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24−9



「忙しいだろうに、邪魔して悪い」

「いいえ。ところで、ご用件は?」


 あぁ、と目の前の男は頷き、一瞬、入り口の言葉を探す。

 そんな様子を探りつつ、僕は腐っても商人だ、如何なる状況だろうと絶対に利益を出すぞ、と。我が身可愛さとベルには言ったが、今後の事を考えるのなら、ここでどれだけ恩を売れるか。どこまで相手を揺さぶれるだろう…?そんな不純な思いもある。

 張り付けるのは営業スマイル。言葉で相手に尽くさなくても、相応の好感を持ってもらえる大事な武器だ。


——さぁ、どう出る?


 僅か数秒、考えただろう男はしかし。


「単刀直入で悪いんだが、ベルの居場所を知りたい」


 こちらが何事かを返そうとした機微を感じて、勇者は眼光鋭く発言を制すると。


「出来れば、誠実に答えて欲しい。君なら知っているだろう?」


 と。

 おぉ、真っすぐ切り込んできた。そしてこの人は釘を刺さねば僕が誤摩化すと思ってる。

 内心で賞賛しながら、にやけそうになる顔を悟られないよう、そのままに。


「どうしてそう思うんです」


 静かに、固く問いで返して。

 そんなこちらに男は少し、詰めていたらしい息を吐く。


「やっぱり知っていたんだな」


 だから、どうしてそう思うのか。そんな言葉を心に宿し、ひょい、と片眉を上げてみせれば。 


「なら、事故でもなかったんだな」


 と、男はそっと瞑目をした。


「……此処に来るまで考えた。ラーグネシアであれだけベルは周りの者に愛されていた。あれがもし事件か事故なら、それだけの人間が大人しくしている訳がない、という事だ。うぬぼれる訳ではないが、もしこれが事件なら、戦力は多い方が良い、俺にも声が掛かっていい筈だろう?……そうでなければ、事故になろうが」


 君は問いかけもしなかった。

 ベルの居場所を知りたい、と言ったこちらの言葉に対し。

 何故ベルの居場所が分からないのか、ベルがどうしたのか、と。

 真剣に語る勇者を前に、僕は柔和な顔をして。


「ルーセイル家の人々に、諸事情は伺っていますから」


 我ながら意地が悪い、と思いつつ。

 けれど男は強い態度で「その割に随分、落ち着いてるな」と。


——まぁ。うん。慌てる必要ないからだけど。


 そんな事を言ったら完璧にバレるしね。

 ……半ばバレちゃったようなものだけど。


——さぁ、悪あがきをしようじゃないか。


 僕はベルがいう所の食えない顔というやつをして「彼女の捜索は部下に任せていますので。僕は部下達の仕事を信じてますからね」と。


「あれだけベルに手を貸していて、直接会いにも来たくせに、まさかここで大事な仕事を部下に丸投げするのか?君は」


 ………うん。ちょっと、侮っていた。この人、意外と話ができる。

 そして脳筋勇者なだけに、力でゴリゴリ押して来る、と。浮かべた僕の表の笑みは、苦笑というやつである。


——最初の態度が失敗だった、もっと暗い表情でいくべきだったかな。


 仕方ない、ベル的に言うとフェーズ・ツーって段階だ。

 僕は柔和な顔を取り消し、少し視線を彼から外す。

 そして考えるふりをして、なるべく冷たく問い掛けた。


「わかりました。仮に僕がベルの居場所を知っているとして」

「仮に、じゃない。知ってるだろう?」

「……そうですか。ではその前提で。僕がベルの居場所を知っているとして、貴方はそれを聞き、どうするんです?」


 埒の明かない解答ならば、即刻部屋から追い出すぞ。

 商会内の人間ならば誰もが知っているだろう、会長の不機嫌オーラを背後に滲ませ問いをかければ。

 じり、と音がしそうな間合いで「迎えにいく」と男は語る。


「迎えに、とは?具体的に」

「……正式な求婚をする」

「そう…求婚ですか……。果たしてベルが、今更それを受けるとでも?」


 あのうっかり屋。実は僕は本人から、その辺の事は聞いてない。だが、おそらく当日中に伝聞の神が舞い降りて、興奮気味に耳元で囁いていったのだ。“ついにベルちゃんが東の勇者に告白したわよ”と。一拍後、天上で大歓声が起きたので、どうやら彼女は神々に叫ぶより一足先に、僕に囁いていってくれたらしい。

