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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
25 境界の森 2
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25−10



 そうして、半年後———。




「おめでとう、ベル」

「おめでとう!ベルちゃん!ドレス、すごい似合ってる!!」


 小さな控え室に最初に訪れたカップルは、薄鼠の髪に藤色の瞳、吹けば飛んでしまいそうな儚さを滲ませる優男…と、黒髪に茶色目、やや童顔だが平凡な容姿の女性、つまり、前世の娘であった美鈴ちゃんとイシュルカさんだ。


「お久しぶりです、美鈴さん。遠いところをわざわざありがとうございます。ドレスの件もありがとうございました」

「いいんだよ〜〜!ずっと、また会いたいと思っていたし。ドレスも好きなのが見つかって良かったよ!それにしてもすごいねぇ!旦那様、あの時の勇者の人なんだね!すっごいカッコいい人で、びっくりしちゃった!!」

「あはは、それはどうもありがとうございます」


 カラリとあげる笑いの裏で、しかも、前世は貴女のお父さんなんですよ、と。どうやら同じ事を思ったらしいイシュルカさんは、ちらっとそんな彼女を見遣り、生温い視線というのを。

 そして、ふと零された、「いいなぁ、私も、着てみたかったな…ウエディングドレス。収入とかルックスとか、もう我儘とか言わないから…お互いの気が合って、優しければいいよねぇ。誰か、貰ってくれないかな〜。この世界だと、四十路の女じゃ、さすがに無理なのかなぁ?」と。窓の外に集まりつつある年高な男性陣を、半ば諦めたような視線で見つめる彼女に対し。

 どこに不満があったのだろう。

 明らかに“カチンときました”的な黒いオーラの端を醸して。


「……そうですか。では、今度、ドレスの仕事をお願いしようかな。貰ってくれる男性が居なそうな美鈴さんでも、充分満足できるくらいに、たくさん試着させてあげますよ」


 と。

 遺物の眼鏡を光らせながら、不機嫌敬語キャラ降臨。

 あからさまに「げぇっ…!Σ(oдО;|||)」と苦い顔をした美鈴氏は、「イシュルカくん…あの勇者の人にベルちゃんを取られて、悔しいのはわかるけどさ……部下いじめとか、大人気ないよ。ドレスとか言ったって、どうせスケスケの怪しいやつとか…そうでなかったら何百枚とか、数がおかしい仕事なんでしょ…?」。


「はぁ…まぁ、うん。いいけどさ。商会内じゃ、私が一番、暇だもね。それに、仕事でもない限りドレスが着られる機会もないし…」


 はぁ。じゃー、あとは積もる話を仲良くどーぞ。

 今の正直な気持ちというのを呟いた美鈴氏は、力無く右手を振り振り、花嫁の控え室をフラフラと出て行った。そんな後ろ姿を見てから。


「イシュ……」

「ねぇ、なんで、あんなボケなの?」


 二者、二様の声が重なり。


「どうしたらあんなにボケた子に育つんだろう。僕が勇者にベルを取られて悔しい訳ないでしょ」

「……どうしたら気に入った子に、そんなに意地悪できるんですか」


 と。


「可愛がってるだけだけど。なんか、反応、面白いし」

「普通に“好き”って言ったらいいのに」

「は?……別に、そんな、好きとか…。そりゃ、ちょっとは気に入ってるけど。これって良い人材を手に入れて嬉しいっていう好意でしょ?卑下するけど、そんなに彼女、仕事できない訳じゃないしね。ベルの娘だっていう点を除いても、結構、気に入っているんだよ?」


 ……じゃあ、なんでそんなにイラついてるの?

