情報網が発達した2025年においても、都内トップ私立大よりも地方国立大(非旧帝大)のほうが難易度が高い、学生の平均レベルは高いと、心から信じている人がたくさんいるんだと、昨日の「慶應vs鹿児島大」議論でわかったと思います。
お互い全く理解できないくらい、日本でも常識の差があるんです。
東京の人からしたら「慶應?何いってんだ鹿児島大のほうが名門に決まってるだろう。私立なんて専門学校みたいなもんで大学じゃない」なんていう考え方がこの2025年の日本にあるとはとても信じられないけど、現実にそれがあるんです。
「女は大学に行く必要なんかない」と言われて大学進学率に3割も4割も差がある地域がいまだに日本にはあるんです。
高校の進路指導の先生に「早慶いきたい」と伝えたら、何を将来やりたいのかも聞かれぬまま、ただ単に猛反対されて国公立しか受けさせてもらえない世界があるんです。
そして高校の先生たちは「国公立何名受かりました!」と自分たちが評価される数字を高めることだけを考えていて、生徒の将来なんて考えてなくても、それが許される世界があるんです。
指定校推薦で東京の私文など行くようものなら「逃げた」「負け犬」と扱われる世界も、普通にあるんです。
そもそも世帯の平均収入が多い都会の人が実家から通えば学費だけで済むコスト感と、ただでさえ平均収入が少ない地方から上京して、学費に加えて住居光熱水費食事代を払わなければならないコスト感。それゆえに上京を諦めざるを得ず地元の学校に進まなければならない世界もあるんです。
そして何より、その地を愛して、その地で学びたいことがあって、そこに残ろうとする優れた人材もいるんです。
何が正解かなんて永い年月が経たないとわからないけど、都会から見た大学進学と、地方からみた大学進学、大きな差があって、地方の中にも様々な文化や考え方の地域、家庭があることは、都会の人にも知っていただきたいんです。
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