12月某日:ふくしゅうしゃ、きばをとぐ
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海上ギルド。
プレイヤー主導の建築物では間違いなく最大規模であり、もはや新大陸の象徴としてプレイヤーだけでなくNPCにも認識される装骨天守スカルアヅチ。
その建築を主導し、職業名であるはずの大棟梁が個人を指す名称になりつつあるプレイヤー「笑みリア」をトップに据えた生産職クラン【新大陸建設】が現在新大陸前線拠点の海上に建設している巨大建造物である。
スカルアヅチで得たノウハウに加え、三神教会からの公認、そしてリヴァイアサンという科学文明の導入により、海上建築でありながら恐るべき速度で組み上げられていく海上ギルド。完成すれば新大陸調査船に依存しない開拓者たちの寝床として新大陸の重要拠点になることは間違いないとされている。
……というのは表向きの話。
「いやー、いいねこういう秘密の先行特権」
「サバさんには感謝だな」
実のところを言うと、この海上ギルドは未完成ではあるものの既に完成している。
開拓者のセーブポイントとしての役割、大規模なパーティ募集施設、生産職達の拠点にして販売施設……それら全ては"海上"に建設される施設の話だ。
海の上に浮かばせるわけではない、海中に土台を作るということはこの建造物には"海中"に空間が存在するということ。
その一つがここ、仇討人としてのロールプレイとプレイヤーのロマンを巧みに利用してとあるプレイヤーが提案した海下空間であった。
空間、といっても何か裏取引をしたりとかそういうわけではない。強いて特徴があるとするなら前線拠点にあるカフェ「蛇の林檎」新大陸支店から地下通路で繋がっている事と、広々としたコロシアムがあるだけだ………とはいえ、PvPという名の地下格闘技と賭け試合をする分には十分過ぎるのだが。
「ここで「たんれん」するの?」
「ヌッ………そ、そうだよウィンプちゃん。ここでお兄さん達と───」
「口調が不審者でウィンプちゃんに不快感を与えたな、処刑する」
「くっ……話しかけられたのは俺じゃねぇか……」
「服の裾を引っ張られて話しかけられるとか羨ましいから死」
そんな海下コロシアムに今、複数の人影があった。彼らは「蛇の林檎」の地下通路からこの場にやってきた者たちであり、すなわち仇討人あるいはクラン【ティーアスちゃんを着せ替え隊】に所属するプレイヤーであった。そしてその中に、不自然なほどに白い少女が一人。
二号人類ではない、それどころか人類種ですらない。人の似姿に蛇の本性、人は彼女を「無尽のゴルドゥニーネ」と呼ぶ。
とはいえ、彼女自身がプレイヤーが敵対するゴルドゥニーネかというとそうではない、少々込み入った事情があるのだが……少なくともこの場にいる者たちはそれを承知している、あるいはそんなこと知ろうが知るまいが関係ねぇ、と妙な方向に割り切っている。
この場所にゴルドゥニーネ……あるいは「ウィンプ」と名乗る蛇を連れてきたのは戦うためだが、戦うためではない。つまりは、だ。
「というわけでどちらかというと熟女の方が好きなので”癖”から外れてる自分が音頭を取りまして……ウィンプちゃん大特訓会を始めまーす」
パチパチ、と少人数ゆえにこじんまりとした拍手が数秒。それが収まると同時に彼らは様々な武器を用意しつつ、準備を進めていく。
此度の集まりはただ単にまだ殆どのプレイヤーに知られていない海下コロシアムで親睦会をするためなどではない。予見された襲撃、無尽のゴルドゥニーネと恐るべき四体の巨大蛇に対する備え……そして何より、ゴルドゥニーネ「ウィンプ」の強化合宿。それこそがここに集まった理由なのだ。
「ねぇ、さっきのひといないけど」
「あー……大丈夫大丈夫。船からここまで十分くらいで戻ってくるから」
「いいですよね、海中直通の通称「顔洗い場」。処刑の手間が省ける」
「隣にアイテムボックス置いてくれたのすげー助かる、身辺整理の手間暇的に」
「最近こっから俺ら落ちすぎてモンスターが出待ちしてんだけど」
「い、いかれてる……」
それはさておき。
ウィンプはゲーム的な分類上は「パーティ編成可能なNPC判定のモンスター」という扱いである。即ちプレイヤーや征服人形とは異なり、プレイヤー側から装備を好き勝手付け替える事はできない。あくまでもNPC側からの任意で装備を付けるか否か、を決めるという形だ。
そんなわけで着せ替え隊の面々は所有権を放棄した武器を十数種類並べて、ウィンプ本人に選ばせることにした。
「ウィンプちゃん、鎖鎌に興味はないかい?」
「こういう時にドマイナー武器を早口で進めるオタク君さぁ……」
「は? ジャイロ手袋でスリーアウト取るが?」
「最大九枚も手袋投げつけてるんじゃねーよ」
