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それからの彼の動きは驚くほど早かった。
クライスさんは東の勇者のパーティ・メンバーに、このパーティをこの限りで解散しようと思う。今までどうもありがとう、皆には本当に助けてもらった。などなど、ソロになる意思と感謝諸々を、私を含めて皆に語る。レプスとライスはこの後すぐに、奥方の元へと戻るそうだ。ソロルとベリルは俺とベルが送りとどけて仔細を話そう。そのあと俺は、ベルと暮らしたい町を探しに出ようと思う———そんな風にも付け足した。
否やが出るかと思いきや、レプスさんは「それが最良でござろう」と言い、ライスさんも「本当に良かったね。これでオレも安心してレティーシアの元へ帰れるよ」と。満面の笑み、そしてどことなく温〜い視線が積算されて、居心地が悪かったのは私だけだったような事。
対して誤算だったのは、少年少女の二人から「僕等の事も気にしないで。コイツ、実家に戻るより先に青(ウェントス)の里に寄りたいっていうし、そもそも僕は霊弓がらみの仕事の方が残ってるから、まだ森に帰る訳にはいかないし。それに、エルフの里に寄るなら僕らだけの方がいい。種族的な問題で、クライス達が居ない方が面倒が少ない」と。誰もが納得できるような理由ではあったけど、それでも子供二人を大陸に放流する事を躊躇っただろうクライスさんは、ウェントスの里の近くまででも心配だから付いていく。一応、語ってみたけれど。
「あのさ…勇者の恩恵でレベル90に達した僕らに、手を出せるような“ならず者”とか、この大陸に居ると思う?」
「…念のために、ギルドを通して、セレイドさんに連絡を取ってもらおうと思ってる。というか…その、実はもう、連絡が付いてるし…む、迎えに来てくれるとか、言ってくれてるし…」
珍しく長文を話すシュシュちゃんにポカンとしつつ、何故か最後の方を恥ずかしそうにクネクネやって、それをソロルくんが嫌そうに眺めている…とかスルーしたって、それにしてはトントン拍子に話が進みすぎである。大人三人とボケの私がどうしようかと思っていると、気を取り直したソロルくんにて「だから、そういう訳だから。ウェントスの大人が一人付けば、クライス達も安心だろ」と、若干無理矢理気味とはいえど、このお話は終了になった。
そろっとすかさず近くに寄ったシュシュちゃんは小声で私に、だから勇者との詳細を詳しく、と念を押すように付け加え。“詳細を詳しく”がトラウマになりそうだ…と。ははは、と一発、空笑い。【今夜は二人で枕投げ】、そんなコードネームを伝え、グッジョブをしたシュシュちゃんはそろっと何気なく離れて行った。
その夜、二人の枕投げ会は、純粋な瞳(め)に問い詰められる主に私側の恥ずかしさにより、愛用枕のマーライホーンが絞め技を食らう羽目になり、首元の棉が断絶に近いシワを刻むことになったのは、忘れ去れない思い出の一つであろう。よくよくと思ってみれば、しばらく母親という女手の恩恵を、受けられなかっただろう彼女の男女に対する素朴な問は、色々と納得のいくものだったというとこか。とりあえず、女友達間でもそう容易く受け答えがなされるレベルの話じゃないよ!?と、一番大事なところを念を押すように最後に語り、だからと言って男性に相談するとかもしないでね!?と、親切ついでに「貴女は美人!とにかくこの先、気をつけて!?」と。どこか疲れた思い出も、きっと忘れないものの一つに……。
そんなこんなで、七日と待たずに、今現在、大陸で最もレベルの高い“東の勇者パーティ”は、誰の禍根も残さずにあっさりと解散された。
始めの数日でこれまで個人に支払われていた仕事の報酬額とは別に、パーティの軍資金として貯められていた預金を分配、それぞれの口座というべきギルドの金融部門にて、無事にそれらが済んだ事の知らせを待った。
