12月14日:大惨事大戦
◆
「あ←あ→あ←あ→あ←あ→あ←あ→あ←あ↑あ↓あ→あ←あ→あ←あ↑あ↓あ↑あ↓あ↑あ↓あ!!?!?」
びょんびょんびょんびょんびょんびょんびょんびょんびょんびょんびょんびょんびょんびょん、とものすごく愉快な動きで上下左右に暴れ回る上下を縛られたサバイバアルの叫びを他所に、俺は準備運動をしながら隣でさながら魔女が箒で空を飛ぶが如く杖に跨がるディープスローターに目線を向ける。
「前後運動」
「もう何処かに行ってくれ……」
「性欲の向こう側へ!!」
もうなんでもいいから杖を股に挟んでかっくんかっくん動くのはやめろ。げんなりする。
わざわざ先にヤシロバードとカローシスUQを行かせたのはサバイバアルの愉快な姿を見たいから、ってのもあるが………全てを茶化しているようなディープスローターの「挑発」に応えるためだ。不本意ながら、こいつとの交戦歴は回数で言えばそこそこにある。だからこそだろうか、こいつのマジの挑発はなんとなくわかるのだ。
少なくともこいつは、「最大速度」を奪い取ろうとしている。いやあるいは……今の俺よりも私の方が速いのだとマウントを取ろうとしている。
別に? 最大速度の称号は成り行きで獲得したものであって元々それを目指していたわけじゃない。それにこの称号、別に持っていたからと言って劇的な変化があるわけでもない(レイ氏やジョゼットのレコードホルダーに聞いたが、どうもレベルアップ時に習得するスキルや魔法に影響が出るらしい)。
つまりなんだ、別にくれてやっても…………いいわけがねえ。少なくともこんな予告ホームランみたいな形で奪われたらマジで俺は拗ねる。絶対負けられん、少なくともこの変態女だけには!!
「だがディープスローター、残念だったな……?」
「おやぁ? なんだか自信ありげだねぇ……」
「そりゃそうさ、」
何せ足りないのは黒い電光だけ。それ以外はもう取り戻しているのだから。
スキル連結、速度の頂。人が人として、人のままに加速する臨界点。実のところを言うとこれのもう一段階上、「超光速」を選ぶことも出来たんだが……ありゃダメだ、どっちかというと一定距離の直線を無敵透明モードでスライドする感じというか、まぁ結論から言うと「飛距離」が足りないんだわな。悪巧みはできそうだったけど。
故に、踏み込む足に加速の神が遠慮無用の加護を叩き込む。回数五発の爆速にさらに重ねて嵐の加護を!!
「行くぜ変則、竜巻「臨界速」!!」
踏み込んだ瞬間、世界の全てが回り出す。
◇
ディープスローターにとって、サンラクというプレイヤーは極めて好ましい人物だ。愛しているように囁き、恋するように眼差しを送るがその本質はもっと深く暗い執着のようなもので。
「あはっ」
今だってそうだ。空中を弾丸のように自分自身を回転させながら蛇行軌道で吹き飛んでいった愉快な鳥頭を見送りながら……その無謀を超えた何かとしか言いようがない奇天烈なムーブが、本当に無謀だけではないこともディープスローターは見抜いていた。
如何にリアリティが極まったとてシャングリラ・フロンティアはゲームだ。肉体にフィードバックされる情報まで全てリアルに準拠していては最初のエリアで大半のプレイヤーが脱落するだろう。
だがそうはならない。シャングリラ・フロンティアがもたらす感覚の強度には上限がある……即ち、その"上限"にさえ耐えられるのならば、電脳世界の存在はどこまでも無茶ができる。
だが言うは易いが実行するのは不可能に近い。例えばそう、前述の"上限"というのは当然ながらちょっと手を伸ばせば届くような高さに設けられているわけではない。
電脳世界における挙動は、殆どの場合リアルのそれに準拠する。幼児のアバターだろうが巨漢のアバターだろうが、肩と腕を関節で挟んで動かす基本は変わらない。"上限"とは当然、その基本の限界点を指す。
「躊躇いなく腕を折れるくらいトんでる君は、やっぱり私と同類だよ……」
浮遊魔法。そしてザ・デザイアーによって倍加された推進力をもたらす魔法によって、この世に二つとない大いなる魔導の杖をあろうことか魔女の箒代わりにしたディープスローターが一気に加速する。
