12月14日:決戦を前に
777話だからってあれこれ全部詰め込もうとするからこんなに長くなるんですね
実質三話分!!
◇
「煉牙さん……あんたほどの人が、アグロに執着しすぎましたね」
「くっ………」
「【絶滅回避】が手札にあるのを分かっていてターンを渡した時点でリーサルが根本的に足りてないんですよね、リーサル未満のビートとか実質ドロソですよ。はい【再繁栄の兆し】、デッキトップ四枚めくって墓地の一番上に置かれたオリジンと同じ種族を踏み倒します」
「いやまだ勝ちの目はある、外せ外せ外せ………」
「えー、一枚目【貪食の大蛇】二枚目【偏食の大蛇】三枚目【暴食の巨蛇】四枚目【燼食の大王蛇】。墓地にいるのが【骸食の大蛇】なので……はい全部踏み倒し、スペルありますか? いやこれ上振れ過ぎてますねぇ!!」
「サレでーす」
「いやでーす」
『残念ながら双方の同意がない場合、サレンダーは受理されません』
「絶滅に至れミッドレンジ極限環境……!!」
「ハイローラー氏の……ティア1デッキへの憎悪が……あまりに………っ!! ぐわーーーーッ!?」
……
…………
………………
ここはリヴァイアサン第三殻層"裏面"。リヴァイアサン完全攻略者にのみ解放されるコンテンツの中でもさらに遊戯を極めた者のみが入ることを許される、フィロジェネテック・ジオグリフプレイヤー専用サロン………。
未だ、このサロンに辿り着いた者は片手で数えられるほどにしかいない。だがそれ故に精鋭、それ故に一握。集った歴戦のフィロジオプレイヤー達は、第三殻層【戯盤】に存在するフィロジオ100人抜きの「タワー」を突破した者達だ。
ここで生まれた流行が環境を作る、もはやこの場所こそがフィロジオというコンテンツの最先端にして源流となりつつあった…………………今日この時までは。
「っぱ【絶滅危惧種コントロール】は【ミッドレンジ極限環境】にワンチャンある」
「いや極環がアグロムーブした時限定のワンチャンはワンチャンじゃないでしょ、まだ【色竜単速攻】の方がマシレベル」
サロンの豪華なソファに腰掛け、熱くフィロジオの最前線について語る二人の男。片方の名は「煉牙」、フィロジオの第一人者と目される男であり………プレイヤーで一番最初に「タワー」を完全制覇したフィロジオニストである。彼が開発した【ミッドレンジ極限環境】は、現時点でTier1~3に存在する実に六つのデッキに対して完全な解答を提示することが可能な最強のデッキとされている……
だが、ではその"極環"がフィロジオというゲームにおける結論なのかといえば………否である。
フィロジオのカードプールは実際にフィロジオニストが遭遇した原生生物の種類と同期している。つまりまだ見ぬモンスターの数だけ、まだ見ぬカードが生まれる可能性がある。
であれば、だ。
「………時に煉牙さん、例の噂はもう聞いてます?」
もう一人の男。もはや未知を切り拓く開拓者とは思えないドレスコードを意識したスーツを着こなす男「ハイローラー」が切り出した話題に、煉牙は静かに言葉を返す。
「アレのことなら…………うん、もう把握しているね。ていうか広めたの俺」
「あ、そういう……で、どう思います?」
「どうもこうもないだろう。リュカオーンのカードがあり、クターニッドもジークヴルムのカードも確認されているってことは…………出るんだろう、無尽のゴルドゥニーネのカードが……!!」
無尽のゴルドゥニーネ。今までその正体が「蛇」に関連するモンスターであること以外は謎に包まれていた七つの最強種、そのゴルドゥニーネとの決戦が行われるという情報が前線拠点では広まりつつあった。
記憶に新しい巨大蛇型モンスターの襲来。幾度とない襲撃を乗り越え、補強されたスカルアヅチの援護もあってか以前ノワルリンドに襲撃を受けた時とは比べ物にならないほど軽微な損害で抑えることができたものの………既に生産職連合は海上ギルドの建設と同時並行で、前線拠点の迎撃要塞化を進めている。
