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24−8



『全く…僕がどれだけ頑張ってるか分かってる?最初からといえばそうだけど、ラーグネシアの一件からさらに監視の目が増えたのは、薄々感じていたでしょう?魔王の計らいで転移魔法を見られずには済んだようだけど…急にベルの行方が知れなくなったと、ルーセイル家では大混乱だよ』

「……えっと、あの。ごめんなさい…?」

『違う。そこは、ありがとう、でしょ?毎度、突撃してくる奴らを適当にあしらって家に返してるんだから。まぁ、ノクティアの部隊をベル捜索の目くらましとして上手く使っているけどね。で、いつまで居るつもり?』

「えぇーと……可能なら、死ぬまで、とか?」

『馬鹿言ってないで、気が済んだら戻ってくれる?』

「えぇぇ!?いや、だって、そのですね…。私、勇者様のラブラブっぷりとか…ですね。やっぱり、あまり見たくないかなー…聞きたくないかなー……って。それに、存外この生活に満足しちゃった的な部分も…」

『ふーん。まぁ、いいけどね。気持ちは分からなくもないけど、いつまでもそんな生温い生活、続くとは思わない事だね』

「えぇっ!?なんか、今日のイシュ、棘が刺さりまくりですけど…(:_;)」


 窓の外からは心地良い温かな風が迷い込み、揺れたカーテンの布越しに半月型の月が輝く。

 そんな夜、そろそろ食材が減ってきた…と、通信用の魔道具を取れば、それ越しに、イシュルカさんのなんともいえない冷たい声が。

 一通りの食材を購入し終えて切ろうとすれば、ナチュラルに今の流れに話を持って来られてグサリ。全く気付かなかったけど、どうやら最初から私にはルーセイル家の監視というのがさりげについていたようで、ラーグネシアの一件で、更にその目が厳しくなった…ようである。

 加えて、商人の情報網もかわれたニュアンスで、イシュルカさんの元には連日例の三兄弟が。ノクティアさんという人が指揮をとる例の部隊で、さも私の情報を集めている…と。目くらましをさせながら、そう思わせているようである。

 そうまでして探してくれてるルーセイル家の人達に、確かに、悪いなぁ…とは思うのだけど。暫く放っておいて欲しい気持ちというのが、私の心の大半を占めている。


——ほぼ4年越しの想いをどうにかするには、まだ暫くかかりそう。


 頼りなげな遠くの星を見上げながら思う夜に、私とイシュのそれぞれの沈黙の間が降りて。

 特に言いたい事もない私に対し、やはり口火を切ったのは、彼の方だったのだ。


『ねぇ、知力90、踏んだでしょ』


 あぁ、まぁ、そうだねぇ。

 いまいち知力の評価ラインが曖昧なんだけど、あれだけ魔王な人に過去話を聞いたなら、と。まぁ、そういう事なのだろうか?———思わないでもない訳だ。

 返事をするのが億劫で口を噤んだままのこちらに。


『数日中に、教皇に神託が下りるだろうね』


 彼は淡々と吐き捨てる。

 思わず「どういう事ですか?」と反射で聞いて。

 そういう事だよ、と。イシュは至極面倒そうに。


『ラーグネシアの話と同じ。賢者の発生を知らせる祝辞を出すのは、教皇の権威を示す格好の機会なんだよ』


 と。

 その昔、大賢者アリアスも神国から祝福を受けた。彼は上手く距離を取ったようだけど、神国は彼の成す事の、バックアップの主導権をいちいち握ろうとしたらしい。歴史の長い彼の国の事、過去の時代でもずっと似たような事をしてきたようである。

 そもそも暗黙の了解で、賢者は勇者と同じ地位。どの国も手を出してはならない、所有を示してはならないのだが。神といと近き国、故か。神託が下りる故、なのか。賢者や勇者を先んじて見つけた場合、祝福と称して御前に召喚し、生活のフォローや発言権の確立などの、諸々の後ろ盾として名乗りを上げるらしい。


