12月14日:未知との遭遇
何事かと様々な種族の視線が俺の方へと集まる。とはいえそれにかまっている暇はない。俺は時の支配者、ピザに打ち勝った者。この自称オークとの決着が最優先なのだ。すまんすまんと手をヒラヒラとだけ振って視線をウル・イディム氏へと戻す。
「いやいやいや、いやいやいやいや。冗談だろ?」
「……………」
あっ、なんか不機嫌そう! まずいピザる、ここは軌道修正の必要がある。
「あーいや、俺の知っているオークはなんというか……もう少し脂がノッてる柔らかな印象だったもんでな」
あんたの場合は潤滑油でテカテカしてる方だろう。脂っつーか油。
「……私ハ、己ヲ偽ラナイ。私ハ、オークダ」
「いやぁ……オークってのは豚頭のちょっとおデブな感じの生命体であって断じて全身強化骨格のキリングビーストでは……ん?」
なんか違和感。
「オーク?」
「オーク、ダ」
………なんか、イントネーションが違う?どっちかというとオウクって言ってるような。いやまさかもしかしてこれは「橋と箸と端」みたいな感じなのか?
「豚頭ではなく?」
「王狗、ダ」
あー……………なる、ほど? 要するに同じ文字だけど発音的にオウクっていうか、ぶっちゃけるも何も同名の別種族ってやつか?
「あーいや、なるほど分かった。そりゃ確かに失礼だったな……非礼を詫びるウル……」
「ウル・イディム、ダ」
「悪いねウル・イディム氏」
「ソレデ……波濤ノ、ヒトニ聞キタイコトガ、アル」
質問? 人間の強者は誰だー、とか? その場合は申し訳ないがレイ氏の名前を出すかな……少なくとも俺が知るプレイヤーの中で単純に一番強そうなのレイ氏だし。
だがウル・イディム氏が知りたい内容はどうやら戦闘民族的な興味ではなく、もっと別のことであるらしい。ギョロギョロと目まぐるしく動く眼球に、ふしゅるると漏れる吐息。全身の甲殻が肉体の力みに悲鳴を上げるように軋んでおり、座っている椅子も同様に軋んでいる。仮に椅子が砕けてウル・イディム氏が尻もちついたら俺はどういう反応すればいいの? 笑ったら血の海の最初の一滴にされたりしない?
「波濤ノ、ヒトヨ……私ノ、同胞ヲ。我ガ同胞ヲ波濤ノ、サキノ地デ見タコトハアルダロウカ」
「……同胞?」
ウル・イディム氏の同胞ってことは………つまり、全身強化骨格じみた甲殻に覆われ、目が四つで牙は肉厚のカミソリみたいな感じで全身から鋭い棘が生えた体高3メートルオーバーの人型モンスターってことですよね?
いやぁ、そんなのが旧大陸を闊歩していたらもっと騒ぎになっているだろう。ていうかユニークモンスターでもないのにこんなのがうろついていたら流石に運営のゲームバランス調整能力を疑う。完全に悪側の存在じゃん、いやウル・イディム氏が邪悪ってわけじゃないがこいつがサードレマの門の前で「働きに来ました! 体力には自信があります!」とか言っても誰も信じやしないだろう。
「ちょっとぉ…………見覚え、ないッスねぇ………」
「…………ソウ、カ」
恐らく落ち込んでいるのだろう。俺には何か大技を出す前のチャージ動作にしか見えないのだがウル・イディム氏は背中を丸めるようにして俯いている。これはチャンスだ、ピザの危険性はひとまず去ったと見ていい。であればここから畳みかけて一気にウル・イディム氏を攻略する………! なぜキリングビーストを攻略しようとしているのか自分でもよくわからなくなってきたが、過去に囚われているようではピザから逃れることはできない。ピザとは「死」であり「終焉」、それは己の肩をつかむ死神の骨ばった指に他ならない。
「あー、もしかしてその感じだと……ご同胞を探している感じで?」
「アア………私ハ、私ト共ニ生キ、イノチヲツナグ同胞ヲ探シモトメ……ズット、旅ヲシテイル」
話を聞くとつまりこういうことらしい。
ウル・イディム氏は生まれた時から自分が「王狗」であることは知っていたが、それ以外のことをほとんど知らない状態だったらしい。生まれた時にどういう状態だったのか学術的好奇心が尽きないがまぁそこはいい。