 神々をも巻き込んだ騒動、かーらーの、魔王との駆け落ち疑惑。

 本当に、あのうっかり屋め…時の神の呟きがなければ、暫く天上(うえ)は…いや、今でも消沈していただろう。全く…この世の神々は、時に人より人らしい。

 そんな僕の内心を知ってかしらでかで、目の前の勇者は嘆息。そこまで聞いていたのか、と、恨みがましく視線を上げる。


「ベルの気が変わってしまったのなら仕方ない。だが、こちらの腹は決まった。受けてもらえるまで、何度だって通い詰めるつもりだ。……そのために実家(いえ)の問題を片付けてきたというのに、あれは少し酷いだろう?確かにあの街に戻るのが期日ぎりぎりになってしまったこちらにも非はあるが、まさか約束の1時間も前に居なくなるとは思わなかった。ベルの性格からすると、事件か事故しかないと思って…この三週間、全く生きた心地がしなかった」


 俺が好いた女性は、随分潔い女性だな。それから少し、気が早い。

 フッと男は苦笑。


「約束の時間まで1時間もあったと詰め寄れば、付け入る隙くらい、充分にあるだろう?」


 だからさっさと居場所を吐け、と威圧たっぷり語る姿に。

 よかった、鉄仮面(ポーカーフェイス)スキルを体得しといて。


——ていうか、たまにこの世界のスキルって、文字的に何かがおかしいよな…?


 と。

 一般人の商人相手に容赦なく“威圧”を掛けてきたらしい、高レベル勇者、怖ぇえな…!!と、思う傍ら思考を逸らし。

 気取られぬよう気合いを入れて、目の前の男に視線を重ね。

 あのぼんやり屋のうっかり屋、どこに自分から交わした筈の約束の期日と時間を、忘れる奴がいるんだよ!!…と。ベルが魔王の手を取った、その情報が齎された時、きっと息を飲んだのだろう天上の神々に。ポツリと時の支配者が“でも、あの日彼女が告白して定めた時間は、もう一時間、後なんだけど…”と。空気を読んだか読まぬかで零された静かな声に、ここでも一拍後、主に女神の大歓声が。

 そんな煩いあの日の事を遠巻きに思い出し、あぁ、もう、いいかな、と。そろそろ僕も諦めモードだ。


「……なるほど。貴方を見直しました。そうですか。時間がズレていた事に、既に気付いていましたか。それに、そこまでおっしゃって頂けるなら———ひと先ず、合格、ですね」


 “教皇の宣言より早かったのは重畳でした”。

 僕は限りなく不遜な態度で、東の勇者に言い放つ。


「神国の教皇に神託を下すのは、もう少し待って貰いましょう」

「……神国?それはどういう?」

「お察し下さい、世界の慶事です。このまま神託が下り、宣言されてしまえば、たちまち彼女の周りは煩わしい事になる。貴方も、そして彼女の方も、そんなものを望みはしないでしょうから」


 果たして勇者は“世界の慶事”で、ベルの身に起こった事を正しく悟ってくれたらしい。

 神国の教皇へ下りるだろう神託も、それからベルの身に降り掛かるだろう様々な面倒事も、ある程度察した空気の後に。ふと、何故お前がそれを知るのか?———そんな不躾な視線を向けて。


「……そもそも、ベルからの連絡があった線、ルーセイルに聞いていた話も納得できない訳じゃない。あの兄弟の事だ、ベルの姿が消えたと何処かから連絡を受けたなら、すぐさま捜索を開始するだろう。今も血眼でベルの行方を追っているんじゃないかと思う。それをベルが望まぬ場合、君はきっと何らかの手で目くらましをして、彼女の事を隠してやるんだろう。それが部下を使ってのあの話だな」