 言うより易い胡乱な視線で少しじぃっと見つめてやれば。


「……だってさ。優しくて気が合えば良いんでしょ?なんで年上の男ばっかり見るんだよ?だから結婚できな…」

「それが答えだ!」


 珍しく強い口調でハッキリ、キッパリ申してやれば。「は?」という若干不機嫌な声で、もう一度、「は…?」という動揺した音が漏れ。


「いや、ない。それは多分、ない…かと思う」


——うわ〜、久しぶりにイシュが動揺したとこ、見たわ。うわ〜、珍しい。弱気になってる〜〜。


 良いものを見た、と満足気なこちらに対し、本当に久しぶりに年相応な反応を見せたイシュルカさんは狼狽し、「いや、待て」と言っていそうな焦り顔に朱をのせて。


「……この案件は持ち帰る」


 と、そそくさとドア向こうへと。

 おぉ〜、良いもの見たねぇ、と。同時に、厄介なのを引っ掛けちゃったね、美鈴ちゃん…、と。思った心はそのままに。


 やや控え目な上品な音で、ドアを叩いた次なる人は、銅の髪色に茜がかった茶色の瞳、華やかさと怜悧さが同居する青年だ。


「ルート兄さま…!?わぁ、こんな遠くまで、わざわざありがとうございますっ」

「あぁ。いい、そのままで。ドレスにシワがついたら大変だ」


 おや?と思った疑問はそのまま、不調法を失礼します、と立ち上がりかけた腰を下ろして。


「お仕事でお忙しいところ…本当にありがとうございます」


 ふとした動作で頭を下げれば。

 ルートウィネア・ルーセイルな三兄弟の二番目さんは、どこかバツが悪そうに力なく微笑んで。


「兄さんとユリシスは“急に仕事が入ってしまって”…見送りが少なくて、すまないな」


 と。


「いえいえ!むしろ後ほどご挨拶に伺うつもりで!!だからこんな遠路はるばる、お忙しい近衛騎士であるルート兄さまにお越し頂けるとは…!」

「大事な身内の結婚式だ。祝ってやらねばな。父上と母上はあちらの両親に挨拶をしている所だ、後でこちらにも来るだろう」


 そうして一拍置いて「ベル…」と呟き。

 ついにこの妹分が嫁いでいくんだな…と。もしかしたなら自身が独身なのを気に病んだのか。一層、痛切な表情(かお)を浮かべて、思い直して苦笑して。


「花嫁が身内と言えど男と二人きりなのは良くないな。また会場で祝福しに行く。ベル———」

「はい」

「あいつに愛想が尽きたら、いつでも帰ってこい」


 不意に言われて、ぽかんとしたが。

 ふ、と思ってなんだか笑えて、ふふっと笑顔がこぼれると。


「多分、大丈夫だと思いますけど…何かあったら、そうさせて頂きます」

「あぁ。何かあったら、あいつに目にものを見せてやるから」


 最後には身内らしくも、お互い昔の心の距離で、クツクツと笑い合う私達がそこに居た。

 ルート兄さまは次兄らしくもその場の人たちの調整役。今でこそ華やかな職業についてはいるが、その実、性格は地味目でおとなしい。落ち着いた見た目に反し破天荒な長兄さまと、奇人・変人と誉高かった弟さまに挟まれて、その歳の差で喧嘩する!?な毎度悲惨な兄弟喧嘩を、止めに入ったり、片付けをしたり。下手な使用人より手際も良くて、道具道具…と行っている間にあらかた終了している片付け(それ)に、お仕着せを纏う人々はよく恐縮していたものだ。

 この人、こんなに周りに尽くして、どこで休憩してるのだろう…?

 なんとなく素朴な疑問を思ってしまった私であった。それとなく嗜好を探って好みに当たりをつけてはみたが、この人はどんなものでも平等な好みであって、特にコレ!というものがない。ある意味、超人か!!と慄いていた私であったが、帝国領の遊学から戻って自活を始める折に、せめて半年の借家代を手に入れておかねばな…と。半ばやけっぱちでイシュルカさんに、「ビーズクッション作ってくれ」と。微妙に癒しを求めていた時期でもあって、前の世界の素晴らしい発明品、モッチモチのビーズクッションの制作を依頼したのだ。結果はやはり技術的な問題で“それなり”であった訳だが、試作品を居間のクッションの合間に放置してみた所、一番に食いついてきた意外な次兄さまである。

 たまに全員が揃ったりする家族団欒の輪の中で、この辺かな…と手元をごそごそ、もっちもっちと片手でやってずーっと握ったままなのである。サイズは手のひらに収まる程度、そりゃ、持っていたくなる。その場の全員が次兄さまの手に注視してたが、これが家族愛か…と思える、暖かい暗黙スルーだ。それほど時を待たずして、試作クッションは次兄さま専用と相成った。

 そんな記憶が蘇るほどの郷愁を覚えた私は、あぁ、これが本当の意味での巣立ち感ってやつなのかもな、と。ルーセイル侯爵家の方々に預けたままの、家族としての一番の信頼感を……これから、違う人に預けて生きていくんだな…と。少しうるっとしてしまったのはご愛嬌というやつだ。


