12月某日:放置された手綱、祭りは白く熱く
本編の息抜きに本編
光あるところに影あり。それが視覚的な意味で顕著な街………それこそがフィフティシアと言えるだろう。
巨大船舶の残骸を屋根代わりにした大規模な裏街ならぬ陰街……あまりに巨大、故に司法の手すらその暗闇を払い除けることができない。
実情を言えば、荒くれ者や無法者にある程度の「法」を敷くことができる……それだけの力を持つほどに肥大化した裏社会の治安を破壊するのではなく共存することを選んだフィフティシアの長の判断によって光と影、二つの顔を持つフィフティシアという街は今に至る。
そして、プレイヤーの誰もが王道を歩むとは限らない。裏街という「そういう」シチュエーションがあれば当然、そういったロールプレイを好む者達もいるわけで………
◇
フィフティシア裏街の酒場「影泳ぐ鮫」。酒場を共通の目的を持つ裏社会の人物達が集まる隠された集会場にしたい……そんな野望を抱いた酔狂なプレイヤーによって店主ごと買収され、実際そのような役目を果たしている場所にプレイヤー達は集まる。
「…………いらっしゃい、注文は?」
「ええと……"ツチノコ杯にエントリー希望"……?」
「……お客さん、トイレはあっちだよ。」
「わ、本当にそれっぽく案内された………いいなこういうの」
彼らは、とある元PKプレイヤーからの誘いを受けた者達だ。合言葉でトイレの扉を開けば、店内の広さに対して外観に不自然に大きい「影泳ぐ鮫」の隠し部屋へとたどり着く。
隠し部屋の中には一人の人間。頭上に浮かぶ表示からプレイヤーであることを理解するのにそう時間はかからない。
「よう、ここに辿り着いたってことはお前もサバさんからの招待を受けたクチだろ?」
「あ、はい。新大陸に行く方法があるって話なんですけど………どういうことなんです? ツチノコカップってなんですかね?」
「それを説明するのが俺の役目みたいなもんだ……」
頭上に「ブラックカーテン」と表示された怪しい眼帯の男が、新たにやってきた「参加者」へと説明を始める。
「新大陸でゴルドゥニーネと一発やるって話はもう知ってるだろうから飛ばすぜ。要するに新大陸でイベントがあるからあんたらは新大陸に行かなきゃいけねぇ、だが全員が全員新大陸からの出戻り組ってわけじゃあねぇ」
「あー、そうか出戻りの人らは転移で行けるのか」
シャングリラ・フロンティアにおける転移魔法は魔法の使用者及び同行者の両方が転移先に行ったことがあることが条件だ。故に、新大陸に一度も行ったことがないプレイヤーは転移魔法で新大陸まで飛ぶことはできない。
「そこでツチノコ杯だ」
わざわざ用意したのか、ワインボトルにそのまま口をつけてラッパ飲みしながらロールプレイを続けるブラックカーテン。その様子にいつの間にか訪れたプレイヤーもまた雰囲気に引き込まれていく。
「ツチノコさんってのは知ってるよな?」
「ええまぁ、そこそここのゲームに熱中してれば一度は名前を聞くでしょう」
「そのツチノコさんが新大陸ででかい船使ってジークヴルムを倒したって噂話は?」
「いや………初耳っスね……ていうか、船で? え?」
「まぁそこらへんはどうでもいいんだ。要点はツチノコさんは造船関係のNPCと繋がりがあって、その船が最高にイカしてるってことだ」
プレイヤー「サンラク」が新大陸で披露した未知の船舶。新大陸調査専用な豪華客船スケールではない、クルーザーサイズの小型船ながら、ジークヴルムの角を破壊できるだけの武装を装備し、噂ではその船単体での大陸間航行すら可能。
その名も「征海船」。プレイヤーの母数が多いということはそれだけ生産ジョブに熱意を向けるものも多く、その中からさらに造船というニッチな方向性に熱意を向けるプレイヤーにまでふるいをかけてもまだそこそこの人数が残る。
「大々的にやってるわけじゃあねぇが今フィフティシアじゃ空前の造船ブームってやつが来てる。そこに今回の絵を描いた奴らが目をつけた」
空前の造船ブーム、作ったのならば動かしたいのが人の性。そしてそこに競争性があれば、灯された火はさらに激しく燃え上がっていく。
「ツチノコ杯……要するにあんたらは生産職が作った征海船で競艇するユーザーイベントに文字通り乗っかって新大陸に行くのさ」
ツチノコ杯、それは造船に熱意を傾けるプレイヤー達にとっては決して無視できない名前であるプレイヤー「サンラク」がフィフティシアの造船所に突如現れ、プレイヤー達に持ちかけた「条件」が発端だ。
───俺は今プレイヤーを大量に新大陸に輸送したい。あんたらは船を作りたい。この二つの目的は共存可能……そうは思わないか?
船造りのプレイヤー達に提示された条件。それは新大陸に向かいたいプレイヤーを輸送する代わりに「報酬」を用意するというもの。そしてそれを造船プレイヤー達がさらに一種の競艇……あるいはトライアスロンじみた企画に変えた。
それこそが第一回ツチノコ杯。旧大陸フィフティシアから新大陸前線拠点までの大陸間を各「オーナー」達の征海船で競争し、優勝者にはスポンサーと化したサンラクが用意した一等星級「ラピステリア星晶体」。半ば伝説になりつつある「始まりの征海船」の動力として用いられているという情報もあって、船造りの職人達の熱は上限知らずに上がり続けている。
「それは……なんていうか、楽しい道中になりそうだ」
「だろ? ただ……………」
「ただ?」
ブラックカーテン………わざわざお金を貯めてまでフィフティシアの酒場を買収した「黒幕」ムーブしたがりは、今回の仲介者ロールを全力で楽しみながらも、ほんの少しだけ同情を帯びた素を出しながら哀れな参加者に告げる。
「船作ってる連中が軒並み悪ノリし始めてるから多分何隻かは途中で爆散するんじゃねーかなって俺は予想してる」
「安全保障なし!?」
プレイヤーは死んでも蘇る。それはつまり、どれだけ非人道的で安全マージンを考慮していない怪物船を作っても、誰の良心にもなんら呵責が無いということなのだ。
◇◇
とある造船所。
「っぱ妨害ギミックは入れるべきだって。錨射出して敵船の横っ腹に大穴開けるとかどうよ」
「いやここは防御を固めた方がいいな。他の連中も同じこと考えてんだろ」
「いやどうだろう、三番ドックの連中は速度特化にするつもりだぜ?」
「乗り込むプレイヤーなんざ船体に縛りつけときゃいいからな……なぁ、船内にセーブポイント置いてプレイヤーを直接射出して敵船を妨害させるってのはどうだ?」
「オイオイ………天才か?」
「優勝は俺たちのものになるのが確定したようだな……」
「そうと決まれば早速人間砲撃装置を作るしかねぇ!!」
止める者は誰もいない。それを止めるべき立場であるスポンサーは今、新大陸にいる。
チキチキ征海船猛レース