だが、そんなことはフィロジオプレイヤーにとっては些事でしかない。どれだけ「勇魚」に白い目で見られようが、舌打ちされようが小言を言われようが……………彼らはこの電脳世界における一分野において極みへと辿り着かんとしている。彼らにとって、この世界に現れるあらゆる魑魅魍魎は「カードプールを広げるために仕方ないから見に行かないといけないクソイベント」に他ならないのだ。
「ゴルドゥニーネ。まず間違いなく蛇モンスターデッキのエース張れる性能だろうし、他のユニークモンスター同様ピン差しで機能する性能だとしたら…………」
「「環境が動く」」
跳梁跋扈の森エリアボス「貪食の大蛇」に代表される蛇系モンスターのカードで構築されたいわゆる「蛇単」デッキは他の種族統一デッキと比較してソリティア……所謂カード同士のシナジーによって延々と展開を繰り返すことが出来る。
それはこの世界における「蛇」という存在が他のモンスターよりも強固な繋がりを持っている証左であり、あるいは【ライブラリ】も未だ辿り着いていない生命の真理、その一片に辿り着けるかもしれない可能性なのだが………カードゲーマー、それも競技性に重きを置くプレイヤー達からすればそんなものは「テーマ内で動きが完結してるから勢いはあるけど拡張性は無い」程度の感想を抱くだけだ。
「そろそろ「勇魚」さんの視線がキツくなってきたし、ここらで一丁開拓者として真面目に働きます?」
「噂で聞いた話じゃゴルドゥニーネ、めちゃくちゃ物量戦らしいですよ」
「人を集めた方がいいか……」
取り出したるは掲示板に書き込むための木のボード。書き込む先は……
─────────
【雑談】フィロジオ総合掲示板 Part.9【環境は極環】
287:平政
友達に誘われてフィロジオ沼に入水しました! 今はアグロ共生連鎖使ってます! これでタワー攻略できますか?
288:もももんじゃ
無理でしょ、85でアグロは絶対詰む
289:ザ・ルソヴァー
でも85階ってアグロで突破報告無かった?
290:ドゴウ
初心者になんつーデッキを勧めてるんだ
291:スリーピー
いやミッドレンジ共鎖や共鎖コントロールならともかくアグロでビートするだけならやること一個だけだから初心者向けじゃないです?
292:もももんじゃ
そう言われれば確かに
まぁアグロの宿命として【繁殖障害】系スペルで死ぬんだけど
そして85階はガッッッッッチガチの遅延パーミッションっていうね
293:ザ・ルソヴァー
今の共鎖アグロって主流どっちだっけ? 虫型? 竜型?
294:リカ・フラスコン
キルターンが増えるけど確実にオーバー火力4ターン目に叩き込む恐竜型でしょ
虫型は殴り出しは早いけど今の環境じゃクアッドで削り切る前に相手が動ける
295:平政
自分のは深海共鎖です
296:ドゴウ
なんて?????
297:スリーピー
出た、フィロジオ名物「開拓者として優れた奴が未知のカードプール引っ提げていきなり環境を荒らす」現象
288:もももんじゃ
深海ってアレじゃねーの? 一時期煉牙が使ってたアトランティスみたいな名前のバカ強いシャチ主軸にしてた奴
強いけど不安定すぎてロマンデッキだったけど
289:ラベンダベランダ
あー、「なんかこれ根本的にパーツが足りてねぇ」って嘆いてた奴な
誰かからカードを買ったけどそいつが深海系のコンボを完成させるモンスター全てに遭遇してないんじゃないか、って言われてた
290:ドゴウ
シャチが盤面コストでバ火力、アンコウ? が墓地ソース、あと一体なにかが墓地肥やしするんじゃね?って言われてた奴な
291:たっプリン
(深海三強ってカードが発見されててぇ……)
292:ザ・ルソヴァー
こちら、シャチとアンコウ相手に張り合う巨大ヤドカリが描かれております
293:リカ・フラスコン
絶対そいつじゃーーん
294:騎士離島龍
まぁシャチでもアンコウでも単体で暴力の塊なんですけどね
ていうかこれ自力でパックから出せるやつはクターニッド挑戦したやつだけだから多分彼、【儀式クターニッド】作れるっしょ
298:煉牙
儀式クターニッドはいいデッキだよ、互いにパーミッションとロックかけるから絶対一試合が泥沼になるところとか
299:もももんじゃ
対人で当たりたくなさすぎる
300:ハイローラー
時代は絶滅危惧種コントロールだぜ!
