【未完/要調整】深緑戦域の超克者 — プランターワールド・ザ・ワヰルドハント —

夢咲蕾花

Episode Quest1:宵闇からの復讐者

Chapter1:Those who survive today

Quest1:エスケープ・スピード

『脱走者は漏れなく銃殺刑に処すものとする 例外はその一切を認めない』と、釘で壁に打ち付けられているベニヤ板に、血が滴っているようにも見える赤い塗料でデカデカと書いてあった。


 旧鴻翼皇国こうよくこうこく地域——広大な鴻翼島嶼こうよくとうしょで用いられる平仮名、カタカナ、漢字を組み合わせた一般的な鴻翼語で、識字率の問題で漢字にも読み仮名が振ってある。

屑浚くずさらい〉の中には簡単な読み書き計算すらままならない者がおり、ましてやそれがその辺の村やら集落やらで捕まえてきた有象無象の虜囚が読むとなれば、ひらがなで読むことを前提とするのは尚更だろう。


 天井の鍾乳石から染み出した水が地面の剥き出しの岩に当たると、涼やかな水音を立てて甲高く遠くまで響いた。

 青年はその音と、迫り来る鉄靴の鋲の音で目を覚ました。洞窟を掘り抜いて鉄格子をはめただけの簡素な牢屋の中で、彼は眠りについて少しでも体力の温存に努めていた。

 隣に寄り添う、美貌の褐色肌の遺伝子改造亜人種——亜人の一人である、森妖人もりようじんの男が、心配そうな顔でこちらを覗き込んだ。


「さーてどいつだ、昨夜は俺様に逆らって飯抜きにされた馬鹿は」


 黒髪の青年——宵村葉蔵よいむらようぞうは何も言わず立ち上がった。牢に入れられている五人と同じ、ボロの作業着の上下という格好で、葉蔵は同業の屑浚い連中に嵌められて一ヶ月、この違法発掘現場で盗掘の強制労働に就いている。

 今頃あの連中はそれなりの金を手にいれ、葉蔵の装備を見ぐるみ剥いだ上で、どちらが盗賊かわからない暮らしを謳歌しているのだろう。


 ここを出たら見ていろ、と思いながら、葉蔵は静かに息を吐いた。


 隣の褐色肌の異国の民——〈暗い森の妖人〉と俗称される亜人・褐色系森妖人のスヴェンも同じだ。彼は義賊団〈シノビ衆〉の一員らしいが、任務にしくじってここに入れられたのが三週間前である。


「逆らうなよ、ついて来い役立たず共!」


 獣人系亜人のチーフがそう怒鳴るように言うと、手下の小汚い身なりの男が牢の鍵を開け、葉蔵達は彼らに従ってついていった。

 無論それは渋々である。逆らえないから現状は従うより他ない——というだけであり、可能なら、今すぐにでも連中の首をへし折ってやりたいとすら思っている。果たして誰が好き好んで奴らの言いなりになるものか。中にはストックホルム症候群めいた状態に陥り、盗賊に同情的にすらなっている奴もいるが、正気じゃない、と思っていた。


 だが、いかに嫌悪したところで並の人間が武装した盗賊に敵う道理はない。盗賊の技量はピンからキリまであるとはいえ、彼らが所有する銃火器に刀剣は、いずれもおもちゃではないのだ。確かな殺傷能力があり、常人が素手で挑むには危険である。

 葉蔵とスヴェンは別だが、彼らはその特殊な力を封じる首輪型デバイスを取り付けられ、身体能力が著しく減衰している。今の彼らは、か弱い人間と何ら変わらない身体能力しか出せないのだ。

 葉蔵の剥き出しの左の義手も、内部の弾体を引き抜かれ無用の長物だ。一応は金属の塊なのでそれ自体が武器だが、盗賊を撲殺だけで全滅させるにはあまりにも心許ない。


 葉蔵達は盗掘現場までの間を歩いていった。

 渡し板を貼り付けただけの、乱雑に作られた溝を渡る通路に、お手製の日曜大工感覚のガードレールの柵に、岩盤を砕く削岩機のような工業機械からピッケル、シャベルまで、各々道具を持って所定の場所で仕事をさせられている。

 ここを取り仕切る盗賊団「鉄鎚団てっついだん」はそれなりの規模らしく、盗賊達の中には〈強化人間〉もおり、現場の用心棒——幸いここには見当たらないが——もまた強化人間という噂がある。


「よーしキリキリ働けクズ共! それからそこの森妖人、俺の部屋にこい」


 チーフがニヤついた笑みをへばりつけ、スヴェンの腕を掴んだ。

 制御デバイスの首輪がなければあの程度の、小太りな男の腕など容易くへし折れるが、今は無理だ。スヴェンは「やめろ!」と抵抗するが、チーフは無理やり押さえつけようとして、葉蔵が割って入ってきて、チーフの出端がくじかれた。

 体を割って差し込むように入り込んできた葉蔵を睨み、「いい加減にしろ、てめえ!」と怒鳴り散らしながら思い切り顔面を殴りつける。


 素人むき出しの見え透いたテレフォンパンチだ。躱すのは容易いが、あえてもらっておいた方が向こうの溜飲も下がるだろうと葉蔵は判断した。

 だから少し大袈裟にたたらを踏んで、切った口の中の血をぺっと吐き捨て、続け様に放たれた左のブローを身を固めて受け止め、うずくまって苦しむ——フリをする。

 屑浚いならこの程度の痛みに耐えられる。チーフはその後数発殴る蹴るを繰り返し葉蔵をタコ殴りにして、一応、落ち着いたのか、「もういい仕事に戻れ!」と怒鳴り、所定の監視位置につく。


