第18話 ソフィアさん、嵌める

「ソフィー…大丈夫?」


「はい。ただ、少し眠くて……。」


短い空の旅を終えていつもの家に戻ってきたリカは、ソフィアの手を取って部屋の中へと入る。


「寝る前にお風呂入る?それとももう寝ちゃう?」


「着替えるだけにしておきます。」


そうして、ソフィアはーーーふと、何か思いついたかのようにリカに声をかけた。


「…………リカ、背中を拭いてくれませんか?汗もかいてしまったので。」


「えっ……あ…………………う、うん。そうだよね。タオル持ってくるね」


ソフィアからの突然のお願いに、リカは若干しどろもどろになりながらも、小走りでタオルを取りに部屋を出る。そうしてすぐに一つのタオルを持って戻ってきた。


「では、お願いしますね。」


「……う、うん。」


ソフィアはベッドに腰掛け、白いエプロンのボタンを外す。そして背中開きの黒のワンピースに手を掛け、ゆっくりと、まるで焦らすようにそのファスナーを下ろしていく。


その時間がなんだか耐えられなくなったリカが声をかける。


「わ、わたし、後ろ向いてるね?終わったら声掛けて?」


「?…どうしてですか?リカになら、見られても構いませんし……。………そうですね、部屋着に着替えたいので、脱がすのを手伝ってくれますか?砂や血で汚れてますし。」


「えっ…………そ、それは……」


「……………だめですか?」


「………だ、だめじゃない……です。」


心なしか悲しそうな声色で尋ねられたら、リカに断ることができるはずもなく。


リカはゆっくりと、その黒のワンピースに手を伸ばす。丁寧にファスナーを下げ、インナーを脱がして………


「……髪、一回ほどくね。」


低めの位置で結わいている、背中まである長い髪の髪留めをそっと外す。まるで汗を感じさせない、さらさらと光沢のある絹糸のような黒髪が束から広がり、その光景に思わず目を奪われる。


(…き、きれい………それになんかいい匂いもするし……じゃなかった!身体拭いてあげなきゃ。そう、身体を拭くだけ、身体を拭くだけ………)


「………リカ?どうかしましたか?」


「っううん。その……続けるね?」  


若干震える手を抑えながら、インナーを脱がせていく。


ブラのホックも丁寧に外して………全てを取り除いた先、目の前の光景にリカは思わず息を飲んだ。


白皙の肌は美しく、その身体はまるで完成された彫刻のようでもあり……流れるような黒髪に、汗ばんだ肌も相まって、その扇情的な様に頭がくらくらとしてしまう。


「きれい…………」


「………少し恥ずかしいです、リカ。」


「えっ声に出てた!?ごっごめん!すぐに拭いてあげるね!」


「……ふふっ、そんなに焦らなくてもいいですよ。」


リカの慌てぶりと、その声の震えぶりにソフィアは思わず笑ってしまう。


心臓が激しく跳ね、顔を赤くするリカは、それはもう脳内が大パニックであった。いくら人生の中で一度も恋人がいなかったとはいえ、好きな人の背中を見ただけでここまで動揺するとは思わず、情けなさやら恥ずかしさとやらでいっぱいだった。


「えっ、えっと………ふ、拭きますね?」


いつのまにか敬語になったリカに笑みを溢しつつ、ソフィアはうなづく。


そうして、リカはそれはもう面白いほどに震えている手でタオルをとり、目の前の背中にそれをそっと押し当てた。


「……んっ。ひんやりしてて気持ちいいです。……ふぅ、んっ」


タオル越しに感じる背中の柔らかさと、そっと拭ってあげれば気持ちよさそうに声を漏らすソフィアを前に、リカの頭は真っ白になる。ただただ無心で、それでもゆっくりと優しく、その背中にタオルをなぞらせることしばらく。


「……そ、ソフィー?大体拭けたよ。」


「ありがとうございます。」  


一仕事終えたかのように、リカはほっと大きく息を吐く。あとはソフィアに背中越しにタオルを渡そうとして、前に手を伸ばしーーー 



左手で胸を隠しながら、突然振り向いたソフィアはリカの腕を掴み、その腕を勢いよく引き寄せた。


「わっ……っ!ぇ、あ、あの、ソフィー!?どどどうしたの!?」


抱き合うような体勢で、ソフィアのその豊かな胸が直接リカに押し付けられるような状況に、リカの声が上擦る。


少し視線を下げれば、見えてしまいそうな状況にリカの心拍数はさらに大きく上がる。それを感じ取ったソフィアが、くすりと妖艶に微笑んだ。


そうして、その真っ赤な耳に唇を寄せてーーー


「リカ………どうして、≪洗浄クリーン≫が使えること、内緒にしてたんですか?」


「っ!ど、どうしてそれを………」


ー≪洗浄クリーン≫は生活魔法の一種で、身体や服を一瞬で綺麗にすることができる便利なもの。一部の聖職者ほどしか使える人はおらず、また多くの場面で重宝されている。


ソフィアが背中を拭いて欲しいとお願いした時、リカは≪洗浄クリーン≫を使おうとして……使わなかった。というより、なぜリカが≪洗浄≫を使えることをソフィアが知っていたのかーーー


