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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
25 境界の森 2
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25−3



「始めは、コーラステニアだったな」

「えっ…気づいてたんですか?」

「それまでも何人か、似たような娘が居たんだ」


 と。

 だから、素知らぬフリをして振り切ってしまえばいいと、当時の自分は単純にそう思って行動に出た。


「二、三ヶ月を過ぎる頃には、皆、諦めて居なくなる。半年が過ぎて、一年が過ぎて、それでも付いてくるベルの姿に、正直、あの頃は驚いていた。一年半を迎える頃には、今度は逆に歩調も合うようになっていたから、うっかりとフィールドに置き去りにする事もできなくなった。ベリルがパーティに加わってからは…その、尚更な」


 ……えぇ、はい。しっかりと身に覚えがありますよ。

 でも…はぁ、なるほど、ですね。やっぱり、気にしてくれていたのね。あれはシュシュちゃんの為でもあって、私の為でもあったのか…と。浮かれてみてもいいものか。それともまだその時点では“勇者と只の町娘”かと。

 そう思って沈黙をする私の姿を保留して、クライスさんは何気なく、ふ、と息を吐き出した。


「失意の森で…」


 一拍を置き。


「キスをして、関係ができた」

「へっ!?」

「あ、いや…その、つまり。特に深い意味は、ない…」


 互いに話し合う機会が増えた、そういう関係だ。と、彼は少し慌てて募り。


「それまでは、もしこれから話す機会があったなら、あんな不毛な時間はやめて…それこそ、ベルの知力の高さを知ってからは尚更、な。こんな俺でもその能力は貴重なものだと理解ができる。だから…そう…学術院に、クレアレーテに行けばいい、と。ずっと思っていたんだ」


 と。


「こんなうだつの上がらない、仕様のない男になんか…ベルは心底勿体無いと、本気で思っていた。これが例えば初恋ならば、いつかは覚めるだろうと。だから目が覚めるまで、待てばいいのかと…。歳の開きもあったから、これも尚更だ。もし戯れに手をつけようものなら、ベリルの時に感じたように、まるで自分が犯罪者として、後ろ指をさされるように思えてしまっていた事もある」


 あ…勇者様、ご存知でしたか……(゜ー゜;

 一瞬、心から不憫に思い。


「なのに。不意に時の神殿で、惜しい、と思ってしまった。この世からベルが居なくなるくらいなら、何をおいても捕らえてしまえば良かったのに、と。何故捕まえておかなかったのか…荒れ狂う気と後悔で、どうにかなってしまいそうだった。俺は、クラーウァのあの丘で、ベルに四つ葉を貰った時に、もっと深く理解するべきだった」


 この娘なら愛せると…愛せるかもしれないなどと、思っている場合じゃなかった———。


 クライスさんは当時の事を物憂げそうに絞り出し、一度、ふと視線を合わせ、その場に暫し立ち止まる。そして色のない双眸は、まるで、「やっと捕まえられた…」と。そして、いかにも切ない顔をそっと私に埋めてきて、次には全身を掻き抱くようにギュウと強く締めてくる。


——そっ、そこまでの価値とかは、きっと自分にはありませぬ…っ!!てか、む、胸ですよ!?胸に、顔が、ぎゅうってなってる!!恥ずかしいですっ…!恥ずかしいけど…っ!受け入れてなんぼだろう!?女って奴は!!です!


 シリアスなクライスさんには、ホント、申し訳なかったけれど。

 私はかなり内心で「ぎゃーっ!!(*ノ△ノ)」となりながら、胸の谷間を攻めてくるイケメンさんの頭を抱いた。


——だっ、大丈夫!クライスさんなら、何をされても耐えられますから!!でも、もう、そんなクライスさんは、黙ったらいいですよ!捕らえてしまえば良かったとか、一体全体なんですか!?もう恥ずかしい独白禁止っ!!だから、そこまでの価値はないですっ!!