「兄さま…今まで、たくさん愛してくれて、どうもありがとうございました」


 深々と頭を下げて潤んだ目元を誤魔化すと。

 ルート兄さまは回れ右した気配を残し。


「ベル…泣かせるな…」


 と、優しい声で退出していく。

 入れ違いでご当主さまと奥方さまが入ってきたが、すれ違いざま、少し驚いた顔をしつつもこちらに向けるべく笑顔を浮かべた“合間”を、頭を下げたままだった私は見ていなかった。


「おめでとう、ベル」

「おめでとう!」


 感極まった様相で祝いの言葉をこぼしてくれたルーセイル家のご両人、義理とはいえど父母と呼べる人たちの来訪に、ややしんみりした感じの空気は一転されて……。






『おめでとう!』

『おめでとうございます!』


 少し前、控え室に現れた夫となる人の「行こうか」に、丁寧な手仕事のレースが上品にあしらわれている、ロングスカートより少し長めの花嫁衣装を、踏まないように裾を持ち上げ開かれた扉の外へ。こちらの世界のウエディング楽曲が流れ、石畳というよりは申し訳程度の飛び石なれど、美しく配置され、転ばぬように埋められた、新緑の海に点々とする白石の道を見遣って、私には勿体無いバージン・ロードだな、と。花道部分にずらっと並んだ参列者に笑顔を向ける。

 グランスルスでクライスさんのご両親と会った後、私たちは三ヶ月くらい近隣諸国を放浪し、前の世界で憧れていた海の側のこの町で、まぁ、色々とご縁があって、ひと月くらいお世話になった。そうこうするうち丘を見つけて、こじんまりとした神殿跡に、あれ?結構いい場所じゃない?とちょっとした一目惚れ。そんなに招待する人も無し、ここで挙げてもいいですか?と。

 激甘なクライスさんは「もちろん」と即答し、ささっとどこかへ連絡すると、翌日から工事に着手……。

 どっと現れた色々な大工さんやら建材さんやら、ちょっと有名どころらしい建築家な人が到着、この構想で如何でしょう?と、丁寧な物腰で、提案するや否やの「承知!!」。一体何が始まるの…?とドキドキしながら問いをかければ、「……折角だから、少し綺麗にしておこうかと思っただけなんだが」と。無表情に困惑を混ぜて、クライスさんこそやや混乱。

 冒険者ギルドを介して「古びた神殿の改装と、少しの補強をお願いしたい」と頼んだだけなんだがな…と。少し遠い目になって、ギルドに提示した資金額、現れた人材の多さなど、一応確認に行ったらしい。半刻後現れたクライスさんは平時に戻り、どうでした?と問うたなら。何に使うのかと聞かれた為に「式をあげるつもりだと、確かに最初に言ったな」という、やや不思議な回答が。どうやら依頼に興味を持った一部の職人たちが、極小で書かれた“東の勇者”の記名を見つけて集ってきては「全員で分割になり安くなってもいいから!!」と、譲り合いだけが起き、喧嘩がなかった結果らしい。

 勇者の式場を補修したという名声をあげるというより、昔、何かしら助けたことがあるような雰囲気なんだが…。「実は、ほとんど記憶に無い…」と、しょんぼりしながら彼は言い、けれど集った職人さんらは「勇者様にはあん時お世話になったから!」とか、「兄ちゃんが勇者だったなんてな!俺りゃあ、気付くのに半年かかって、ダメだな〜!」などとゲラゲラ笑い、建築家な人でさえ「あの時、貴方が助けて下さらなければ、今の自分はありませんでした」と、はにかむように語るのだ。あぁ、やっぱり人がいいから、全部無意識だったんだな…と。微笑ましい気分になって、どこか照れたように俯くクライスさんを見上げたり。

 そんなこんなで私の方も何着よう!?なワクワクと、とりあえず連絡がつきそうな人に招待状を送りたい…で。その日からてんてこ舞いだ。……知り合いは少ない方だけど、なんとなくてんてこ舞いだ。

 ドレスは長さや意匠について大体決めて、そんなに高くないやつ、とイシュの方へ丸投げを。丸投げされたイシュルカさんは、そのお仕事を美鈴氏へ。前の世界の縁なれど、娘にドレスを探してもらう…な、ジンとくる演出しやがって!(;д; ) それに合わせてクライスさんの衣装提案もしてくれて、まぁ適当に何か着る…と照れて逃げていたクライスさんもそれっぽいものを着る事に。選んでもらった花婿衣装はクライスさんにマッチして、制服萌えってこんなかな?と思えるくらいの男前度だ。おぉ〜、良いもの見たかも!!と、繋いだ右手が震えているのはもしかしたならコレのせい。


