誰でもない、私が私を一位にする
二時間超過ならセーフみたいなところあると思う
自発が義務になった時、それは娯楽が苦行に変わる瞬間。
これは不夜なる「彼等」が集まったよりもさらに後の出来事……
◇
無尽のゴルドゥニーネによる強襲、そして「ゴルドゥニーネ」達の敗走……あの日から、一週間が経った。
「……ニーネ、ちゃん」
「……ナにヨ」
三神教新大陸教会。王我星と片腕を失ったゴルドゥニーネ「ニーネ」が逃げ込んだ場所だった。
本来、三神教は人間のための宗教だ。だが人ならざるニーネが受け入れられたのは心なしか女性に対しては優しさが1.5倍になる聖盾輝士団の団長が常在しているからか、あるいは遥か彼方を見据える聖女の慈悲か。
ともあれ、教会の一室に半ば匿われる形で落ち着くことになったニーネと王我星であった……が、
「その……あのね、腕………」
「イい加減、しつッコいのよ」
「ひう」
顔を合わせれば視線は無くなった腕へ。袖を通すものが一本、肩の付け根から無くなっているが故に僅かな身振りと窓から吹き込む風に揺れるばかりの袖をチラチラと見ては申し訳なさげにどもる王我星の姿に、最初は気にするなと言っていたニーネも段々と苛立ちの反応を返し始める。
「顔ヲ合わセレば腕、腕、腕……」
「だって、だってぇ……」
「涙目デ見てレバ生えルとデモ思ってルの?」
「ゔ……」
図星である。
これが本当にリアルのことであったならばこうはならなかっただろう。だが、シャングリラ・フロンティアはどこまでリアリティを突き詰めても結局はゲームなのだ。
もしかしたらその内NPCの欠損も元に戻るのかもしれない、具体的に何をすればいいのかは分からないが……それが今の王我星の状況であった。
「…………」
あるかどうかもわからないお釈迦様の蜘蛛の糸を探して、ひたすらぼんやりと上を見ているだけ……ゲームであっても真に迫るリアリティだからこそ、そんなダサい有様の王我星に対してニーネの好感度は非表示のまま下がり続けていく。
「……ぐすっ」
王我星…… どれだけ筋骨隆々の姿であろうと中身が綾織 真央であるが故に割り切れない罪悪感と、積み上がる責任感。
いっそ「たかがNPCの腕くらい、神代技術で生やせるんじゃねーの?」と開き直って立ち上がるだけの行動力があれば話はまた違う形になったかもしれない。
だが王我星はその判断に至れない。恐ろしい敗北の記憶が「王我星」という個人の力にどうしようもない疑いと諦めを刻み込んでしまったから。
自分が何をしたところで、何も成し遂げられないのでは?
どれだけ憧れのムービースターに似せたところで、結局それはただのハリボテでしかないのでは?
疑念とは火事に似ている、一度火がついてしまえばあとは瞬く間に燃え広がっていく……
「もうやだぁ………」
どうして楽しいはずのゲームで、こんなに責められなければならないのか。
どうしてこんな楽しくもないことの為に、ログインし続けなければならないのか。
"破綻"の二文字がより色濃く、はっきりと浮かび上がる………
───時に話は変わるが。
コンコン
「……誰?」
───打開策というものは。
「ええと……王我星、さんだったかしら? 夫の知り合いの方から貴女を励まして欲しいと頼まれてね?」
───ぶっ叩いて開く策という意味なのだ。
「ああそうね、私ったら……自己紹介を忘れるなんて。初めまして、マッシブダイナマイトと申します……どうぞよろしく、王我星さん」
「え───」
この世の真理曰く、筋肉は全てを解決する。
◇◇
「ねぇねぇサンラクくぅん……」
「なんだよ」
「いやねぇ……なぁーんであの人に頼んだのかなぁって。私、聞きたいなぁ……?」
「言いたくないなぁ」
「い・け・ずっ……ああっ! いいよゾクゾクする眼差しご馳走様です!」
「……お前人生楽しそうだな」
「………………そうだねぇ、今は最高に楽しいよぉ?」
「はいはい………まぁあれだよ、要するに凹んでるんだろ? だったら一回二回会っただけの奴より憧れの人物とかの方がよくない?」
「……あの人が憧れの人物だって知ってたの?」
「いや、勘。………お前が絶句したの初めて見たわ」
「やんっ、私の初めて奪われ……あっ、待って待ってこの服お気に入りなのぉ!焼くなら顔にしてぇっ! あぁぁあファラリスッ!!」
