朝食を食べた後は自宅に戻るつもりであったが、真昼がもう行くのですか、と言わんばかりの瞳でこちらを見上げたため、耐えきれず昼まで真昼の家で大人しくする事になっていた。
本人は特に引き留めようと意識していなそうなので無意識なのだろうが、無意識であんな顔をされては今後同じ事がある度に良心の呵責で困りそうだ。
周がまだ滞在するという事で口元を緩ませていた真昼は、周が真昼の部屋でいたたまれなさそうにしているのを見て、頬をほんのりと色付かせた。
それでもぴとりと寄り添うのはやめないので、周としては心臓に悪い。慣れている筈なのに、昨夜の事が頭をよぎって冷静さを奪うのだ。
「……その、あんまり、思い出さないで欲しいのですけど」
「無茶言うな」
お互いにベッドの縁に腰掛けているから、余計に意識してしまうのだろう。
思い出さないでいろ、というのはまず無理だ。艶めいた姿はもう脳裏に刻み込まれてしまったし、真昼が見せる色々な表情や声の移り変わりも全部、周の記憶に保管されている。
本人としては恥ずかしいのかぽこすかと胸を叩いてくるが、痛さを全く感じないので怒っているというよりは照れ隠しだろう。
その照れ隠しの仕草すら可愛らしいので、周としては羞恥よりも微笑ましさが上回った。
微妙に生暖かい眼差しで見守られていると分かったらしい真昼が拳でぐりぐり押してくるので、周はわざとらしく「やられたー」と言いながらベッドに転がる。
体重でマットレスに沈み込んだ拍子に側にあったくまがころんと周に倒れ込んできたのでそれを掴みつつ、そういえばと今朝の事を思い出す。
「くまにすり替えてたの真昼だよな」
「……朝起きて抜け出したら、周くんが布団の中で私を求めたので……つい」
「つい、か。まあそれはいいんだけどさ。なあ真昼」
「はい?」
「後でスマホのデータを確認してもいい?」
カマをかけてみたが、やはり予想は当たっていたのか、真昼の頬が引きつっている。
「……何を仰っているのか、さっぱり」
「やましい事がないなら見せてくれるかと」
「そ、それは……で、でしたら、周くんも見せてくれるのですね?」
「いいぞ? 見たいなら見てくれ」
周としては、スマホに閲覧されて問題のあるものは入っていない。強いて言うなら以前千歳から送られてきた真昼の寝間着姿だが、それ以上に刺激的な姿を昨夜見たので今更咎められる事はないだろう。
堂々と頷いてみせると、真昼の視線が泳ぐ。
「ず、ずるい……誠実な周くんだからその辺りの弱みたりえるものがないなんて……」
「……そういえば男女の参考書とやらが真昼にはあるんだよなあ」
「そ、それは別の話では!?」
「じゃあ真昼が何を隠してるのか言えるよなあ」
「ううっ」
撮っているであろう写真を見せるのと参考書とやらを見せるのどちらがいい、とカラメル色の瞳を見上げれば、真昼は暫く唸った後渋々周にスマホを手渡した。
そのまま寝転んだ周の胸に倒れ込んでくるので、衝撃に呻きつつ真昼のスマホのロックを解除する。
基本的にはプライバシーを配慮してスマホを覗き見るなんてしないが、今回は許可をもらったのでいいだろう。ちなみにロックナンバーは周の生年月日らしいので、そのいじらしさと微笑ましさについ上に乗っている真昼の頭を片手で撫でてしまう。
「……怒ってますか」
周の胸に顔を半分ほどうずめた真昼がおずおずと問いかけてくるので、周は苦笑しながらもう一度くしゃりと頭を撫でる。
「怒ってはないよ。まあ、俺も真昼がくま抱きしめながら寝てたら撮るだろうし。よだれとか垂らしてないか確認したい」
「それは心配ないですよ。可愛かったです」
「それ褒めてないんだけどなあ……これか」
余計なところを見るのも悪いのでさっさとアルバムを開いたところ、トップに自分の寝顔がばっちり写った写真が収められている。それも、数枚。
写真の中の真昼にくまをあてがわれた自分は、何とも緩んだ顔で寝こけている。実に満足そうなのは、昨夜ある程度内側に溜め込んでいた欲求を解放したからだろう。
幼いとも取れる寝顔になんとなく気恥ずかしさを覚えつつ、もう用はないと真昼にスマホを返す。
「これ、他人に見せるなよ。千歳にもだからな。あいつ、絶対笑うから」
「み、見せたりしませんよ。こんな可愛い周くん、私だけが見ていればいいのです」
「その独占欲は嬉しいような嬉しくないような……」
恋人の油断した姿を見せたくないという独占欲は嬉しいが、独占したい姿が可愛いと評されたら微妙な気持ちになるだろう。周が女子の立場ならよかったが、男子なので可愛いは褒め言葉にはならない。
む、と唇に力を入れた周に、真昼は笑って胸に頬擦りする。
「周くんは可愛い人だと思いますよ?」
「かっこいいという評価はないんですか彼女さん」
「この時の周くんはかっこよさの欠片もなかったですよ」
きっぱりと言われては非常に面白くない。
言われ続けでは男が廃るので、仕返しとばかりに上に乗った真昼を転がるようにして落として、逆に覆いかぶさってみる。
途端に固まっておろおろと視線をさ迷わせるので、つい笑ってしまう。
「これでも可愛い?」
「……その気になった周くんはこなれた感があって可愛くないです」
「こなれてはいないけどな。その、真昼が初めてで、真昼にしかしたいと思わないから」
「そういう所ですっ。そんな周くんにはこうですからね」
噛み付くように声を荒げた真昼は、なんだかやけくそのように覆い被さる周の首に腕を回して抱きついて、そのまま周の唇に噛み付いた。
それだけに留まらなかったのは、昨日の経験があったからかもしれない。
真昼から求めてきてくれる喜びに後頭部に鈍い痺れが走る。
少しずつ真昼も慣れてきたのか、それとも周に一泡吹かせたいからか、動作は拙いながら貪欲に周を欲してくれる真昼に、周も体から力が抜けて下に居る真昼との間に出来た空間をなくしてしまう。
昨日もたっぷりと感じた温もりを体で味わって、小さく呻いた。
「……真昼さあ」
「精々困ってください」
「小悪魔め……」
理性をわざと揺さぶりに来た真昼に更に呻けば、真昼は周の余裕がなくなってきた事に喜色を浮かべている。いたずらっぽい笑みが余計にそれを強めていた。
我慢している彼氏に何たる仕打ちだ、と呟いた周は、今度は周から口づけてその喜ぶ余裕すらなくしてやった。
暫くすれば、どこかほうけたような表情で体を弛緩させるほどにふやけた真昼が出来上がる。
そんな真昼の耳に唇を近付けて、そっと耳朶に歯を立てる。くすぐったいのかびくりと体を跳ねさせたので、そのまま側で笑った。
「……精々困ってくれ」
囁きに体を震わせる真昼に笑えば、拗ねたようにぽこすか叩かれて暫く顔を見てくれなかったので、結局周が謝る事になったのであった。