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医療脱毛「アリシア」倒産被害 保全策なき前払い商法

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「価格が比較的安かったのと、当日のキャンセルが無料だったことが決め手だった」

大阪府在住の細川結衣さん(20代女性、仮名)は2024年3月、医療脱毛大手の「アリシアクリニック(旧じぶんクリニック)」の利用を始めた理由をこう話す。全身脱毛など11回分、約27万円のコースを契約し、全額を前払いした。だが7回通ったところでアリシアの運営法人が倒産。6万円分以上の施術が残っており、25年1月以降の施術日も予約済みだった。

アリシアを運営する医療法人社団美実会(さいたま市)と一般社団法人八桜会(東京・豊島)は24年12月10日、東京地方裁判所で破産手続きの開始決定を受けた。負債総額は約124億円で、約1500人の従業員が解雇された。さらに、細川さんら前払いした脱毛施術が完了していない利用者を中心に、債権者は9万人以上に上るようだ。これだけの数の一般消費者に被害が出る倒産はそうそうない。

帝国データバンクによると、運営する美実会は10年の創業。自由診療の全身医療脱毛・医療レーザー脱毛などを行うアリシアを全国で運営していた。テレビCMで知名度を高め、ピーク時の21年4月期には売上高163億円以上を計上していた。

大阪府在住の吉崎珠実さん(20代女性、仮名)は広告をたくさん出しているという安心感でアリシアを選び、現金一括払いで約18万円のコース料金を支払った。約3万円分の施術を残しているが、1通のメールで倒産を知らされただけで個別の連絡はない。「改めて返金されていない額を計算すると怒りがわいてくる」と話す。

脱毛は大きく、医療脱毛と美容脱毛に分類される。アリシアが手掛けていたのは医療脱毛で、医師やその指示を受けた看護師だけが施術できるため、利用者にとって安心感が大きい。また、美容脱毛は発毛組織にダメージを与えるだけなのに対し、医療脱毛は発毛組織を根本から破壊するため効果が実感しやすいとされる。ただ高額になりやすいのがネックで、業界大手でかつ低価格のアリシアは多くの支持を集めていた。

脱毛サロンの倒産、過去最多

もっとも、その大手のアリシアが倒産するほど業界は消耗戦に陥っている。

「口コミなどを比較して慎重に選んだつもりだったが、まさか2度も利用先が倒産するとは……」。東京都内在住の横井菜美さん(20代女性、仮名)は頭を抱える。

横井さんは23年12月、別の脱毛サロン「銀座カラー」で施術を受けているさなかに、同サロンの運営会社エム・シーネットワークスジャパン(東京・港)が破綻。アリシアと銀座カラーはもともとグループ法人として事業展開していたこともあり、銀座カラーの利用者の一部はアリシアが引き継いでいた。

帝国データバンクが24年12月12日に発表した調査によると、24年の脱毛サロン業界の倒産件数は14件に上り、過去最多を更新した。直近2年間で少なくとも27万人以上の利用者が被害を受けたとみられる。女性専用のサロン「シースリー」や男性専用の「ウルフクリニック」などを含め、店舗を全国に複数展開する企業の破綻が相次いでいる。

大手を含む倒産増の余波で、小規模な医療脱毛クリニックでは信用が低下して事業継続が困難になるケースもあるという。帝国データバンク情報統括部情報取材課の阿部成伸課長は「少子化が進む中でターゲット層である若い女性の取り合いになっている。注目してもらうために芸能人を起用した目立つ広告を打つ必要があるが、広告費がその分かさみ経営難に拍車がかかっている」と指摘する。

崩壊寸前のビジネスモデル

もともと知名度とイメージが新規客の獲得数につながりやすい業界のため、広告に多額の費用を掛けるクリニックは多かった。だが、ここ数年は新型コロナウイルス禍で飲食店の営業が困難になったことなどから新規参入が増えて競争が激化し、大幅な値引きも横行していた。

倒産がここまで増えるのは、収入の多くが利用者からの前受け金という業界の商慣行も大きく影響している。日本脱毛安全普及協会の元代表理事で弁護士の山岸純氏は「前受け金を売り上げと勘違いし、これを広告費などに使ってしまうことが倒産増の最大の原因」と指摘する。

高額な広告費や大幅な値引きで客を呼び込むため、施術が完了する前に前受け金を資金繰りに充てる自転車操業状態に陥りやすい。この場合、新規客の獲得が落ち込むと一気に資金がショートするリスクをはらむ。過当競争となり、もはやビジネスモデルは崩壊寸前と言える。

脱毛サロンの倒産増加を受けて22年度以降、消費者による国民生活センターなどへの問い合わせは急増している。上のグラフは医療行為に当たらない美容脱毛に関する相談件数の推移だが、アリシアなどの医療脱毛についても状況はあまり変わらない。

国民生活センターによると、脱毛サロンに関する相談は以前からあったとした上で、「アリシアクリニックの倒産以降は『クーリングオフをしたい』などの問い合わせが来ている」という。消費者庁の担当者は「一般的には、倒産した企業については破産管財人とのやりとりになるので、今回もそのご案内をすることになる」と話す。

ただ、利用者の多くは泣き寝入りを余儀なくされる状況だ。

アリシアの破産管財人ホームページにはクリニック利用者向けのQ&A集を掲載。そこでは「今後、お客様が施術を受けることはできません」とした上で、「未施術分の施術代を返金することは、極めて難しい状況です」と明記している。

未施術分の代金は破産債権として取り扱われ、破産債権は配当手続きによらなければ配当を受けることができない。そして現時点では配当の見込みはないというのが理由だ。

破綻時の消費者保護を

消費者を保護する特定商取引法では、エステや語学教育など長期間通わないと期待する効果が得られない特定のサービスにおいて、長期間契約を途中で解除する際に事業者に返金を請求するルールが定められている。だが事業者が破綻した場合、消費者が一方的に損害を受ける事態を防ぐ有効な仕組みが事実上ないのが現状だ。

「脱毛サロンは都度払い制度のみにするか、前払い制度は一定の信用がある企業だけにするなどの対策をしていく必要があるのではないか」。帝国データバンクの阿部氏はこう問題提起する。

ある業界関係者は「建前上は都度払いのプランは用意しているものの、実際には前払いがお得と誘導しているクリニックは少なくないようだ」と指摘する。前払いなら具体的にどの程度お得なのかを明示した上で破綻時のリスクをしっかり説明するなど、利用者が都度払いか前払いかを主体的に選べるルールを徹底すべきだという声もある。

前受け金の保全措置を講じることを徹底させるべきだとの指摘もある。これは事業者が倒産した場合に備えて、利用者に前受け金の全部または一部の返還を担保するため、事業者が金融機関と保証委託契約などを締結することを指す。消費者にとってはセーフティーネットになるが事業者の負担は重くなり、現状では実効性のある保全措置を確保している事業者は少ないとみられる。

過去に英会話教室が相次ぎ倒産するなど、前受け金に依存したビジネスモデルのもろさは今に始まったことではない。前払い商法のルール整備は待ったなしだろう。

(日経ビジネス 関ひらら)

[日経ビジネス電子版 2024年12月25日の記事を再構成]

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