視線に映るはただ一つ。あの日、全てのプレイヤー達に最速とはなんたるかを示した「流星」程ではないにせよ、瞬く間に他三人を抜き去ったその背中だけ。
「現実なんて退屈さ、君"も"こっちの方が楽しいんでしょ? ねぇ……サンラク君」
自分と同類であろうと、そう確信している男の背に熱い視線を向けながら。自分こそが、そう自分だけがサンラクの理解者なのだと……理解者になるのだと、吹き飛ばされそうな風の中でザ・デザイアーにしがみつきながらそれでもなお笑う。
さぁまずは追いつこう。ディープスローターはサンラクの横に並べるのだと、ディープスローターこそがサンラクの最大の理解者なのだと分かってもらうために……自分はどこまでも都合のいい女になれるのだと。
◆
シグモニア前線渓谷。びょんびょんしていたサバイバアルが復活するまでちょっとだけ待たされたりもしたが、無事に俺たち五人はこのすり鉢フィールドへと辿り着いていた。
「ここがサンラクの言ってた素材ドロップするモンスターがいる場所?」
「ビンビンに屹立した岩があるねえ!!」
もうこの際無視。さて、折角この場所に来たというなら………やはり、存分に楽しんでもらわないとな。
「とりあえずテント建てたのでセーブしとけ」
よし全員寝たな? よしよし、添い寝してっ? じゃねーよ土に埋めて永眠させたろうかてめー。
「見た感じ静かなもんだが……土の下にでもいんのか?」
「よく分かったな、確かにここに生息しているトレイノル・センチピードとガルガンチュラはこの下で休眠状態だ」
「なるほどな………ってこたぁ先に見つけりゃ奇襲を仕掛けられるってわけだ」
「一理ありますね。どうします?」
ぬふふふふふふふふ………
「俺はここで観戦させて貰おうかな」
「…………サンラク、なんか楽しんでない?」
「いやほら、やっぱり何事も初見の反応見るの楽しみじゃん?」
俺の様子に、何か怪しいものを感じ始めたのか面々の視線に疑念の色が濃くなっていく。ええい面倒臭い連中だな、セーブしたんだから突貫するくらいの度胸見せんかい。しゃーない、
「ほいディプスロ、お手」
「ワンワン!!」
「お座り」
「これは「ちんちん」の流れ!!!!!!!」
「はいこのボールを取ってこーい」
「わうーーーーーーん!!」
俺がインベントリから取り出し、ぶん投げたボール(厳密には癇癪玉的なアイテム、この場所でそんなもんを使ったらどうなるのか……お察しの通りである)を律儀にキャッチするためにシグモ二アのバトルフィールドに飛び込んでいったディープスローターを見送って………
「ほらほら入った入った」
ここでの戦闘も慣れたもんだからな、大体何秒で「スタート」なのか直感的に分かってくる。
「じゃあ頑張れ、この戦場では人間はドブネズミ以下だ」
「これはもうご褒美に隅から隅まで、股間重点でブラッシングしてもらうしか───」
トン、とジャンプしてまで俺が投げた癇癪玉をキャッチしたディープスローターが地面に着地した瞬間。
「えっ」
「は」
「んんん?」
「わぁ………」
ずもも、とそこら中から現れるアーミレット・ガルガンチュラ達。そして地震のような揺れと共に大地に亀裂が走る………それも二つ。共にその巨体故に地面を割る、というよりももはや突き破るようにして現れた巨大いなる虫達。おひさ、今日はどっちかというとガルガンチュラ達に勝たせたい気分なんだけど、それ以上にこいつらの初見反応見る方が楽しいわ。
「サイナ、あいつら何分持ち堪えると思う?」
「疑問:勝敗予想にベットする最中に対象が死亡した場合の判定」
「ん? もう死んだ? まだ生きてるっぽいしお早めに、ってところだな」
アーミレット君達の連鎖爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ四人を自分でも驚くくらいのにっこり笑顔で眺めながら、俺はインベントリアから椅子とテーブルとキャロットパイを取り出すと優雅に面白……もとい、臨場感あふれる「蜘蛛vs百足vsなんか足元でプチプチ死んでいく脆弱な人類」の上映を楽しむのだった……
おもしろっ