301:平政
知らないデッキ名が飛び交っている……
302:ドゴウ
初心者はアグロとかミッドレンジとかの意味だけ覚えておけばいいぞ、自分が死ぬor相手を殺すタイミングだ
303:スリーピー
なお極限環境
304:ラベンダベランダ
アグロできるミッドレンジコントロール(大体変異種モンスターはパーミを仕掛けてくる)
クソですわぞ????
305:スコーピア
はい蠍ビート
306:煉牙
妨害さえされなければ最強の過剰火力来たな……
307:ハイローラー
環境破壊されると全滅する絶滅危惧種コントロールより儚いデッキはちょっと……
308:もももんじゃ
つーかサロン勢来てるじゃん、なんか新環境デッキ生まれた?
309:リカ・フラスコン
極限環境がほぼ結論みたいなところあるからなー
310:煉牙
皆の衆、そろそろ我々も新たなカードプールを模索する時が来たのではないだろうか
311:平政
サロン勢ってタワー攻略した人?
312:ザ・ルソヴァー
違う、リヴァイアサン完全攻略して裏面の第三殻層VIPルームに行った奴ら
フィロジオしつつちゃんと開拓もしてる偉い人達です
313:ハイローラー
ちゃんと開拓者してるのに勇魚からの対応ド辛辣なんですがそれは……
314:もももんじゃ
いやだって開拓するためにリヴァイアサンにいるんじゃなくてリヴァイアサンで遊ぶために開拓してるじゃん……
315:たっプリン
手段と目的が完全に入れ替わっている
316:煉牙
フィロジオニストの宿命なので諦めましょう
それよりも無尽のゴルドゥニーネの噂は聞いた? あれカード化したら蛇単速攻ヤバそうじゃない?
317:ドゴウ
自然な流れですね
318:ラベンダベランダ
川を埋め立てて流れを変えるのは果たして自然と言えるのか
319:ハイローラー
実は情報筋からゴルドゥニーネのある程度の詳細が流れてるんだよね
・大量の雑魚敵(雑魚じゃない)を生み出す
・毒を武器に変形させて剣聖みたいに操作する
・巨大蛇を四体従えている
ではこれをフィロジオ脳で変換してみよう
320:騎士離島龍
・ハイスペックトークン生成
・追加効果付きの強制バトル?
・デッキから蛇モンスター四体踏み倒し
フィロジオのルール壊れちゃう
321:平政
蛇単って大型モンスター入る?
322:ザ・ルソヴァー
入る。ていうか種族統一は3ターンあれば大型呼べるし蛇単はその中でもトップクラスにソリティアが早いので性能次第だけど3ターン目にユニークモンスターカードが出る可能性は高い
323:煉牙
前例のユニークモンスターカードが単体でアホほど強いから期待値はガンガン上がるよね
324:スリーピー
【ウェザエモンコントロール】とかいうロマンの塊
325:もももんじゃ
ウェザエモンが場に出た時点で自デッキの半分以上を機能停止させるトンデモスペック好き
326:平政
相手カードのスペックに上限をつけるんでしたっけ
327:リカ・フラスコン
その上で1ターン3回攻撃に破壊耐性、スペルで対処しないとまず勝てない
328:スコーピア
ジークヴルムで焼き払うしかねぇ!
329:ドゴウ
ユニークモンスター対策にユニークモンスター要求するのやめーや、デッキに一枚しか入らないし現状サーチ手段もないやろがい!
330:ハイローラー
だが待ってほしい、ゴルドゥニーネは明確に蛇系モンスターとの関係が明らかになっている。つまり……?
331:平政
サーチできる?