「おめでとうございますクライスさん!!」


 そんな、緊張?の第一線で高らかに叫んできたのは、ちょっと予想外だった少年勇者フィールくん。勇者の縁?で、冒険者ギルドから逐一こちらの情報を手に入れていたらしい。…こちらというか、クライスさんの情報だけど。いや、もっと有意義な事に情報網を張りなよ…と、思わない事もなかったのだが。是非、式に出たいというので、急遽宿屋を見繕う。

 見繕う…というよりも、小さな神殿を補修するには多すぎた職人たち。街より村に近い規模であるこの町の宿屋の数が、我々の少ない知り合いでそれこそ全部埋まりそう…ちょっと入れない旅人たちをどうしようかね…と悩んでいれば、「そんなら俺たちが建ててやるよ!」と「そこの土地が空いてるよ!」。町長さん的に、勇者が式を挙げた町として少しでも噂が立てば、しばらくは観光客に困らないよね!はっはっは!……そんな流れで人海戦術。建築家さんも残っていたので、素朴なれどもお貴族が宿泊しても遜色のない立派な宿が、たったひと月であれよあれよと建設されていく。

 野心はあれど活かせる場がなく少しクサってた宿屋の息子が、新しい方の大きな宿屋を経営していく事になり、なんとなく彼の人生を軌道修正した的なちょっと良い話もあった。支配人っぽい衣装を着込んだ息子さまはきびきびとして、むしろ今回の招待客をこちらにまとめて泊めさせて欲しい、と。よくよく提案を読めば、実は町の宿屋の夫婦は、ここに候がつく貴族の人をお泊めするのはアレかもねぇ…と恐縮していたらしい空気が滲んできたために。そうよね、急な団体客でそりゃあ不安になるよね、と。至らずにすみません…と心の中で反省し、息子さまの提案通り、招待客は主にそちらに泊めていただく事にした。

 職人たちへのお給金はとりあえずツケとなり、商業ギルドに内装の方の資金提供の依頼を出せば、さる大きな商会がすぐに連絡をくれたらしい。聞かずに悟った、その名はズバリ、メルクス商会である。投資の回収は不可能と判断される土地。けれど“勇者の結婚”という事情を知る彼の商会は、すかさず契約を独占し、他商会の定年の不可侵という約束を敷いた。これでおよそ半世紀、この地から上がる収益は、町人とその商会が独占する事になるのである。観光地として、式場として、それなりに利益はあると思うよ。あとは宣伝(コマーシャル)だね、と。それが幼馴染の言である。


『娘、なかなか似合うておるぞ』


 控室から一歩踏み出し、声をくれたエルさんと。


「お幸せにね!」


 何故かちょっとだけ挑む態度のクリュースタ…ちゃん?が次に続いて。


「人魚姫(わたくし)の祝福は、よく効くでしょう?」


 誇らしげに、パルシュフェルダでの伝説(アレ)を持ち出すネルさんに、立ち止まっては「ありがとう」、「ありがとうございます」と、互いにお礼を述べるのだ。

 この大陸の結婚式は、王侯貴族の堅苦しい聖堂での式以外、割と自由度が高くあり、無作法とされる所作も少ない。そもそもうっかり選んでしまった純白のドレスだが、こちらの花嫁のウエディングドレスは、そもそも色に決まりがない。一応、参列者の女性のドレスは花嫁とは違う色、そんな暗黙はあるのだが、花嫁より盛っていようが、基本、構わないスタンスだ。まぁ、盛りすぎた女性を見遣り、あの子必死なんだなぁ…な、参列者の同情はあるかも…? 割とそうした程度である。

 故に、ここのパーティの女性達の美人度からみて、参列者適用のドレスコードを守ってもらう、ただそれだけで軽く地味な花嫁(わたし)など、霞んでしまう域である。……と、卑下していうのも——色々飾って下さった皆様に——悪いので。まぁまぁ並べる程度には綺麗になったんだよ!?(;゜Д゜)と、私は自信を持とうと思う。

 因みに、この大陸式だと、右の花婿側は男性陣、左の花嫁側には女性陣が立つ。祭壇の前まで進む間に、自分の所まで来たら祝いの言葉を述べる礼儀と、感謝を述べる礼儀があるので、バージンロードが結婚式で最も時間を取る感じ。祭壇まで行き愛を誓えば、そこから先は無礼講である。


