新しい「ローカル」である全国各地のニュータウンを探訪する「ニュータウン出口」。第4回となる今回、会いに行ったのは、多摩ニュータウンを中心に「ランタンフェスティバル」やワークショップなど、市民参加型のイベントを開催する一般社団法人「ニューマチヅクリシャ」。
メンバーの多くが実際に多摩ニュータウンに住み、リアルな生活の中から活動を生み出しているニューマチヅクリシャ。そんな彼女たちに、活動を始めることになったきっかけや、活動の内容、さらには「ニュータウン暮らし」のリアルな姿まで、さまざまなことをお聞きした。
(話を聞いた人)
寺田佳織さん (写真左)
HITOTOWA Inc. のシニアディレクター。近くに暮らす人の関係をデザインしてまちを作っていく、ネイバーフッドデザインを専門にしている。杉山智子さん(写真右)
多摩ニュータウンで「モイベーカリー」というパン屋さんを営む。
最初はニュータウンの景色があまり好きではなかった
杉山:ニュータウンに来た18年ほど前は、この風景があまり好きじゃなかったんですよ。街の感じが整然としすぎていて、木の並びもきれいすぎたし(笑)。大学に進学するまでは地元の徳島にいて、そのあとは東京の商店街があるような街にいたので、余計そう感じて。
──最初からニュータウンにいたわけではなかったんですね。
寺田:私も小さい頃は埼玉に住んでいました。ただ、祖父母が多摩ニュータウンに住んでいたので、小さい頃は「おじいちゃんおばあちゃんがいる街」というイメージでした。
杉山:10年ぐらい経つと、最初整然としていた木もだんだんとボーボーになっていって、なんだか愛着が湧いてきました(笑)。
杉山:その後、多摩ニュータウンでお店を始めたのも大きかったですね。出店にあたってはいろんなご縁があったのですが、お店を出したとき「小学校の通学路だった道に、こんなお店ができて嬉しいです」とお客さんが言ってくれて。
その言葉を聞いて、ずっとこのニュータウンで育ってきた人がいるんだな、と感じました。そうした人々の物語の一部に私も入っているんですよね。ここも、誰かにとっての「ふるさと」だと思うと、なんだか愛着が湧いて。
──そんな中で、お二人はなぜ「ニューマチヅクリシャ」のメンバーになったんでしょうか?
杉山:私のお店と、メンバーの横溝さんの設計事務所の創業時期が近かったんです。横溝さんと話しているうちに「この一帯はもうちょっと面白くできるんじゃないかな」という話になった。それで、何かやりたいよね、となって。
横溝さんは建築士で、街全体を見る目がある。一方、私は商業の視点からいろいろアイデアを出して、ちょっとずつそういうイベントをやり始めました。
この街は使いこなしたら面白いぞ
寺田:横溝さんの設計事務所は「スタジオメガネ」という名前で、「世界の郊外展」や「建築スナック」みたいな面白い場の開き方を定期的にやっていたんです。そこで「郊外は本当は面白いよね」みたいなことを語っていたりして。私はそのイベントに行ったのがきっかけで、今のメンバーたちと知り合いました。
杉山:寺田さんはネイバーフッドデザインが専門の、まちづくりのプロなんです。そこで彼女に、まちづくりのテクニカルな話や、行政との橋渡し役になっていただいて、それぞれの個性を合わせてニューマチヅクリシャの活動が始まりました。
寺田:私はもともと東京都心部から多摩ニュータウンに通っていたのですが、通っているうちに、ニュータウンって面白いな、と思うようになったんです。世間のイメージでは「暗くて均質で……」と言われがちですが、都市として本当に面白いし、それを使いこなしたら面白い暮らしができそうだな、と思って。そういう感覚を持ったいろんな分野のメンバーが徐々に集まってきたと思います。
最初はただただ楽しく活動してたんですけど、企業さんなどから色々お声がけをいただいて、業務としてイベントをやらせてもらえる機会も増えてきたので、一般社団法人としてニューマチヅクリシャを法人化することにしました。
──なるほど。ニュータウンは街としては面白いけれど、そのポテンシャルを活かしきれてない気持ちがあった。
寺田:そうですね。今は法人としてはこの周辺のエリアで毎年やっている「ランタンフェスティバル」の企画運営を主にやらせてもらっています。団地の夜って、びっくりするぐらい暗いんですよ。それを明るく照らすようなイベントがあってもいいんじゃないかとみんなが思っていたこともあって、お声がけいただいて始めました。
それ以外にも、まちづくりのワークショップやアートのイベントなど、団地を面白くしていくためのプロジェクトを開催しています。
多摩ニュータウンの豊ヶ丘にある建物「八角堂」を中心に開催される、ランタンによってニュータウンの夜を照らすことをテーマとしたイベント「ランタンフェスティバル」。2024年は10月7日〜13日の期間、地元のフードやクラフトビールの出店のほか、ライブパフォーマンス、ランタンパレード、多摩ニュータウンの建築を巡るミニツアーも実施された
団地には面白い人しかいない
寺田:そうやって交流が生まれるなかで、だんだんニュータウンの知り合いが増えたんです。それで、自分もちょっとニュータウンに移住したくなった。
杉山:びっくりしたんですよね、寺田さんがニュータウンに移住するって言ったときは。
──決め手はなんだったんですか?
