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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
25 境界の森 2
261/267

25−5



「……ベル」

「あ。す、すみません!これはっ、そのっ、感情が!つい、のってしまったというか…」


 弁解しながら目元をゴシゴシ。

 わー、泣くとか最低だ…と冷静になり、ふと横に来た気配に気付く。


「ベル」


 と短く名を呼んで、いつの間に移動したんだクライスさん、と。


「はい?」


 と返答。

 見上げたら。

 ふわっと広がる両腕が、再び私を持ち上げた。


『鈴(ベル)…今度は、置いていかない』


 一瞬、何かの声と重なり、耳に届くのは幻聴か。


「互いの距離が近づいたなら、嫌なものが見えるのは当たり前だ。だからといってこの先俺が、何か嫌なものを見たからといって、ベルという人格を嫌いになるとは思えない。俺だって色々と、嫌なものを見せるだろう。それでも、全てを含めたうえで、ベルを愛しいと思うだろうし、同じように俺の事も受け入れて貰えたら…と。そう思うんだが、どうだろう?」


 クライスさんの至極真面目で、とても暖かな提案は、昂った気持ちを鎮めて、今度は安堵の涙になって。


「はい…もちろんです!……あ、でも、その、私。ハーレムだけは、無理ですが…」


 と。思考が横に逸れるくらいに、私の調子を元に戻した。

 ハーレムになるくらいなら…まぁ、でもなぁ。……奥さんが増えるまでなら、その、妻で居たいような気も…と。

 ちょっと思案で、ちょっと不安に、それでも最初の妻なら、なんとか。

 結論を出した私を見遣り。


「ベル…」


 と、まるで腹の底から、響き渡る低音は。




「まずは、互いの認識の差から、埋めていこう、俺たちは」




 クライスさんの、どこかおどろしく、生温く、それでいて。

 狂気の沙汰を秘めた空気に、たじろいで言葉を無くす。


「あれ?…えぇと、クライスさん…?」

「どうした」

「そっちは……寝室…ですが」

「そうか。それは都合が良いな」

「えっ?いや、でも、用事とか無い……」


 言いかけて、ふと視線が交じり。

 じっ、と見つめる灰色の瞳(め)に、湛えられた情欲の火をみて。


「うぇっ?!」


 と一声、奇声と共に。

 ボフン、と音がしそうな程に、真っ赤に染まった私の体。


——ま、まっ、待っ……!!!


 と、あたふた。それでも婚前交渉という概念についておさらいを。

 そ、そりゃあ、この時代。地方都市でも結婚式とかそういうものはまだ稀であり、主に式をあげる人たちは王侯貴族な人だけで。えぇと、このクライスさんも、貴族な名前は持っているけど…多分、そういう感覚は、庶民。私も絶対、式をあげたい訳ではないけれど…。そりゃあ、すぐにでも暮らせるならば幸せだな、とは思うけど…。き、キスとか、デートとか、段階を踏んでが好ましい…とか。


「順序は踏んだと思っているが」

「へっ!?」

「キスもしたし、デートもしたし、求婚も終えている」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「あぁ!!」


 確かにそうですね!?Σ(゜Д゜;)

 と、冷静に思って、噴火。


 緊張に固まったこちらを意図して彼は踏み出し、何故だろう、迷うことなく、使用していた寝室に着いて、ベッドに進んだ後はそぉっと、私を優しく横たえた。


「はっ…えぇっ!?いや、あの、かなり…ここここ、これは、照れるのですが…っ!!」

「俺も緊張している。問題ない」

「えっ!?」


 ていうか、もしかして、勇者様。


——まさかの童て………ひぃぃぃいっ!!!


 か、顔が!

 ものすごく柔らかい笑みを浮かべているのに!!目が!目がっ!!!恐いからぁぁあっ!!

 ご尊顔に明らかに「痛くして欲しいのか」って。疑問符無しで書いてあるからっ!!!


「ベル」

「ハイィィィ!!」

「線香が欲しい」

「はっ、はいぃ!!あちらのカバンに!!」


 ヒュッ、と風の魔法を行使で——というか、そういう魔法の使い方、あるとは思わなかったよ、私しゃあ——いつぞやの巨大線香が入った愛用鞄を持ち出して。クライスさんは無言で「出せ」と、私に指示をお与えに。ごそごそやって口を広げて、臙脂色の円柱の先に手をかけたとこでグッと持ち上げ、彼は先から10センチほどをスパッと何かでやって切断。


「ファイア」


 の一言を唱えたのなら、それを一瞬で灰へと変えた。

 変わった灰の塊からはムワッと煙が立ち込めて、そこで彼は少し迷うと、おもむろに部屋の窓へと歩み、そこから灰を外へと捨てた。

 この間、私は自分のベッドで、ぼんやりクライスさんの行動を視線で追っていただけである。心なしか、窓から戻ったクライスさんは満足そうで、石造りのため重みで鳴らない硬めのベッドへ乗り上げたなら、さも当然と言わんばかりに私の上に被さった。


——えっ。あの、逡巡とか無く、意外と貴方は堂々ですね!?