332:煉牙
蛇単速攻がデッキに一枚しか入れられない……言い換えれば一枚以上あるとゲームバランスが崩れるような代物をサーチできるとしたら?
333:もももんじゃ
ちょっと装備強化してくるわ
334:スリーピー
ヒーラーの力、必要だろう?
335:たっプリン
タンクなら任せろ
336:リカ・フラスコン
そろそろ「勇魚」ちゃんとの関係性も好転させたかったところだし?
337:ザ・ルソヴァー
極環の時代を終わらせる、そう俺たちはまさに革命軍……
338:平政
カードゲームがしたいのになぜ開拓に戻る羽目に……
339:ドゴウ
カードゲーマーの力、見せてやろうぜ
──────
◇
俄に開拓者としての情熱を取り戻し始めた掲示板をなんとも言えない顔で見ながら、煉牙はぽつりと一言。
「……焚き付けた側が言うのもあれだけど……ちょろっ」
「それな」
煉牙もハイローラーも分かっているのだ。フィロジオはただのカードゲームではない……この「シャングリラ・フロンティア」という神ゲーと並列して遊べる神TCGなのだ。
カードゲームに重きを置いているとはいえ……シャンフロ本来の遊び方を躊躇うはずもなく。
とあるプレイヤーが、自らの知り得る情報拡散源達に託したゴルドゥニーネに関する報せ。王国騒乱という一大イベントにも興味を示さない"はぐれ者"達は、新たな「騒乱」の気配に動き出す───
◇◇
ニーネスヒル。ただ一つのくぼみを囲むように存在する九つの丘……それらを基に作られたこの街は、中央の王城を囲むように「九大ギルド」と呼ばれるエインヴルス王国の中でも特に力を持つ、職種を司るギルドが存在する。
戦士ギルド、剣士ギルド、騎士ギルド、魔術師ギルド、聖職者ギルド、鍛冶師ギルド、傭兵ギルド、盗賊ギルド、そして………大工ギルド。
国防、開拓、宗教、鍛造、派兵、偵察、そして建築。王国の黎明、初代エインヴルスを助けた臣下達に由来するそれらの中でも建築ギルドがその威信をかけて作り上げた王国最大規模の宿屋「獅子の栄光」……最上階「獅子の頂の間」に彼らは集まっていた。
「こう言っちゃアレだけど皆さんよくこの短期間でレベルと装備上げてきましたね」
この場に集まったプレイヤー達には共通点がある。
それは皆、此度の戦いにおいて新王アレックス側に味方していること……そして、ここではない場所から、ここでの姿を配信する事を目的にしているという事だ。
「いや本当、改めて今回のお誘いに乗ってくれてありがとうございます。今回はよろしくお願いしますー」
「「「よろしくお願いします」」」
会話の音頭を取るのは「ぱやぶさ」と頭上に表示された剣士……否、剣聖のプレイヤー。
剣聖への転職条件には剣技大会での入賞回数が求められる。王国騒乱への参加を表明してから今の間までに開催された大会の回数を考えれば……一体どれほどの効率で入賞を重ねたのか。
実際内情としては、リスナーだけで統一された実質的な身内大会なども駆使した潔白とは言い切れないグレーな入賞がいくつか混じっているのだが、それを差し引いても剣聖に至れるだけの地力があるのは紛う事なき事実である。
「で、今日集まったのは明日の段取り合わせですよね?」
「ええ。一応アップルパイさんから他の方にも伝えてもらえるとありがたいです」
「あーはい、元々そのつもりなんで……一応録画いいですか?」
「間違っても流出とかさせないでくださいよ〜?」
「ははは、他の連中にもきつく言っておきます」
おどけた様子のぱやぶさの言葉に、配信グループ「GUN! GUN! 傭兵団」から代表としてこの場に来た「アップルパイ@GGMC」は笑顔で返しながら録画アイテムを展開する。
今回の集まりは配信者連合改め「配信戦線」、彼らが描く一大イベントの最終確認のためだ。そもそも、彼らがあえて新王側についたのには幾つかの理由がある。
