ないで。もう一度その顔を見せたら、次は斬り捨てるから」
「お前は父親を殺すというのか?!」
「いい加減、父親面は止めて貰えないかな。それに誰を前にして話しているの?」
「な、何!?」
「僕は、天使だよ。いい加減にさあ・・・・・控えろよ!人間!!」
「はっ!」
そうだ、私は何を勘違いしていたんだ。
目の前にいる存在は、神の遣い。天使だった。
そして、この天使はアルスの記憶を辿って、私に真実を告げたに過ぎない。
それでは、本当に私が、この手でアルスを壊して、殺してしまったのか・・・
私はなんという恥知らずなのだ!!!
「申し訳御座いませんでした。私の我儘に付き合って頂けたことに感謝します」
「お前が何を言ってもアルスには届かない。早々に、目の前から消え失せろ」
「はい・・・申し訳ございませんでした。あと私が間違っていた。済まないとだけ・・・」
「遅いんだよ。馬鹿・・・」
「!」
「今のは、アルスの思念だよ。あいつもお人好しが過ぎるよね」
「それだけで救われました。もう二度とここには来ないと誓います」
そして、ラウル=フェイオンは、国に戻って行った。
***
ラウルの訪問の熱も冷めない時、新たな訪問が舞い込んだ。
しかし、今回、話を持ってきたのは、アレクだった。
「また、客?いい加減にしてよ」
「今度は、かなり切羽詰まっているみたいだ。俺からも頼む。あの子に会ってやれないか?」
「聖騎士様が来ているみたいね」
聖騎士って、あいつしかいないじゃないか・・・
でも、僕の事情を知っている、友達のアレクに言われると、僕も弱い。
アレクの事は、この街で一番信用してる。人が嫌がる事は絶対にしないからね。
気は進まないけど、僕はあいつに会う事にした。
「お目通りが叶いました事、誠に感謝します」
そこには、見た事が無い程、立派になったケイトがいた。
しかし、腰が低い。あの男が何か言ったの?
「あの男から、何か聞いたの?」
「いえ、父はここで何があったか、頑なに口を閉ざしています。そして、ここには何があっても、絶対に行くなと言われております」
「そう、それを無視してまで、僕に何の用?」
「この私も。貴方に会う資格が無い事は、重々承知しています」
「それで?」
「私は、残された命を聖騎士として使い、そのまま兄殺しの人でなしとして、地獄に堕ちる覚悟です」
「別に、そんな事を頼むつもりは無いけど。やりたいなら、勝手にすればいいよ」
「でも、1つだけお願いがあります!」
「何?」
「リーリス様に一度だけ会って下さい!お怒りで、この身をここで滅ぼされても構いません!どうか!」
「何を甘えているの?」
「都合のいい事を言っているのは、百も承知です!しかし」
「そうじゃないよ。ここで滅んでもいいって。それは覚悟じゃないよ。死んでもいいなんて、ただの甘えだよ」
「甘え・・・」
「それに、あの女が、それを望んでいるとは思えないよ。会いたければここに来ればいい」
「それが出来ないんです・・・もう歩く事も出来ない身体なんです」
「何があったの?」
「あれから、リーリス様は罪滅ぼしと言って、職務に没頭されました。しかしそれが病的で、今では過労が祟って、病に臥せています。・・・今ではまるで老婆の様な姿で、明日をも知れぬ命なのです」
「不器用な生き方だね」
「それでも、頑なに、ここには行かないと。でも私は聞いてしまったのです!あの方の本音を」
「本音?」
「血を吐きながら、一言、天国と地獄で永遠に会えなくなる事が、心残りと」
「自業自得じゃないの?勝手にやった事で、僕に、あれこれ言われても迷惑だよ」
「それでも!リーリス様は、たった一言、ごめんなさいとだけ、しかも自分の名前は明かさずに、それだけを伝えて欲しいとしか言わないんです!」
今の言葉を聞いた瞬間!頭の中が真っ白になった!
