12月14日:刻まれた傷の名は最も恐れられし夜
このゲームには人魚、マーメイドが存在する。
だがその……世間一般的なイメージなのは見た目だけの話、その正体はチョウチンアンコウの類というかヒト部分はまるまる擬似餌のようなものだ。
では何故人を模した姿をしているのかというと……要するに、襲う対象に人間が含まれているのだ。肉食生物かつ人を捕食するモンスター、それが「中途半端に人型のモンスター」に共通する事だ。
故に………上半身だけ人型だったり、四肢を除く胴体だけが人型だったりするモンスターってのは……要するに、ヒトという種族は「命」である前に「餌」という認識なのではないだろうか。
もし仮に会社の上司と大事な話をしようって時にお茶請けの饅頭と茶がベラベラ喋ってたらどう思うだろうか。俺だったらその場で食って黙らせる。
だがまぁ場所が場所、状況が状況故にこうして食ってかかってるというわけか。
「貴様………!」
「ヒト如きが……!」
ケンタウロス……確かケンタウロスの首領とハーピィの族長。名前は……
「バサシとササミ」
「ヒトヨ、バザラ殿トサザニ殿ダ」
「ああどうもウル・イディム氏」
馬刺しとささみ、ちゃんと覚えた。
友好的と言うには程遠すぎる刺々しい視線を向けられているし、なんなら今にも襲われそうだが……ヴァッシュが俺を咎めるような素振りは無く、逆にこいつらを諫める気配もない。
そう、さながら不良系漫画のような展開だ。白黒はっきりマウントつけるまで止めない、ということだろう。
「おうおうおう、大事な多種族サミットだろうが。勝手に離席するもんじゃあないぜ、さっさと席に戻れ。そして座れ」
「ならばまずハ、貴様のヨウなこの場に相応しくないモノを取り除クが先だ……」
「お? やるのか? 言っておくが俺は強いぞ?」
一歩踏み出す。するとあら不思議、何故か馬刺し君が一歩後退する。見ればささみちゃんも何故か羽毛が逆立っている……ふっふっふっ、この俺がなんの情報もなくこの場に来てるとでも思ったのかぁ? 残念だが、猫には知り合いが多いんだ。アラミースから人間をナメてかかるだろう奴の情報は仕入れてあるし、その上で「俺」という存在の強みも理解している……!!
「どうした馬刺し君とささみちゃん、まるで夜に狼と会ったみたいな怯え様じゃあないか………まぁ座って落ち着けよ」
「っ」
夜襲のリュカオーン。襲い来る夜であり、俺もおのれリュカオーンカウンターを常に回す事で憎悪を絶やさないようにしている宿敵。とりあえずデイリー回しておくか、おのれリュカオーン。
だが視点を変えればリュカオーンとはこの世界最強の獣系モンスターでもある。しかもサービス開始時から大陸中にランダムエンカウントして適当に暴れては去っていくクソエネミー。
生態系に当てはまらない珍妙生物のくせして、あの狼は新大陸における生態系ピラミッドの頂点の先端のさらに上で輝く太陽のようなポジションなのである。
そんなリュカオーンからすれば馬刺し君もささみちゃんも、文字通り歩く馬刺しと飛ぶささみのようなもの。彼等もリュカオーンという存在への恐怖は持っている。
そこで俺である。俺の身体に二箇所刻まれた忌々しい傷。これはただの「呪い」ではない、影とはいえリュカオーンに勝利して(不本意ながら)獲得した「刻傷」だ。それが指し示す単純明快な事実はただ一つ。
「騒いだのは悪かったよ、だがこっちも親愛なる隣人の人生相談に乗っていたんで熱も入るってもんでなァ……! そして生憎だが立ち去るわけにもいかない」
別にモンスター同士の結束とかはどうでもいいんだが、問題はここに来てここにいることがヴァイスアッシュのユニークシナリオEXにおけるインタールード、って事だ。
シャンフロを幾らかプレイしていれば分かる、このゲームに「プレイヤーをクリアに誘導する」みたいな親切設計はない。あったとしても高難易度のユニークシナリオからはそう言った親切心は削ぎ落とされている。つまり俺が気にするべきはヴァッシュからの好感度のみ。であればヴォーパル魂的にも、ラビッツの食客的にもここでしょぼくれた姿は見せられない。
夜襲のリュカオーンに勝利した人間として、この場にいるモンスター共に俺の存在を認めさせる。そして……多種族サミット初日を思いっきりブッチして遅刻かました事実をこの流れで踏み倒す!!
