「事件をなかったことには絶対できない」加害者に問いかける遺族 傷つけられても心情等伝達制度を使う理由 #令和の人権
刑務所に働きかけた父親「加害者がどれだけ苦しもうが足りない」
犯罪被害者側が抱えてきたもどかしさの一つに、刑務官や保護観察官など、加害者の矯正や更生保護に関わる人たちに、犯罪の態様や被害者の苦しみが十分に伝わっていないということがある。 遺族のなかには、犯罪者の教育や更生に携わる人間は、加害者がどのような人物で、どのような罪を犯したのかを十分に認識しているべきだ、という考えは以前から存在した。 大阪府河内長野市に住む大久保巌さん(60)は、16年前、次男(当時15)を当時17歳の少年に殺害された。大久保さんは、前例のない行動に出た。加害者が少年刑務所に収容された直後から、関係機関に遺族としての思いを伝えていったのだ。 事件が起きたのは2009年6月。加害者の少年は被害者のガールフレンドに手を出そうとしたが手厳しく拒否されたため、被害者をだまして呼び出し、バットで頭部などをめった打ちにして殺害し、川に放り込んだ。 加害少年は、刑事裁判の法廷で、謝罪の気持ちを問われた場面で笑うなどの態度をとった。 加害少年には、当時の少年法に則って、懲役5年以上10年以下の不定期刑が言い渡された。裁判は社会的な関心を呼び、裁判長は判決文に「10年の懲役刑でも十分ではない。少年法の適切な改正が望まれる」という異例の付言をした。その後、2014年に、少年に対する有期刑の上限を20年に、不定期刑の上限を短期(下限)10年、長期(上限)15年にそれぞれ引き上げる少年法改正がなされた。本連載の第1回で取り上げた福岡の女性刺殺事件(2020年)の加害少年に対しては、改正後の量刑が適用されている。
事件後、大久保さんは毎日復讐を考えたという。次男の仇をとりたい。激しい無念は夢をも支配した。しかし、時間が経つにつれ、加害少年が死刑になろうが、親も含めて皆殺しにしようが、到底納得できないことがわかっていったという。 「次男の命を奪ったことが帳消しになるわけではない。しかも満期でもたった10年です。ただ、裁判長の付言は法を超えるものがあったと感じたので、そのことを関係者に伝えなくては、と思いました。刑務所に被害者の親が来たということだけでも、刑務所の方々の印象に残るじゃないですか」 大久保さんは、少年が収監されている少年刑務所の刑務官や、いずれ仮釈放の審査に関わることになる地方更生保護委員会の委員などに面会することを望んだ。 「加害者に関わる刑務官や保護観察官などに、私の息子が巻き込まれたのがどんな事件で、加害少年がどんな少年で、刑事裁判の内容がいかにひどいものだったかを、しっかりと理解してほしかった。刑務所から仮釈放の申請が上がってからでは遅いと思っていたので、最初に収監された少年刑務所に2〜3年間通い、そこが閉鎖になったあとは、移送先の九州の少年刑務所に毎年足を運びました」 当時、犯罪被害者遺族が刑務官に心情を伝えた前例はなかった。法務省の見解は「制度はないが、できないというルールもない」。結局、現場の裁量に委ねられることになった。 数カ月の交渉の末、まず保護観察所との面会が実現した。次男の写真を大量に持参し、次男の人生や思い出、親としての胸中を語った。保護観察所の職員は「遺族の心情に初めて触れました」と話したという。大久保さんが「刑務所にも話を通してほしい」と要請すると、時間は要したが刑務所を訪ねる許可も下りた。 「刑務所長や担当官らが会ってくれました。私が話をしなければ、彼らは、加害者がどんな人間だったかも、私たちが事件後どういう思いで生活をしてきたかも、知らないままだったでしょう」 のちに大久保さんは、加害者が出所した際、直接面会することを断っている。その理由をこう話す。 「加害者に答えを求めてもムダなんですよ。それでは私にとっては全然足らんのです。わかりますか? 全然足らんのです。うちの子どもは加害者に殺されているのだから、加害者がどれだけ苦しもうが足りないんです」 大久保さんは今回の新制度について、一定の評価はしている。しかし、仮に当時この制度が存在していたとしても、刑務所や保護観察所、地方更生保護委員会などの関係機関に事件内容や遺族の思いを伝えるためには利用しただろうが、加害者から返事をもらうことは望まなかった、と断言する。いずれにせよ、大久保さんの行動が、今回の制度の礎(いしずえ)の一つになったと言えるだろう。