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ディナ・シンハ

 冒険者登録が済み、孝志と義昭はクエストボードの前で依頼を見ていた。 今の二人では録な依頼は受けられないけどまずは依頼書のモンスターと推奨ランクから魔物の強さに見当を付けようと考えたのだ。

 依頼の大半は基本的に国から出される。 例えば小さな村の近くに凶悪な魔物が出現したとして、それを討伐する依頼料を裕福でもない村が出すのは非常に困難だ。 とは言えそれを放置するのは国としても不利益になる。 仮に村が滅びでもすれば生産が減り、税収が減り、流民の増加で治安が乱れる。 復興するとなればそれにも補助金を出さないわけにもいかない。 しかし魔物被害の全てに国の兵を動かして対応するには人員が足りないし対応できる範囲は限りがある。 魔物被害の情報を基に兵の演習としてある程度の規模の遠征を行い魔物討伐は行うけどそれにも当然資金を費やすことになる。

 なので都から離れた地域の場合は国と各地の領主が費用の八割程度を負担して冒険者ギルドに依頼を出して討伐させるのがむしろ安上がりになるのだ。 何より失敗して死者が出たとして兵を失うのと比べれば懐が痛まない。

 そうした討伐依頼の他、個人が出す素材採集の依頼などを眺めながら気付いたことと言えば──

「薬草採集とかどぶ掃除みたいな依頼はないんだね」

 そう、小説では割と定番な薬草採集やどぶ掃除といった低ランク冒険者がやるような仕事は一切なかった。 王都だとそういうのはないのかと孝志が考えているといきなり横から声をかけられる。

「おい、坊や。 どこの田舎からきたのか知らないけど冒険者を何でも屋と勘違いしちゃいないかい?」

 そこにいたのは孝志よりは若干背は低いものの大柄な女性だった。 女性としては筋肉が付いているがごついわけではなく猫科の猛獣を想起させるしなやかな肉体だ。 褐色の肌に赤い髪と相まってかなり豪快な感じはするが中々の美人だ。 露出の多い服装だけど今は装備をはずしているだけでおそらくは前衛役の冒険者といったところか。

 これは定番の絡まれイベントか?と孝志がどうしようか考えていると女性は孝志の胸元にぶら下がったギルドカードに目をやる。

GGG(わけあり)かい」

 信用ランクGは身分証明がないかできない理由があることを意味する。 そんな人間が冒険者になるなど相当な事情があることから信用ランクGは通称『わけあり』と呼ばれている。 例え戦闘ランクが最低のGでもそれなりの冒険者ならば初手から侮ることはしない。

 義昭のギルドカードも確認して女性はため息を漏らす

「保護者つきなのに二人とも何も知らないみたいだね。 そんなんで冒険者が勤まるのかい?」

「別に冒険者とやらになる必要はなかったんだがなぁ。 なっといた方がいいって孫が主張するんでな」

「孫? ……あぁ、そういうことになってんのかい」

 女性は何やら考え込むと勝手に納得したように頷いている。 二人の事情を勝手に想像して納得したようだ。

「まあいいや。 あんたら金はあるかい? 一杯おごんなら暇だし話を聞かせてやるよ。 特別にな」

「嬢ちゃんの話はその一杯の価値はあんのかい?」

「言うじゃないか、爺さん」

 女性は義昭の挑発に楽しそうに笑い胸元からギルドカードを取り出す。

「BBAランク冒険者、Aランクパーティ『紅蓮虎(クリムゾンタイガー)』のリーダー、ディナ・シンハって言ったらちったぁ有名なんだぜ。 言っておくけど自慢だからな?」

 茶目っ気を見せるディナを気に入ったか、義昭は楽しそうに笑いディナと酒場へと向かい、孝志もその後を追いかける。


「かぁぁぁっ! 昼間っから飲む酒はうまいね」

 ジョッキのエールを一息で空にしてディナはお代わりを頼む。

「いい飲みっぷりだな、嬢ちゃん。 好きなだけ飲みな」

 義昭はディナの飲みっぷりを楽しそうに見ながらチビチビとジョッキを傾ける。 日本のビールと風味が違い、まずくはないのだが慣れるまでは一気に飲むような気にはなれない。

「気前がいいやつは好きだぜ? だけど世間知らずも大概にしときなよ。 一杯奢るっつって金貨出すなんて他でやったら世間知らずからむしろうってやつらが寄ってくるから気を付けな」

 こいつで飲めるだけ飲めと金貨を出したらディナは目を剥いた。 100杯飲んでもお釣りがくると。

 流通や製造、労働の形態が違うから日本円の価値に換算するのは無理があるがビールが外食で一杯500円から700円程度なのを考えると金貨一枚が5万円以上、下手すれば10万円近くの価値があることになる。 大金を受け取ったことに気付いて義昭はかなり考え込んでいたが、自分が言った条件の範囲で渡されたものだからと渋々納得した。 代わりと言うように金貨三枚を店員に渡して店にいる冒険者全員に酒と料理を振る舞っている。 陽気に騒いでご機嫌な連中がこっちに感謝の声を投げ掛けてくるのはいいのだがギルドの職員らしい人間も混じっているのはどうなのだろうか。

