フォロワーさんがごそっと減るようなことを書きます
「人生がうまくいってない」とか「自分は幸せではない」とか、そんなことをいつも口にしている人に僕が言いたいのは、自分の人生を良くできるのは自分しかいないということです
他人にいくら愚痴を聞かせたところで誰も助けてはくれません
助けてくれるとしたら親族くらいでしょう
社会や世間は貴方の親ではありません
ところがSNSの中では、親になってもおかしくないような年齢の人が、自分一人の人生すら主導できず、世間に愚痴ばかり吐いている姿を時折目にします
過去に固執し、自分の境遇を呪い、誰かのせいにし続け、勝手な解釈で他人を見下し、世間や社会を敵にすることで自身を正当化する
他人が自分より先を行けば「運が良いだけ」「神が与えた賜物」「前世で徳を積んだから」などと都合の良い解釈で敗北感や挫折感を帳消しにする
「自分は不幸だ」「自分には希望がない」、そんな言葉を吐き続けていたところで神も仏も現れません
天に吐いた唾は自分の顔に降りかかるだけです
つらくても苦しくても、戦って這いつくばって前に進むしかない
それが人生です
つらい境遇に置かれたことのない人間などこの世に一人もいません
みんなそれぞれ痛みや苦しみを背負い、必死にもがき苦しんで、それでも前に進んだから今があるのです
それが生きるということです
そんな他人の苦しみを理解できず、自分だけが被害者だと言わんばかりの自己愛を振りかざすのは、その人が本気で自分をなんとかしようと戦った苦しみを味わっていないからです
残念ながらこの世は弱肉強食です
みんな苦しいんです
みんな戦っているんです
自ら戦わない弱者を初めから終わりまで面倒見てくれる存在などありはしません
強者になった者が生き残り、弱者は食われるだけです
弱者が弱者を振りかざしたところで誰も助けてくれません
だから弱者は必死で強者に擬態しながら生きるんです
そのあたりはヤンキーとか不良の人達の方がよく理解しています
強くあろうとしなければ大切な人も守れません
弱者の看板をいつまでも掲げ、自分一人守れないような怠け者に、努力している他人を蔑み批判する資格などありません
この日本という国は、そこに生まれたというだけで多くの国の人から羨ましがられる高度なインフラとセーフティネットが整備されている環境
生命活動に必要な身動き一つ、自分の意思でままならないような人であれば、社会が全力で守り支えるべきだと思います
しかし自由に動ける頭と身体がありながら、恵まれた環境に守られてぬくぬくと日々を過ごし、被害者ぶって社会への愚痴や不満を撒き散らしている人間を見ると、甘ったれるのも大概にせえよ、と僕は思ってしまいます
何かを得たければ、戦わなければ何も得られません
前に進もうと戦っている者だけが輝きを放ち、その輝きがその人の魅力になるのです
以上が僕の個人的見解です
僕を話を聞いてくれるただの優しい人間だと思って、弱者意識、被害者意識で慰めや助けを得ようと近づいてくる人がもしいるとしたら完全にお門違いです
お門違いとは「訪問先を間違えている」という意味です
そういう人は有料のカウンセラーの所に行くべきです
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