健常者の代表笠井アナが信用されない
われわれは不可思議な光景を目にしている。戦時下において価値が反転しているのかもしれないが、フジテレビの上納問題について、笠井アナの言うことを誰も信じておらず、長谷川アナの言うことはみんな信じている。笠井アナは立派な健常者であるから、社会にとても馴染んで平和に生きてきたはずだが、そういう人間が信用されていない。長谷川アナは精神障害者でもないし、発達障害者でもないが、男性ホルモンが強すぎるのか、気の強さという特技の度が過ぎて人生を踏み外してしまったわけで、人格障害者というアバウトな言葉は使いたくないのだが、性格が極端な人間という意味では人格障害と呼ぶしかあるまい。平時であれば、笠井アナは健常者として信頼されており、長谷川アナは誰も関わりたくない危険人物だが、「本当のこと」を言ってほしいとなると、笠井アナのような健常者はただの嘘つきである。「本当のこと」を言うと憎まれるので、健常者は知らないフリをするのが得意だが、そういう姿勢が、生きるか死ぬかの戦争においては、至って無責任となる。知らないフリ、気付いてないフリで評価されてきた笠井アナ。今回のことで窮地に陥ったわけでもないし、傷は浅い、というより、自業自得であるから批判の集中砲火を浴びるべきだ。健常者なら何でもうまくいくとか、甘えるな。おまえが健常者であるのは誰でも認めるが、「正しい人間」ではない。この重大事案について、嘘も方便とか健常者の驕り高ぶりである。さて、普段は「本当のこと」を言われて怒り狂う人だらけなのに、今回は「本当のこと」を言えと求めるのはご都合主義と難じられるかもしれないが、中居正広が渡邊渚アナに性加害を行った事案であり、知りません知りませんと蓋をすることに奔走する笠井アナ(健常者)の態度は許されない。