12月15日:我は十番目の真理。汝、刃の鋭きを畏れよ
それは、いた。
サイナ曰く「オケアグラノス高原」、昇るのに少々苦心する傾斜の天辺……起伏も遮蔽物も殆どない広大な草原の中央にさながら王のごとく鎮座するそれ。
各々が各々の望遠手段で眺め、観察するそれを一言で表すなら……
「ナイフの塊が寝てる」
「新手の現代アートか?」
「銃剣とか混ざってない?」
「徹夜の気配」
「とりあえず一発入れとく? 物理耐性高そうだけど」
「強キ気配ヲココカラデモ感ジル」
まぁ待てディプスロ、まだ早い。まだ観察した方がいいだろう。
そも、この状況は俺たちにとって非常に都合がいいものだ。高原の中心で恐らく身体を丸めているのだろう全身凶器、という言葉がこれ以上なく似合うそれ。
頑張って肉眼で見ようとしている自称視力12.0じゃあるまいし、サイナが観測した視覚データを神代製頭装備に同期することで見るそれは成る程「ドラゴン」という事前知識があれば単なる凶器の塊ではなく、明確な配置と役割があるものだということが理解できた。
「あのどデカい刃物、もしかして翼か? 飛ぶ飛ばないの段階じゃねーだろ……取り外しでも出来なきゃ完全にデッドウェイトだ」
「あ、カローシスさんやっぱあれ二足歩行ですよ」
「二足でした? そっかぁ……じゃああの状態からさらに立ち上がるってことか。思ったより頭を狙うのは面倒臭そうだ」
「……夜だから何も見えねぇ」
「あんまり生物って感じはしないねぇ……」
「土人形が原生生物扱いの世界だ、全身刃物がいてもおかしくはないだろ」
そもそも列車砲担いだムカデがいる時点でなぁ。それはそれとして、だ。
見たところ前情報の「刃の竜」ってのは文字通りの意味で合っているらしい。斬撃みたいな攻撃を飛ばすから刃の竜! 実態は非物質系! みたいな搦手の可能性も何割かあり得たからな。完全物理型ってのが確定しただけでもありがたい。
「まだこっちに気づいてないようだし、手短に作戦会議だ」
「全員突撃でも全然いいですよ?」
「徹夜or突貫の二択はやめようカローシスさん」
とりあえず見た限りで分かった情報を纏めると。
・全身が硬質で鋭利な甲殻に覆われている
・二足歩行である
・(恐らく)背中がこっちに向いているのではっきりとは分からないがオーソドックスな首が長いドラゴン
・つよそう
「というわけで、どう攻める?」
「そもそも有効打が分からないからね、物理攻撃が効果薄そうなのもあるけど初手何で攻撃するのか、っていうと……」
全員の視線が俺と……あとウル・イディム氏へと向けられる。まぁ、確実に有効打になるのはやはりアラドヴァルだ。さらに言えばウル・イディム氏のやたらめったらな強さも戦力としては頼りになる。
「とりあえずどうやって攻撃するかだけど、そもそもこのパーティって前衛三人後衛三人って認識でいいんだよね?」
「ああ、今回は自分どっちかというと前衛寄りの中衛で行きます」
「え、カローシスさんポジションそこってことは儀霊剣使うんです?」
「ここで使わなかったらいつ使うって話ですよ」
儀霊剣……確か作成にめちゃくちゃ手間がかかる神秘の剣の専用武器だったか。まぁここが切りどころではあるのだろう。
聞いた話では全力の「神秘の剣」は剣聖以上らしいが……俺が知る剣聖が猫とサイガ-100なので参考にならない気がする。
「分かった、じゃあ最終確認だ。完全な前衛がサバイバアルとウル・イディムさん。前衛を担いつつ中衛なのがカローシスさんで、中衛を担いつつ前衛なのがサンラク」
「よく分かったな」
「いやだって君、跳ね回るからどちらにせよ距離的には中衛だよねっていう」
否定できない。
「僕は今回は中衛……あーいや、やっぱ後衛で。実質前衛四枚なら無理に前出る必要ないし。そしてディープスローターさんは後衛で、これで全員いいかな?」
異議申し立ての言葉はなし。
というわけでフォーメーションが決まったので次は初手の動き……要するにどうやって奇襲を仕掛けるか、の話に移行する。
「戦闘開始状態じゃないとダメージ通らないに賭ける奴」
俺、カローシス、ディプスロの三人。サバイバアルとヤシロバードは奇襲通じる派か。
「根拠」
「流石に狙撃銃まで実装しておいて戦闘前はノーダメは運営メール案件だよ」
「ダメージが通らないくらい硬い、はあってもダメージが通らない、ってのはねぇだろう。少なくともあのトゲ卵状態の時に殴るのは俺も反対だがよ」
なるほど、一理ある。レイドモンスターなんかは戦闘状態じゃないと勝利不可能なクソ性能だが、逆に言えば戦闘状態になれば勝利条件が確実に設定される。
だからあのトゲトゲしく丸まった状態でもレイドモンスター同様の感じだと先入観があったが………あれが寝てるのだとしたら、防御を固めているのは理にかなっている。
起きて戦闘状態になったらさらに硬くなる、が最悪のパターンだがそんな奴があんな全方位に刺々しい眠り方はしないだろう……あくまで全ては事前情報からの推測に過ぎないが。
さて、ではそれを踏まえてどういったファーストアプローチを繰り出すのか。やはり相手が反応する前に大火力を叩きつけて一割……欲を言えば二割HPが削れたならもう万々歳と言ったところだがあのドラゴンのHPが一体どの程度なのかってのが問題だな。レイドモンスター級なら最悪朝まで……いや時間的に昼まで?