「だが、本当にベルが行方不明なら、その落ち着きようは俺には理解できないものだ。短期間とはいえ昼夜を共にした仲でもある。そして、あの時は思い違いかと感じていたが、幾度もこちらにアピールをして制止をかけていただろう?その割に、ベルにあれほどの自由を与えていたんだ。人間性を全て知った訳でないが、言動の端々に感じる性格(もの)と、もしもベルに対する想いがそうであった場合の剥離…俺の目には何かがかけ離れて見えていた。……そうか、全ては、確かめるためだったんだな」


「……酷く、違和感があったんだ。“忘れられた街道”と“果ての島”で感じた違和感(もの)は、単にベルの特殊スキルを知っての事と思っていたが。そうすると、トゥルリス・ポーダの戦いぶりも、ある程度は納得できる。———今居るのだろう場所、あの時何が起きたのか、知力のラインを踏んだ事、確かに本人との連絡が取れれば得られるだろう情報だ。俺とベルの間で取り交わされた約束も。あの日、実は時間に余裕があった事、それも派遣した部下とやらが掴んで来るのに、充足たり得た話だろう」


「だが、知力のラインを満たした事でベルが“賢者”として立つ事を、教皇が宣言するだろう事。その流れは難しい先見(さきみ)ではないのだろうが、あの口ぶりでは確信が現れ過ぎた。そして聞かせるために零しただろう?“待って貰う”の言葉の先は、他ならぬ彼らなのだろう」


 なるほど、それならその“落ち着き”も充分に納得できる。

 その祝福を受けた者なら、この先何が起きるとしても、落ち着いて受け入れられるのだろうな———と。


 僕は不意に口を閉ざした男の青灰に縫い止められて。




「お前は、オラクル持ちだな」




 静かに、強く、言い放たれた、瞬間。


——何コレ怖い……っ!!!(|||_|||)


 と凍ったが。

 フェ…フェ、フェ、フェーズ・スリーだ…!

 ポーカーフェイスをフル活用で、ここに無かったシナリオを急修正しまくった。


——僕は少しずつヒントを置いて、ここぞで暴露するタイプなのっ!!でもあと三つくらいは布石を置く筈だったんだよね…!?ていうか、そこまでフラグが必要無かったとしても、暴露するのはここじゃなかった!!!ここじゃなかった筈なんだよ!!?


 まさか先を越されるなんて、かなり“勇者”を侮っていた。

 が、表面上の不遜な態度は今も現状維持である。

 ……変な言葉になってしまったが、とにかく、現状維持である。


 ふ、と鼻先で笑う態度で、態とゆるりと瞬きを。

 維持した背筋を腹の底から支えるように落ち着けて、正面に迎え入れるは“業”を背負った1人の男。

 浮かべる微笑は上品に。それでいて見下す冷笑。全うする気はさらさらないが、僕は上に立つ者だから。

 そうして。


「如何にも」


 と言い、取り出(いだ)すのは、一枚のカード。商人としてのささやかなステータスが刻まれた、何よりも“自分”を記すステータス・カード、それである。

 僕はその面をゆっくりと勇者の方に提示して、持ち手の意志を通じて浮かぶ、特殊スキルの記載欄。


 【特殊スキル 神託拝聴(オラクル) Max】


 の一行を示し。




「よくぞお気づきになりました。僕は貴方のおっしゃる通り、オラクルという特殊スキル持ちの、しがない商人…ベルの幼なじみです」




 と。

 嫌味をたっぷり込めて言う。

 その時思い出したのは、美鈴を貰い受ける為、エルレイムという大司教に提示した情景だ。


 『現教皇が崩御なされて、国が立ち行かなくなった時、僕を迎えに来る権限を、貴方に与えましょう』


 あの時、あーあ、ついに言っちゃったんだなぁ…と、ほんの少しは後悔したが。

 この勇者にも宣言してみせたとて、僕は逃げ切ってみせるよ、と。


 不敵な笑みを何と取ったか。

 ただ、勇者は「そうか」とポツリ。


 ゆるりとカードを懐にしまい、貴方に2つ頼みがあります、殊勝な態度で僕は言う。


「幼い頃からの友として。彼女を必ず迎えに行って欲しい———、そして、幸せに暮らす事、です」


 なるべく悔いの残らぬように。

 それが彼女の為であり、きっと貴方の為である。そして神々の為でもあって…。

 思いを馳せる目前で、男は強く肯定し。

 なんとなく、ほっとしながら、一つ役目を終えたな、と。


「ベルは南の諸島の一つ。【境界の森】ダンジョンの、安全エリアに隠れています。……これは僕からの祝福の品、如何に貴方が“勇者”だろうと、荒海を越えていくのはリスクが高い。会った途端に死相が出ては、嗾けた方としても寝覚めが悪い」


