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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
25 境界の森 2
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25−8



 神国から離れるように、とりあえずご両親との顔合わせを済ませるべく、東の門からグランスルスを目指していた我々に、その噂が追いついたのが更に1日後の事だった。

 そろそろステラティア王国を脱出しようかという辺り、国境線にほど近いこぢんまりとした町の宿場で、三つしかない食堂のテーブル、その後ろにいた旅行客らが、そんな話で持ちきりだった。宿泊客の賑わいに、厨房の親父さんがさりげなく加わってきて「で、結局その賢者さんは、死んじまったのか?生きているのか?」問われて彼らは各々述べる。そのうち沈黙を守っていたこちらの方にも声を掛け。


「で、あんたらはどう思う?」


 との、何気無い質問に。


「……えーと…その、失礼ですけど、消息を絶ったって事は、やっぱり死んでしまったのではと…」


 若干の引きつり顔と視線を泳がせ私がいうので、心なしか対面の彼が、目元でクツクツ笑っていたが。


「境界の森というダンジョンは、確か、モンスター・レベルが100越えなんだ」


 と。何気な〜くフォローを入れてくれたり。

 そうなのか、兄さんよく知ってるな、あぁ、なるほど冒険者の端くれか、じゃあやっぱり賢者さんはその場所で死んじまったのか、などと、場の空気は収束を見せた。

 これからどこのダンジョンに挑みに行くの?と、お客さんの一人である女性に声を掛けられ、よくよく見ればイケメン男子、そして二人組みのパーティかしら?と誤解された雰囲気で。けれど、甘いクライスさんはとろけるような微笑を浮かべ。


「いや。これから両親に結婚の報告をしに帰るんだ」


 と!!


「なんだい、あんたら新婚さんか!言ってくれりゃあもてなしたのに!」


 人の好い笑顔を浮かべて親父さんが返すので、あからさまに「残念…」と肩を落としたその女性だが、ま、冒険者のよしみだね!とデザートをこちらに奢ってくれた。

 私たちはありがたくご好意を受け取って、けれど、思わず賢者の噂が追いついてきてしまったために、もう一泊でも良かったところをなんとなく諦めて、無いとは思うがギルドの方から手が伸びぬよう、また人知れず町を発つ。

 モンスター・フィールドでもないただの街道を行きながら、騎獣でも借りようかと思っていたが…これでは迂闊に名を書けないな、とクライスさんはひとりごち。やっぱり、ステータス・カードやギルド証を提示しなければ、入れない都市へは寄らない方がいいですかね?とのおずおずとした質問に、大丈夫だとは思うんだが…万に一つでも俺がベルを取られたくないかな、と。嬉しいような、恥ずかしいような、さりげない独占欲?を見せて頂き、うわぁ、お腹いっぱいです……と、私は照れて俯いた。


 そうしてゆっくり三週間ほど。

 主だる都市部を避けながらやってきた城下町。グランスルス王国のネーヴェという大都市で、少し前、ライスさんから届いたという書面を持って、貴族用の検問の列に緊張しながら並んだのだが…。

 さすが、腐ってもお貴族様か。いや、全く腐ってないけど。

 まず、見るからに制服の違う衛兵さんが、所作も綺麗に個室に誘い、そこでライスさんからの書面を出して、受け取った人は奥へ確認。更に、見るからに威厳が漂う衛兵さんがやってきて、事情知ったる顔をして我々を即解放。この間、名前も家名も無しで、クライスさんも触れない感じで。

 殆どの城下町では確かにこうした検問があって、遠く帝都に及ばぬような審査の目の緩さとはいえ……そうか、これがお貴族様か。下手したら二時間待ちという外の長〜い平民の列は……うん、やめとこう、考えるのは。ただただ、この格差社会がとても悲しくなるだけだ、と。