『それで上手く回った時代も多々あったようだけど、ベルはきっとそういうのは苦手でしょ?』


 問われて、うーん…まぁ、ねぇ。得意ではない、かなぁ?と。


——………いやいやいやいや、何だこの流れ。


 私は単に傷心を静かに慰めたいだけなのだが、どうも雲行きが怪しい話で頭が混乱してきたぞ?と。

 ぼんやり霞がかった頭に、すうっと疑問が一つ浮かんで。


「あれ?でも、変じゃないですか?……何故同じスキルでしょうに、情報が前後するんです?」

『そりゃ、僕の方がより深く愛してもらっているからじゃない?———まぁ、冗談はさておいて、だよ。教皇に神託が下りれば、神国上層部が沸くね。数日中には福音を告げる合唱部隊が編成される。祝いの祭りは三日間、国民総出の季節外れの感謝祭って風になる。そして祭りの最後の日、フィナーレで教皇が国民に神託を下す』


 大陸の南に位置する諸島の一つ、【境界の森】ダンジョン内部で、実に喜ばしい事に、賢者が発生した、と。

 およそ千年ぶりの賢者の発生だ。この慶事は瞬く間に大陸中に運ばれる。


『神国はもちろんのこと、生まれたての賢者に会うため、多くの国がベルを迎えに荒海を渡るだろう。所有を主張できないにしろ、ファースト・コンタクトを果たした者が最も愛着を持たれるだろう事は明白、なのだから。あわよくば城下町に住んでもらえる可能性もある。だから他国に攫われないよう、どの国も手練を放つ。境界の森はこの時代、あまり知られていないけど…加えてどんなに高レベルでも、その安全エリアまで到達できるとは思えないけど。ベルの性格からしたら、死ぬと分からず突っ込んでくる彼らを見捨てられないでしょう?———そもそも、だよ。そもそも彼が。最もベルの知力の高さを知っている東の勇者が、発生した賢者に心当たらない訳ないでしょう?』


 だから、いつまでもその生活が、続くなんて思わない事だね。そうなったら僕だって、ルーセイル家の人々に、ベルの居場所は境界の森なんじゃないか?って。今までの恩義があるから、ポロッとするほかないからね、と。


「えっ…でも、勇者様が仮に思い当たったとして……別に、会いに来るとか、そういうのはないですよね…ぇ?」


 教皇の神託云々。それにまつわる動向云々。なにより一番心配なのは、会ってしまうかどうか、という点。

 会ってしまう、という状況をセリフの合間に再確認して、この森の中で対峙するとか…“会ってしまう”とかダメでしょう。周りの景色が天国すぎて、二人の間が地獄に見える。いや、実際地獄だろうは私の心の中だけだけど。絶対、絶対、涙が出るから。……そんな風に帰結する。


——これで実に涙もろい女なのだ、私って。


 えぇと、だから、だね。…そもそも相手を前にして“泣く”とか絶対ダメでしょう。それじゃ未練があり過ぎて重たい女になってしまう。せめて、好きな人の前では女の重さを見せたくない…と、思うのは仕方ないっていうか。それが私なのだから。だから“会う”とか絶対ダメだ。そのために引き籠もってる。平和な世界でぼんやりしてる。非効率だが相手を前に泣くよりはかなり良い。馬鹿みたいな自尊心だが、それが私なのである。

 だから、イシュの言葉を聞いて、レックスさんが醸してくれるあまりに平和な日常に、この時、不意に寒風が差し込んだような気分になった。見ないようにしていた何か。蓋をして知らぬふりをした、大事な、大事な核心が。ツン、と突(つ)かれたような気になり、不安になって手元を握る。

 果たして、こちらの問いかけに魔道具越しの彼は溜め息。


『……僕はあのまま、すんなりくっ付くと思ってたんだよ。女神も感極まった様子だったから。今回は完全に魔王の方が上だった。下手したら勇者よりベルの性格、分かってたんじゃない?……まぁ、結果、例の女神はさらに狂喜した訳だけど』


 ———ねぇ。何でそっちの手を取っちゃったのかな?