 貴方が目指すのはステラティアのハーシェンです。


「ハーシェンの水没都市に【境界の森】の入り口に通じる“移動門(ゲート)”が立っています。先の時代でも守護魔法と芸術性から、破壊の危機を乗り越えました。この大陸に設置された門の中では最も機能が維持された、貴重なものと言えるでしょう。———水没都市には守護者が五体ありますが、貴方のレベルなら問題無い。門の破損を防ぐため、先に守護者を倒してから起動する事をお勧めします」


 起動の方法は、門下に刻まれた魔法陣に魔力を5000。貴方の容量(タンク)なら充分だと思われますが、急ぎたければ魔薬を持参した方がいいでしょう。起動後、門下から浮上した精密な魔力路に、この結晶を填めることです。後は行き先を指定する。……あちらからの祝福があれば、自ずと道は開くでしょう。


「このアイテムは彼方の時代、魔の王が取りこぼした貴重な部品です。大陸に2つと存在しないので、大切に扱って下さいね」

「あぁ。何から何まで、助かる」

「…いえ」


 ベルの居場所を知り得て、威圧のなりを潜めた彼に、貴方に感謝されるのはこそばゆい感覚だ、と。


「いつか、この礼は返そう」

「えぇ。そのための恩着せですから」


 卑屈っぽく、素っ気無く返したものの。


「……お前は悪人にはなれないな」


 と、勇者が微笑。

 一瞬、息が詰まったけれど、どうもありがとうございます、と。

 なんとなく悔しかったので、ここで商魂逞しく「求婚の品はお持ちですか?」とニッコリ笑って掛けてやり。数分後、これ、と言ってとある指輪を懐に入れ、ひらりと身を翻しドアから出て行く男の背中に。


——全く、なんて業を背負ったカップルだ……。


 と。

 呆れた気持ちになったのは。きっと、僕だけの後日談なのだろう、と。




——さて、残りの仕事を片付けなければならないな。


 明日も朝から来るのだろう、ルーセイル家の兄弟に。

 浮遊都市(エルファンディア)再建チームは、渡航の最後の調整中だ。

 育成中の大切な商品のいくつかは、流通のための越えるべき壁に当たっている最中。

 頓挫させては不味い商談も何件かあった筈。

 順調そうに見える部署でも油断をしてはならない。

 ……あぁ、本当に、この忙しさに思わず笑いが浮かぶ。


 その時、控えめにトントンと、ドアを打つ者の訪れを知って。


「どうぞ」


 開いてるよ、美鈴さん、と。

 お茶をお持ちしましたという、少し遅めの気遣いに。


「お客さんなら帰りましたよ」


 な、胡散臭い微笑を一つ。


「折角なので一緒に休憩しましょうか」


 と言い、暗に「座って」と指し示すこちらの方に。


「えっ!?い、いえ!大丈夫です!!私、疲れてませんからっ」


 なので休憩は会長だけで!

 全身で必至にアピールをして、カップを置いて去ろうという魂胆が丸見えの、小動物ぽい年上の女性をひとり。


「そうですか…疲れてなければ、この仕事お願いできますか?」


 と。ベル的にいう“黒い笑顔”で。


「販売前の最終チェックが残っているんです。明日の朝までに間に合わせたい所なのですが、この時間ですし、他に試着をしてくれそうな人が居なくて困ってました」


 足元の袋から取り出してみせるのは、非実用的と一目で分かる、薄手の女性下着(シュミーズ)数点。

 予想通りにアワアワしながら、それ着るの!?と顔色を変える面白い人材を弄るべく。


——他から掛かったストレスは、上手に発散しなければ。


 と。

 このお嬢さんを弄るのが最近の至福である———、久しぶりに気に入った“人材”と思う年上女性。そんな彼女を割と本気で好きなのだと悟るまで、僕にはもう少し、時間が必要なのだった。


 そんなささやかな余韻を残し……。

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