そして、僕はかつてない、怒りを覚えた!!
「馬鹿か!お前はっ!!!」
「申し訳御座いません!」
「今、何に対して申し訳ないと言ったの?」
「今更、こんな都合のいい事を喋っている事に」
「全然分かってない!!違うよ!僕は、そんな事で怒ったりしない!」
「えっ?」
「リーリスは、自分の名前を明かさずに、と言ったんだよね?どうしてそれを言うのさ!リーリスの気持ちを踏みにじる行為って気付かないの!!」
「ああっ!!」
「それに、まだ言っていない事が、あるよね?」
「その、この言葉が、あの処刑の時に、貴方が一番欲しかった言葉のはずだからと」
あの馬鹿・・・
「自分の名前を明かさず」と言い出してから、もしかしたらと思っていた。
リーリスは、辿り着いていたんだ。あの時に、僕が欲しかった言葉とその意味に。
「ケイト。お前は馬鹿だよ。ごめんなさいと、それだけを伝えれば良かったんだ。お前が全て話しちゃったせいで。リーリスの心遣いが台無しじゃないか」
「ご、ごめんなさい」
「本当に・・・気付くのが遅いよ。馬鹿」
「えっ?」
「何でもない。言葉も、気持ちも全部受け取ったよ。お前は早く戻って、リーリスに、すべてを話して謝る事。いい?」
「分かりました。本当にごめんなさい」
「あと、喜んで不幸になろうとしないで、それはただの逃げだよ。いい加減、アルスに甘えるのは止めてよね」
「分かりました。もう二度と、ここには来ません」
こうして、ケイトも国に帰った。
しかし、今聞いた話は、僕の心を揺さぶるには十分過ぎた。
***
そして、部屋から出ると、そこにアレクがいた。
「どうするんだ?アルス」
「聞いていたの?アレク。流石に、悪趣味だよ」
「悪い。あの子がどうしても、悪い子に思えなくてな、しかも内心泣いているみたいで心配だったんだ。この街に来た時にギルドに案内したのは俺だったからさ」
「成程ね」
アレクらしい、おせっかいだ。でもそれが嬉しかった。
「あの子が、妹さんなんだろう?そして死の淵にいるのが恋人だった人だ」
「うん。でも流石に、整理がつかないよ」
「それじゃあ、恋人がいる人間として、一言アドバイスをしてもいいかい?」
「うん、聞かせて欲しい」
「今、会わないと一生後悔するぞ。それは人間でも、天使でも変わらないと思う。それでなくてもアルスは天使らしくないからな」
「自覚はあるよ。でもありがとう。決心がついたよ」
もう、答えは出ていたよね。
迷っていた、僕の背中を押してくれてありがとう。
アレクと知り合えて。友達になって、本当に良かった。
***
リーリスの居室で、ケイトは事の詳細をリーリスに告げていた。
「リーリス様!申し訳御座いません!」
「いいえ。ケイトは立派に役目を果たしたわ。あの人が言っていたように、もう喜んで死のうとするのはやめよう。ケイトもいい人を見つけて幸せになって」
「それでは、リーリス様も!」
「私は無理よ。こんな姿で、相手をする殿方なんていないわ。それに心に決めた人がいるから」
「それでは、リーリス様があまりにも、報われません!確かに愛する人を、死に追いやりました!自分を許せないのは分かります!