『僕、知らないよ。勇者(かれ)の真髄は神々でさえ恐れるほどの狂乱だ。今のところ何かの事故だと思ってるようだけど……せいぜい上手にやるんだね。あの人、リセルティアで学者と会話してから、やっと僕のこと思い出したらしくてね。不眠不休でコーラステニアの城下町まで駆けてきたんだ。あと少しで会長室の扉を叩く。僕はこの身可愛さに、ベルの居場所を売るからね』

「って!?」

『あぁ、来たね。じゃあ、お喋りはここまでって事かな』


 と。


 “束の間のバカンスを楽しんで”———。


 捨て台詞とも取れる声音が、急に、ガチャリと切られたような錯覚を齎して。

 それでも。


「ちょ、ちょっとイシュ!?」


 と、叫ばずには居られなかった、春の夢のような夜。

 相変わらず、窓の外からは心地良い風が迷い込み、揺れたカーテンの布越しに半月型の月が輝く。


 “僕はあのまま、すんなりくっ付くと思ってたんだよ”

 “ねぇ。何でそっちの手を取っちゃったのかな?”

 “今のところ何かの事故だと思ってるようだけど……”

 “あの人、不眠不休でコーラステニアまで駆けてきたんだ”

 “あと少しで会長室の扉を叩く”


 “あぁ、来たね”


——あぁ、“来たね”……???


 な、な、なんで…?イシュのところへクライスさんが…??

 お付き合いするのが無理だとしたら、返事はいらないです、って。私、確かに言ったよね…?と。




 “嘘。無理でも本当は、無理だ、っていう返事を聞きたい”




——や、今はそういうアレを思い出さなくていいですからっ。




 “ベル”

 “なるべく、早く戻る”




——……“戻る”…?




 ふと、落とされた額のキスを、思い出して手を当てて。




——でも、貴方は選んだじゃない。幼なじみの女の子、を………!!




 ダメだ。ダメだ。

 これ以上は泣き言だ。……それはダメ。

 本当に、無理ならいいんだ。来なくていいんだよ、クライスさん。

 こんな時までそんな真面目でなくて、いい。

 きっと、会ってしまったら、私は泣くし喚くから。意味不明な事を叫んで、きっと貴方を困らせる。


 ……執念だと思うんだ。この世界に転生したのは。


 たまたま同じ大陸で、早く出会えた幸運も。誰もを愛するらしい女神が心を酌んでくれたんだ、と。

 それくらいドロドロしたものが、私の中に眠ってる。


 勇者様、イシュに会ってどうするの?


 居場所を聞いてもそう簡単にこんな場所まで来られない。

 むしろ、魔王なレックスさんが次の生を始めるとして、私でさえ、どうやって大陸に帰ろうかな?と。ほんと、イシュの言う通り、賢者欲しさに乗り込んで来るどこかの国を頼らなきゃいけないかしら…と思ってる。そうでなければ一生ここでもいいかな…?って思ってた。でも、これもイシュの言う通り。レベル100越えダンジョンに死ぬと分からず踏み込んで来る、どんな命も見捨てられない小心者の私が居るのだ。誰かひとりを助けたら…そうだね、きっと最初のひとりに、もの凄く愛着を持つだろう事も言われた通り。当たっているから手に負えない。


 夜風に当たって、ははっと微笑。

 はははっ、と続けた声に、静かな嗚咽が混ざって苦笑する。


 そりゃ、嬉しいよ。すごく嬉しい。こんなとこまで来てくれたなら、その感動で号泣だ。

 そりゃ、会いたいよ。すごく、会いたい。だって好きな人だもの。涙を最大の武器にして、どさくさに紛れて抱きつくだろう。もう一度、海を渡るのは危険だとかなんとか言って、なるべく長く留めるように知恵を働かせるだろう。それが女というものだ。汚い手だとか汚くないとか、そういうんじゃないんだよ。それが女なのだから、どうしようもないんだよ。

 惜しむらくは、彼が“勇者”って職業のとこだ。最終手段で体で攻めても、子供が出来にくい体質のとこ。奇跡に縋る事もできない。愛情の行き先を、変える事も出来ない訳で…。帰る、と言ったその人をこの島で見送ってから、気が狂うほど寂しい思いをするだろうこと必至、な罠だ。だとしたらこんな女の部分は、見せずにきれいなままがいい。そういう打算が働く所も、私の泥臭い部分だろう。


