Quest2:夏羽城都軍西方駐屯地

 ジープをひたすらに東へ走らせた。スヴェンが仕入れた情報によれば、そこまでいけば夏羽かばね城都軍じょうとぐん西方駐屯地があるらしいからだ。

 事情を説明すれば当面の間の食料と、そうでなくとも治療くらいは受けさせてもらえるかもしれない。

 強化人間といえど、その原動力となる“琥魄”を得られなければ高い治癒能力は発揮できない。

 何か、屑浚いとしての仕事の見返りに生体用に精製されている琥魄を譲ってもらえればそれが幸いなのだが。


 と、ジープが怪しい音を立てた。ガス欠だ。スヴェンが「こんなところで」と言いながらハンドルを殴りつける。だが葉蔵は、生い茂る木々の向こうに、簡易的な城壁を見つけていた。


「見てみろ。駐屯地じゃないのか」

「本当だ。はは、やってみるもんだなあ。ジープはもう置いていくしかないけど、行こうか?」

「当たり前だ。こんなところで屯してちゃ魄獣はくじゅうの餌にされておしまいだ」


 葉蔵はきっぱりと言い切って、歩き出した。スヴェンが後ろからついてくる。シノビ衆というのも伊達ではなく、歩行音も呼吸音もしないし、気配が驚くほど希薄だ。

 異国——彼の出生地だというエルトゥーラ王国にもスパイ稼業はあるだろうが、こちらの忍者とはモノが違う。

 スヴェンは周囲への警戒を保ちつつ、葉蔵の数歩後ろをついてきた。


「待て、そこで止まれ」


 城都軍の兵士だろう。二人の警備のうち一人が、魄力式ライフルを構えつつ接近してきた。葉蔵は両手に何も持っていないことを示すため手のひらを開いてそれを見せ、両手をあげて足を止める。スヴェンもそれに倣い、無抵抗の構えを見せた。


「お前たち、何者だ。どこから来た」

「屑浚いだ。ライセンスは奪われてるから、現状は流れモノだが、強化人間なのは事実だ。胸に傷痕が……施術痕が残っているからわかるはずだ」

「強化人間だって? 頼むから暴れないでくれよ。訓練しているとはいえこっちは普通の人間なんだ」

「わかっている。なにも、強奪や略奪に来たわけじゃない。流れものとはいえ屑浚いとしての仕事を受ける代わりに、食事と兵舎の隅で寝かせてもらえればそれだけで充分なんだ」


 葉蔵がそのように交渉すると、スヴェンも頷いた。

 兵士は訝るような顔でこちらをじろりと見たあと、「じっとしていろ」と言ってから、無線機で通信し始めた。


「こちら久木上等、長森少尉、外に強化人間を名乗る連中が来ています。身なりは完全に野盗のそれですが、万が一言っている通り屑浚いならいい戦力になります」


 無線でやり取りする間、葉蔵たちはもう一人の兵士からボディチェックを受けていた。

 違法な薬物——骨魄塵こっぱくじんなどの類もなく、また、ありがちな大麻、コカインも所持していない。盗賊というには身綺麗な彼らに、兵士が問う。


「どこから来た?」

「ずっと西の盗掘現場だ。鉄鎚団ってのが仕切ってるところだよ」

「ああ……お偉方が一枚噛んでるっつう、あそこか。なるほど、合点がいったよ。昨日か一昨日、あそこで小規模な“獣害”があったってな。その混乱に乗じて脱出してきたわけだ。違うか?」

 スヴェンが「その通りだよ」と答えた。それから「装備もボロの上下よりこっちの方がマシだった。まだ二月だし、防寒着は強化人間にだっているんだ」と続ける。


 兵士が「長森少尉が直接お話ししたいらしい。通れ。ただし馬鹿な真似はするな。この駐屯地にだって強化人間はいるんだぞ」と言った。

 葉蔵は「わかってる。無明の常闇に誓って馬鹿な真似はしない」と、神闇道しんあんとうにおける祈りの常套句を口にし、手を下ろした。


「おい、待て。さすがに武器の類は預からせてもらう。それは盗品か、違法な改造品だろう。さすがに事情が事情だから目は瞑るが、そんなものを軍隊に持ち込ませるわけにはいかない」

「わかった」「僕も了承した」


 葉蔵とスヴェンは持っていた刀剣と、ピストルを提出した。確かにそれらは製造番号の部分が削り取られた盗品であり、また、リアクターの出力をいじった改造品である。

 辺境の防衛を預かる駐屯地とはいえ、仮にも軍隊がこんな違法なものを見過ごすことはできないのだ。彼らは規律を守る兵隊である。そしてこんな時代だからこそ、規律は厳しく遵守されていた。


 葉蔵は開いた門から、駐屯地内に通された。

 プレハブ構造の簡易的な軍事基地がそこにあり、兵士らが行き来していた。給食を作っている女兵士は、調理用の大きなシャベルで大鍋をかき混ぜており、匂いから、軍隊豚汁だとわかった。

 軍隊式の汁物はとにかく具が大きく、豚汁といってももはや「飲むもの」ではなく「汁っぽい、食べ物」であった。


「後でもらえるといいね」

「ああ。見てると腹減ってくる」

「こちらへ」


 先導の兵士が、一つのテント前に来た。綺麗な休めの姿勢で「長森少尉、お連れいたしました!」と腹の底から声を張り上げる。

 長森と言われた三十過ぎの男は「ご苦労、あとは俺が代わろう。下がってよろしい」と言って、広げていた軍事地図から顔を上げた。


長森篤哉ながもりあつやだ。階級は少尉。第二哨戒小隊を指揮している」

「宵村葉蔵。つい一昨日、西の盗掘現場から逃げてきた。強化人間だ」

「スヴェン・エーレです。エルトゥーラ生まれですが、育ちはずっとこっちです。葉蔵とは強制労働時代からの付き合いです」

「西……鉄鎚団か。汚職の具現、唾棄すべき掃溜めだな。……大体の事情は察している。盗掘現場を偵察していた連中から小規模な獣害が起きたと聞いてな。君たちはその混乱に乗じて脱出したわけだ」


 長森が下知を送ると、救急箱を持ってきた兵士が葉蔵たちの細々とした傷を手当てし始めた。


「流れ者の屑浚いだと」

「ああ。飯と寝床が欲しい。何か手伝える仕事はないか。装備は……お古でいいから、正規品を貸して欲しい。やるべきことが俺にはある。死ぬわけにはいかないんだ」

「僕もです。お願いします、長森さん」


 額を二回ほど掻いて、長森は部下に聞いた。


「北の、例の。どうなっている」

「未回収ですよ。魄獣がいるもんですから。動かせる兵隊だって多くないですし、プライオリティの高い事案に兵士を回すようにと司令官も」

「だろうな。……宵村、エーレ。北にある廃工場に、琥魄式の小型発電機がある。常人では持ち上げるのも苦労だが、強化人間なら平気だろう。それを回収してきて欲しい」

「わかった。装備を貸してくれれば、すぐにでも——」

「まあ、待て。時間も早い。まずは朝飯を食って、仮眠しろ。その間に装備を用意しておく。いいか、腹が減っては戦はできぬというぞ」


 長森はそう言って、配給所を指差した。


「うちには避難民も来る。今更食い扶持が一人二人増えたって困りはせん」

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