昭和47年生まれ。生後まもなく両親の勤務先である大阪にて,育つ。
大学は中央大学法学部であったがさしたる夢や目標を追いかける訳でもなく,ただ生活をしていただけの日常であった。
▼谷(挫折体験)
小学生のころ,恒常的ないじめもあり,遠慮がちな生活を送ることになり,中学生や高校生時代も人と真摯に向き合うという事が少なくこの影響で就職活動も真剣に行わず,糸の切れタコのように己を見つめる事なく,ただ時がすぎるのをじっと待っていた。
▼山(成功体験)
その後,阪神大震災などで全うに生きている人々が理不尽に命を奪われていく様を見るにつれ,自分の存在価値を高め,人の印象に残る一生を終えたいと真剣に考えた。
その結果,30歳にして司法試験合格。当時の試験は非常に難関であり,合格率も3パーセント未満であったが,意思の力により,狭き門をくぐり弁護士として活動をスタートした。
過去の経験から,人に対して心から話しかけて信頼関係を築く事ができたのか。笑顔が自然に出る,雑談で心を軽くし,お客様の心理的な負担を限りなく軽減さしあげるなどのクライアント様に対する姿勢は,相談から依頼への受任率をかぎりなく一致させる方向に働き,受任率は85パーセントを超える程になり,まさに,行列ができる法律相談所の趣を呈していた。
弁護士になって5年前後は,あらゆる分野でクライアント様との相性が合えば受任という事もあって,非常に多岐にわたる分野を受任することができ,様々な分野での知識やノウハウを獲得する事ができた。
▼谷(挫折体験)
多くの依頼が殺到した反面で,非常に高難度の案件について多数事務所で対応することになり,弁護士1名の事務所であったがゆえに,案件解決のスピードおよび案件処理の質に対して兒玉自身も心身共にギリギリの状態で対応し,何とかせねばと思いつつも眼の前の多くの事件処理に追われていた。
職場の雰囲気も次第に厳しくなり,スタッフとの協働関係も構築できず,過労による入通院といった事態に至るとともに,クライアント様から期待どおりの仕事ぶりではないといった評価も受ける事態にまで陥った。
▼山(成功体験)
コダマの理念は,笑顔なくして人生なし。それにもかかわらず,現実には,笑顔になれない方が散見されるようになった。そのようなどん底の状態であった平成20年~22年にかけては,「自分は何のために弁護士になったのか」と,日々自問自答の日々であった。
そこで,全てのリクエストに応えようとすることはかえってクライアント様にご迷惑がかかる事に気付き,【特定の分野のみお引き受けすることで,当該分野のスキルや知識が常にブラッシュアップされ,結果的にその分野で悩む方の解決に資する可能性が高く感じると決意を新たにした。
また,今までの事務所体制では到底クライアント様に納得していただけるだけの案件処理ができかねるという課題に対して,スタッフの徹底的教育を指導し,数多くの研修を弁護士はもちろん,スタッフも受け,高難度の案件に取り組むチームを立ち上げる事とした。。
その決意により,コダマは,取扱分野を①債務整理 ②交通事故被害者救済 ③相続 ④離婚 ⑤中小企業の経営支援 に絞って,他の事件類型はお引き受けしない方針を固めた。 その後,まずは,県内で最も多い相談内容である債務整理問題,具体的には,過払金返還請求や任意整理,個人再生,破産問題を解決する事に注力し,地元宮崎の弁護士に依頼をして欲しい旨WEBやテレビ,ラジオ,雑誌といった様々なチャネルを通じ訴えかけ,笑顔が生まれる地元宮崎の弁護士という肩書で,認知されるに至った。
その後,現在は,債務整理分野以外の ②交通事故被害者救済 ③相続 ④離婚 ⑤中小企業の経営支援 のうち,特に②の交通事故被害救済 と③の相続 に格別注力している。
その結果,現在も常時交通事故40~45件の受任数を誇り,今後も相続および離婚についても,目先の結論でなく,紛争が解決した後も,笑顔で毎日を迎えられるために尽力さしあげるよう日々研鑽を積んでいる。
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