「お二人はお金持ちなんですね! ごちそうになります!」

 いつの間にか孝志の隣で堂々と飲んでいるセリーナにはどういう神経をしているのかと苦言を呈したい。 そんな孝志の代わりと言うように、ディナがセリーナに呆れた目を向ける。

「セリーナ。 あんた仕事はどうしたんだい? 昼間っから酒飲んでる身分じゃないだろ?」

「固いこと言わないでくださいよ、ディナさん。 こんなお祭り騒ぎで仕事になるわけないじゃないですか!」

──いや、仕事しなよ。

 孝志の内心のツッコミに気付くはずもなく、セリーナは美味しそうにエールを飲み干すとお代わりを頼む。 こっちも中々の酒豪なようだ。

 朝に近場の依頼に出掛けた冒険者が帰ってくるのは夕方になる。 遠方で依頼を終えた冒険者が戻るのも夜間は移動しないので必然的に午後遅くから夕方の時間にくることが多い。 だけど素材を持ち込んできている冒険者もちらほらといて他の受付嬢はちゃんと対応をしている。 手続きを終えた冒険者が騒ぎの輪に加わる度に、カウンターにいる受付嬢たちは営業スマイルから一転して刺すような視線をセリーナに向けている。

「いやー、昼間から飲むお酒は美味しいです! これで夕方からはみんなの倍は働いて見せますよ!」

「いいご身分ですね、セリーナ・トロン」

「ぶふっ!──ゴホッ! ゴホッ!」

 背後からかけられた声にセリーナが思い切りむせる。 しばらく咳き込んで落ち着いて後ろを振り返ると、そこには眼鏡をかけたひっつめ髪の女性が額に青筋を立ててセリーナを見下ろしていた。 30半ばから後半か、察するところはお局様といったところだろう。

「セイルーンさん!? これはその──」

「さっさと仕事に戻りなさい。 それと減給1ヶ月をギルドマスターに申告しておきますのでそのつもりで」

「そんな!! 飲んでる人は他にも──」

「彼らは休憩中です。 貴女の昼休憩はもう終わっていますよね?」

「それはそうですが目の前でこんな楽しそうな──」

「他の娘たちはちゃんと働いてますよ?」

「うー……でもですね──」

「あぁ、無職になれば飲んでいても問題ありませんね。 早速ギルドマスターに貴女の辞職願いを──」

「セリーナ・トロン! 職務に励んで参ります!」

 大慌てで立ち上がるとセリーナは受付カウンターに戻る。 その前にしっかりジョッキを空けて行ってるのには呆れる他ない。

「なかなか面白い嬢ちゃんだな」

 カウンターから未練がましくこっちを見るセリーナに義昭は楽しそうな目を向ける。

「まあ明るいし悪い娘ではないんですが……もう少ししっかりしてくれないと不安です。 冒険者からの人気も高いですけど体目当ても多いですからね。──あ、申し遅れました。 当ギルドのギルドマスター補佐を勤めていますメイヤ・セイルーンと申します」

「お偉いさんが下っ端の娘っ子のことをずいぶんと心配してんだな」

「はい。 言い寄られるままに相手をして何股にもなった挙げ句に冒険者同士の刃傷沙汰にでもなりはしないかと心配で──」

『セイルーンさんひどいです! 私、そんなふしだらな女じゃありません! まだ清い体の乙女ですよ! 処女なんです、処女! かっこよくて優しくてお金持ちで素敵な将来の旦那様に捧げるんですから! ちなみにタカシさん結構タイプです!』

 カウンターから飛んできたセリーナの抗議からのぶっちゃけに周りから冷やかしの声が上がる。 一部敵意の視線が向けられるのはセリーナを狙ってる男たちか。 そんな中で孝志は顔を赤くして縮こまっている。

「おい、セリーナ! こいつはあたしが先に目を着けたんだからな」

「ちょっ! ディナさん!?」

 隣に座るディナに抱き寄せられ、孝志は顔をさらに赤くする。

「目を着けたって……てかそもそも何で俺の隣に──」

「あたしも誰にでも声をかけてやるほど親切な人間ってわけじゃないさ。 まだ不馴れな可愛い坊やに色々教えてやるのが好きでね」

 奢らせといて何を言ってる、と反論できる余裕があるほどの人生経験は孝志にはなかった。 女性に胸を押し当てられて密着されてる状態にいっぱいいっぱいだ。 筋肉質だけどごついわけでなく、セリーナよりさらに豊かな胸は意外なくらいに柔らかかったものだから顔を赤くするだけじゃ済まなくなりそうなのを必死に堪える。

