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24−10



 おかえり、というノスタルジーで、相手に感謝を覚えたその日。


「ベル、戦利品だ」


 と、差し出されたお土産に。


「わ……すごい…!表面で星屑が瞬いてる…!!サイダーの気泡みたい!すごく綺麗ですっ」

「星鐘石(せいしょうせき)だ。これは星鐘(ほし・かね)と書く。この石の凄い所は…」


 表面をつま弾いて、キン…キン、カン、と。跳ねるような涼やかな音、鉄琴の旋律に。


「衝撃を与えると、美しい鐘の音を出す。そしてこれを……」


 空をひと撫で。

 光の粒子が舞う中に、一振りの杖を出し。


——あ…なんか、見ちゃいけないもの見てる気分です…(゜゜;)


 そんな私の心中などお構い無しに、曲線を描く先端部から燃えるオーラを放つ貴石を、カチャリとやってひと撫で、消失。そこへ只今紹介された星鐘石をはめ込んで、レックスさんはシャン、シャンと、2回その場で音を出す。

 それから調律するかのように節々を撫で魔力を織り込み、暫くその場で沈黙。

 うん、と納得したようで、持ってみてくれ、とこちらに差し出す。


「………あのー…これって……もしかしなくとも、アリアスさんの杖とか、だったり…」

「気にするな」


 ………。

 おいぃぃ!?気にする!!そこ、めっちゃ気にしますからっ!!!((|||▽||| ))


「ベルが持つなら、白亜の杖だな。うん、石との相性も良い」


 青緑、紫の靄が白い光を弾けさせ、桃色、橙、深紅に黄色、微量なそれらが瞬く石を頂く杖は、レックスさんの呟きにより、木製から改変されて。


「どっ、えっ、ど、どうしてっ!?」


 訳も分からず握らされたまま、ひとりオロオロする私とかを、面白そうに彼はクツクツ。

 手を、と言われて差し出したのは、もちろん利き手の右の方。レックスさんは取った手をくるりと上向けて、何かを操作するように手のひらに陣を描く。消えろと念じてみるんだ、と、言われるままにそう思うなら、左腕で抱き込んだ白き幹の杖は消失。出ろと念じてみるんだと、続けて言われて思ってみれば、スッと現れた白亜の杖が意図せず右手に握られる。

 なにこの、まるで賢者仕様……。と、遠い目をしていれば。


「俺からの餞別だ。基本的な性能として“願い”と“祈り”を聞く杖だ。使いようによっては、トゥルリス・ポーダのイーラが放った攻撃を防ぐ程の盾。一国に降り注ぐ程の広範囲回復魔法の発動。まぁ、この時代なら使い道はないだろうが。だから手軽な所として簡単な精霊魔法を使えるようにしておいた。あとは音を留める魔法、意外と便利だぞ?」


 ふと意識した白亜の杖に、ぼんやり頭に染み入る文字は【祈りの杖】と刻まれており。初体験だが、これが世に言うアイテムの説明文か。【アリアスの杖を元にして造られた賢杖……】云々。うん、取り敢えずそう気安く他者に貸したりできないな、と。使用制限が私のみとか書かれているけど…貸せないな、と。

 そもそも、レックスさんが言う“使いようによっては”という。なんだそれ。使いよう?な、ひたすら首を傾げる事象。

 それに、一国に降り注ぐ程の広範囲回復魔法の発動?……本当に、なんなんだ、それ。と、表情筋が強ばる感覚。

 大体、一番妙な所が、魔王さまが“精霊魔法を使えるようにしておいた”であり。魔王(あなた)と精霊王(かれ)は通じているのか?いいのか?そんな、ある意味、領土侵犯みたいな細工……と。

 一方、音を留める魔法とやらは、要はボイスレコーダー?…それなら有り難く貰っときます。いろいろ活用できそうです、だ。

 そういう訳で、総まとめして。

 実は職業が転化したけど、相変わらず涙が出そうな低ステータスは黙っておきます。こんな身の丈に合わないような荘厳な杖まで貰い、私の心は申し訳なさでいっぱいな気まずさです…。


——いや、まて。そうか。これが世に言うアイテム・チート。


 思考が妙に逸れつつも。


「えぇと…あのー……ドウモアリガトウゴザイマス」


 若干、目の下にクマっぽいのが出たような、変な視線。

 そんな風になったにも関わらずである、関わらず。

 ここで彼はまさかのKY発動。心から満足そうに、あぁ、と頷き微笑する。


 それから我々は、何事もなかったように、どちらからともなく夕食を準備して。


 まるで嵐の前の静けさ。

 何事も無く三日が過ぎる。


 その間、他愛なく零される彼の記憶の昔話は、どれも歴史を左右するには難しいストーリー。俺くらい永く生きると、面白い奴に沢山出会う。そう言って笑う姿は「イケメン」よりも「愛嬌の人」だ。恐怖の魔王の時もあろうが、基本的に切り替えが早く、アリアスさんや今生のように穏やかな性格の時もある。そんな折り、強烈な個性に出会うのが彼の楽しみの一つだそうだ。他者への認識の限界を突破する。カッコよろしく零されたセリフに思わず吹いてしまった話も、過ぎては良い思い出である。

