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 東京高等裁判所は2025年2月6日、システム・エンジニアリング・サービス(SES)事業を営んでいた企業の経営者2人に対し、勤務していた元社員3人に計768万円を支払うよう命じた。2024年7月の一審判決では東京地方裁判所は経営者らに、元社員らに対し計515万円の損害賠償を支払うよう命じていた。これを不服として控訴していた経営者らに控訴前よりかえって多い、1.5倍の支払いを命じたわけだ。どのような判断があってこうした結果になったのかを解説する。

 原告である元社員らは「プログラミングスキルなどを習得できると誤信の上契約させられた『スクール』費用の返還」「経営者らの元社員らに対する不法行為(経歴詐称を強要しての開発現場への派遣)で受けた精神的苦痛などに対する慰謝料」などを求め、被告である経営者らを相手に損害賠償を請求していた。経営者らは一審判決を不服として控訴、その判決が冒頭の768万円の支払い命令となる。

高裁判決では元社員の主張が全面的に認められた。原告代理人を務めた東京法律事務所の伊久間勇星弁護士(左)、首都圏青年ユニオンの尾林哲矢執行委員長
高裁判決では元社員の主張が全面的に認められた。原告代理人を務めた東京法律事務所の伊久間勇星弁護士(左)、首都圏青年ユニオンの尾林哲矢執行委員長
(出所:日経クロステック)
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「事業が詐欺に当たるか」など3つの争点

 今回の高裁判決では、賠償金額が1.5倍に上がった。どういう判断があったのだろうか。まずは3つの争点を整理しよう。

「経歴詐称SES裁判」の主な争点
「経歴詐称SES裁判」の主な争点
(出所:日経クロステックが作成)
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 1つめの争点は「SES企業の『スクール』契約への勧誘及び締結が詐欺に当たるか」だ。被告らは元社員らがSES企業に入社するに当たり、「スクール」を契約するよう持ちかけた。その内容について両者の見解に相違があった。元社員はスクールについて「プログラミングスキルなどを習得できると誤信させられ契約したが、精神論の講義や虚偽のスキルシート作成の指導を受けただけ」だと主張した。一方経営者らは「スクールはプログラミング指導のみを指すとは明示していない。SE(システムエンジニア)として必要なスキルは教えた」との主張である。

 これについて東京地裁は「詐欺に当たる」と判断した。スクールの主目的が「経歴詐称の指導」であったことを加味してのものである。

 2つめの争点は「SES企業の、原告に対する違法な業務命令権の行使による不法行為が成立するか」である。経営者らは元社員らをエンジニア実務が未経験であるにもかかわらず、「Javaを使った開発経験が5年ある」などと経歴を詐称させて、SIerの開発現場に送り込んでいた。これが元社員らに対する不法行為に当たるかについて争った。元社員らは「未経験者に経歴を詐称させて取引先に派遣するなどの行為は悪質で、指示を受けて(精神的苦痛などの)損害を受けた元社員らへの共同不法行為だ」と主張した。経営者らの主張は主に、それらの行為を「強制しておらず、元社員らが自主的にやった」というものだ。

 これについても東京地裁は、元社員らの主張を支持した。経営者らの「元社員らが自主的にやった」という主張も、元社員らが既に前勤務先を退職していたなどの状況から、「従わざるを得ない状況だった」と判断した。

 3つめの争点は「原告の損害額はいくらか」という点である。元社員3人はスクール代金や精神的苦痛に対する慰謝料、SES企業への就労によって他の企業で働けなかったことによる逸失利益など、計1325万円を請求した。経営者らは「元社員らは自主的に退職したのだから逸失利益は請求できない」などとし、支払いの必要がない旨を主張した。

 これについて東京地裁は、経営者らに対し3人の元社員へ合わせて515万円を支払うよう命じた。スクール代金や慰謝料は大部分の請求を認めたが、逸失利益についてはいずれの元社員にも請求の3割を下回る金額しか認めなかった。