寺田:私は大学で集合住宅の研究をしていたんです。それで、いろいろな住まい方を経験したい、というのがあって。その中で、団地にすごく興味を感じて、ここではどんな暮らしが営まれているのか気になったんです。
杉山さんもそうで、どうしてこの地に興味を持って、なぜここでお店をやっているのか、その真髄を知るには自分も住むしかないって。
杉山:そんな理由があったとは(笑)。
──研究心ですね(笑)。
杉山:でも、たしかに多摩ニュータウンに面白い人は多いかもしれない。掘れば掘るほど面白い人が出てくる。都心でも、そういう人っていると思うんです。でも、なんかそれが団地だと際立つというか。
団地内引っ越しが日常茶飯事
──寺田さんは観察の結果、何かわかったことはありましたか?
寺田:引っ越してきて面白いと思ったのは、団地内で引っ越す人がいっぱいいるんですよ。
──へー!
寺田:近所の人と話していると、「昔は、何丁目のあそこにいて〜」という話が出てくる。
杉山:多い多い。同じ団地の違う階に住んだりとか。5階に住んでたけど、子どもができたから1階に行ったり、庭付きの1階が空いたからそこに移ったり。あと、それぞれの建物ごとや団地内の部屋でも間取りが違うんですよ。それも引っ越す理由になっているのかも。
寺田:あ、そうそう。それもあると思う。
杉山:誰々さんがリフォームしたから見に行こう、といって見ると、キッチンの位置がぜんぜんちがったり。
寺田:異様にバルコニーが大きい団地とかもありますよね。あと、家の中に階段があってメゾネットになっていて、3階と5階に玄関があったり。
杉山:遠くに引っ越さずともいろいろなバージョンの家を楽しめるのは面白いと思います。
よくよく見て行くと、団地ごとに外観も少しずつ違っている
──めちゃくちゃ面白いですね!どうしてそんなにいろんな間取りがあるんですか。
寺田:たぶん、実験的に作られていったように感じます。
元々は大量に住宅を供給しなくてはいけないから建てられたけれど、時代も豊かになって住宅へのニーズも増え、どんどん郊外での理想の暮らしを目指してさまざまなタイプの建物を建てるようになった。だから、遊びのある間取りが多いんじゃないかと思います。
団地住民の「付かず離れず」な絶妙な距離感
──他に、お二人が感じているニュータウンの面白さはどういったところにあるんでしょうか?
杉山:私はお店をやっているので、いらっしゃるお客様との関係性が面白いと思ってますね。自分自身、徳島から出てきたので田舎特有の「会う人全員知り合い」みたい感覚をよく知っています。でもニュータウンの場合は、近所の人同士がお知り合いでありつつも、そこまでベタベタしていないというか……。
寺田:それはすごく感じますね。団地は、出会う人のコミュニケーションの距離感の取り方や、住んでいる人の感覚が面白いんです。
というのも、この多摩ニュータウンは一気に造成されて、10年ぐらいで価値観も違う人たちが全国からやって来た場所。文化も違う人たちが集まって、昔は男の人が都心に出て働き、女性がここの街に残って地域活動やご近所づきあいをしていくことが多かったなかで、その独特の距離の置き方が形作られていったのかなと思うんです。
今でも喋っていると、うちのふるさとでは、みたいな話も出てくるし、お雑煮の話でも、それぞれの文化が全然違ったりする。そういう違いが出てくるのが面白い。
寺田:ニュータウンは文化が無い、みたいに言われることもありますよね。たしかに、同じ1つの文化は共有してないけど、いろんな文化が混在してて、それをお互いで許容し合ってるところがニュータウンの面白さだと思います。
──東京のドライすぎる感じともまた違いますね。
杉山:そうですね。都会だと、近所の人が何をしてる人かわからないじゃないですか。でも、ニュータウンだとなんとなく知っていたりする。すごく細かく知っているわけではないんだけど。
ニュータウンのコミュニティって、いろんな繋がりがいくつかあって、そのグループがゆるくつながりあってる、みたいな感じなんです。
寺田:地縁って感じでもない。公民館のような色々な施設が点在してるので、そこでのサークル活動なんかも盛んですね。昔だったら婦人会みたいな感じかもしれません。そういう繋がりがあって、いろんなものにみんな所属してる感じ。若い人は若い人のコミュニティがあったり。
このニュータウンで「やりたいこと」をやる
──ニューマチヅクリシャの活動は、そういった意味でコミュニティを作ろう、みたいな意識もある?
寺田:あんまりコミュニティ作りのためにどういうイベントが必要か、みたいな視点ではやっていませんね。やっぱりここでの暮らしをどう楽しむか、それが大事だと思っています。
杉山:私たちが好きなものを出し合って、それに共感というか、ビビッとくる人がだんだん芋づる的に増えればいいと思うんです。狙ってコミュニティ形成しよう、といってもそんなに続かないかなと。
寺田:やはり、楽しくないと人は集まらないですしね。
──じゃあ、イベントのネタはメンバーで決めていたり?
