23−11
オルティオくんに貰った白色の花束は、前の世界の薔薇…というローサの蕾が数本と、ホワイトスターと言ってたような星形の白い花、かすみ草のような小花で綺麗に纏めあげられて、オリーブのような緑の丸葉が端でバランスを取っていた。
貰ったら嬉しいけれど、持ち続けるほど乙女ではない、残念な女な私。自宅があればドライフラワーだが、生花は旅装に似合わない。ここは信心深い心を生み出したりしてみせて、いっちょ街の神殿に礼拝にでも出向こうか。人と神が近い世界だ。この花束で祈りを捧げた、そういう姿を見せたなら、オルティオくんも周りの人も、とやかくは言わないだろう。
そんな無駄な打算をつけて、そうそう、神殿繋がりで、神国っていったなら。美鈴ちゃんが最初にお世話になったらしい話だし。ついでに本家の大聖堂は、ステンドグラスの凝り様だとか、めちゃくちゃ綺麗だというし。今度会ったら「どんなだった?」とさり気なく聞いてみようかな。機会があったら一度くらいは観光とかに行きたいな、と。段々目的意識というのが横に、横〜にズレていく。
まぁ、少し話を戻すと、神殿とかいう宗教系には、一般的に白い生花を捧げる的な風習があるので。この白い花束は“お誂え向き”な訳なのだ。
そうこうするうち街の東側、貴族地区に近いけど、完全にそれではない位置にある、神国派閥の神殿の姿を拝める通りに抜ける。夕刻前な時間だが、それなりに参拝客の姿が。並ぶほどの混雑はないが、本気で来られた方々の邪魔にだけはならぬよう、列に加わり花束を握り、痛まないように気をつけた。
一人、二人と礼拝を終え、この神殿を与るのだろう聖職者さまの一人が、彼、彼女らを和やかに見送り、また一人、二人の距離で礼拝の順番が進む。
入り口の扉をくぐり、薄暗い内部には、人々の歓談のソファや宗教絵画が並べられ。今居る礼拝堂の前には、美しい燭台に灯る蝋燭の火が揺れている。
両開きの木の扉には花々の姿が彫られ、扉をくぐって堂に入れば、上方の窓に取り付けられた細長いステンドグラスが、奥へ向かって整然と並んでいる景色が見えた。
定期的にあるのだろうミサのための長椅子は、深く落ち着いた色合いで。こちらも手前入り口側から奥の方まで並んで見えた。
聖職者さまの居る教壇の横には信者の供物が並び、最奥には偶像と神々を描いた絵画。それらをぼんやり浮かび上がらせる蝋燭のいくつかに、香油の混ざったものがあるらしく良い香りが漂っている。
光を多く取り入れるタイプか、光を闇に浮かべるタイプか、対極と思えるような拠点拠点の個性はあるが、神殿の礼拝堂とは大体がこんな“つくり”だ。
雑音の少ない、いかにも神聖なその場所で、順番を迎えた私は手に持つ花を供段に捧げ、立ち位置に戻ると祈りのポーズ。ファンタジーものでよくあるような、両手を胸の高さで包む、ヒロインぽいアレである。オルティオくんの無事の成長を祈ってみたりして、つつがなく礼拝を終えようとしたところ。
「すみません」
と聖職者さまが、笑顔で声をかけてきた。
当然「はい?」とお応えをして、何事ですか?と問い掛ける。
「申し訳ごさいません。こちらの、オリヴァの一房だけは、受け取れない事になっていまして…」
そう語った聖職者さまは、申し訳無さそうな顔をして。たったいま捧げた白い供物から、オリヴァの一房を器用に抜き取った。
「どうぞ、お持ち下さい」
と、オリーブの葉に似た一房を、丁寧に返されて。
わかりました、と受け取りながら「この草、オリヴァっていうんだ」と。なんともなしに通路を戻り、神殿を後にした。
まさかそんな後ろ姿を、聖職者さまが見ていただとか。ここでもやっぱり気付かぬままに。
——どうしよう。宿屋に戻るには、ちょっとだけ早いよなぁ。
そう感じたなら対策は一つ。
実はフェスタの入賞メダル、裏側にオリーブ(オリヴァ)が描かれてたのが、気になってたんだよね〜、と。オルティオくんが見せてくれた時、ふと視界に入っていたのだ。そして花束を受け取って、お、ここにもオリーブが。それでもこんな偶然ならば、世に溢れているだろう。———だが、ああまで言われたら。
——行くしかないだろ!異教の神殿!!