でもこんな姿になって、血まで吐いて・・・もういいじゃないですか!女の幸せを求めてもいいじゃないですか!」
「ううん。違うのよ。私は、あの人に、ごめんなさいが伝われば、それだけで幸せなの。ケイトは良くやってくれたわ」
「リーリス様!」
「ケイトは、私の分も幸せになって。これが私の本当に望んでいる事・・・ふう、ごめんなさい。今日はもう話すのは無理。休ませて」
「分かりました。でも私は馬鹿だから、リーリス様も幸せにしてみせます!」
「ふふっ、ありがと・・・」
(ごめんね、ケイト・・・最後に本当にありがとう。私の分も幸せになってね)
*******
リーリスは、ベッドに居ながらも、半身を起こして窓際の夜風に当たっていた。
ああ、夜風が気持ちいい。
ケイトの話を聞いて分かった。
あの人は、私の為に怒ってくれた。私の気持ちはすべて伝わった。
それだけで、もう充分幸せ、そう思った時に分かった・・・私の命は、ここまでみたい。
でも、最後だけ、貴方の名前を、もう一度だけ言わせて。
「ごめんなさい。アルス・・・」
「言うのが遅いよ。馬鹿」
「えっ?」
窓の向こうには、一番会いたい人、そして、私が会ってはいけない人がいた。
「何を呆けているの?」
「嘘・・・どうして?」
「しかし、変わり過ぎでしょ。ダイエットにしても、やり過ぎじゃないの?」
「い、嫌!こんな姿を、あなたにだけは見られたくない!」
嫌ああああ!!!!!今の私は、見た目がおばあちゃんだよ!!!
こんな姿を、この人に見られたら死んじゃう!!!死なないなら今すぐ首を吊る!!!
心は、まだ20前なんだから!!!
でも、あの人は、驚く事に、自分の羽根を引き千切っていた!
そして、身動きもロクに取れない、私に近付いて来た。
何?何をするつもり?!
「本当に、馬鹿だな」
「天使の羽根を引き千切って!一体、何をする気なの!?」
「少しの間、大人しくして」
僕は、むしり取った羽根をリーリスに与えた。
「嫌!こんなの!私はまた貴方を傷付けて!それで生きて行くなんて、もう耐えられない!」
「何を勘違いしているの?」
「えっ?」
「罪悪感でこんな姿になりました?そんなの許せないよ。僕が悪者みたいじゃないか」
「そ、それは・・・」
「僕が好きだったなら。ごめんなさい。その一言だけで良かったんだよ。
リーリスはこの国で、ただ一人、自分の力でその答えに辿り着いたんだ。だから。僕は。アルスは、リーリスを許すよ」
「私は・・・言っていいの?あなたの名前を呼んでいいの?」
リーリスの頬を一筋の涙が伝う。今まで罪を感じて泣く事も我慢していた事が伝わった。
僕には、その涙が、とても美しく見えた。
「うん。昔みたいに呼んで」
「アルス!」
リーリスは僕の胸に飛び込んで、今まで溜めていた感情が決壊したように、大声で泣いていた。
「うん。酷いよ、リーリス。僕を信じて欲しかった」
「ごめんなさい!アルス!本当にごめんなさい!私、取り返しのつかない事をしてしまった!」
「そうだね。僕が、こんな姿になっちゃったら。教会で結婚なんて出来ないよね」
「うん・・・私が好きだった婚約者のアルスは、あの日に私が殺してしまった!本当にごめんなさい!!」
そう、人間として、やり直せるわけが無い。
こうして、アルスと、再び話が出来る事が、奇跡だもの。
でも、アルスは突然、変な事を言い始めた。
「まあ、記憶はすべてあるから、あとは身体の相性だよね」
「アルス?何を言っているの?」
「リーリス。ほら、鏡を見てみて」
「嘘・・・昔みたいに・・・戻っている・・・」
そこには、信託の儀を受ける前。アルスやケイトと楽しく過ごしていた時みたいな、健康で若々しい姿が映っていた。
「4枚羽根の一つを渡したからね。効果覿面だったみたい」
「そうだ!アルス!羽根をむしり取るなんて!どうしてこんな無茶な事をしたの?!」
そうよ!天使様の羽根を、根本からむしり取るなんて!
天使だって、痛いはずよ!私は、これ以上アルスに傷付いて欲しくない!