 対して、止めておけばよかったな、と後悔してるのは…好きになった女性(ひと)くらい、居たでしょう?なんていう。いま考えれば限りなく低俗な話題だったな、な。胸に詰まる苦い苦〜い思い出である。私が投げた「好きなひとくらい」を受け、そう簡単に逢えないだろうと切なく語った彼は、ともすれば誤解しそうなほどの甘い視線を寄越してきたので…。ご、ご冗談を〜〜とオバサンぽく突っ込んだ後、まぁ、そうだな…半分、だな、と。おぉい、まさか此処へきて、私への好意度50点的な半分かよ、と。シーン…としてしまったのは追加の苦い思い出である。……別に、そういう関係になりたいとかは無いのだが、結構、仲良しになれたと思っていましたよ…と。今思えば半分までも好感度が上がってて、良かったな〜と思うべき事だったな…と後悔している。


 けれど、時間を惜しむよう、私の前の世界の事を興味深そうに問うてくる優しい魔王な人は。

 ついに、三日目の朝を迎えて、聞くべきか聞かないべきかこちらが迷っていた事を…知力の数値換算のちょっとしたカラクリを、何と言う事もなく説明してくれた。それから、魔王(自分)のことと、勇者のことも……。

 そして静かな昼を迎えて、最も簡易な食事を取ると。食後のお茶を入れようとしたこちらの動きを制し、一段と眩しい視線で私をドアに誘(いざな)った。

 お互いが向かい合うなか。


「ベル、そろそろ行こうと思う」


 見慣れてしまった慈愛の瞳で、何気なく零した彼は。


「どうやら迎えが来たようだ」


 と、あの日から私が恐れた事を、事も無げに呟いて。

 瞬間、サアッと顔色が反転したのを、目敏く見つけてくれたのだろう。


「まぁ、勇気がいるよな」


 と。

 ポンと軽く頭に乗せる。


「言いそびれていたんだが、あの時…ベルと連れ立って、リセルティアから飛んだ時、割と近くにあいつの気配を感じた。あの場所からなら一時間は掛からなかっただろうな」


 と。


「……え?」


 と零れた驚愕に、悪戯な笑みを浮かべて。


「完全なおせっかいだが、少し離れて過ごす時間が必要だと思えてな」

「…っ」

「あれからひと月近く経っても、相変わらず、ベルはあいつのことが好きなんだろう?」


 苦笑しながら言われた声に、私の中の答えは、イエス。

 戻ると言って戻らなかったクライスさんの姿を想い、悲しくて情けなくて、あるいは目にものを一発…と。複雑な乙女心がドロドロごちゃごちゃしていたが、明け方近くに落ち着いて心に残った上澄みは、“それでも好き”なんていう実に乙女じみたものだった。

 けれどまぁ、いいかと思う。本人じゃないし、吐露しても。


「……そうですよ。一生懸命忘れようとしたんですけど、結局全部無駄だったみたいなんですよね。馬鹿みたいでしょう?他の、女の人のものになるのに…まだこんなに好きだとか。ほんとに馬鹿みたい。好きで、好きで、大好きで…昨日も今日も、明日だって…私は結局、死ぬまでクライスさんが好きなんですよ。…好きすぎて……好きすぎて、自分が情けなくなるくらい…っ」


 あぁ、だからな、と注釈を入れようとしたその人を制し。


「なのにっ…!人がこんなに落ち込んでるのに!無駄に涙とか出てるのに!!一体今更何ですか!?その、とっても大事な話!!」


 あぁ、だからな、とテイク・ツーに挑んだ人に。


「まっ、間に合う計算だったんですか?…もしかして」


 と。


——うんうん、と、微笑する目の前の男に目にもの一発……。


 ほんの一瞬、物騒な考えが浮かんだが。

 とん、と一歩前に出て、間合いをつめたその人が、ちゅ、と音がしそうな動きで額にキスを落として苦笑。






   『ベル、また逢おう———』






 硬直する私を置いて、ドアノブを捻った人が光の中へ。

 眩しくて、訳も分からず立ち尽くすこの瞳(め)の中に、スウッと姿が消え行く様を刻ませながら。


 “俺からの祝福だ。【境界の森(リメス・フルール)】の転移門を、使えるようにしておいた———”

 “早めに迎えにいってやれ”


 と、響いたどこか楽しげな声音。

 はっとする感覚の中に、懐かしい人の気配が。


「ま、待って、クライスさん…っ!!」


 ここはレベル100越えダンジョン。


——急がないと!!死んじゃうよ!!?