 さながら心はそんな風だが、あ、そういや……あ、愛とか…愛せるかもとか、言ってたような…?じじじじ、時間差!時間差攻撃!!ギャーー!!やっぱり恥ずかしいぃぃい!!!と。

 見た目、平静。

 中身、暴走。

 これ以上ないだろうという程、私のギャップが深刻化。

 それでも当のクライスさんは、堰を切るように語り続けて。


「リセルティアに置いてなど、行かなければ良かった、と。たったあれだけのくだらぬ用事、何故切り捨ててこれなかったのか」


 あの日は雨で、こんな天気なら、ベルは早めに宿に下がった。もしかしたら風邪をひいてしまって、何日も出られない状態なんじゃないかと、ずっと馬鹿みたいに考えていた。一週経って、ようやく俺はベルの気配が無いことに気付き、まさか事件に巻き込まれた…?と、今思えば、無駄な聞き込みをして貴重な時間を潰してしまった。ギルド長に掛け合って、大陸中を探ってもらい…更に一週近く待っても何一つ音沙汰がない事に、どこか自分の知らない場所で、瀕死になっているんじゃないかと……。


「ここまで視野が狭くなるものかと、思い知ったのは二週後だ。よくよく思えば同じ顔ぶれが何日も広場に留まっていた。もっと早く彼等に声をかけるべきだったんだ。更に言うと、確かにあの日、リセルティアの手前の街で、濃密な魔圧を感じていた筈だった。何故そことベルの失踪を繋ぎ合わせられなかったのか」


 広場で残存魔力濃度を測定していたという、研究者の男が言った。あの日、ここで何かが起きた。多量の魔力を消費する、何か、強大な魔法の行使が。なのに、手がかりが掴めない。これではまるで“挑戦”だ。あの日、ここで何かが起きた、それを誰かに知らしめる為の、布石だったんじゃないのか、と。


「言われて、不意にベルが浮かんだ。考えたくもなかったが、それが“答え”だったのか、と。だが、時間はあったんだ。ちゃんと間に合う筈だった。だからベルなら絶対に、待っていてくれた筈だろう、と」


 でも、もし、違ったら……?途中で気が変わったのならば…?

 そんなものを信じるような性格じゃないと分かっていながら、段々と嫌なものが首を持ち上げだした。

 今までもありもしない噂を流されたことがある。だが、グランスルスを出た直後から、確かに余計な、妙な噂が、多すぎたのも事実であった。


 “東の勇者が幼馴染とついに婚約したらしい”

 “二人とも、恋の長患いだったっていうじゃない?”

 “お互い好きだと想いながらも、すれ違っていたんですって”

 “何でも、お相手の女性というのが、グランスルスいちの美女だって言うじゃない”

 “いいわねぇ…とってもロマンチック”

 “東の勇者様って貴族の出なんでしょう?誰もが、きっとお相手も貴族の女性よね、って”

 “ねぇ、二人の絵姿が出ているのご存知でして?とってもお似合いでしたわ”

 “東の勇者っていやぁ、あれだろう?一介の冒険者が、追っかけ(ストーカー)してたってやつ”

 “あぁ、そういやそんな子いたなぁ”

 “べ…ベル……” “確か、ベルリナ、だ” “あぁ、うん。それそれ、そんな名前の”

 “気持ち悪りぃストーカー女より、断然、貴族の女だな。まぁ、結局、東の勇者は「まとも」だって事だったのか”

 “ねぇねぇ、勇者様の結婚式は、いつあるの?わたし、お嫁さんになる人見てみたい!お母さん、連れてって〜”


 全く根も葉もない話だが、不意に、まさか、と殴られた気分になった。

 俺は自惚れていたんじゃないか、と。冷水を浴びた気分にもなった。

 根も葉もない噂でも、これだけの人間が、さも真実であるかのように作り話を運んだら。もしかしたら気のいいベルは、それが俺の答えだと思い、遠慮して居なくなるんじゃないか…?と。一度考え始めたら、次々と苦いものが込み上げた。

 まだ、事件かもしれない線も、事故かもしれない線もある。

 だが、頭を過って行った、そのどちらでもないのなら…?