 さながら、まな板の上の鯉…。体の線を緩く撫でられ、ピシリと固まる左の首へ唇が触れていき。

 恥ずかしさで死ねるとは、まさにこういう状況をいう、と。

 ぎゅっと両目を結んで繊細な刺激(もの)に耐えてると、フッといきなり吹き出す人が、可笑しそうにふるわせた。


「クッ、クッ、緊張しすぎだ。香も焚いたし、優しくできる」

「で、でも…!」


 鎮静してない。鎮静効果のある香なのに。相変わらず私の心は混乱と羞恥のままだ。

 そんなこちらにクライスさんは「ベル」と優しく呼び掛けて、大丈夫だ、と耳元に落とし。


「そうだな…どう説明したものか…」


 言って、やや間を置いて、思い立ったという風のクライスさんは位置を変え、急に私を自分の体の上の方に抱き上げた。不意に横たわった勇者な人に乗り上げるような配置になって、頭が益々混乱したのは、秘めてないけど秘めておく。

 男の人の硬い胸元に顔を埋めるようにして、よしよしと背中を撫でられ「なんっ、これっ…!!なんだこれ!!?」と。心の中で叫ぶに留めた空気が読める私の事を、誰か褒めてくれないだろうか。

 でも、その、嫌ではない、と。小さな甘えの表現として、少しだけ自由な指先で彼の衣類を握るのは……好きな人だから嫌じゃないけど、きっと誰もが、たとえ二度目でも、恥ずかしいものは恥ずかしいのよ!な、無言の訴え“込み”でもあって。

 対して、空気を反転、語るクライスさんの真面目な声が、ここでもやや沈黙を置いて零されていく様相を、私はひたすらに照れながら、黙って聞いていくのであった。


「……この体が、只の人から、勇者に転化していった時…様々な感覚が、度を超えて鋭くなった。今はそうしたものも便利だと思えるほどには、使いこなせるようになったから…その辺りの“勇者らしさ”は気にならなくなったと思う。ただ…この先もあるだろうから、先に話しておきたいんだが」


 ふと、なぜここで間を取った?と。

 確かに少し早めのような、クライスさんの鼓動を聞いて。


「自分よりレベルの高い相手と対峙した時、なんだろう。どうやら勇者職にある者は、体中の血が滾る」

「……え?」

「たとえ自分より強くても、勝てる、と思えるような、不思議な高揚感なんだ。今までは相手の強さを測るのに、単純に便利だ、と。そう思っていただけだったが……トゥルリス・ポーダでそうなってから、ここ数年起きていた自分の体の不可解な謎が、一気に解けたんだ」


 あの時の敵、塔の怒りは、レベルが120もあった。圧倒的な強敵だった。何が起きたか分からなかったが、多分、俺たちはあの場所で、あの相手に一度負け、全滅したのだと思う。

 クライスさんは静かに続け。

 え…全滅…??(・・;) と動いた体は、相変わらず宥めるように、するりと腰を撫でた右手に「まぁ、先を聞け」と諭されて。


「幸運にもあの戦いに全員の力で勝利して、ギルドに寄って、時間を置いても…今までも似たような事がなかった訳では無いんだが、その時ばかりは気の昂りが、治(おさま)る気配を見せなかった。少しでも頭を冷やそうと思い、街を出たまでは良かったんだが……その、あの時は怖かっただろう?……本当にすまなかった」

「い、いえ。私も、ちょっとびっくりで…なんだか、割と失礼を…」

「いや。あれは俺が悪い。ベルの信用に罅を入れずに済んで、本当に良かったと思う。それこそ思わぬ幸運、だな。ふと、フェツルム坑道の近くで触れた線香が頭を過り、冷静さを取り戻してから、色々と理解した」


 あれほどのレベルの開きは、それだけの欲を生む。

 不意に零された言葉を咀嚼で、私は「ん?」と止まったが。


「あの線香の隠れた効果、副作用とも言うべきものが、実はかなり重要なんだが…彼からは確か、その辺の事は、ベルは聞いていないだろう?」

「…?はい、そうですね。鎮静効果があるとしか…。副作用なんて…なんか、怖い話ですねぇ…」

「状況によってはそうでもない。重要な作用だと思う。何故ならそれは、性欲減退作用だったからなんだ」

「……え??…せいよく?減退?って、どういう効果です??」

「強い敵を相手にした時、血が滾る勇者の体は、レベル差に比例して———つまり、性欲が増す、らしい」

「ひゃっ!?」


 急に内腿を撫で上げられて、クツクツとするクライスさんは、シリアスだろうと思った話を一転、私を再び敷いた。


「だから安心して欲しい。俺はちゃんと線香を焚いた。さっきの花蜘蛛のレベルは確か100は越していたんだが、どうやって抱こうかと悶々としていた体が、軽くなったし、余裕ができた」


 だから、優しく抱けると思う———。

 何故だか凶悪な色香というのが、全面から吹き出して。


——んっ?あれっ?何か、勘違い??あれ?あれっ??


 食い違って———!?






 その後の展開は、皆様がご想像する通り。

 クライスさんの腕枕にて目が覚めた的な甘い朝。

 もう片方の腕に抱かれて、背中が暖かかった、とか。

 完全に明るい部屋で不埒な指に翻弄されて、相手が美形であるがゆえ、背徳感がすごかった…とか。


 ……でも、まぁ、確かに、アレは、優しかった、かもしれない。


 と。

 思う私もこれでいて…旦那さま大スキー、な新妻思考回路であった。

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