一つは単純な戦力比。彼らとて世間一般的に言う「正義」がどちらの側にあるのかは理解している。少なくともこのまま新王陣営を勝利させれば新大陸との軋轢が生まれることは自明の理、だがあえて新王側についたのは戦力比の調整のためである。
イベント開催期間の序盤で決着がついてしまっては、配信者としては旨味が少ない。故に陣営を表明すればリスナーやファンがついてくる自分達が動けば戦力比はある程度拮抗する………あるいは、彼らの目論見通りに戦力比が偏るかもしれない。
二つ目は………このイベントに参加する人数を増やすこと。前述の通り、此度の戦いにおいて正義は前王派にある。少なくとも現代日本ひいては地球の価値観で言えば、新大陸への武力的干渉を考えている新王派が「悪」に部類されるだろう。配信戦線は表向きには「シャンフロは神ゲーなので新王を説得することもできるだろう」と表明しているものの、だからといって心情的に新王側に属したいと思えないファン層も当然存在する。だから配信戦線は同時に「敵に回っても大歓迎! 全力で相手をする!」とも表明している。
これによって何が起きるのか……それは視聴率の上昇である。配信者はリアルタイムでゲームプレイを配信するが、それと同時に生配信を動画として残す。動画には広告をつけることができる、すなわち広告収入が発生する。言ってしまえばマネーが理由なのだが、だからといってそれが主目的というわけではない。あくまでも理由の一つだ。
そして三つ目。それは事前の調査によって前王派についたプレイヤーにある。判明している限りでも新大陸に活動圏を広げたプレイヤー達はその殆どが前王側につくことが明らかになっている。
その中でも有名どころを上げれば、クランを分割してからより一層の躍進を見せる「黒剣」……剣聖勇者サイガ-100。脳筋の星マッシブダイナマイト。考察プレイヤークラン最大規模の【ライブラリ】の長キョージュ……他にも10人に聞けば一人は名前を知っていそうなプレイヤーが多く前王派に味方している。そしてなにより………良くも悪くも、シャングリラ・フロンティアというゲームにおいて最も有名なプレイヤーが前王派についている可能性が極めて高いと配信戦線は考えていた。
その名は「サンラク」。シャングリラ・フロンティアの目玉コンテンツであるユニークモンスターを怒涛の勢いで攻略する今最もこの世界の先を進む男、あるいは女だ(女アバターだとしても声で素性ははっきりしそうなものだが、何故か両方の性別で噂が広がっていた)。
有名なプレイヤーは、多かれ少なかれ画面映えする。そしてそんな画面映えする存在と同じ画面に映っていれば如何なモブとて多少の箔がつく。よしんばそれが自分の配信であれば? それは再生数にも繋がるし、何よりも……盛り上がる。
「まぁ一塊になっても仕方ないですからね、当日の配置をおさらいしましょうか」
「自分らは前から言ってる通り、サードレマに突撃します。まぁ流石に一般人は避難って形になっちゃったけど……ファンタジー世界で思いっきりミリタリーするのも悪くないって総意なんで」
一般人がいたら万々歳、と言わんばかりの言葉に各々心の内で引くことはあれど、それを咎めるようなことはしない。悪感情を抱いていないとしても、同じ陣営として戦うとしても、やはり他人であり他のチャンネル。たとえ配信がBANされようが動画が削除されようが、同情すれど自分達がどうこうできることはないのだから。
「あー……で、次にカイソクさんは……」
「事前の打ち合わせ通り、サーティードからサードレマへと対人しながら進ませてもらうよ」
「あ、私もです」
「カリントウさんもサードレマ目指す感じで……んで、ウチのガル之瀬もアタッカーで僕も遊撃なので……いやぁ、何だこの見事なフルアタ編成」
とはいえ、悪い案というわけでもない。そも新王陣営には「彼」がいる。なんのAIを仕込まれているのか、鬼のように強い彼がいるならば新王の命が脅かされる危険性は少ないだろう。
それにやはり防衛に回って定点カメラになるよりも、攻撃に回った方が配信映えする。
