Quest4:The time has come to an end
「
「とんでもない軍艦なんだな。規模で言えば、戦艦クラスだ。大きさも武装も。……どこかと戦争する気か?」
「……もし、戦争という行いに、なんの縛りがない時代が近いうちやってくるって言ったら、どうする?」
船の中を歩いている最中、ポラリスは唐突にそう聞いてきた。船の通路は狭く、横に並ぶことなんてできない。俺は右側の隅により、ポラリスの後ろを金魚のフンのようについていく。
「神罰がある以上、戦争は成り立たない」
「その神罰が、機能を失うのよ。……詳しくは艦長が話してくれる」
意味がわからなかった。神罰が機能しなくなる——つまり、神竜が消えるということだろうか。
この星の唯一大陸は、神竜の加護なしにはあり得ない。もしもそれが永遠に失われ、加護なき世界が訪れたのだとしたら、待ち受けるのは確実な滅びだけだ。
与太話の類で俺をからかっているのだとも思えたが、それにしては、手が込み過ぎていた。
俺のあの「力」を知った理由は、多分——悪魔の絵だ。あれが、きっと動き出した。ポラリスは俺の才能に気づき、スカウトしたのだろう。
そうした力が必要な状況——であるならば、それはやはり、大きな敵に備えねばならない状況が迫っているという事実がそこにあるということだ。
艦長のオフィスの前で、ポラリスは水密扉をゴンゴン叩いた。脇のマイクに「ポラリス・イェルテル少尉です。ビジターのエスト・シンダーズをお連れいたしました」と言った。すぐにくぐもった音声で「入れ」と返ってくる。
ハンドルを回して扉を開け、中に入ると、そこは
サムライアーマーに、サムライソード。センスという扇ぐためのうちわに、奇妙な絵図の風除けであるビョーブ。
艦長はタタミを敷いた一段高いところに座卓を設置し、ザブトンにセーザして、こちらを見ていた。
付喪機巧共和国の、禅の精神を表した部屋だ。しかし艦長はというと、荒野の国で知られる「砂礫部族連合王国」の
大陸南西の砂岩地帯にある国。厳しい砂と岩の土地であるが故、そこで暮らす各々の部族も強く厳しい存在として鍛え上げられているという。土の神竜ステインを祀り、部族長の娘が、部族王に召し上げられ子を成し、次の王座を巡る決闘会を行うのだ。
褐色肌のオーガの女は、詰襟の紺色の制服を着ていた。
軍帽を脱いで立ち上がり、休めの姿勢を取る。「楽にしろ」と彼女がいうが、本当に気楽な姿勢は取れるわけもなく、俺も含め、やはり、同じ休めの姿勢をとっていた。
「アステリア・オーガスティンだ。軍隊の体裁を保ってはいるから、階級があってね。中将という偉そうな階級だが、みんなからは艦長と呼ばれている。普通は大佐が、こうした軍艦の指揮官なのだがうちは人手不足だから。……噂は聞いている、ビジター・エスト。なんでも動く絵を描くとか」
「俺自身も初めて見ました。……“
「この四日、持てるパイプを使って調べたが、君にはどうも
「八歳の時に魄獣に襲われて、大手術を受けています」
「それだな。……特定の状況における超法規的医療措置というやつだ。特別琥魄医療保険制度に加入していたんだろう。君の体を実験素材としてサンプルを得る代わりに、命を救うため主根を移植し、強化人間にする、という。各国でも、密かに行われている制度だ」
強化人間。琥魄で作られた人工心臓——琥魄主根、通称「主根」を埋め込み、ヒトでありながら魄力を自前で生成する、新人類になる方法。あるいは、その手術と受けた一部の人間の総称。
常人を優越する身体能力、治癒・代謝能力を持ち、そしてさらに強化人間の中でも稀に見られるのが、魄術という異能だ。
魄力を使った特別な術法技術。魔法、と言い換えてもいい。
俺の「動く絵」は、魄術だったのだ。
俺はあの時受けた手術で自分が強化人間になっていた事実を、十二年——今年で十三年か——経った今、知った。
魄術は、外部のデバイスに頼った疑似魄術技能である「
ということはそこに俺の術式から抽出された魄力が、インクに滲んでいたのだろう。質量保存を超えた大量のインクも、魄力が持ってきた膨大なエネルギーの産物であると考えれば、一応の説明はつく。
「アストロノーツ号は気に入ってもらえたかな」
「全室付喪風の作りなんですか?」
「いいや。ここと一部の部屋だけだ。この艦には現在約二二四六名が乗艦している。我々は
「活動目的は?」
アステリアはモニターにある画像を写した。
それはある箇所の支根樹の写真である。本来、玄慈樹の支根樹は薄い黄色を塗り重ねたような風合いの臙脂色の分厚い樹皮を持っているのだが、その画像の根は根腐れを起こし、青灰色に変色していた。
部分的な枯死現象。
「誰かが琥魄を過剰に取っていったんですか?」
枯死現象が起きる原因は、過剰な琥魄採取だ。だから汎大陸円卓議会においては、琥魄の採取量を監視する専門機関を用意し、逐一怪しい動きがないか観察している。
ひょっとしたらこいつらはそうした、円卓の人間なのだろうかと思った。だから国籍がバラバラなのかと。
「この枯死現象は自然発生のものだ。三〇〇年前、付喪機巧共和国で起こった琥魄技術革命が大陸中に波及し、琥魄の消費量、採取量が相対的に増えた。以来、こうした枯死現象が自然発生する箇所が、少しずつ出てきたんだ」
「つまり、玄慈樹が枯れていっているってことですか」
「そうだ。玄慈樹は神界から伸びる樹。あれが枯死してしまえば、神々は我々へ加護をもたらすことはできなくなり、不条理な争いや戦争に対する神罰など、降る道理はなくなる。……樹の民の長たち、
神罰とは、本来不条理かつ不道徳な行いに対する、神々からの罰だ。極論、そこに筋が通っていれば個人間の決闘にしろ、国家間の戦争にしろ、神罰など降らない。
だが、昨今の明らかに度を越した「小競り合い」への神罰は、せいぜいが一個中隊規模の消滅と、小さな隕石が落ちた程度の控えめな損傷が発生する程度だ。神罰というには、あまりにも弱い。
「それだけじゃない。人心荒廃、世相の乱れ——すなわち、琥魄化する夢に濁りや悪夢が増えてきている。ここ百年は特にな。我々は樹師たちが発足した軍隊の、一つの旅団にすぎないが……どうだろう、君の類稀なるセンスと、力を貸してはもらえないかな」
俺は色々な情報を頭に詰め込まれてしまって混乱しかけたが、ただ、確かなことはある。
「あんたたちに巻き込まれてくれたおかげで、家に帰れない。責任を取るのはそっちなんだ。……その上で、少し考えさせてくれ。急に決断はできない」
アステリアとポラリスは頷いて、「じゃあ、イェルテル少尉。彼をビジタールームに」と言い、「わかりました」というやりとりを経て、敬礼。
俺はポラリスに続いて艦長のオフィスを出て、歩き出した。
本当に、大変なことになったものだと、俺は頭を抱えたくなった。
【未完】寵獣擬画の旅人芸術家 〜キャンバスを張って描くことで見つけた、生きるという営みの深奥について〜 夢咲蕾花 @RaikaFox89
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