 やれやれと思いながら葉蔵はピッケルを担ぎ、スヴェンを見た。彼は申し訳ない、という顔をしていたが、仕事中に無駄口を叩けばまた殴られる。

 葉蔵はいったい、この先に何が待ち受けているかもわからない岩盤に、ストレスをぶつけるようにしてピッケルを叩きつけた。


 スヴェンとは、こっそりと脱出の機会を伺う貴重な仲間という間柄だった。

 互いに些細な情報をあちこちで盗み聞きし、共有し、さっさとここから脱走するための計画を練っていた。

 どうやら盗賊はこの発掘現場に脱出用の通路を持っているらしく、スヴェンがすでにその場所を掴んでいた。葉蔵があえてそれを聞かないのは、他の連中に盗み聞きされて先走られた結果、警戒が高まるのを防ぐ目的があった。


 葉蔵かスヴェン、どちらかの首輪を解除できればあとは力技で脱出できる腹づもりがあった。現場に詰めている強化人間はシフト制で日に二日、数時間おきに交代し、約二時間、強化人間がいない時間帯がある。その空白を狙えば力を取り戻したこちらは実質好き放題暴れて混乱に陥れ、脱走が可能となるのだ。

 遺伝子改造亜人種にせよ、純人種にせよ、「人間」と「強化人間」には圧倒的な開きがある。常人が強化人間に正面切ってやり合って勝てる道理などない。

 だから盗賊団は首輪型のデバイスという、本来、都市などの衛兵隊が犯罪者などに用いる道具を違法に使用し、制限をかけているのだ。


 旧人類時代の史跡がこの先にあると言う確証はどこから来るのだろうか。葉蔵にはわからなかったが、おそらく鉄鎚団は下っ端だ。裏には、表立った組織を動かせない「城都」政府や、あるいは、なんらかの非合法組織が踏み台代わりの仲介人を挟み、盗賊を動かして盗掘しているに違いない。

 そうでなければ今頃、何かしらの軍隊なり合同部隊なりが盗賊討伐に出向いてくるはずだ。


 これだけの規模の盗賊が怪しげなことをしている現場で、悠長に指を加えて見ている為政者は無能である。今の時代、無能な為政者はあっという間にクビを切られ、路頭に迷うのだ。

 政治屋がやっていける時代ではない。真剣で、どこかぎらつくほどに己の組織を思う政治家でなければ、蹴落とされる。


 葉蔵はそのように考えながらピッケルを振り上げた——と、次の瞬間の太い悲鳴と、衝撃音が響き渡った。

 坂道の上、機材が置いてある場所で何かが炸裂したらしい。「おいなんだ!?」「反乱か!」「いけっ、お前ら! 逆らうやつは皆殺しだ!」と怒鳴りあう盗賊が、駆け上がっていく。


 葉蔵とスヴェンも何事かと思って坂を駆け上った。すると、警鐘がガンガン鳴らされ始め、それが“魄獣はくじゅう”の襲来を意味していることを察した。

 ここから見えるのは虫型の、クロアリのようなシルエットだが、人と比べた時の寸尺からしてその体長は四メートルはある。

 そいつが背中に背負うようにして備えていた筒状の器官から、甲殻の弾丸を撃った。


 一発が木箱を粉砕し、中に詰まっていた保存食をぶちまける。

 それから別の一体が、闇雲に甲殻弾丸を放った。それが機材の鉄板に当たって砕け、その破片が葉蔵の首——のデバイスに、直撃した。


「葉蔵!」


 スヴェンが慌ててひっくり返り、坂を転げ落ちた葉蔵を助け起こした。

 葉蔵の首輪が火花を散らし、パチンッと音を立てて左右に割れ、外れる。


「幸運の女神ってのはいるんだな。スヴェン、絶好のチャンスだ。逃げ出すぞ」

「……っ、ああ!」


 スヴェンは通路を一旦、牢の方に戻って走り出した。こちらにはもう人などおらず、彼らは盗賊が落としていったと見られる拳銃とナイフを握り、先に進む。

 脱出路は盗賊の詰め所に入り口があるらしく、岩をくり抜いた詰め所の奥にあった鉄扉をナイフと工具箱に入っていた細い精密ドライバー、針金でこじ開け、二人は階段を下っていく。

 すると先に、盗賊が一人いた。


「おいなんだお前ら!」


 そいつが魄力はくりょく式のピストルを向けてきた。葉蔵は実弾が装填されている自動拳銃をためらわずに三発、男に叩き込んだ。

 右の眼窩と喉、心臓を抉った四〇口径弾が男に死の舞踏を踊らせ、血を撒き散らせて昏倒させる。


 葉蔵は男からデバイスの解除キーを奪った。それでスヴェンの首輪を外すと、近くにあった盗賊用の武器庫から使い古された刀型の魄巧はっこうを一振りと、魄力式五〇口径ピストル、適当な革のコートを拝借。

 スヴェンも適当な短刀型の魄力式機巧武装——魄巧と、ピストル、軽装備を拝借した。


「葉蔵、車の鍵だ。この先に確かジープが停まってるらしい」

「それを奪って逃げよう。食料はレーションをリュックに入れられるだけ突っ込んできた。なんとか逃げられるぞ」


 言い合いながら二人は通路を奥に進んだ。するとその先は何かの搬出路のようになっており、運よく、ジープが一台停まっていた。

 スヴェンが運転席に乗り込み、葉蔵は助手席に座る。エンジンをかけると、しっかりと機関に火が入り、車が動き出した。


 一ヶ月ぶりの娑婆の空気。

 葉蔵とスヴェンはどちらともなく笑い出し、そしてジープを発進させるのだった。


【表紙】https://kakuyomu.jp/users/RaikaFox89/news/16818093092972808992

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