「いや、今夜死ぬなら、会ってやろうくらいに思っていたけど。僕も人間っぽい所が残っていたみたい」
「質問に答えて!」
「リーリスに、ごめんなさいと言われて、許したら。リーリスが、こんな姿で死ぬのが許せなくなった。だって、許したら死ぬなんて、僕が悪魔みたいじゃないか」
「そ、それは・・・私も自分を追い詰め過ぎました」
だって、それしか思い浮かばなかったんだもん・・・
「あと、今、僕が居候している家だけど、バカップルの愛の巣で。毎日子作りをしているんだ」
「こ!子作りって!・・・いきなり、何の話なのよ?!」
また、アルスが突拍子も無い事を言いだした。
アルスってこんな性格だった?
「僕も、天使になり切ったと思っていたけどね。僕の人間の部分に悪い影響を与えていたみたい。今、リーリスに欲情している」
「え?ちょっと!どうして、そんな話になるの?!」
欲情って!ええっ!?
それは・・・その・・・私はまだ、未経験・・・
あれ?もしかして、私って、処女のまま、老衰みたいに死ぬところだった?
「ちなみに拒否権は無いからね。僕を殺した事に責任を感じているなら。ここでしっかり取ってよ」
「そんな事を言われたら、逆らえないじゃない・・・でも、私みたいな酷い女でいいの?」
「ここまで言って、駄目なんて意地悪は言わないよ。僕は、リーリスじゃなきゃ駄目みたいだ」
「うん。アルス。私なんかで良ければ、どうか貰ってください」
その夜、僕は初めて、好きな女の子と肌を重ねた。
僕達は、随分、遠回りしちゃったよね。
それでも、アレクとリナさんみたいに、絶倫超人とは違う。
性欲が薄いのは、天使だからなのかな?
いや、あの二人がおかしいだけだよね。
でも、好きって気持ちは変わらないと思う。
やはり、僕はリーリスが好きだ。だから、いつまでも傍にいて欲しい。
自分の気持ちを認めた瞬間。驚く程に気持ちが軽くなった。
この世界には愛する人がいる。
一度はすれ違ったけど、僕が愛する人はここにいる。
そして、あの街の人達は、みんな大好きだ。
アスタリア様の魂が、復活する条件。
それは、この世のすべてを呪う程の絶望の中でも、人を愛する気持ち、信じる心を持ち続ける事だったのかな・・・
今となっては、真実は誰にも分からないけど、僕もアスタリア様に、お人好しなんて言えないよね。
「ねえ、アルス」
「何?リーリス」
「結局、信託って何だったの?私、分からなくなって来たよ」
「それを、知っているのは、神様以外だと、恐らく、僕だけだと思う」
「アルスは知っているの?」
僕は。真実を知っている。
神託は、僕の恩人。堕天使アスタリアを殺す為だけの技・・・でもこれは広めてはいけない事だ。
口外すれば、僕達が神様に命を狙われる。そんな確信がある。
「でも、これは人間、いや僕以外、知ってはいけない話だ」
「そっか。それじゃもう聞かない。私はアルスを信じるって決めたから。それに今のアルスは、何か悲しくて辛そうだよ」
「ありがとう。リーリス」
アスタリア様の事を思い出して、顔に出てしまっていたみたい。
そして、リーリスが、今後の事について話し始めた。
「でも、これからどうしようかな」
「どうしたの?」
「いきなり、元の姿に戻ったら、周りが大騒ぎじゃない」
「それもそうだね。僕も感情に流されて、忘れていたよ」
「それでも、おかげで命拾いして、好きな人と結ばれた・・・今の私は、信じられないくらい幸せよ」
「それは、僕も同じだよ」
「でも、こんな姿で・・・・・・ちょっと。どうして私の身体に羽が生えているの?」
「あれ?まさか天使化しちゃった?」
「えっ!これって消えないの?!」
「落ち着いて、リーリス!今鑑定するから」
『鑑定』
名前:リーリス
種族:はぐれ天使
LV:1
特技:-
能力:-
「ごめん。リーリス。種族が人間から天使になっている」
「ちょっと、アルス!どうするのよ!!」
「もう一つ、羽根いる?片翼だと、バランス悪いよね」
「そういう問題!?アルスって、そんな軽い性格だった?!」
その時、聖女の部屋の扉が開かれて、ケイトが入って来た。
普段のリーリスはノックに反応出来る身体ではない、重病人だった。それが災いしてしまった。
「リーリス様、おはよう御座います。お身体・・・・って!どうしたんですか!そのお姿は!!それに貴方まで・・・」
「ケイト!?ちが!違うのっ!!」
隣に僕がいて、お互いに裸で、体液で濡れて、シーツに赤い染み・・・
何が違うの?という目をしているよね。
「・・・ええ、状況は分かりました。1時間後に出直してきます」
「ケイト待って!」
「リーリス様は、部屋から出ないで下さい!生まれたままのお姿で、その、大変申し上げにくい状態です。絶対に他の者に見せる訳には参りません」
「ああっ!わ、私は、なんという破廉恥な恰好を!」
「リーリスもさ、もう、バレバレだから、諦めたら?」
「アルスは、性格変わり過ぎじゃないの!?」
それは、一回死んだら、性格くらい変わるよ。
でも、リーリスは全然変わらないよね・・・
あれ?リーリスって、もしかして、僕より残念な子?
