思わぬ弟のようなHの頼みを断れないのには、もう一つの大きな理由があります。
遡ることまだ私が20代もなりたてくらいの頃の話になります。
当時は、Hの兄、私とは同級生で幼なじみのSが、私が引っ越してから初めてうちにやってきたことから始まります。
Sが地元から離れて大学生として生活し、年に数回私に電話があったり、帰省しては「会える?」みたいな連絡があり、私は幼なじみの友達以上の気持ちはまったくありませんでした。
ところが、Sはこの引っ越した家に来てこういったのです。
「僕は、自分が引っ越してきてRちゃんに会ってからずっと好きだった。
でも、Rちゃんは、僕より勉強もスポーツもできて、僕の弟も可愛がって助けてくれて、ピアノだって弾けて、僕が勝てることは何もなかった。
でも、今僕は合気道を始めてRちゃんを守れるし、大学生になって学歴も負けない。
やっとRちゃんに告白する資格ができたから、告白している。付き合ってください。」
私は、私をわかっていない彼が虚しかった。
「ごめん、私にとって付き合う相手の学歴とか私より上とか下とか考えたことないよ。そんなこと資格にならないし、そうなら早く言ってくれてよかったよ。私にもできないことはたくさんあるよ。付き合うことはできない。」
私はそれからしばらくして結婚し、結婚して半年ほど経った頃、Sは自死を選んだのでした。
自死を選んだ本当の理由は分からない。
でも、私は今もSの弟のHにもご両親にも、Sと私との最後の会話を知らせていないのです。
弟のHの話では、仕事のことが悩みだったと言っていますが、私のせいかもしれないと知っても、HやHのお母さんは同じように私を頼りにするだろうか?
私はSからブローチを贈られたことがあったけど、今も捨てることも付けることもができずに仕舞ってあります。
どうしても話できなかった。
Sが亡くなった時、Sのお母さんが「Sがね、Rちゃんの写真を車のダッシュボードに入れてたのよ」と聞いて、どう彼と向き合えばよかったのか悩んで、答えが分からないまま、Sの弟も両親も私も生きてきたのです。
誠実にSの弟のHの力になり、落ち着いたら私はあの時言えなかった話の全てをHとお母さんに打ち明けようと思います。
きっと、本当の真相は分からなくとも私が話すことでSを思い出して懐かしんで話して欲しいと、Sが望んでいるように思うのです