24−5
ステラティア王国の小都市・リセルティア。
あの地からこの地へと転移魔法でワープした時、レックスさんに触れたままだった右手から感じた力。
そもそも私に謀(たばか)るほどの価値が無いのは当然で、あれだけの“破壊の力”を直に感じ取った私に、彼が魔王である事を疑うなんてこと、今更できよう筈がないのだけれど。
そして無意識にあの奔流を、世界を壊す力だ、と。感じたその時の自分は偉い。
レックスさんはさらりと言った。
元々、魔種は“終わりの魔物”。
魔王が世界を壊すために組み込まれた存在ならば……。
どちらかというと現実的で、夢見がちでもある私としては、この世界の体系(システム)は“そう”なんじゃないか、って。
始まりがあれば終わりがあるのだ。始まるためには終わらなきゃいけない。永遠に続く、なんてこと。どう考えても苦行じゃないか、と。
なんとなく感情で話を締めてしまったが、終わらない世界なら、始まりもしないのだろう、と。そんな風に漠然と思う、前の世界の知識レベルの私がここに居座っている。
もう少し高次な考え方もあるのだろうが、あちらの世界で生きた私の……それが、理解の限界だった。
もし、そんな考え方でこの世界を見るのなら。もし、同じレベル帯にこの世界が乗っかっているのなら。創世の神々が創りあげたこの世において、真の意味での“崩壊”が、いつか必要なのではないか———? と。
だから、壊すため、の、魔王なの……?
目の前で茶を含む、牛乳紅茶なイケメンを見て。
不意に、物悲しい気分に見舞われた私の瞳の両端に、本当に、不意に涙があふれそうになってしまった。
こうして普通でいる人が、聞こえない心の声で「だからといって、どうという事は無いだろう?」と、まさに語っているように見えてしまったものだから。
竜が居る、精霊が居る、獣人が居る。翼持つ種族も居るし、珍しい所では死霊(ゴースト)だったり、忘れちゃいけない不死者(アンデッド)なる種族もちゃんと居るのである。只人だってもちろん居るのだ。エルフも居るし、希少種としての亜種なんか、もっと細かく在るのだろう。全くこの世はなんて雑多な世界なのだろうか、と。
けど。だけど。広い目で見て。
アルさんは“魔竜”と聞いた。イルさんは不死者な様相だった。見ようによってはエルさんだって、妖精や精霊に近い何かが。そしてリセルティアのおじいさん、アリアス・ルートの案内人は、その地に居着いた魔物の姿を“翼持つ”と語った記憶。じゃあ残りのウルさんは……ウルさんは、もしかして、獣魔人なんじゃない…?と。
あぁ、だとしたら、魔種の五公は。
世界の縮図———。
この世界に生きる者達の、対種族、なのかしら……? って。
彼らの王が率いる種族は、まるでこの世の陰(かげ)のよう。
最後の刻に、陽(よう)の命を飲み込むための存在なのだ。
そして彼らの種族の王は、きっとこの世を“壊す”ため。故の巨大な魔力の坩堝を、身に宿しているのだろう。
いつになるのか分からない。“約束された終わり”が来るまで。
それじゃあ、その、最後の刻まで、彼らは一体、何をして過ごす……?
ふ、と思って。
遊ぶしか、ないな。と。
只人のステータス、能力値の伸びの中。
魔種の五公に匹敵するほど、時間を掛けて基礎を作った。
なんて贅沢な時間の掛け方。
なんて贅沢な遊びだろうか。
鍛冶職を極めてみたり。
賢者をしてみたり。
そりゃあ、確かにそこまでやらねば、この世界は遊び尽くせない。
だけど、いつか終わりがくると理解しながら生きる、って。
それをするのが自分であると、理解したうえで生きるって。
………気が狂いそう———私なら。
「だから貴方が、魔王なの……?」
ふと口をつく素朴な音に。
彼は瞬く。
もう一つ。
そうして薄く笑みを浮かべて。
『そうなのだろう』
と呟いた。
レックスさんならきっとこう。「そうなんだろう」と言う気がしたから。
“この人”は“魔王”なんだな、と。ぼんやり思う束の間に。
目の前の焦がしキャラメルに、深い慈愛の色を見て。
クツクツという苦笑の人が、誰に語るともなく語り。
『この世界が終わるとしたら』『それは“私”が飽いた時……———』
と。
言葉を飲んだ私に対し、レックスさんは空気を一転。
「ベル、そろそろ夕食の準備をしよう。それから部屋を作らないとな」
まるでバカンスに来たように、楽しそうに笑むのであった。