「まぁぶっちゃけ、陣営全てを支配しようとか考えてないですからねー。勝ったならその時に考えて、まずは負けた時に備えて悪役の断末魔の練習でもしときます?」
「……始まる前から景気の悪い事を言うな」
開戦前から敗戦処理の話をし始めたぱやぶさを嗜めたのは、会話をぱやぶさに任せて殆ど喋っていなかったガル之瀬であった。
「元より話題性目的で集まったんだ。各々好きに動くもよし、突発コラボをするもよし……とはいえ、どうせやるならやっぱり勝ちたいだろう」
「まぁそりゃねー」
「新王陣営が勝つと……まぁ、あんまり望ましくないことにはなるが、それはそれで次の長編の導入になる。視聴者がこれからシャンフロをサステナビリティにプレイする事をアクセプトする理由づけにもなるだろうし……
暫し沈黙。
「あーごめんごめん、ウチのガル之瀬舌が回るとろくろも回すタイプだから……ともかく! 当日はよろしくお願いします!」
……
…………
それぞれが最終準備としてログアウトや素材集め、あるいは製作中の武具を受け取りに行く中、残ったのはぱやぶさとガル之瀬の二人。
とは言っても彼ら二人が他の面子に何か隠し事をしているというわけではなく、若干プライベート寄りではあるが単なる雑談をしているだけだ。だが、雑談のネタもそろそろ尽きる、というところでぱやぶさが遂にその言葉を放った。
「……でさ、例の話……マジでやんの?」
「ああ……やる」
「いやー、この前も言ったけどさぁ……やっぱ不味くない? 燃えるって」
「配信切って覆面でもつけてやればいいだろう」
「いや身元不明にすりゃいいってワケじゃ………」
「ぱやぶさ」
「はいぱやぶさです」
「この話の根はあまりに深いんだ。あまりに、な……」
何をどう説得されようが意見を変えるつもりはない、表情にそんな"決意"を漲らせたガル之瀬。その様子に相方であるぱやばさは、自分にすら明かされないその「根」とやらに渋い顔をしつつとりあえず一言。
「謝罪動画は手伝わないよ」
「その時はトリプルアクセルバック宙返り土下座でも何でもしてやるさ」
「ごめん訂正、カメラマンなら喜んでやる」
◇◇◇
「配信戦線」。彼らがゲームという大きな水面に自ら達という大きな石を落とす事で「大波」を起こす事を目的とするならば。
「さぁ、いよいよ明日が本番だよ親愛なるRPAの諸君!」
彼女達は「爆弾」だ。念入りに威力、範囲、タイミングを調整し、最大の努力で最大の爆発を起こす。
それがアーサー・ペンシルゴンを筆頭とした「RPA」……レッド・ペンシル・エージェンシー達の目的だ。
配信者連合改め配信戦線の表明はリアルタイムで仕入れ続けている。そして各地に潜伏させたスパイからの報告で配信戦線の側が大した策を練っていないことは分かっている。
「敵に策なし! なれば策ありし我らに敵はなーし!!」
「「「同志! 同志ペンシルゴン!!」」」
「国が欲しいかー!」
「「「おーっ!」」」
「我々はサードレマの親愛なる配下なのでダメでーす! その代わりに一等地が欲しいかーっ!!」
「「「「「おおおおおお!!」」」」」
盛り上げたい者がいて、盛り上がりたい者達がいる。であれば彼らのボルテージは決戦前日でありながら際限なく上昇していく。
「敵は「配信戦線」! ぱやガルチャンネルを見たことはある? カリントウの徹夜配信を何時間連続視聴したことがある? 改崎さんの視聴者参加型百人組手に挑戦したことは? GGMCと当たった奴もいたりして? だが殺す! 死なす! 奴らが土を舐めたくないと言うのなら、ケチャップとマヨネーズと一緒に口の中に詰め込むのだーっ!!」
「同志! ワサビでもいいですか!?」
「ブートジョロキアなら認める!」
「ヒュウ! 妥協案が即死級だぜ同志ィ!!」
「血! 私配信者の血が見たーい!!」
「勝って献血配信してもらえるよう頼んできなさーい!」