「……要スルニ、アノ竜ガ目覚メテイレバイイノダロウ?」
と、ここで沈黙を保っていたウル・イディム氏が口を開く。その存在感に人類一同も慣れて来た頃合いだが、この恐るべき鋼の外見と恐るべき鋼の理性を持つオークさんは単純明快な答えを口にした。
「私ガヤツノ注意ヲ引コウ、ソノ隙ニ攻撃ヲスルトイイ」
ナイスアイデア。
……
…………
………………
と言うわけで俺は今、この可愛げのねぇ熟睡中ドラゴンの前に立っている。
「さぁて、と」
ウル・イディム氏のアイデアは確かにナイスだったが、一つだけ間違いがある。
それは現状俺よりも彼の方がDPSを稼げる、という事………囮ってのは最悪死んでもまぁなんとかなる者を選ぶものだ。つまり俺。
そもそも死ぬつもりはないが、奇襲という一瞬の攻撃点により多くのダメージを稼げるウル・イディム氏を囮にするのはナンセンスだ。
「………ふーん」
近づいてみて改めて分かったが、これは紛れもなくドラゴンだ。サイナからの映像転送でも結構な解像度だったが、やはり肉眼で至近距離から見るのとは比べ物にならないようで。
遠目で見た時は全身が刃で出来ているような姿だったが、間近で見ると刃のような突起の下にゴムを思わせる皮膚があるのが見えた。
思ったよりも筋肉質だ、いやだからこそ「丸まった」姿になれるというべきか。さて……他の連中は配置についたらしい。というわけでそろそろドラゴン君には目覚めてもらわないとな。
「今日は心ゆくまで……芯の芯まで竜狩りを堪能していいぜ」
出番だアラドヴァル、お前の夢を叶える時が来た。
勘違いではない、インベントリアから眠れる竜狩りの剣を取り出した時……アラドヴァルが確かに熱を帯びて、ぶるりと震えた。
そして、アラドヴァルの胎動に応えるように……丸まっていた"それ"が動いた。
刃の翼と、恐ろしく鋭い刃を生やした腕で隠すようにしていた頭がむくりと起き上がり、半目の鋭い眼差しがじっと俺を見つめる。
ガギ、ギギギッ、と全身の鋭き甲殻が竜の目覚めに擦れ軋む。翼が広げられ、しゃがみ込んでいた脚が伸ばされた事でその竜の本当のサイズが明らかになる……いや、でかいわ。
想像態のクターニッドやジークヴルムよりは若干小さいが……翼を広げているからか、ウェザエモンが呼び出す騏驎と同じくらいのサイズにも見える。つまり今から俺達は立ち上がったダンプカーを相手にしなきゃならんって事だ。
そう、戦うのは俺だけじゃない。
「おはようございまーーーーーーす!!!」
ドラゴンの咆哮と俺の挨拶が両者の間でぶつかり合って響いた瞬間、俺以外の全員が一斉に攻撃を仕掛ける───!!
『真なる竜種:No.X』
『Tomahawk』
『参加人数:六人』
『竜狩りが開始されました』
さくせん:ガンガンいこうぜ!!