◇
「そう……そんなことがあったのねぇ」
あのマッシブダイナマイトが目の前にいて、しかも何故か自分の話を聞いてくれている。何もかもが王我星の理解の外にあった。
マッシブダイナマイト。その漢らし過ぎるプレイスタイルとは真逆の穏やかな老婦人の立ち振る舞い、ある者はプレイヤーからバトルスタイルまで全てネタと揶揄する者もいるが……こと、王我星のようなプレイヤー達からは脳筋の頂点としてある種の尊敬を集める人物だ。
「私……どうすればいいか、もうわかんない……」
「ふふふ、簡単な話よ王我星ちゃん」
「え?」
敗北の恐怖、友達の腕を失わせてしまった負い目、そして光の見えない展望への不安。
それら全てに対して、マッシブダイナマイトが出した答えは一つだった。
「パワーよ」
「パ、ワァ?」
いくら現役の小学生とて、流石にパワーの意味くらいは分かる。その上で何故今その単語が出てきたのかが分からないのだ。
「いい? この世の中にはね……パワーで解決できることと、パワーで解決しなくていいことがあるの」
「へ……?」
「負けて、悔しいでしょう?」
「っ……うん」
確かに毒乙女に群がられ、全身に噛みつかれる体験はいくら痛みがないといえどトラウマになってもおかしくない死に方だった。だがそれ以上に……悔しい。
負けなければ、あんなに怖い思いをすることもニーネが傷つくこともなかった。その想いだけは、どれだけ半泣きでめそめそしていても王我星の心の奥底に確かな種火として残っていた。
「私もね? 頑張ってはいるのだけれど……【最大火力】が獲れないのよねぇ」
これもまた有名な話だ。純粋な物理火力においては最高クラスのマッシブダイナマイトだが……全プレイヤー中、最大最高威力を叩き出すことで獲得可能な【最大火力】の称号を、マッシブダイナマイトがシャンフロを始めてからこれまでに一度も取ったことがないと言う事実。
「でも私は、それでも自分のパワーが一番だと信じているの。どれだけ悔しくても……私が一番なのだと」
「どうして……? どうしてそんなにパワーを、信じられるの……?」
筋肉を見上げる筋肉。筋肉の視線を受けた筋肉が赤子を片手の掌だけで包み込んでしまえそうな大きな手で筋肉の肩を叩く。筋肉密度がひたすらに高まり続け、室内の体感温度は飛躍的に上昇していく。
「どれだけ負けても、立ち止まらなければ筋力は前に進むの。一歩ずつ一歩ずつ……そうして鍛えたパワーはいつしか一歩で三歩分を進むのよ」
理屈で理解しようにもあまりに抽象的過ぎる言葉。だがマッシブダイナマイトの言葉は、自分への絶対的信頼と……何よりも「目指す先にある頂になんら間違いはない」という確信に満ち溢れている。
要するに、
「筋肉は不可能を可能にするのよ、王我星ちゃん」
「不可能を、可能に……! マッダイさん、それじゃあ……ニーネちゃんの腕も……」
「絶対に治せる! 一度負けたくらいで、パワーは終わらない。鍛え直せば不可能が可能になる!!」
「不可能を、可能に!!」
「私を誰よりも信じているのは私!アイアムナンバーワン!!」
「あいあむなんばーわん!!」
◇◇◇
その様子を完全に置いてけぼりで眺めていたニーネ。
そもそもニーネにとって忌避すべきは「不安要素の残る状況」であり、絶対的安全が確約された今の環境は非常に居心地が良いので腕の一本程度本当に気にしていないのだが……なにやら妙な方向にヒートアップし始めた王我星を半目で見つめながら、実に人間臭いため息をつく。
そして失われた腕の代わりに眷属の蛇に服の袖を潜らせて腕の代用として操りながら一言。
「ナにコレ」
正直、後半どうやって書いたのか全く記憶がないので明日の朝くらいに読み返して理性が耐えきれなくなったら多分書き直します
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12月17日にコミカライズ版「シャングリラ・フロンティア」の二巻が発売します!
これ書いてるのが12月11日なのであと六日!もし12月17日以降にここを見てる人がいたらなんとびっくり!もう発売してるよ!
大魔導師不二先生の手で具現化した漫画版シャンフロの世界をぜひお手にとってみてください!!