杉山:お店をやっていても、これがあったらいいよね、とかあれがあったらいいよね、という話をお客さんから聞きます。それを元に活動することもある。
寺田:日常生活をする分には満足な環境なんです。静かで環境もいいし、歩車分離の道路だから子供も安全に遊べる。それなりに買い物場所もあります。でも、プラスアルファで「面白さ」が、まだ足りてないのかな、と思うんです。
杉山:うんうん。
寺田:だからそれを自分たちで作っているのかもしれない。都心部に出て体験する面白いこととも違うと思っていて、都心部での面白いことをコピペでするんじゃなくて、それをこの場所でやるんだったらこうなるよね、と読み直すような作業をしたい。
子どもたちの記憶に残るような街になるといい
取材は12月中旬。八角堂にもクリスマスの飾りが
杉山:その意味でいうと、私はもっとここにお店が増えるといいな、と思ってるんですよ。お店って、1つの町の文化に深く関わっていると思います。だから、そのバージョンが増えるだけで、この街の面白さもまた違うものになるんだろうな、と思っています。
ただ、お店といっても生活に必要なものを買うお店は十分あるんです。車を使えばショッピングモールもあります。そうじゃなくて、今の生活に足りない「楽しさ」や「面白さ」を満たしてくれるお店ができればいいんじゃないかと。
──職場でもなく、家庭でもない「サードプレイス」のような?
杉山:まさにそうですね。私がやっているモイベーカリーもそれに近いかもしれない。私自身も、強くパン屋を始めようと思ってなかったんです。「暮らす人たちが日常的に集って、思い思いの心地のいい時間を過ごせる、そんな血の通った個人店があったらいいな」と思って始めた。パン作りも、ほとんど独学ですし。
それで、ここに来るきっかけはなんでもいいと思ったので、喫茶店の機能も付けて、地元農家さんのお野菜がおいしすぎるので紹介したくて販売始めて。私が本も好きなので、本棚を作ってお客さんに好きに読んでもらったり。旅で見つけた民藝の器や雑貨や食品も販売して。何屋なのかわからないお店になった。でも、そのゴチャゴチャ感がなんだか好きで(笑)。
寺田:そういうお店が増えていくといいですよね。今だと制度の問題もあって、団地内の商店街にしかお店は作れないんですが、将来的には団地の空いている1階部分でお店ができたりしたらいいんじゃないかと思います。アクセスがフラットで入りやすいじゃないですか。
そういう団地のよさをもっと活かした場所ができるといいですよね。そうすると、子供たちがいろんな大人と出会ったり、いろんな体験をしたりして「ここに戻ってきたい」と思えるはず。
寺田:今、かつて団地で過ごした人たちが戻ってきはじめているんですよね。それはなぜかというと、ここでの思い出が記憶にすごく残っているからだと思うんです。でも、今の子供たちがどれだけこの団地で過ごした記憶を持ち続けられるだろうか、とも時々疑問に思います。話を聞いてると、公民館や公園で電子ゲームをしたりしている子も多いみたいですし(笑)。それを聞くとちょっとさびしい。
だから、子どもたちにとって記憶に残るような街になっていってほしいし、そのために私たちも活動できれば、と思っています。
ニュータウンの「色々な暮らし方」を広めたい
杉山:人口でみると、ここから10年ぐらいで世代の入れ替わりが始まる時期でもあるんですよね。そうなったときに、ここに魅力を感じてもらえるための活動もしていかないとね、と思っています。
──そういう活動もやっているんですか?
杉山:「ランタンフェスティバル」の中で「ニューマチラジオ」という企画をやっていて。その時にアーティストやデザイナー、お店の方をお招きして話してもらって、どういう風に団地やニュータウンで暮らしているかを話してもらっています。そういう話をアーカイブしていくのも大事じゃないかなと。
寺田:ただ、そういう「色々な暮らし方がある」というのが見えにくいのが団地であり、ニュータウンなのかもしれないとも思っています。
──どうしても、均質で暗い、というイメージがありますもんね。
寺田:そうですね。でも、テレワークが普及しつつある中でも、色々な暮らし方ができるのがニュータウンだとも思っていて。
──間取りもいろいろですし。
寺田:そうそう。だからこそ、そうした暮らしのプロトタイプみたいなものを多くの人に見せていく必要があるのかな、と思ったりしています。
──面白いですね! そうやって徐々にニュータウン暮らしの面白さがじわじわと広がっていくのかもしれません。
アイキャッチイラスト:かつしかけいた
撮影:杉山慶伍
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この記事を書いたライター
チェーンストア研究家・ライター。1997年生まれ。一見平板に見える都市やそこでの事象について、消費者の目線から語る。 著作に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』 (集英社新書)、『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』(青弓社)など。執筆媒体として「東洋経済オンライン」「現代ビジネス」「Yahoo! JAPAN SDGs」ほか多数。テレビ・動画出演は『ABEMA Prime』『めざまし8』など。Podcastに、文芸評論家家・三宅香帆との『こんな本、どうですか?』など。