そんなわけでウル・イディム氏はこの新大陸という弱肉強食の世界で生き抜いてきたわけだが……まぁ、見た目通り生態系のピラミッドで言えば上位勢だったらしく、今まで何度か死の危機こそあったものの生き抜いてきたそうで。見た目が見た目なので新大陸の亜人種からは完全に話の通じない怪物扱いされてきたようだが、話が成立している通りウル・イディム氏は実際理性的なキャラクターだ。
まぁそんなウル・イディム氏だが、どうもヴァッシュと出会ったことで一気に人間寄りの「知性」を獲得したとかなんとか。ヴァッシュの謎がまた増えたがこれもまたひとまず置いておく。
この見た目では亜人種と交流は不可能。故にこの大同盟の盟主ヴァイスアッシュの保証の元、多種族連盟の国々を巡っては傭兵として力をふるっているそうで。いや、この身の上話そんな重要じゃないな。
重要なのは、今ウル・イディム氏はまさかの「婚活中」ってことだ。
冗談のように聞こえるが、子孫を残す本能と言い換えればそんなにおかしいことではない……のだが、ここで問題が発生した。
そもそも「王狗」という種族を誰も見たことがないのだ。同音のオークは絶滅危惧種だが少数は生き残っている……が、やはりどう見ても別種族だ。新大陸中を渡り歩いてきたウル・イディム氏であったが、これまで同胞と出会ったことは一度もない。故にこの場にいる俺たち……旧大陸から波濤を超えてやってきたヒトとの出会いは彼にとって一縷の希望であった……が、まぁ結果は芳しくなかった。
「そうか……やっぱ一人で生き抜けるとしても同胞が一人もいないってのは寂しいもんな……」
「ソウダ……イッソ、王狗ガ私タダヒトリトハッキリシタナラバ、諦メモツク……ダガ、」
悪魔の証明ってやつだな。それが「ある」事を証明するよりもそれが「無い」事を証明する方がよほど難しい。なまじウル・イディム氏という存在があるが故に、王狗という種族がこの世界に存在するのは純然たる事実なのだ。であればウル・イディム氏と同じ王狗がこの世界に二体以上いたとしてもおかしくはない。
「分かる……わかるよウル・イディム氏。ほんの僅かでも可能性があったら挑戦したくなっちまう……そりゃ生物のサガってやつだ」
乱数がクソでも0.01%でも排出率があれば、人間はどこまでも挑戦してしまうものなのだ。小数点以下のドロップ率とかザラなのでなんなら0.01%保証されてるならむしろ挑まない選択肢がないというか。
「オイッ、お前! ニンゲン!」
「あ?」
「黙らんか! 騒ぐナラここから立ち去レ!!」
「そうだそうだ!」
あーん? ケンタウロスやらハーピィやらが俺に対して生意気にも正論を叩きつけやがってよぉ……まぁ、おっしゃる通りでしかないんだがそれはそれとしてここではいそうですかという程俺はいい子ちゃんではない。ちら、とヴァッシュを見れば口の端を僅かに吊り上げながらキセルに火を入れていた。なるほどね?
「おいテメーら………今、ウル・イディム氏の大事で重要な人生相談中なんだ。静かにしろ、馬刺しと焼き鳥にしてそこのサバイバアルに食わせるぞ」
「いやお前この流れで俺に振るか普通? そりゃあん時はλ鯖の真似事もしたことはあるけどよ……」
なにやらこちらに向けられる視線の鋭さが増してきたが……おん? やんのか? こっちにはウル・イディム氏がいるんだぞ? キリングビーストだぞ? 今なら土下座で許したるぞ? ていうかケンタウロスって土下座できるのか?
・王狗
王狗は当然豚頭のモンスター、オークとは何ら関係のない生物である。
それはある観点から言えば神の似姿であり、またある観点から言えば竜の末裔である。
それは命の定義に当てはまるといえばそうであるし、当てはまらないともいえる。
王狗は未だ未知の存在なのだ。それ故にその肉体は「可能性」で出来ている。
認識が、彼らに命を与える。あるいは暴虐の具象に貶めるのかもしれない………
ウル・イディムさんの結婚に求める条件
・同種族
・賢い方だとなお良し