「アルス?今、大変失礼な事を考えなかった?」
「それより、身体を綺麗にしよう」
「ああ!今、絶対誤魔化した!」
「いや、本当に、誰か来たら大変だよ?」
「もう、分かったわよ!後で聞くからね!」
リーリスは、プンスカと怒りながら、身だしなみを整えて、湯あみに行った。
聖女専用の浴室が隣にあるのは助かるよね。
***
そして、1時間後。
聖女の部屋には、僕と、リーリスとケイトがいた。
「それで、これはどういう状況でしょうか?説明を求めてもいいですか?」
「いいよ。今回は僕が、こっちに来たからね」
「ケイトの立場もあるからね。私も、正直に話します」
「ご配慮、ありがとう御座います」
「えっと、一目会いに来たら、リーリスが酷い恰好でさ。
でも僕のせいで、こんな姿になったと思われるのが癪だから、翼を与えて身体を治してあげたんだ」
「おかげで、治るのを通り越して、人間を卒業しちゃいました」
「それで、昔みたいな、可愛い姿に戻ったら、僕も欲情しちゃって、リーリスにOK貰えたので、そのまま、キスをして、服を脱がして、リーリスも積極的に・・・」
「そこは、赤裸々に言わなくていいよ!」
「それで、朝になったら、聖女から天使にジョブどころか、種族チェンジしていたと」
「うん。どうして、こうなったのかさっぱり分からないけどね」
「あ、頭が痛いわ・・・どうしましょうか?リーリス様」
「私が聞きたいわよ。どうするの、アルス?」
「でも、リーリスは放っておいたら、昨日死んでいたよ?」
「リーリス様!それは本当ですか!?」
「ちょっと、アルス!それは言わないでよ!」
「でもさ、可愛いリーリスが死ぬなんて、勿体ないよ。それなら僕が、お嫁さんとして貰ってもいいよね」
「あう・・・」
「はあ・・・分かりました。そういう事なら、リーリス様はどこへでも、アルス様と一緒に行かれたらいいと思います」
「ちょっと、ケイト!言い方冷たくない?!私を見捨てるの?」
「私は人間ですので、仕えるのは聖女様です。天使様に意見をする訳には参りません」
「そ、それは、ほら、天使だけど、羽根を隠せば」
「頭の上の光輪はどう説明するおつもりですか?」
「え?あ・・・」
リーリスは、頭の上に光輪が浮かんでいる事に、初めて気付いた。
「もう、諦めよう、リーリス」
「でも、聖女の仕事がたくさん残っているのよ?」
「それは今更ですよ。そもそもリーリス様は病床に臥せって、仕事が出来る身体ではありませんでした」
「本当に、ごめんなさい」
「それに、リーリス様が聖女で無くなれば、新たな聖女が生まれるでしょう。今のリーリス様が残れば、聖女の座を巡って大混乱です」
「うっ・・・でも、新たな聖女が現れたらの話だよね?」
「何よりも、そのお姿で公の場に出て、アルス様と共にこの国を出れば、教会への不信が爆発して、民衆が暴動を起こします。下手をすれば、この国は崩壊しますよ」
「そ、それは・・・その通りだと思います」
天使殺しの聖女が、天使になっちゃうとか、何の冗談ってなるよね。
アルスが聖女を許した、いや、実際そうなんだけど、でもそれは聖女として存命して、この国で聖女を続ける場合の話。
聖女が死んで、天使になりましたなんて言ったら。