パーティの解散については、紙を一枚提出するのみ。これをリセルティアのギルド長がステラティア国の支部長に上げ、支部長からギルド本部へと上げられてからの大陸通知だ。各国の冒険者ギルド間は私がイシュとの連絡にまさに使用してきたような、声を届ける魔道具により会話が簡易となっていて、おそらく二日と経たないうちに大陸の端まで行き渡る。これにより特に何かが起こるという事ではないが、曲がりなりにも勇者パーティの解散なので、そこそこのニュースとなってしばらく噂されるのだろう。
それに際して、勇者職のクライスさんを除いた四人に、ギルドのランキングに載る誘いがあった。が、レプスさんは「歳でござるから」そう言って断りを入れ、ライスさんは「オレは多分、国の職に戻ることになるかな」と無難に断りを入れたようである。ソロルくんとシュシュちゃんは、現状何位?と質問をして「レベルだけなら同率一位に近いです」との回答に、首を思い切り横に振り「無理、無理」と拒否をした。結果、全員が場合によっては位持ちレベルの仕事ができるSランク的な認定を受けたが、本人の意志無しの“ランク外”に記された。
……こういう流れを横で見てると、本人の意志無しというランク外の人物は、実は意外に多いのでは?と思わざるを得ないという。見えない実力者、って事かな、と。ただし、それならギルドからの依頼を断る奔放を発揮できるので…位持ちに収まるような人達は、意外と責任感が強いのかな?とも。
少し話が逸れてしまったが、そんなこんなで、3、4日を小都市で過ごし。手続きが終わった知らせを受けて、その日のうちにレプスさん、ライスさんの両名は、一足先に実家へと帰省する運びとなったのだ。
二人とは、お互いが向かうべき街道が、残念ながら真逆であった為、中央広場で共に別れの挨拶を内輪で済ませ。その数日後、懐かしい青い髪を持つセレイドさんが、少年少女を恭しく迎えにきた姿を受けて、クライスさんは胸を撫で下ろすように「頼んだ」と言付けた。
青の里への近さ的に、西の街道から北東に向かう、そう語ったセレイドさんをじ〜っと見ていたシュシュちゃんは、最後、別れを惜しむようにしてこちらに駆けて耳元にこそり。
「…私、セレイドを追いかける。師匠、またね」
と囁いて。
その瞬間だけ、それは綺麗な微笑を頬に浮かべたのだろう、未来の美女の予感を確かに、楽し気に愛しい人の元へと彼女は駆けていく。
さて、当人はどう出るか。シュシュちゃんはあの人を振り向かせられるのか。そ、とそちらに視線をやれば、彼は意味深な黙礼を。それは私の保持する知力に敬意を表したものなのだ、と。気付いたのは少し後である。
「みんな、行っちゃいましたねぇ」
見送った三人の姿が消えて、それでも残された方の私は上の空で踏ん切りがつかず。
けれど、それすら察したのだろうクライスさんは、隣でポツリ。
「そろそろ俺たちも出発しよう」
と、そろりと指を絡めて繋ぐ。
きゅ、と力が込められて。
「はい」
と見上げて、きゅ、と込めれば。
見慣れるにはどこか勿体無い、勇者な彼のイケメン微笑(がお)が。
無表情キャラが微笑キャラになり、そんな変化に驚きつつも、大好きな人と夫婦になれた、私の心は幸せだ。
この幸せをどうしてくれよう。
悪どく思い、ふふっと苦笑。
お気に入りの銘入り高級革袋(ブランドバッグ)は、いつも通り右肩に。
クライスさんは、ソロになると同時に下ろした背中の大剣が無い事で、さらにスキルを絞った効果で完全なる一般人。
目をこらさねばそうと分からぬ“普通の夫婦”になった我らは、それこそ人知れず、そっと街の門を出て。
リセルティアを発って1日。
神国の教皇様にようやく降ろされた神託は、例の祝いの三日を取って、大陸中に下された。
曰く。
大賢者が没して千年、この大陸に新たな賢者が生まれた。
場所は南の諸島の一つ。【境界の森】のダンジョン内部。
この慶事は歴史的な記録となろう。
だが…賢者はその場所で、消息を絶った、と神々は言う。
それがどういう意味であるのか、私には測りかねぬが…。
我らは神の使徒として、賢者のために祝詞(しゅくし)をあげよう。
未だ名も知らぬ、賢者(かれ)の無事を祈って———。
とりあえず、今代の賢者は暫定で…男性、ということになったらしい。