「グレイシス殿、この度はご結婚おめでとうございます」

「よっ、東の。積もる話はあるが、まー、後で揶揄いにいくよ。結婚、おめでとう!」


 暫く前、ソロルくんとシュシュちゃんを連れ、ウェントスの里に向かった彼は、相変わらずしっかりとした“保護者感”を滲ませながら、同じように二人を連れてこの町へとやって来た。


「ありがとう、セレイド、だったか」


 青い髪が清々しい爽やかな青年は、「名を覚えていて下さって光栄です」と目を伏せて、それを見届けたクライスさんは、続く軽い調子の勇者(彼)へ。


「キトラもありがとう。揶揄うのは…ほどほどに頼む」


 と、苦く笑う、で苦笑した。


「ベルさん、この度は、ご結婚おめでとうございます、ですぅ」


 薄紫の柄の少ないサリーっぽいドレスを纏い、キトラさんの対面に立つヨナさんはにっこりと。相変わらずの可愛い容姿としっとりとした人妻感……だ、大先輩ですねっ!と、何となく焦りつつ。


「ありがとうございます」


 と、ドキドキしながら目礼を。


「おめでとう、クライス、ベル」

「二人とも、おめでとうでござる」

「師匠、きれい…おめでとう…」

「こうしてみると美男子なんだな。クライスがカッコよく見える。まさかホントに結婚するとは思わなかったよ、僕。ベルリナも、おめでとう。お前の粘り勝ちだな」


 と。取りあえず男性陣は花嫁側に掛けぬ声、だが、我々くらい親しい仲だと暗黙にて許される。

 最後のソロルくんの小言に、クライスさんは元々が美男子設定なんだよ…と。ボロボロの服を着ていたとして、素材が輝く勇者だからな!……私は何気に勝ち誇ってみせ、心の中で満足の息を。ここでも同じく「ありがとう」と言い、実はそろそろ最後の方の、祭壇に近い身内たち、だ。


「おめでとう、ベル」

「おめでとう、ベルちゃん」


 最早、多くを語らぬイシュルカさん。

 この短い時間のうちに自分のスタンスを取り戻したらしく、余裕溢れる大人の顔を貼り付けていなさった。

 対する天然・美鈴ちゃんとかは、全く何の変化もあらず。嫌味のない心からの羨望を宿した顔で、本当に綺麗だよー!おめでとう!!と笑ってくれた。

 大変お世話になりました、そして、もしかして娘の事をこれからよろしく頼むのかしら? 何だか妙な心地になって、ふふっと思わず笑みが零れる。

 続いてしっかり者である上っ面のイシュルカさんは、クライスさんに真面目な顔で向き直り、「ベルの事をよろしくお願いします」と呟いた。クライスさんは、この前の対談の事を思い出したか。確と二人でアイコンタクト、そして強く頷くと、「約束は果たそう」と言い、ありがとう、と微笑んだ。私も慌ててそんな二人に「ありがとうございます」。

 一歩踏み出し、顔を上げれば、結びである親世代。そして、ぶっちゃけ錚々たる雰囲気のお方たち。

 ゴージャス美人な奥方さまと、清楚美人なソフィアさん。対岸に立つはポワンとしつつも只者じゃないご当主さまと、ナイスミドルなワイルド系の旋剣の勇者ジル・ルークさん。その手前に眩しい瞳で、寂しそうに笑むルート兄さまは。


「ベル、世界一綺麗だ」


 と、静かな声で囁いて。


「幸せになるんだぞ。……勇者、ベルを裏切った時、お前の命は無いものと思え」


 やや物騒なお言葉を。

 ギョッとしてそちらを見れば、クライスさんが右手で目隠し。


「愛する妻を裏切ることなどあり得ない」

「よく言った、流石、俺の息子だ」

「もう、ルートったら。こんな祝いの日にそんな怖い顔をしないで頂戴」

「グレース…仕方ないじゃないか。僕も、もの凄く涙腺にきているよ」

「クライスも。いつまでベルさんの目隠しをしているつもりなの。こんなに綺麗なんだから、出し惜しみをしてはいけませんよ」


 と。

 ルート兄さまはフン、と一息。

 クライスさんも負けぬ微笑み。


「……“クライス”、“ベルをよろしく頼む”」

「……“もちろんです”、“お義兄(にい)さん”」


 で。

 二人を取り巻く大人は苦笑。

 私は、じんわり視界を潤め。


『おめでとう、クライス』

『おめでとう、ベル』


 と。

 重なり合う両家の声に、『ありがとうございます』という、私たち二人の声が空に澄み、消えていく———。

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