 居場所を聞いてもそう簡単にこんな場所まで来られない。


 そうは確かに思うけど、何となくイシュの事だから。会って正式な断りを入れたい、そんな彼の言い分を叶えるような道具を渡す。他の人達が海を渡るより、ずっと安全な方法で、この島に来られるようなアイテムを所持しているのだろう。そして、そのアイテムを買い取ったクライスさんは、すぐさま行動に出るのだろう。幼なじみ、セカンドネーム、立派な苗字を察するに、相手は絶対お貴族様だと妙な確信が私にはある。…聞きたくないと思っていても、貴族令嬢な単語というのが街の中に囁かれていた、な事実も実はある。

 あの大陸のお貴族さまの婚約期間に決まりはないが、何度も言うが、相手は“幼なじみ”という程である。きっと数歳年下程度だ。27歳のクライスさんなら、相手は二十代中盤だろう。女性の場合、貴族世界では行き遅れ…というやつに、片足を突っ込んでしまう年齢である。だとすれば、相手の親は相当に駆け足で、婚儀の日取りを決めて来るだろうから。

 今頃彼はイシュを問いつめ、私の居場所を聞き出している…かもしれない、と思えばこそ。けじめとはいえクライスさんがこんな辺鄙な場所に来るには、それ相応の時間がかかってしまう問題がある。だからこそ、彼はすぐさま行動に出るだろう。下手をすれば“勇者”の事だ、数日中にはこの場所を訪れてしまう可能性。全ては相手の令嬢と、憂いなく婚儀に挑むため———。




 “僕はあのまま、すんなりくっ付くと思ってたんだよ”……?




——くっつける訳、ないじゃない。よりにもよって選ばれたのは、幼なじみの女の子、だ。


 勝ち目がないのは明白だ。私がそうだったのだから。

 それに。


——狂乱がなんなのだ。無理だと言われる事から逃げた、私をそんなに問いつめたいの……?


 と。


 いつの間にかボロボロ零れる涙は知らぬフリをした。

 悲しくて、情けなくて、どうしようもないものが、行き場を求めて渦巻いて、それでも外へ出て行けない。

 どうした私、図らずも人生2回目なのだろう?失恋くらいなんなのだ、そんなの笑って流してしまえ。


——……まぁ、それが上手くできずに、こうして無様なのだけど。


 とも。


 その晩、私は空に向かってひたすら涙を流し続けた。

 闇夜の月が沈んでいって空が白み始めた頃に、心に残った上澄みに、また馬鹿みたいに涙がこぼれた。

 朝日が昇り始めた頃に、この顔、どうしようかなぁ?と。泣きはらしたパンパンの目元を、どう誤摩化すか…と切なくなった。冷静になって思えば、今は二人暮らし中。体調不良を言い訳に一日引き籠もってしまおうか。いやいやダメだ。レックスさんだ。大丈夫か?とか言いながら、きっちり三食差し入れてくれる。さり気なく目元チェックで、絶対泣いたと思われる。


——うわ。ダメだ。恥ずかしい…!


 今更泣いたとか、恥ずかし過ぎる…!!

 思い立ったら即決で、私は急いでたらいを引っぱり、飲料水を注ぎ入れ、氷結の魔封小瓶で氷水を大量に作る。もう一つの桶を引っ張り、氷水を適当に取ると、それは温熱の魔封小瓶で即席の温水に。確か、冷やすのと温めるのを交互に施す事で、目元の腫れはかなり治まる筈である、と。必至にケアしまくって、一度眠る事にした。

 ドアの代わりの暖簾には「徹夜しました、起こさないで」のメモを張り。少し恐ろしくもあるのだが、おそらく察してくれたのだろうレックスさんは、どうやら外の徘徊人(?)と手合わせに出たらしい。






「この体がまだまだ脆いものだと、痛感してきた」


 と。

 夕方、満身創痍で戻った姿を見遣り。


「何やってるんですか…」


 と、苦笑を半分。


——でも。


 そっとしておいてくれて、ありがとうございます。


「お帰りなさい」

「……あぁ、ただいま」


 な、束の間のバカンスは、私を常春で包んで静かに過ぎる———。

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