「おうサンラク、喧嘩か?」
「いや別に喧嘩ではない、座っとけ」
「そうか……」
険悪な雰囲気を眺めていたサバイバアルが立ち上がるが、それを片手で制する。だが向こうからすれば俺以外のターゲットができたようなもので、ささみちゃんの方がキッとサバイバアルを睨みつける。
「なんだよ」
「フザけた真似を!」
やはりその翼は飾りではなかったらしい。腕の代わりに生えた翼をはためかせ、ささみちゃんが浮かび上がる。そのままどういう推進力か、鋭い鉤爪を備えた足でサバイバアルへと文字通りの飛び蹴りを放つ。
だが、ささみちゃんは知らない。このサバイバアルというネカマは……かつてサバイバル・ガンマン、ギリシャ文字サーバーにおいて徒手空拳だけで全てのサーバーに喧嘩を売りまくったゲリラ・ゴリラ「バイバアル」だということを。
こと喧嘩の売り買いに関しては同様に火薬蛮族をしていた「アトバード」以上に熟知していることを。そして………半径1メートル圏内での肉弾戦であれば、過去に銃と鉄板で完全武装したアトバードを一分で撃破した実績を持つ喧嘩屋ということを。
「ハッ、悪ぃなサンラク。売られた以上は買うしかねぇわな」
「こ、ぱっ………!?」
うーわ、ささみちゃん可哀想……あれ俺も喰らったことあるから分かるけどマジで初見殺しなんだよな。
空中から奇襲をかけたささみちゃんであったが、それよりも先に最初から臨戦態勢だったサバイバアルが立ち上がり、ハイキックを放つ方が速かった。
サバイバアルの対空ハイキック。どういう動体視力をしているのか、このロリコンは上からの奇襲に対して自分のかかとが的確に相手の顎に当たる位置に蹴りを放つことができる。孤島でこれされた時は鯖癌での「サンラク」が身軽さに振り切った子供のアバターであったことと、ギリギリでガードしたことで何とか一発KOを回避した。
だがささみちゃんはハーピィの族長、つまり一般ハーピィよりも性能が上ということ……その一般個体よりも優れた推進力がそのまま顎に突き刺さるかかとの威力に加算されたのだ。正直、死んだらマジでどうしようかと思った……コキョッ、みたいな変な音がして首がししおどしみたいな動きをしていたが、ピクピク痙攣こそすれ消えてないので多分生きているはず。
「うわ出た対空ハイキック」
「着せ替え隊でティーアスたんガチャしてる時も使いまくってたからな、錆びちゃあいねぇぜ?」
「流石に僕は出番無いかな……銃はまずいでしょ?」
「円卓…………会議………社内コンペ………上司……謎アドリブの責任………」
「ごめん出番あった、落ち着いて深呼吸するんだカローシスさん。プライベート、ナウ。プライベート、ナウ」
「プライベート……ナウ……」
不発弾とパーティ組んでるんじゃねーんだぞ。
だが馬刺し君の堪忍袋は爆発したらしい。後ろ脚だけで立つ馬特有のポーズを取った馬刺し君がヒトの上半身で拳を振りかぶり、馬の下半身で俺へと猛進する。フッ…………
「晴天流【波】……奥義、」
晴天流は風、雷、波、空、雲、熱、灰の七つの系統毎にスキルを三種類習得する。だがその三つの中のどれか一つを「奥義」に昇華した時……習得していた他二つの奥義になり得た可能性は消失する。あたかもそれは、細い三つの糸を束ねてより太い一つの可能性に絞るように。
シグモニアでアーミレット・ガルガンチュラを死ぬほど投げ続けていた甲斐があった。レベルアップ、そしてそれに伴うスキルの強化………おおウェザエモンよ、今こそ見様見真似を卒業する時だ。
これぞ、正真正銘。
「───「大時化」!!」
最速にして剛力の投げ。プレイヤーのSTRステータスを参照する際に「他のステータスよりも突出しているほど」に投げる速度と投げられる重量が増大する晴天流最強の大波。藍色の聖杯によってSTRとLUCを入れ替え、最大の膂力を得た今の俺であれば下半身が馬だろうがカバだろうが関係ない。
「これが波濤の人間パワーだ」
よかったじゃん、ペガサス体験できて。
壁に激突した馬刺し君を眺めながら、俺はヴァッシュの方へと視線を向ける………こんな感じで、どうでしょうか!?
・晴天流奥義「大時化」
荒波派生奥義、使用者のSTRとそれ以外のステータスを比較参照し、その差が大きいほど投げモーション速度と投げられる重量に補正がかかる。マッシブダイナマイトに覚えさせたらヤバいスキル。差が100以上あればその補正は人間が大型自動車クラスの重量を投げることができる程(ただし技をかける相手の重量が大きいほど「叩きつける」威力は減衰する……が、代わりに重量が大きいほど叩きつけた際に自重による別枠の衝撃ダメージが入る)
・晴天流
晴天流はまず小カテゴリとして【波】【風】などの技別に分類される。
小カテゴリでは三種類の技を習得できるがその中から「奥義」に派生するのは一つだけであり、どれか一つを奥義として派生させた時点で他二つのスキルは使用不可能となる。というか習得が解除されて消失する。
多彩は確かに善い。しかしながら一意専心の修練こそが、晴天流皆伝の道と知れ。
ちなみに「防波」派生の奥義は「大渦潮」、「引波」派生の奥義は「大波浪」