不起訴になっても癒えぬ逮捕報道の後遺症:元被疑者vsマスコミ・警察〖ゆる傍聴記#4〗
逮捕されたときの報道は実名でドーンとやるのに、不起訴になった報道は匿名でひっそりと行われるのってセコいですよね。
本日は、逮捕後に不起訴となった元被疑者の方が、新聞社と静岡県警を相手取って、損害賠償請求を起こした裁判のお話。
それも単に不起訴になったから、ではなく、ちょっと特殊なケースです。
今回は証人として記者と警察官が出廷し、「犯罪報道の在り方」・「警察のマスコミへのリークの是非」について真っ正面から問われる、めちゃくちゃ貴重な傍聴体験でした。
事件の概要
原告は、主犯と共謀して、知人の所有する仮想通貨を不正に原告の口座に送金したという、電子計算機使用詐欺の容疑で逮捕された。
警察は二人を同時に逮捕しようとしたが、主犯のほうは逃亡しており、原告だけが先に逮捕される。そして18日後、主犯も逮捕され、二人同時に逮捕報道がされた。
原告は、逮捕当時から、「主犯に頼まれて送金したのは事実だが、他人のものだとは知らなかった」と容疑を「一部否認」した。
主犯者は容疑を認めた上、「原告に対して自分のものだと言っていた」と説明。
争点
「18日」
この事件では、原告が逮捕されてから主犯が逮捕されるまでに「18日」の空白の期間があった。つまり、主犯が逮捕されて二人の逮捕報道が出るころには、原告は勾留期限の満期に近づいていた。
勾留が続けば、嫌疑が濃くなったり薄くなったりするし、すでに不起訴の方針が固まっている可能性もある。その可能性を考慮せずに、「18日後」に逮捕のニュースを出した報道機関の在り方が問題視されている。
「一部否認」
「主犯に頼まれて送金したのは事実だが、他人のものだとは知らなかった」という原告の当時の供述は、無罪主張であり、「全部否認」にはあたらないのか、という点もポイントになる。
確かに行為そのものは肯定しているが、ここは認識のずれなのか、言葉の使い方のずれなのか、よくわからないところではある。
警察からのリーク
逮捕当日、原告と主犯の自宅には記者が待ち構えていた。この時点でリークなしにはあり得ない話だ。
証人として出廷した記者は、複数の警察官からの情報提供を認めた。一方、警察官はリークすることはないと完全に否定した。リークの存在が認められるのか否かがポイントになる。
証人①:取材していた記者
若い女性記者が証人として出廷。
2021年某日、二人が逮捕されるという情報を聞き、証人は主犯宅、同僚記者が原告宅の前で張り込みで取材をしていた。主犯は留守で逮捕できず、原告だけが逮捕された。
共犯関係の場合は、逃亡や証拠隠滅の恐れを考えて、片方だけ逮捕報道はしないと決まっているという。18日後、主犯が逮捕されると、二人同時に逮捕報道がされた。原告も、実名と、顔と自宅前が写された映像が使われた。
逮捕情報や認否の状況など、誰から聞いたのかという質問には、「取材源については答えられない」と一蹴。しかし何度も詰めると、「複数の警察官から、いろいろな方法で聞いた」ことを認めた。
原告代理人「逮捕された人が実名や顔をニュースやインターネット上で出されることによって、どれほどのダメージがあるか考えたことがありますか」
記者「デスクやキャップと相談して報道しているので、私個人が考えることではありません」
代「無罪かもしれないという可能性は考えないのですか」
記者「そうしたらすべての事件で映像が使えなくなります」
代「逮捕された人は実名や顔を出されて当然と思っていますか」
記者「思っていませんが、事件の重大性から報道しました」
代「反省する点はありますか」
記者「他人の人生を背負っているので、いろいろ考えて報道しなければいけないと思います」
こんなやりとりの中で、女性記者が急に涙を流し始め、嗚咽をこらえながら証言した。記者としてのプライドか。
とはいえ、すべて「上と相談しているので」ばっかりで、個人として「他人の人生を背負っている」ような感じが見えてこないんだよなあ。
代「”一部否認”としたのはどうしてですか」
記者「すべてを肯定していないからです」
代「原告の供述が全部否認だということは理解できませんでしたか」
記者「言葉の書き方、受け止め方の問題だと思います」
これは、どうなの?メディア用語的なものならわからないとしか言いようがないけど、一般的に考えるとすれば、事実と違うことを報道していることにもなるし。うーむ。
代「警察からの情報は一般的には秘密なのではないですか」
記者「表立って言うことではありません」
代「秘密に対して働きかけることに対して、会社として問題はないのですか」
記者「特にありません」
代「地方公務員法があってもですか」
記者「はい」
警察からのリークの存在は特に隠すこともない様子。言って大丈夫なの?と思ったり。
裁判官「先ほど泣いていたのはどうしてですか」
記者「...…プライベートを削って、一生懸命取材を頑張ってきたのに、証言台に立つことになるなんて...…という気持ちです」
「証言台に立つ=悪いこと」という言い方が個人的にはかなり引っかかった。記者としてはきっととても優秀な方なのだろうけど、被疑者・被告人と同じ目線に立ってはいないんじゃないかな、と感じてしまった。