 去り際、少し後ろの方で「グラッツィア伯と知り合いだなんて、幸せな平民ですね」と聞かせるように聞こえてきたが、隣に佇み見送る上司が「……彼は、グレイシスの跡取りだ」と。一拍置いて、「えっ、じゃあ噂の東の勇者!?」まさか今のが!?な驚愕に、「…な…なら、隣の女性は……」「あぁ、噂の“追っかけ”だろう。えらく普通の娘だったな」な、ゴメンナサイ…な感想が。


「……………」

「っ!?」


 その時、横のクライスさんがものすごい流し目で、そちらの方に“顔は覚えた”と視線で語ったことなど知らず。

 会話の二人が腹の底から凍ったことなど、つゆ知らず。

 なんとなく気まずい気持ちで口数が減ってしまったのだが、城下に入ってすぐ目の前の大通りを行く馬車を拾って、クライスさんは御者の人へと「グレイシスの屋敷へ」と。淡々と呟いた事をどこか訝しんだ御者さんだったが、黒髪を見て少し驚き、「ソフィアさまんとこの坊ちゃんか!」。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


——えっ。


 坊ちゃん…??( ゜△ ゜;)

 え………似合わな…い。


「わー!!ゴゴゴ、ゴメンナサイ!!?」

「……別にいい」

「おぉ、坊ちゃん、このお嬢ちゃんが噂の嫁さんか!」

「そうです」

「はっ…あのっ、ベルリナと申しますっ…」

「ははは!随分と可愛いこ貰ったな〜〜!!」

「…恐れ入ります」


 御者のおじさんに返されたその硬めの応答は、私じゃなくて彼だった、という驚きは秘めといて。

 クライスさんに掛ける傍ら、不意にこちらを向いたお人が、ニッと笑って語るのは。


「安心してな、お嬢ちゃん。お貴族様は知らねぇが、この国の平民層の殆どは、グレイシス家に好意的だよ」


 だからお貴族のお偉いさんに何言われても気にしなさんな。平民は貴族の何倍もいるんだからよ。これからソフィアさまに顔見せに行くんだろう?安心しなよ、あのご婦人はできたお方だ。よぉし、そうとなったら結婚祝いでな、代金は半額にまけてやるから!———。

 軽快な笑いと共に騎獣を操り、いえ、代金はお支払いします…と真面目に募るクライスさんを、「坊ちゃん、そんな堅っ苦しい性格じゃ、早々にお嬢ちゃんに愛想をつかされるぞ?」と。ピキッと止まった彼の気配が、どこかおかしいやら可愛いやらで。

 少し前の嫌な空気も、一転、心に笑いがこみ上げ。


「愛されてますねぇ、クライスさん」


 と、あっけらかんと微笑が湧いた。

 それを拾ったおじさんは、うんうんと頷いて。


「おぉ、そりゃ若い時から可愛かったよ、坊ちゃんは。ソフィアさまを独占したいジルの旦那がね、よく坊ちゃんを下町の方にお使いに出してたからね。あの旦那は意地が悪いから、いつも坊ちゃんに言いつける品は、一人で頑張ってもそうそう手に入らないような無茶なものばかりだったんだ。まぁ、でも楽しかったな。おれも一度手伝ったことがあったけど、そん時も知り合い連中で首をひねって知恵を絞って…今でもいい思い出だわな」

「……それ、初耳です」

「わっはっは!!坊ちゃんは昔から素直な性格だったもな!やっぱり、分かってなかったんだなぁ。あぁ、懐かしい。お嬢ちゃんはアレだろう?確か、どこかの国で坊ちゃんに一目惚れして、追っかけ始めたっていう噂。あれは実のところ本当なのかい?」

