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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
23 小都市リセルティア
245/267

23−12



 その時、声を零した人は、意外にもクライスさんで。


「……ベル」


 と呼ばれた名前の音に、どこか悲痛を感じ取る。

 あの、とか。どうしました?とか。掛けたい言葉はあったのだけど。


「…クライスさん」


 と言うのがやっと。それしか声が出なかった。

 珍しくも焦燥を宿し、汗を浮かべる勇者な人は、ふと、東の門を見据えて、意を決して騎獣から降りた。

 手綱を握ってこちらへ一歩。間の距離こそ一人分。

 全身がガッとなりそうだったが、それをさせない真面目な空気に。どこか心がたじろいで、動く事もままならない。


「あの…」


 と辛うじて出た音に。


「……急用が出来た。街を離れる」


 その人の口は言い。

 彼の胸中は知らないが、おそらくこちらを見かけた時から躊躇っていたのだろう。


 手を———。

 手綱を握っていない、左手をスッと伸ばして。


 髪を———。

 私の茶色の髪を、耳元より絡めて辿り。


 驚いて見上げれば、見下ろす彼の瞳には、離れ難い愛執を…愛執の端を感じ取り。

 するりと離れた指先と、東を向いた視線の先に、何ともいえない不安の種火が灯ってしまったものだから。


「あのっ、クライスさん!」


 私は彼を呼び止めて。

 もしかしたら。もしかしたなら。ここで言うべきなんじゃないか、と。

 賭けに出るのは危うい気もする。

 でも今、ここで言っておかなきゃ、一生、後悔しそうな予感。

 ランクなんて関係無い。これは個人の“直感”で。




 私は、ここで、賭けに出る。

 だから、大事なことを言います———。




 そう、意気を改めて、静かに息を吸い込んだ。

 そんな私の様子に気付き、向かい合わせた彼は硬直。

 まさか。まさか、言うのか…?と。目は口ほどに物をいう。


——あ、まずい。この流れだと、早く言わなきゃ止められる。


 気付いた私は、即座に王手。

 真っすぐに彼を見上げて。




「クライスさん。私は、貴方の事が大好きです。結婚を前提にお付き合いしてください…!」




 と。

 その時、吹き付けた旋風が、足元のスカートを揺らし。

 まさに、こいつ言いやがった…!なクライスさんの驚愕の顔。見開かれた双眸に、一抹の絶望の色が宿る瞬間を目の当たりにして。だがここで負けてたまるか!と、畳み掛けるのは期日の延期だ。


「ひと月、ここで待ちます!」


 貴方はきっと、急いでいるから。返事はすぐじゃなくていい。

 だから、えぇと、その代わり。


「む…無理なら、来なくて、いい、ので…」


 嘘。無理でも本当は、無理だ、っていう返事を聞きたい。

 でも仕方ないじゃないか。一瞬でも絶望の端を目に留めてしまったのだから。

 あぁ。この勝負の確率は、9割方負けだな…と。

 思ってしまっても仕方ない。来ない、という返事であっても、仕方ないと思うんだ。


「えっと、あの、クライスさん。お忙しいところ仕事を増やして申し訳ないんですけど…」


 空気を一転。なるべく変えて。


「どうぞ、道中気をつけて」


 伝える言葉に笑顔を乗せる。

 なるべく、何でもなかったような、そんな空気に無理矢理変えて。

 あとを引きずらせちゃいけない。負担にさせちゃいけない、と。


 でもまぁ、それを思うほど、悲痛になるのは仕方ない。


 一般人と勇者の道が、掠っただけでも奇跡じゃないか。

 運命だと思える人に、出会えただけ奇蹟じゃないか———。


「……ベル」


 と彼は呟いて、知らずに溜まった目尻の涙を指で掬い取って行く。

 ハッとした意識と同時に額にキスを落とされて。


「なるべく、早く戻る」


 と、紡がれた声は深い音。

 クライスさんは踵を返し、ひらりと騎獣に股がると、二度とこちらを振り向くことなく東通りに消えて行く。


 全く姿が見えなくなって、零れかけた涙も消えた。

 悲痛だった気持ちも一転。


——なななな、なんだ、今の反則……!!?


 漸くたじろぐ私の頬は、街の藍色に負けないくらい真っ赤に染め上げられていた。



*.・*.・*.・*.・*.・*


 勇者の嫁になりたくて。

 異世界からの転生者、ベルリナ・ラコット18歳。

 追いかけ始めて四年弱。紆余曲折を重ねた末に。

 ついに愛しいあの人に、想いを伝えてしまったのです…!

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