「ここはやっぱ日本刀でしょ、日本刀が似合わない女の子はこの世に存在しない」
「面白味がないわね、日本刀なんてそれこそサードレマ辺りで殆どのプレイヤーが担いでるじゃない」
「ポン刀はなー、スキル補正無しで使うと………まー弱いんだよなぶっちゃけ……」
「そういうびっっっっっみょーーーーな体験を経て少年少女は大人になっていくのさ」
「え? 見間違い? 錯覚? 今特大剣片手でぶん回してなかった?」
「まさかぁ」
並べられた武器の中で一番大きい剣を軽く素振りして、一通り全ての武器を試してみたウィンプは二分ほど悩み……そして、その武器を手に取った。
「これ。これにするわ」
「……双剣? なんで? 日本刀じゃなくて?」
「いい加減にしないと全裸で海のモンスター達のところに出前配達に行ってもらうぞ」
「料理が自分で歩いていくのか」
何故、と問われたウィンプは大した能力も付与されていないただの鉄の塊を二つ握りしめながらとある言葉を思い出す。
自らを卑下して己よりも上の存在に「恐怖」するならば、言い換えればそれは自分の先を行く背中に向けた「憧憬」で。
だから、その言葉はウィンプというキャラクターにとってはどれだけ気取っていようが記憶されるだけの価値があるもので。確たる決意を目に宿した白い蛇は、ある人物から受け売りを口にする。
「───どれだけあいてがつよくても、かつまでなぐればかてる。そうなんでしょ?」
「なんつー脳筋理論」
「え、ウィンプちゃんそんな武闘派だったん……?」
「いや、この妙にゲーマー臭い思想はツチノコさんの受け売りなのでは……?」
「ていうか武器防具も見繕うんだっけ?」
「そこらへんはツチノコさんが用意するんじゃ……」
その時だった。現状、ティーアスちゃんを着せ替え隊と一部の生産職しか知らないはずの海下コロシアムに新たな人影が現れる。
「私を呼んだか!!!!」
「いや誰だよ……って、お前は!!?」
その人物をなんと形容すればいいだろうか。一言で表すなら……所謂創作における役割としてのオカマキャラ、としか言いようがない。シャングリラ・フロンティアはプレイヤー操作のアバターをプレイヤー自身が作り上げるキャラクターメイキングを採用している。当然、男性が女性アバターを作ることは可能であるし、またその反対も同様だ。
一部コンテンツで獲得できるアイテムを使えば声色すらも完全に逆の性別のものに寄せることも可能。わざわざ性別をそのままにその逆の性別に寄せたキャラメイクをするというのは、本人の「趣味」以上の理由がない。
つまり、この彫りの深い世が世なら彫刻のモデルになっていたかもしれないような男性アバターでありながらなぜか本格的なメイド服を着た割とインパクトが大きい奇天烈なプレイヤーが、堂々たる歩みでコロシアムを歩いていた。
「なに? なに? どういう、なにこれ?」
「エリュシオン・オートクチュール……!!」
「メイド服装備は基本的に女性限定だったはず……いや、その服まさか……!」
「わたしが、はなしについていけてない……」
「修行の末私は辿り着いた……限界を超え、裁縫のその先へ。今の私は最上位職業「至布匠」エリュシオン・オートクチュール……!」
背筋を伸ばし、ロングスカートを翻す姿はこの格好に負の感情を抱く者こそがおかしいのだと言葉なくとも宣言しているかのような、堂々たる姿。唐突に現れ、何故かどよめき始めた着せ替え隊とは逆にまったく状況についていけないウィンプ……だが、突然の闖入者が一切目を逸らすことなく己の方へと向かってきたことで、状況についていけないからといって自分が無関係というわけでもないということを悟る。
「なっ、なによ! う、たたっ、たたかうの!?」
思わず双剣を突き付けるウィンプであったが、エリュシオン・オートクチュールの眼差しは揺るがない。己の命に刃が突き付けられていることすらも眼中にないと言わんばかりにウィンプの眼前にまで迫ると………
「貴女に会うために私はここにいる」
「は……?」
「話はサバイバアルから聞いている、二日もらえれば最高のメイド服を貴女のために仕立てよう」
「は………………?」
おおおおおおおおお!! とその言葉に盛り上がる着せ替え隊の面々。だがウィンプは何もかもが理解できていないのでひたすら疑問符を浮かべ続けることしかできない。辛うじてウィンプの思考が導き出した現状への率直な感想とは───!!
「にんげんこわい………」
エリュシオン・オートクチュール
エリュシオンって死後の楽園なんですね、つまり冥府。
言い換えると冥土………真っ当なイケメンキャラを作ろうと思ったのに最終的に完成したのがこの人
メイド服が好きすぎるのは事実だけど好きすぎて頭がおかしくなったんじゃなくて常識人が真面目に抱いた信念の行動が傍から見ると頭おかしいだけ