「やっぱり使えるんですね?試しに言ってみるものですね。」


リカならレベル的にも使えるだろうという考えと、最初の反応が一割……残り九割はただの勘であり、リカはまんまとそのたばかりに引っかかったのである。


「それで……どうして内緒にしてたんですか?」


「そ、それは………えっと、ぁ、た、タオルの方が、ソフィーはいいのかなっていうか、機を逃したというか………」


「本当は?」


「…………せ、せっかくだから、背中、拭いてあげたほうが、ソフィーは喜んでくれるかなって……」


「………………それだけじゃ、ないですよね?」


「…………………………………そ、その…ソフィーの、…見れると思ったら、言い出せなくて…………うぅ…………」


リカの顔は耳まで真っ赤で、やけどしてしまいそうなほど熱を帯びている。


恥ずかしさから目に涙も浮かび………そんなリカを抱き寄せているソフィアは、その小さくて可愛らしい、真っ赤な耳にそっと唇を触れさせた。


「ひゃっ!………そ、そふぃー……、ゆ、ゆるして………。…………お、怒ってる?」


「怒ってないですよ。ただ、リカが初心うぶで可愛すぎて……どうしましょう。」


「うぅ、恥ずかしい…………。」


「………こんなにドキドキしてくれて……とっても嬉しいですよ。」


リカの鼓動がダイレクトに伝わってくる距離感のため、彼女が今どれだけドキドキしているのか、ソフィアにはわかっていた。


一緒に寝ている時に感じていた鼓動の何倍もの速度を感じ取り、ソフィアはリカが"そういう目"で自分を見てくれていることに嬉しさでいっぱいだった。


ただ、自身の胸の中で顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに悶えているリカを前に………つい、ソフィアの中でちょっとしたいたずら心が芽生える。


「リカは………私の裸、見たかったんですね?…………えっち、ですね。リカは。」


「うぅ、ぅぅぅ………」


「≪洗浄クリーン≫が使えること、黙っていた罰として………私のお願い、ひとつ聞いてもらってもいいですか?」


「……な、なぁに?」


ソフィアはまた、リカのその真っ赤な耳に近づき、ゼロ距離で囁く。わざと吐息を多く含ませたその声に、リカの身体が跳ねる。


「せっかくなので…………前、拭いてくれませんか?」


「っ!………って、ほ、ほんとに?さ、さすがにそれは、まだ早いというか、なんというか……」


「………身体を拭くだけですよ?……リカ、≪洗浄クリーン≫が使えること、私に内緒にしてましたし………?」


「う、うぅ……わ、わかった。タオルちょうだい?」


ソフィアから再びタオルを受け取り、触れていた距離感から身を離す。


「じゃあ………お願いしますね。」


ソフィアも流石に少し恥ずかしいのか、顔をやや赤くして……今まで胸を隠していた左手をゆっくりと降ろす。


ーリカの目の前に露になったのは、上半身、一糸纏わぬ姿となったソフィア。


肩から鎖骨にかけてのラインの美しさに目を奪われ、その下、ハリのある形いい豊かな2つのそれが視界に入る。


少し汗ばみ、頬を染め恥じらうソフィアを前に、リカの心臓は痛いほどに脈打つ。


「ふ、ふきます……ね………」


「……そんなに緊張して…………かわいい………」


全く余裕のないリカと、平気そうに見えて、思ってたよりも向かい合って拭いてもらうという行為が恥ずかしく、余裕を無くしつつあるソフィア。


暫く無言の時間が続いたが、それは2人にとって全く気まずさを感じない時間だった。



「………はい、拭けたよ。」


「……ありがとうございます。………………すみません、わがまま言ってしまって。」


「ううん。わがままは言っていいんだよ?私たち………恋人なんだから、むしろもっと言って欲しいし。………ただ、私の心臓が持つ範囲にして欲しいけどね……。」


リカがタオルを戻しに行っている間に、ソフィアは部屋着に着替え、既に布団に潜っていた。大量に魔力を消耗した後のため、やはり少し無理をしていたのだろうか。


「ソフィー、大丈夫?」


「はい、眠いだけなので大丈夫ですよ。………………どうかしましたか?」


ソフィアの言葉に安心しつつ、何か言おうとして口をごもらせるリカ。


しばらくソフィアが見つめていると、リカはソフィアの目を見て、小さな声でつぶやいた。


「あ、あの……さっき。ソフィー、肌が白くて、スタイルが良くって………とっても綺麗だなって、思って……。」


「!……………」


「……やっ、やっぱり変?気持ち悪い?ご、ごめん。でも思ったのは事実で、そう思ったって、ちゃんと伝えたくて……」


慌てたように早口になるリカにソフィアは手を伸ばし、その頭をそっと撫でる。


「そんなことないですよ。リカのそういうところ……………私、大好きです。」


恥ずかしかったとしても、自分の想いをちゃんと伝えようとしてくれるリカのそういう所が、ソフィアは大好きだった。


「…ん、もう眠そうだね。ゆっくり休んで。…………………………手、繋いでてあげるから。」


「…………ありがとうございます。……………おやすみなさい。」


ソフィアは目を閉じると、直ぐに眠りについたのか、可愛らしい寝息が聞こえてきた。しばらくの間、リカはソフィアの前髪を、梳くようにそっと撫で続けていた。


頑張ったソフィアへの、労いの想いを込めて。




「リカちゃんー?入るよ、…………ってあれ、2人とも寝てる。………ん、起こさなくていいか。掛け布団持ってきてあげようかな。」

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