騒げ!
私の血に眠る、オカルティーな微量成分(マイナー・コンプ)!!((☆Д☆))
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と、まぁ、そういう訳でして。
いそいそと足を動かし、西側の神殿へ狙いを定めた私が居たり…。
そして、時刻はまさに夕刻。
オレンジ色の夕日に染まる、異教の神殿前、である。
こちらが面する通りの幅は神国系のものより狭く、時刻などの縛りもあって、より人の気配というのが少ない様相だ。…遠慮せずに語っていいなら、むしろ人の気配とか、無い。それでも扉はうっすらと、人ひとり分の開きがあるから、この時間でも入っちゃダメって事ではないんだろうなぁ…な推測である。
建物を囲う鉄柵は、むしろ神国の神殿以上。大豪邸を思わせる、美しい幾何学模様だ。閂が外されているから、そこをキイッと鳴らして進み、人ひとり分の開きをもたせた神殿の扉をくぐる。
入ればすぐに礼拝堂で、奥の教壇のみに光が。天窓から差し込んだオレンジ色の光の筋に、ふとそこに立つ男性がこちらの方を振り向いた。
オリヴァの葉を持つ私を見遣り、男性は手招きを。まるで貴族の子女を誘う横薙ぎの動きだったが、来いと言われた事は分かって、誘(いざな)われるまま歩み出た。
お互いに2メートルほど、距離を取った所で止まり。
「驚きましたよ、お嬢さん」
と、静かに語る領主様。
そのまま自分の背後を見遣り、私の視線を動かすと、奥に佇む偶像を「紹介しよう」と態度に出した。
「この神殿は、賢者アリアスを神格化した存在を、崇めている…という訳です」
確かに私の視線の先には、杖を手にしたローブの人物。アリアスさん…と言われれば、そう見えるかもしれないが。何か…こう、何となくだが、禍々しく感じる何か。黒い石で出来ているからか、破壊的な空気を感じ…。
あれ?アリアスさんって言えば、かなり温厚な人じゃなかった??少なくとも史実にはそう書かれていた筈よ?…と。
如実に私の変顔が語ってしまっていたのだろう。リセルティアのご領主様は、くす、と小さく微笑んだ。
「君が女性であることが、心底惜しくてならないよ」
と。
その時は特に何も感じる事はなかったけれど、後で思えば「失礼だな」と思えるような、そんな声。
「さぁ、もう此処は閉めるから。君も一緒に出なさい」
と、背中を押されて入り口へ。
向かった扉にオリヴァの模様。
あぁ、当たり、だったのか———。思うのは“それだけ”だ。
異教の神殿前の通りで、領主様とはお別れを。
けれど、消化できないもやが、頭の中をぐるりと覆う。
きっとそれを考えたって詮無い事、なのだろうけど。
うっすら馬鹿にされた事より、腑に落ちきれない何かがあった。喉の奥に刺さったままの魚の小骨状態だ。気にしなければいい話だが、暫く忘れる事ができない…できそうにない何かが宿る。
その時、暗き神殿地下で黒い翼がはためいたのだが。
藍色を溶かし始めた街の住人が知る由もなく。
ふらふらと人ごみに紛れ、私も中央広場を歩く。
——なんか、もやっとするんですよね…。
相変わらず考えながら。
けれど、こうなりゃヤケ食い行くか!と、消化の糸口が見えてきた時。
一瞬。
ざわっ。
と、したような。
ぶわっ。
と、何かを感じたような。
ある種、虫の知らせのような、高揚感を近く感じて。
おもむろに足を止め、街の景色をぐるりと見遣る。
ざわざわとした感覚は、西の通りより来たり。
私に索敵スキルは無いけど、きっとそれを持つ人は、こんな感覚なんじゃないのか?
そんな事を想像できる、絶対的な確信だった。
私は“それ”を見なきゃいけない。
出会わなければいけない、と。
ふらふらと全てが交差する地点へ歩み。
ほどなく。
足が速いと言われる騎獣に股がった、クライスさんとの邂逅を———。
邂逅、を果たすのだ。