「……周くん、普段は赤澤さんや千歳さんに素っ気ないのに、ああいう時はしっかり庇いますよね」
昼食を取ったあと一度両親と分かれ、午後のシフトに備えて着替えを済ませた周と真昼は、控え室の方で二十分後の出勤を待っていた。
今日はシニヨンにセットした真昼は、後でつけるらしいホワイトブリムを指先でつつきながら小さく笑った。
「……そりゃまあ、友達だし」
「素直ではないですよねえ」
「うるせえ。真昼には素直だろ」
「素直というか直球というか……たまに、びっくりするくらい度肝を抜いてくるのでドキドキですよ?」
「よかったなドキドキ出来て」
「もう」
ぺちぺち、と不満というよりは仕方ないなあといった風に叩いてくる真昼には肩を竦める。
「まあ、見えているところで極端に樹や千歳を庇うような事はしないよ。二人とも気を使うしな。それに、大輝さんが言わんとする事は分かるから」
「言わんとする事?」
「んー。……あいつんち、割といい家だからなあ。真昼は行った事ないとおもうけど、ちょっとしたお屋敷だぞ」
初めて遊びに行った時は驚いた。それなりの規模の離れがある家なんて見た事がなかった。
本人は「古臭い家だろ」とやや恥ずかしそうにしていたが、恥じる事は一切ない由緒ある家だろう。
「まあ、そういう家系らしくてな。一応成人している兄が居るらしいから家は兄が引き継ぐらしいけど、次男にも家柄的に立派な女性を宛てがいたい、って事なんだろ」
「……なるほど」
「まあ、本当は期待されていない次男なんだから好きにさせろってのが樹の主張で、大輝さんの主張は息子により良い縁談を、だ。どっちの気持ちも分からなくはないだろ」
個人的な事を言うなら樹に天秤は傾いているのだが、大輝の主張全部が間違っているとは思わない。
千歳が悪いというよりは、基準が高い。家柄も求められているのだから、一般家庭の千歳では届かないところもあるのだ。
まあ、それでも本人達の主張を聞いてやらないのはよろしくないし、大輝の味方をしようとは思わないのだが。
「俺からしてみれば、無理に引き離した方が反発するし軋轢が生まれるから、許した方が今後の生活的にも感情的にもいいと思ってるけどな」
まあ当事者じゃないから言えるんだろうけど、と締め括って肩を竦めた周に、真昼はじっと周を見つめて、それからへにゃりと眉を下げた。
「……私、ちょっと赤澤さんが羨ましいです」
「羨ましい?」
全く予想していなかった言葉を耳にして、自然と目が丸くなる。
真昼はというと困ったような笑顔で「不謹慎かもしれませんけど」と前置きをしてから、そっと吐息に紛れさせるように言葉を紡ぐ。
「本人達からしてみれば、たまったものじゃないと思うんですけどね。それでも、お父様は、樹さんの事を思って口出しをしているのでしょう? そこに自分の理想が盛り込まれている事は否めませんけど……それでも、親からの愛には変わりありませんから」
親からの愛、という言葉に、真昼には気付かれない程度に体を強張らせる。
「ああ、心配しなくても大丈夫ですよ」
周の懸念に気付いたようで淡く微笑んだ真昼は、くるりと流した横髪を指で巻き付けるように弄び、そっと瞳を伏せる。
「別に、今私が両親にどうこう思うとかはないですけど、それだけ家族としての繋がりがあるという事が、すべてが稀薄だった私からしてみれば羨ましいな、と。まあ、今更手を伸ばされても、私はその手を取る事はないと思いますが」
もう分かたれたものとして見ているので、と小さく付け足してくるり、くるりと横髪に渦を巻かせる。
どこか気持ちをそらすような仕草に、周は深くは追求せずに癖のつかない横髪を彼女の指から外し、そのままそっと白い頬を撫でた。
視線が上へ向く。
周を見つめる視線がほんのりと揺れていた事には気付いていたが、敢えて指摘はせず、静かな微笑みを浮かべる。
「まあ、真昼にはうちの親が居るから、擬似的に味わえるだろ。むしろ俺には勿体ないって親に言われてるんだからな」
最早藤宮家にとって真昼は娘に等しい。なんなら実子である周より可愛がられているし、大切にされている。両親も真昼が愛に飢えていると気付いているから、尚更可愛がっている。
周には勿体ないと言いつつ手放さないようにと言ってくるので、少し呆れてしまうが。
周の言葉にぱちりと瞬きを繰り返した真昼は、言葉が染み込んだようにゆっくりと相好を崩す。
「……ふふ、そんな事ないですよ。周くんは素敵です」
「どうもありがとう。……愛されてるんだから、そんな不安にならなくてもいいぞ」
「はい」
小さくはにかんで隣の周に身を寄せた真昼に、周も微かに笑う。
(そんなに実感が足りないなら、今日の夜はいっぱいくっついた方がいいだろうか)
どうせ泊まるのだから、くっつくし、なんなら一緒に寝る。自然と密着する環境になる。
そこでもっと大切に思っているし好きだと伝えるべきだろう。真昼が定期的に不安になるのは致し方ないし、周も素直に気持ちを表しておくに越したことはない。
暴走しないように気を付けないと、とひっそり誓った周に、真昼は何かを感じ取ったように体を震わせたが、そのままぴとりとくっついてくるので周もそれを受け入れて少しの間静かに寄り添った。
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