自律神経研究の第一人者として著名な順天堂大学医学部教授の小林弘幸さん。小林さんは、心身のコンディションを整えるためにある習慣を実践している。それは毎朝1分、写真を眺めて1つの言葉を読むこと。なぜそれで自律神経が整うのか。『日めくりカレンダー 毎朝1分の整える習慣』(日本経済新聞出版)に込めた思いとは? 自身の不調と立ち直りの話も交えつつ語る。聞き手は産業カウンセラーのイイダテツヤさん。
「当たり前」は当たり前じゃない
心身のバランスを崩しがちなこの時期ですが、小林さんのクリニックを訪れる方も増えているのではありませんか?
順天堂大学医学部教授の小林弘幸さん(以下、小林) そうですね。いろいろな不調を訴える患者さんは相変わらず多い印象です。実は、私自身も体調が優れない時期があったのですよ。
えっ、そうなんですか?
小林 2022年の年末、左腕に炎症が起こって手術をしたんです。手術自体はうまくいったのですが、2023年の春くらいから、少しずつ言葉がうまく出にくくなったり、人と話したりするのが億劫(おっくう)になるような、そんな症状が続いていました。
それは大変でしたね。
小林 炎症なので、何かが脳に回ってきていたのだと思います。脳の検査では何ともないのですが、自分では明らかにおかしい。滑舌も悪いし、以前のようにパッと考えてすぐに言葉にして話すことがやや難しくなっていたんです。手術したほうの腕も完全ではありませんでしたから、顔を洗うのにも不便を感じる状態でした。
それは今も続いているんですか?
小林 今では問題なくなっているのですが、1年半ほどはそんな状態が続いていました。確かに、しんどい状況ではあったのですが、医師として、不調で苦しむ人の思いとか感じていることがより分かるようになったのはよかったと思っています。
日常で、誰もが当たり前のようにやっていることは、決して当たり前ではないのだと改めて感じました。
確かにそうですね。
小林 健康な人は両手で水をすくって顔を洗うなんて、当たり前すぎて、何の意識もしませんよね。でも、当時の私にとって、ものすごく大変なことだったんです。
ただ、そのときに「なんで、できないんだ!」「自分は全然ダメだ!」と思っても暗くなるばかりで、体の状態も悪くなる一方です。そうしたとき特に大事なのが「小さな達成感を大切にする」です。昨日は全然水がすくえなかったけれど、今日はちょっとすくえた。それだって、すごい達成じゃないですか。
はい。
「小さな達成感」が大切
小林 今現在、体調が優れなかったり、思うように体が動いてくれなかったりする人もいるでしょう。精神的に落ち込んでいたり、仕事や生活でうまくいかなかったりする状況に苦しんでいる人も多いはずです。そんなとき、問題が完全に解決することはまずありません。
でも、その状況の中で「できたこと」もたくさんあるはずです。朝起きてしっかり朝食を食べたとか、メールを1本出したとか、挨拶だけは元気にできたとか、そんなささやかなことなら、誰だって、毎日何かしらできるはずです。その達成感を大事にしてほしいのです。
普段なら、意識せずスルーしてしまうことでも、せめて今日は「小さな達成感を大切にする」。とても勇気づけられる考え方だと私は感じています。そして大事なのは、それを毎朝1分、意識することです。
1分の意識づけで呼吸が深くなる
その毎朝1分というのが、小林さんの最新作『日めくりカレンダー 毎朝1分の整える習慣』のコンセプトにつながるわけですね。この「日めくりカレンダー」は毎日1つの言葉と写真で構成されています。これにはどんな意味や効果があるのでしょうか。
小林 毎日1枚の写真を見て、1つの言葉に触れる。このちょっとした行為によって自然に意識づけされることがもっとも大きいと思います。
例えば、「1時間、フリーの時間をつくる」と書いてある日があります。それを読んだら、きっと誰もが「そうか、フリーの時間をつくることが大事なのか」と思いますよね。また、「何もする気がしないときはとにかく立ち上がる」という言葉の日もあるのですが、今日1日だけでも立ち上がる意識を持とうとするじゃないですか。
本当に、そんなちょっとしたことで呼吸が深くなり、自律神経は整ってきます。そうした小さな意識づけを「日めくりカレンダー」をきっかけに持てるようになれば、少しずつでも心や体が整う方向に向かっていきます。
1日に1つだけ何かを意識する。そのきっかけをくれるということなんですね。
感じ方で分かる毎日のコンディション
小林 そのほか、その日の言葉を読んだとき「グッと心に響く」という日もあれば、「へえ、そうか」くらいでそんなに響かない日もあると思います。そんなふうに「響くか、響かないか」を感じることも実は意外と意味があって、自分の精神状態や体のコンディションを確認することができます。
すごく響く言葉に触れた日は、それを心の真ん中において1日過ごしてもらえればいいですし、あまり響かない日は、それはそれで「この言葉は、今の自分にあまり響かないんだな」と思い、そんな自分を感じてもらえればOKです。
「日めくりカレンダー」のいいところは31日分になっているので、来月また同じ言葉に出合います。すると、また違った心持ちで言葉を受け止めることがあるかもしれません。そんな違いを味わってもらうのも面白いと思います。
それは繰り返し使える「日めくりカレンダー」ならではのことですね。
自分をねぎらうことも忘れずに
小林 「『おはよう』と『ありがとう』を気持ちよく口にする」という言葉もあるんですが、体の調子が悪いときは、こんな言葉も普段とはまったく違った重さで響いてきますよ。
私自身の体調が優れず、言葉や声が出にくかったとき、正直、人と話すのは億劫でした。でもだからこそ、あえて人に声をかけ、積極的に挨拶をするようにしていました。
「おはよう」とか「ありがとう」とか、本当に日常のちょっとしたことですが、そんなことでも意識してしっかりやることで、気持ちや体のコンディションは変わってくるのですね。
小林 「日めくりカレンダー」の最後のページには、「よくがんばった」と自分をねぎらってあげましょう。そんなメッセージが添えられています。
意識しなければ、ただ過ぎていってしまう日常ですが、何か1つ意識して、それを達成できれば、それはすばらしい1日です。そんな積み重ねによって、あなたの人生が素晴らしいものになっていく。そう、私は思っています。
(後編に続く)
取材・文/イイダテツヤ
シリーズ累計43万部突破『整える習慣』『リセットの習慣』『はじめる習慣』から31日分の言葉を厳選。めくるたびに毎日をスッキリ元気に自分らしく生きられる「日めくり」です。寝室やリビングにかけて、職場のデスクの上に置いて、朝の習慣に取り入れてみてください。
小林弘幸著/日本経済新聞出版/1650円(税込み)