考察『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』3話「なんかもう夢ん中にいるみてえだ!」吉原を救うために危うい賭けに出た蔦重(横浜流星)のサンプルプロモーション大成功
『光る君へ』製本場面から750年以上
二文字屋の女将きくは、蔦重から受け取った50両を元手に他の見世の河岸女郎たちのための炊き出しを実施している。こっそり受け取ったのだから自分の懐に入れてしまうか、二文字屋の女郎たちのためだけに使ってしまうことだって考えられるのに、ここで生き延びる女たち皆のために……。きくの優しさと心意気を感じる。更に、駿河屋を追い出された蔦重の居場所も提供した。二文字屋で蔦重は、頒布書籍の案を練る。 本屋に並ばないことを逆手に取るのだ。吉原に足を運び、馴染みにならないと手に入らない魅力的な本……まるで、通販や書店委託販売のない頃の同人誌のようだ。同人誌即売会、コミケに直接行かないと、好きな同人作家の作品は入手できなかった。 蔦重は貸本屋を副業としているから、現在人気の絵師は把握済みだ。今回選んだのは北尾重政(橋本淳)! 120人以上の女郎の姿を載せる本と聞いて、 重政「墨摺りで? 一枚絵ならまだしも、本になると似たような絵が延々と続くことになるよ。あんまり面白くねえんじゃねえかな」 書肆(しょし/本屋)の家に生まれ育ち、本のことを熟知している北尾重政なら、このアドバイスが出てくるのは納得なのだ。 カラー印刷ならともかく、黒一色印刷で美人画だけが120人分並んだ本。綺麗だろうけど、確かに面白くはなさそう。 そこで生まれたアイデアが「見立て」。江戸時代には、よく知られた古典作品や故事、歴史上の事件などを当時と照らし合わせて描いた見立絵がジャンルとして確立された。今でいえば「もしも〇〇だったら」などの設定から発想する「現パロ(現代パロディ)」もこの見立絵にあたるだろう。歌舞伎役者を花に見立てた絵も登場していた。 かつて貴族と武家のたしなみだったいけばな(立花)は、江戸時代に入ると経済力ある町人たちの間に普及し、さらにちょっとした場所に飾る「投げ入れ花」が流行した。2話で次郎兵衛が花の会に出かける場面があり、生花を入れた桶を担いだ振売が歩く場面もあった。戦乱がおさまった世で花を飾り楽しむ習慣が民衆の間に広がっていたのだ。その花に女郎たちを見立てる発想。 ツンとしてる女郎はわさびの花。夜冴えないのは昼顔。無口なのはクチナシ。文ばかり書くかきつばた──怒られない程度にやりなよ、蔦重。蔦重が女郎たちをそれぞれ思い浮かべて花に見立て、絵師・重政が流麗な筆で次々と描いてゆく。 絵ができあがったら、それをもとに彫師が版木を彫り、摺師が紙に刷る。この場面は江戸時代からの伝統の技を受け継ぐ、本物の職人が演じている。 蔦重「トベラの白玉花魁は枝が大事なんですよ、枝が」 親方「そんなにぃ?」 トベラは花は良い香りなのに、枝を折ると独特の臭いがする。そのことから「トベラの枝」は女性の下半身、ある部分の臭いを指す隠語だ。白玉花魁は蔦重を一発殴っていいと思う。でも「大事」と表現するということは、白玉もそれをアピールポイントにしていて客がつくのかなあ。人の好みは様々だ。 絵ができあがったら製本。しっかり食べて体調が回復した二文字屋の女郎たちが協力してくれた。よかったとは思うが、前述の通り梅毒は彼女たちの体に潜んだままだし、借金を返すために働かねばならない。病み上がりの女郎が客を取っているのがチラッと表現された。笑顔を取り戻したものの彼女たちの不幸は消えておらず、しかしそれでも生きてゆかねばならない。 この場面に、昨年の大河ドラマ『光る君へ』を思い出した。当時貴重な紙を使い、帝の后と貴族の女性たちが『源氏物語』を製本してから750年以上。紙は庶民にとって身近なものになり字を読める民衆が増え、遊女たちが本を作るようになったのだ。日本人は大きな災害や戦乱を経験しながら文化を育んできたのだと、大河ドラマ2作を通じて我々に訴えかけてくる。 出来上がった本を手に、 蔦重「なんか、すーげえ楽しかったなあ」「こんな楽しいこと世の中にあって、俺の人生にあったんだって……なんかもう夢ん中にいるみてえだ!」 いつも笑顔で明るい蔦重だが、今まで一度も楽しい経験をせず、そうした幸せが世の中にあるということを知らず生きてきたのか。彼の、そしてこの吉原で生きている人々のこれまでの人生を思い、泣いてしまった。 できあがった入銀本、その名は『一目千本 華すまい』。 「一目千本」は千本の桜を一目で見渡せるところ、桜の名所・奈良の吉野を指していう古くからの言葉だ。華すまいは花々に例えられる女達の住まい、吉原。そして「はなすまい……放すまい」。吉原の女郎達はあなたの心を捉えて放さないでしょう、という意味にも通じる。 これを出資した遊女と、彼女たちが所属する女郎屋に新しく馴染みになった客に渡してくれと配った。それだけでなく、風呂屋、髪結い床、茶店、居酒屋。江戸市中で男が集まる場所を狙い一冊だけ渡して、これは吉原に来て馴染みになったらもらえる本ですとサンプルプロモーションをかけた。 やるだけのことはやった、あとは九郎助稲荷に手を合わせ神頼みするのみ──。
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