 笑い事じゃなく死んでしまう…!!と、今方、魔王なお人が消えたドアを踏み越え。

 頼むから、そう簡単に入ってきてくれるな、と。


 ザッと草むらを掻き分ける私の後方で、常春の景色を醸す、花畑から蝶蝶が飛んだ。

 駆け抜ける風を受け、木立の上の花が散る。

 とてもレベル百数十とは思えないテントウ虫や、メジロのような可愛い鳥が、森の中を疾走していく私を不思議と眺めて過ごす。どうしても通過しなければいけないらしい沼地では、群生している巨大な蓮の葉を飛ばせて頂いた。蓮に混ざって蓮に似たモンスターの姿を捉えたが、どうやら彼女は少し前、別の得物を捕らえたらしい。消化を始めたばかりのようで、私の事はスルーであった。


——神様、私に凄いスキルを授けてくれてありがとう。


 会った事はないけれど、心の中で呟いた。

 きっと、死なれたら困るんだよ———と。理由は黙秘してるけど、僕にはそう思えるな。そんな、他愛無い幼き日々の、幼なじみの言葉を想う。

 イシュ、貴方も私も、随分大きくなったわね。自分にしか使い道が無いと思ったこのスキル、誰かのために使える時が来るとは思わなかったわよ、と。


 だから、どうか、間に合って。

 クライスさん、まだ、そこに居て———。


 お願い、お願い、保つんだ心臓。

 転んでる場合じゃない。

 私は生きてみたいんだ。今度こそ、彼と一緒に。人並みに数十年…中年太りも見たいんだ、と。


 春の景色の鬱蒼とした木立の合間を走り抜け。

 あぁ、そういや、初めて彼と言葉を交わしたあの時も、森の中、だったな、と。


 朧に脳裏に浮かんだ景色と似た何かが重なって。

 ドォン!!という爆発音、のち、少し開けた空間に。




「クライスさんっ!!」




 と、響いた声の、何と頼りない音か。

 毛深い巨大な蜘蛛の合間にその人が視線をチラリ。

 戦意を新たにしたらしい、彼はすかさず地面を蹴った。

 気のせいでないのなら、頬の線から血の痕が。

 倒すことを意図した攻撃(もの)より、足の合間を縫う事を優先したかのような、鮮やかな身のこなし。


——こっちです!早く、こっちに!!


 言う間も惜しく、私も勇んでそちらに駆けて。


「ベルッ!!」


 という、切ない声に。


「はいっ」


 と重なる痛切な音。


 良かった…!間に合った…!ちゃんと生きてる、クライスさん!!と。

 まるでファンタジー小説の、ヒーローとヒロインが抱き合うシーン。

 ぎゅっと回された腕を感じて。

 ぎゅっと左手を彼の背中に。


——【祈りの杖】!!


 どうかこの人を守って下さい、と。

 瞬間、頭を駆け巡る、何語かの記号の羅列。自分の口から漏れたのに、自分の言葉じゃない、何か。


『スクートゥム・デ・ミリア・フォーテュム』


 別の意識で意訳をすれば、ざっと“万願の盾”という。


 ……あれ?これって、魔法ってやつ…?


 そんな冷静な自分を抱く、その人の後方で。

 ドドォオオォオン!!と鳴り響く、激しい何かの爆発音。




「どこかに星が落ちればいいのに。また流れ星みたいなぁ」


 少し前に零された、あの浮き島の少女の声と———。




 あぁ、なんだか、懐かしい。

 あの時もいつかの森で。こうしてこの人に抱きついて。天上より振り注ぐ、たくさんの星を見た。

 あの時と少し違うのは、抱き返して貰っていること。

 そして私の職業が、少しランクアップしたこと。

 相変わらずしょっぱいような低ステータスなのだけど…。


 でも。

 あぁ、幸せだ。

 今ならこの人と対等に……対等になれた気が、して———。


 私が魔法を使えてる、とか。おかしいでしょう?クライスさん。

 到底敵わぬ魔物相手に、空から落ちた隕石多数。爆風荒ぶこの場所に、二人を守る防御魔法。


「ベル、逢いたかった…」


 と響く、久方ぶりの深良い音に。

 わ、私も、こんな場面なら、言ってもいいのかな…?と。




「……あのっ…私も。私もすごく、会いたかったです、クライスさん…っ」






 そうして、離れておよそひと月。

 私と勇者なクライスさんは、花々が咲き乱れる【境界の森】の入り口で。

 暫し、誰にも見咎められずに逢瀬と熱い抱擁を。

 互いの気持ちが満たされるまで、交わし合ったのであった———。

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