誰も彼もが無茶苦茶な言葉を吐き出していく。どう聞き間違えても善玉の発言ではない……だがそれでいいのだ。
RPA……あるいはかつて鉛筆王朝と呼ばれた彼らは、綺麗な勇者様になりたいわけではないのだ。リアルではできない酒池肉林を、ハイクラスな地位と名誉で下々を見下したい、ソロゲーでただ黙々とコンテンツを埋めるのではなく、MMOで他者よりも秀でたい……そんな「表に出すつもりはないし隠すことも苦ではないが捨てることができない衝動」を、鉛筆戦士は肯定する。
渡世の中で、ゲームに費やす時間が人生の総量を上回ることはない。ならば、人生を渡る程に慎重になることもない。
楽しく生きて、楽しく死ね。死ぬ瞬間すらも彩ることが出来るなら、何度も生きて死ねるゲームでそれを躊躇う必要などどこにもない。
「もはやミーティングなど不要! 全員作戦は頭の中に叩き込んでいるでしょう? ならーば! あとは程々にアドリブを入れつつ、やろうよ王国転覆! サードレマの旗を振り回しておけば百人斬り伏せても私達は英雄なのさ! イェーイ大義名分!!」
「「「「おおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
配信戦線もレッド・ペンシル・エージェンシーも根っこは同じ。思うがままに「我」を通して楽しむために……双つ王達の代理として、激突の瞬間はもうすぐそこまで来ている。
……
…………
「……で、【旅狼】の当日の動きなんだけどね?」
「え、この全滅するまで終わらないタイプの悪の組織の決起集会の流れのままやんの? こっちまで悪の組織に引き摺り込もうとするのやめてもらえます?」
「お黙りカッツォ君、我サードレマ特別相談役ぞ? つまりジャスティス」
「ならもう正義は死んだって事だよ」
「あの! 当日はどうするんですか?」
「そうだね秋津茜ちゃん、約二名今どこにいるのか分からない奴らがいるけどちゃんと来てくれたいい子ちゃん達には頼みたいことがあるんだよねー」
◆
「にゃんにゃんっ」
「は?」
「いやぁ、猫の王国なんでしょ? だったらつけた方がいいかなぁって、ねぇ………」
そのどこ需要か全く分からない猫耳アクセサリーを譲渡されても使わないんだが。
そろそろキャッツェリアに到着する、というタイミングで突然猫耳をつけてあざといムーブをし始めたディプスロからの猫耳コールをキャンセル……したのだが、どうも雲行きが怪しい。
「まぁそう硬ぇこと言うなよサンラク」
「うわ、地味に聴覚強化がついてる……つけ耳なのに?」
「ははは、猫耳なんかリアルでつけてる暇ないから新鮮だなぁ」
いい歳してるだろう他三人が何故か猫耳に乗り気なのである。カローシスの方はちょっとツッコミ入れづらいから勘弁して欲しい。
「…………」
「……ほら、にゃんにゃん?」
え、やらないとダメな流れなの? めちゃくちゃ嫌なんだけど……いや猫耳をつけることが、じゃなくてものすごくニヤニヤしてるディプスロにそれを晒すのがなんというか恥ずかしいじゃなくて……不安? なんか変なことに使われそう。ええい録画しようとするんじゃない!!
「やったろうやないかい!!」
冥響正典:渡り鳥をつけて、猫耳をつけて……
「ウミネコのモノマネします」
「ウミネコは顔面炎上しねーよ」
「目玉も常識的に二つだと思うんだよね」
「その頭装備オルケストラのやつですよね? 何徹しました?」
「み゜ぁ゜ーーーーーーーーーーーーーーっ゜!!!!」
「猫に擬態するゲロみてぇ」
「この世の全てに絶望して発狂したカラスの鳴き声」
「身体壊して会社辞めた後輩がそんな声出してました」
オイコラ貴様ら、常人が生きて死ぬまでの間に絶対言われないような罵倒を生み出すのはやめろ。もうカローシスに関してはツッコまないぞ! 可愛らしいウミネコのモノマネやろがい!!
「いいねぇサンラクくぅん! 女豹のポーズ行ってみようかぁ!!」
「脳髄にマタタビを仕込んでらっしゃる?」
キャッツェリアまであともう少し。