「あ、はい。お恥ずかしながら、本当です」

「そうかい、そうかい!よくぞこの鈍い坊ちゃんを振り向かせられたなと、下町ではだいぶ評判だよ」


 そして再び軽快に、はっはっは!とおじさんは笑い。

 鈍いと言われた本人は、少しだけ不服な顔をして。けれど私が楽しそうに会話に花を咲かせているので、木枠に乗せた腕で頬杖、まぁ許してやろうかという気になったらしい。

 少年期の終わりから、青年期の終わりまで、この街の人たちにさりげなく愛されていた彼は、この通り真面目で素直(?)なままで。成人したと思った頃には衛兵の職につき、心を寄せた娘さんもやはりそれなりに居たというのだが、総じてそこから進展せずに、ほどなく“鈍感”な評価がついた。さて、ならばどんな娘なら射止められるのかと見ていれば、ジルさんの死亡説が流れた同時期に、不意に城下町(ネーヴェ)から姿を消して、数ヶ月後、一躍“勇者”の噂が届く。


「あの時は…まぁ、仲間連中で呆けたもんだ。あの坊ちゃんが勇者だなんて、何かの間違いじゃないのか?と」


 あぁ、坊ちゃん、あまり気を悪くしないでおくれよ、と。

 けれど、それから一年と経たず、舞い込む東の勇者の恋路に、この下町の人たちは嬉しさを覚えたという。


「お嬢ちゃんもちょっとくらいは耳にしたこと、あるだろう?ただの街人から勇者になった我らが坊ちゃんは、それはもうモテなさった」


 大陸を股にかけ遠くの地まで行く者の、噂がここに届くほど、だ。村娘から王侯貴族、それも、妙齢の美女ばかり。

 グランスルスは大陸内では寂れた国ではないけれど、大陸の端という立地から、どこか望郷感がある。そんな場所から勇者と成ったグレイシス家の坊ちゃんが、行く先々で美女を落としたと噂になるのが喜ばしい。


「ジルの旦那もあれでいてモテる男だったから。しかし、あの坊ちゃんが?という疑いの心も少しはあった。勇者というのは斯くも…とな。それでも下町のおれ達を一番に喜ばせたのは、どんな美女にすら靡かなかった、その“らしい”所だよ」


 あぁ、お嬢ちゃんが可愛くないと言った訳じゃないからね? おじさんは真摯な声で注釈を入れたけど、大丈夫です、分かっています、若さに付随する愛らしさとか、それが最大の売りですからd(>_< ) と。

 とにかく、仕事をする先々で美女と噂になるものの、遊んだという噂も立たず、むしろ“靡かなかった”と終わる。それだけ聞けば気位の高い嫌味な男と思われそうだが、性格を知る街の民には笑いと安堵をもたらした。


「鈍感も斯くも…と言って、和ませてもらったものだ」


 一応、好きな人の手前で、クスクス笑いをしてみるが。


「ほ〜らクライスさん、何もなかったと思っていたのはやっぱり貴方だけだったんですよ」


 と。エアリア様やリールゥ様やヒルデ様を思って笑う、横の私に冷たい一瞥。

 けれど、御者のおじさんという味方をつけた私の心は、この時、後先考えず非常に軽いものだった。

 その夜、夫婦の営みで復讐されようなどとは思わず……。




 そんな楽しい時間を過ごし、心も軽く———大豪邸。


「どう、どう、どう。ほぉら、着いたよお二人さん」

「え」

「助かりました」

「いいってことよ!」


 末長く仲良くな!と、ニコッと笑われ、頭を下げて……。


「えー…と、あの、ここですか?」


 と、思わず声が途切れてしまうが。


「使用人は居ないから、待っていても誰も来ないぞ」


 言いながらナチュラルに、勝手に門を開けて行く人に。

 慌てて「待って」と足を動かす、ど平民な私を唸らす…。

 ……やっぱり、何度見上げても…驚かされる、大豪邸———。


 内心、ブッフォォォォオ!!!( ゜∀ ゜)・∵ と、汚い何かを吐いたけど。

 ルーセイル家も凄かったけど…まじか。これが、貴方様のご実家の屋敷か…と。

 今更ながら恐ろしい気になった私は、グレイシス家の人々を未だ知らない。

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