「人が消える魔法など、この世に存在するのか、と。聞いたらその青年は、“転移魔法”ならばある、という。場所を転じる、移動する、今は使える者は居ないが、大昔には使われていた記録があるそうだ。もしそれが本当ならば、強大な魔法の痕跡が残らないのが納得できる。大陸各所に届いた魔圧も、同じ理由で説明できる」


 尚もその青年は、突飛な事を口走る。

 高レベルダンジョンには“レアアイテム”が落ちているのだろう。それが転移アイテムだった可能性は無いのか、と。

 失意の森、竜の山、聖獣の森、機械塔、光の神殿、アデリア湿原、フリューゲル都市遺跡。攻略した事の無いエイシャの丘やカーン砂漠、最近そこへ加わったポーダの斜塔(トゥルリス・ポーダ)は未知数なれど、感覚的にそういった高レベルダンジョンが、転移魔法に連なるようなアイテムを秘めているというのは、経験上、やはりどうしても思えないものがある。


「転移魔法と高レベルダンジョンのレアアイテムとは、上手く説明できないが、根底の“性格”が違う。絶対に無いとは言えないが、アイテムとしての色が合わない。そう思ってようやく俺は、誰を頼ればいいのかを、本当の意味で理解した。【忘れられた街道】と【果ての島】、【トゥルリス・ポーダ】で見たはずだった。それは———遺物、というやつだ。ベルの、特異な幼馴染は……とんでもない男だったな」


 ふっ、と苦笑したかのようにクライスさんは顔を上げ。


「あ…もしかして、特殊スキルを…」

「あぁ、見せて貰った」


 と。


「二人の強い関係性が、異性の愛では無い情が。ようやく理解できた気がする」


 そうして話が落ち着いて、先を促され辺りを見遣れば、そこはもうあの石造りの見慣れた小さな家だった。


「……こんな所に隠れていたのか」


 クライスさんは小さく語り。


「はい。あの、べべべべ、別に、隠れていた訳ではないです…ヨ」


 多分、自分で思うけど、この言い方は若干嘘だ。少し…いや、かなり。そうした線は否めない。

 クライスさんもそれほど深く考えての発言じゃない。が、他の女性を選んだ人に、会いたくないと思って逃げた。その延長でこの行為を“隠れた”と言われたら、そうかもしれない指摘であった。しかし、これを認める為には、私の中の何かが足りない。だからそれを誤魔化すように、努めて明るい声を出す。


「あの、急いで片付けるので、ちょっと待って貰ってもいいですか?」

「いや、俺も手伝おう。思ったよりしっかりした家で安心した。周りもセーフティ・エリアのようだし…そう急いで帰らなくてもいい気がしてきたな」

「あ、じゃあ、今日はここに泊まって…先に、お茶でもいかがです?その、蒸し返すようで悪いのですが…本当に私が相手になっても大丈夫なのか…とか。例のお話、聞いておきたいです」


 再会後から砂を吐くような甘々なクライスさんだが。

 実家での婚約にまつわる一連の出来事を、つまらぬ用事云々と言ってしまったクライスさんだが…。

 例の、幼馴染らしい婚約者の人、どうなった?という。僅かとはいえない邪な念が、私の心にまだまだ燻っているのもまた、事実。

 更には、クライスさんはよくっても、お養母(かあ)様的な立場の人に、嫌われるところへは入りたくない…的な本音も、また事実であるからに。

 最悪、お養母(かあ)様な人から嫌われてしまっていても、その情報があるのとないのじゃ、最初で最後の顔合わせにも、挑む心に雲泥の差が……。


——や…せめて、一度だけでも、顔合わせは必須かな、とか。


 クライスさんは、妙なところで緊張をする変な私を、それとなく見上げて微笑。

 家のドアまで歩んで行くと、そっと私を降ろして語る。


「そう心配しなくていい。養母(はは)にも賛成して貰えた」


 と。

 

「ちゃんとその辺の説明もしよう」

 

 穏やかに言いながら、いつぞやのレディ・ファーストで私を中へ誘った。

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