私は一傍聴人だけど、自分がいつあっち側になってもおかしくないという強固な自覚を持って見ているよ、という話はさておき。
裁判官「自宅の映像を撮影した理由はなんですか」
記者「警察署の映像よりも、顔出しの映像のほうが視聴者に伝わりやすいと思ったからです」
個人的には、実名報道はまだいいとして、顔出しは本当に良くないと思う。しかも映像の中でいちばん悪い顔の部分で停止するやつ、あれ絶対悪意ありますよね。
裁判長から、「一部否認」「全部否認」について、より詳しく突っ込まれる。
「あなたのさっきの言い分だと、『その場にはいたけど何もしてない』は一部否認になって、『その場にもいなかった』場合しか全部否認にならないのではないですか?」
これに対しても、「デスク・キャップと相談の上で決めたことなので」との答え。
裁判長「あなた個人は、報道内容に対して何も責任を負わないのですか」
記者「相談の上で、逮捕事実を伝えたのみです」
裁判長「被疑者への影響を想像したことはありませんか」
記者「周りからの目は変わるだろうと思います」
裁判長「深く考えることはないということですか」
記者「ないわけではないが、報道機関としての役割を果たしたのみです」
証人②:警察官(捜査主任官)
原告らの事件について、捜査員の指導や全般の管理に携わっていた捜査主任官が証人として出廷。この事件は県内初摘発だったこともあり、県警本部からの応援もあって、大きく動いていたようだ。
被告代理人「この事件の社会的な影響はどうですか」
警察官「大きいと思います」
代「それによる捜査員への影響はありますか」
警察「特にありません」
代「気を付けることはありますか」
警察「秘密の保持です」
おいおい、漏れてるよー!と思わず言いたくなる。
原告代理人「逮捕する前に情報をマスコミに伝えることはありますか」
警察「ありません」
代「マスコミに個人的な電話番号などを教えることはありますか」
警察「ありません」
代「一緒に出かけたり、個人的に付き合うことはありますか」
警察「ありません」
代「懇親会みたいなものはありますか」
警察「ありません」
マスコミとの関係を完全に否定。まあ認めるわけもなく。
原告代理人「地方公務員法第34条、わかりますか?」
警察「知りません」
代「『職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない』...…逮捕するという情報は秘密ではないのですか?」
警察「そうです」
代「誰が情報を事前に提供したか、調査はないのですか」
警察「ありませんでした」
代「組織で犯罪が行われているということですよ?調査しないのですか?」
本人尋問
元被疑者の原告への尋問。まずは事件の経緯から。
原告は、主犯から頼まれて口座を動かしたことが複数回あり、逮捕前にも取調べや家宅捜索を受けていたという。
逮捕時は、朝突然警察官含め10名ほどが突然自宅に来て、急に身支度をしろと言われた。その際、妻から「カメラが来ているからフードで顔を隠した方がいい」と言われて、フード付きの服を着用したという。
報道については、今でも強い不満を感じているという。
原告代理人「報道されていることはいつ知りましたか」
原告「留置所にいるときに、テレビに出ていると妻が教えてくれました」
代「釈放後、自分でも確認しましたか」
原告「しましたが、まるで犯罪者のようで、気分のいいものではないです」
代「影響はありましたか」
原告「仕事上で、失った取引先があったり、態度が冷たくなることがありました。友人とも疎遠になってしまいました」
代「今でも影響はありますか」
原告「名前でネット検索すれば出てきてしまうので、名刺交換などが今でも怖いです」
代「比較できるものではないとは思いますが、逮捕と報道ではどちらが辛いですか」
原告「報道のほうが辛いです。ネットに残り続けると思うと、酷い話ですよ」
原告自身の赤裸々な気持ちの吐露に胸が痛くなる。逮捕当時は2021年。2025年の今も残っているって嫌だろうなあ。そういう私も、実際、開廷表から原告名で検索して事件のことを調べてから傍聴しているし...…。
私は基本的には匿名報道が望ましいと思っている。このようなネット社会の中で、一度逮捕されればいつまでも名前が残り続けるというのも本当に残酷な話だと思う。
とはいえ、単純に知りたい欲もあるし、利益を得ていることもあるし、なかなか難しいところだなとも思う。
個人的には、せめて逮捕時に実名報道をしたなら、不起訴のときにも実名報道をするべきだとは思う。名誉毀損が仕方ないなら、せめて名誉回復報道はするべきなのではないだろうか。
警察の情報に頼りきりのマスコミの在り方も変わるべきだろう。警察が与える情報をただ垂れ流すだけでは、冤罪・名誉毀損が繰り返されるだけの結果にしかならない。
そして同時に、我々市民のメディアリテラシーも問われているだろう。
いろいろな意見があって然るべきこの裁判、気になって仕方がないので、今後も追ってみようと思う。
なんだか思いがけずポストがバズってしまって困惑ですが、多くの方の考えを聞ける機会となって私はご満悦でございます。反応をくださった皆さまありがとうございます。
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