教会は聖女も見殺しにした事になって、私は、この国から一歩も出られなくなる。
私は、アルスの傍を絶対に離れない。だからそれは無理。
ケイトも、すべて分かった上で話してくれている。
「幸か不幸か、ここ数か月のリーリス様の容体は、一部の者のみしか知りません。そして、リーリス様は明日をも知れない、重病人でした」
「面目ありません。勝手に自分を追い込んでいました」
「責めているのではありません。近日、リーリス様の訃報を国内で発表します。ですので、リーリス様は、晴れてお役御免です」
「ケイト・・・」
「私は言いましたよね。馬鹿だから、リーリス様も幸せにするって。今がその時です。リーリス様は、自分に素直になってください」
「ありがとう!ケイト!」
「行こうか、リーリス」
「ついて行ってもいい?私、面倒な女の子だよ?」
「今更でしょ?それに昨日、愛し合ったばかりじゃない」
「そ、そういう事は言わないで!」
「おいで。リーリス」
「もう・・・アルス、絶対に離れないからね」
「お幸せに、リーリス様。アルス様」
「ありがとうケイト」
「ケイトも、あまり無茶しないでね」
「えっ!?兄さん・・・も、申し訳ありません!」
「いいよ。ケイトが街に来なかったら、僕はリーリスと結ばれずに終わっていた。ケイトを許すよ。いつまでも、妹の過ちを許せない兄って、恰好つかないよね」
僕の言葉を聞いた、ケイトの瞳から、涙があふれ出す。
そして、泣き顔は、年相応の女の子の顔になっていた。
「ごめんなさい!兄さん!」
「うん。元気で。ケイトも幸せになってね」
「うん!ありがとう!兄さん!」
***
そして、僕とリーリスは、アレク達のいる街に戻った。
アレクとリナは、リーリスの姿を見て、仰天していた。
「まさか、天使にして、そのまま連れて来るとは思わなかった」
「いや、僕もまったくの予想外だった。でもアレクの言う通り、会わなかったら一生後悔していたよ」
ここに来る途中に、リーリスには、アレク達の事を話しておいた。
あの時に、背中を押してくれなければ、リーリスの死に間に合わなかったかもしれない。
アレクは、リーリスの恩人だ。
「この度は、本当にありがとう御座います」
リーリスは美しい仕草で、アレクとリナに、深々と頭を下げていた。
うん、好きな女の子って、何をしても綺麗に見える。
僕も、アレク達の事は言えないよね。
「い、いえ、隣国の聖女で、今は天使のリーリス様に、頭を下げられるなど、恐縮です」
「本当に、恐れ多いです」
アレク達は、リーリスに畏まっていた。
それは、隣国の聖女で、天使だから。そうなっちゃうよね。
でも天然の、リーリスは、あっけらかんとした顔で言った。
「今は、ただの天使ですので、アルスみたいに、普通に接してください」
うん。リーリス。ただの天使とか、言っている事が滅茶苦茶だから。
そして、アレク達もピンと来たみたいだ。
「これは、あれだな」
「ええ、そうね」
「「『やばいやつ』が増えた」」
「何ですか?それ」
<おしまい>
ここまで読んで頂いた方、ありがとう御座います。
評価と感想いただけると嬉しです。
ハッピーエンド?と思われる方もいると思いますが、
短編を書くつもりで書いたので、綺麗に終わったと思います。