「おいおい。 保護者の前で孫にコナかけるか?」

「さすがにまずかったかい?」

「いんや。 孫を男にしてくれんなら大歓迎だけどよ」

「ちょっとじいちゃん!」

 止めるどころかけしかけるようなことを言う義昭に孝志は思わず絶叫する。

「話が分かるじゃないか」

「悪い虫が付きそうだってんなら止めるけど嬢ちゃんはそんな感じじゃねぇしな。 変なことは教えるんじゃねぇぞ?」

「あんたもいい男じゃないか。 気風もいいしあんたが30も若けりゃ惚れてたかもね」

「娘っ子とはいえ言われて悪い気はしねぇな。 ま、今夜はこいつにたっぷり女の体を教えてやってくれ」

 意気投合した二人の間で勝手に話が積み上げられていく。 この二人、口調も似てるけど性格的にも相性がいいらしい。

 孝志もそういうことに興味はあるけど初めては好きな相手の方が、とも考えてしまうのが年頃の男子の微妙な男心だ。

「いや……いきなりそんな──」

「ディナさん」

 孝志が葛藤しているとメイヤが渋い顔でディナに声をかける。 その様子は規律にうるさい女性教諭が苦言を呈そうとしてるように見え、残念な気持ちよりも遥かにほっとしながら孝志は頭を下げる。

「すいません。 そうですよね。 やっぱりこういう風紀を乱すようなことは──」

「避妊はしっかりしてくださいね」

「ちょっ!? 止めるんじゃないんですか!?」

「別に冒険者同士で恋愛関係になろうが肉体関係になろうがギルドの関知することではないですよ? ただディナさんのような高位の冒険者が動けなくなるのは好ましくないので。 避妊薬をしっかり使っていただければ思う存分、肉欲と体液にまみれた爛れた夜を楽しんでいただいて結構です」

 メイヤの露骨な言葉にディナとのそれを想像してしまい孝志はまた顔を赤くして縮こまる。

「それにディナさんはそうして楽しんで依頼に向かうと効率が上がる傾向がありますので。 ギルドとしてはむしろ枯れ果てるまで搾り取られていただけると助かります。 ディナさんに気に入られて依頼の合間に常にお相手していただけるとなおグッドですね」

 冷静に淡々と言いながら親指を立てるメイヤはなかなかいい性格をしている。 このぶっちゃけ方を見るに、メイヤの若い頃はセリーナとそっくりだったのではないかと思わざるを得ない。

「おいおい、男ならちったぁやる気を見せろよ それともあたしじゃ不満か? そんなに魅力ないか?」

「いえ……そういうわけじゃないですけど……」

 そんなわけはなかった。 年はおそらく20代半ばを過ぎた辺りで孝志からすれば一回り近く離れているがおばさんと言うわけではない。 美人でスタイルもいいお姉さんに教えてもらえるとか思春期男子なら一部を除いて嬉しくないわけがない。 しかしこんな公衆の面前で誘われて頷くには気恥ずかしさの方が先に立つ。

「ディナさんはその……美人だと思います」

「嬉しいこと言ってくれるね。 ならいいだろ?」

「美人なんですけど……その……」

 だからといってするのは違うんじゃないか──それを上手く言えず孝志は口ごもってしまう。

「まさか筋肉質だから胸まで筋肉で固そうだなぁとか思ってないだろうな?」

「そんなことなかっ──」

「ほれっ」

 腕に当てられて柔らかいのを知ってたから慌てて否定しようとした孝志の手に、不意に柔らかい感触がきた。

 柔らかい──いや、YAWARAKAI。 何だろうか、これは? 指に吸い付くような滑らかさがあってしっとり汗ばんでいる。──汗ばんで?

 フリーズしかかっている頭に浮かんだ疑問に孝志は自分の手を見る。 いや、手は見えなかった。 ディナのお腹丸出しの短いシャツの裾から中に入っている。 布の感触はなく手のひらに小さく固い突起の感触があった。

「どうよ? 柔らかいだろ?」

「────────!」

 あまりの衝撃に孝志は耳まで真っ赤になってうつ向いて何も言えなくなってしまう。 そんな孝志にディナは妖艶な表情を浮かべ耳元に顔を寄せる。

「ほんっとに可愛いな。 そのくせこっちはしっかり男だって主張して──」

「す、すいません……」

「何を謝るんだよ? 求めてる相手に求められて嬉しくない女がいるわけないだろ?」

 ズボンが盛り上がってるのを指摘されて思わず謝る孝志に、ディナは熱い吐息を吹き掛けながら囁く。 それだけで自分が恥ずかしいくらいに興奮してしまい下半身の主張が強まるのを感じてしまう。

「なぁ……こうなってるってことはさ……あたしの体にも魅力を感じてくれてるんだろ?」

 考える余裕もなく素直に頷く孝志の手に、ディナは自分の手を重ねると愛撫させるように動かさせる。

「んっ……そら……お前の大きい手からもはみ出しちゃってるの……分かるだろ?」

 動かされることで柔らかさをさらに感じてしまった孝志の耳に微かなあえぎと熱い吐息が吹きかけられる。 思春期の少年には強すぎる刺激に考える余裕はなくなっていた。

「なぁ……これだけじゃなくてあたしの体……全部好きにさせてやるからさ……あたしも楽しませてくれよ」

 罪悪感とか道徳観とか、ある種の潔癖さを吹き飛ばされて孝志が頷くのと同時だった。

「いたいた! こんなとこで何やって──って何やっちゃってんですか、こんなとこで!?」

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