貴方のためなら「私」は
連続更新
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くだらない現実にさようなら、楽しい現実にただいま。
彼女にとって、退屈で現実での全ては喜びと同義であるログインする瞬間を迎えるための苦行に他ならない。
しかしながらログインする、という事はログアウトしていた、という事なので「ログイン」という行動が嫌いでもあるというのが彼女の抱えるねじれなのかもしれないが。
「………」
彬茅 紗音としての時間はおしまい。ここからは思う存分に「ディープスローター」として生きていく時間だ。
ここ数年、執心という言葉がぴったりと合うほどにディープスローターの心に居座っているとある人物のため、ディープスローターはありとあらゆる方法で自身をカスタマイズし続けている。
例えば初めてシャンフロ内で出会った時。サンラクが前衛の分担ではなく後方支援をこそ求めていると分かったのでそれまでの「魔法双杖士」というべき構築を放棄、強化魔法などの支援系の魔法を大量に覚え直した。
例えばジークヴルム戦で再び出会って以降。サンラクが「最大速度」の称号を獲得した事で他者への支援だけでは物理的に追いつけないと判断、自身もまた速度対応手段を模索しつつ………もう一つ並行で別の構築にも着手する。
明らかな無謀、言うまでもなく無茶。二兎を追う者は一兎をも得ずと言うように、あれもこれもと手を出せば出来上がるのはかろうじて「器用」と褒める事はできてもその後に「貧乏」がくっついて器用貧乏の謗りを受ける中途半端なアバターだ。
「ああ、そうだレベル上げなきゃいけないんだった……」
だがそれは、「ディープスローター以外の場合」の話だ。
狂気的なまでの育成リセットも、費やした時間と獲得し続けたリソースがいくらでも不足を補う。
サンラクが水晶巣崖という金策とレベリング、二つの効率を高度なレベルで備えたエリアでリソースを獲得したように、ディープスローターもまた自身のみが知る「狩場」を持っている。
新大陸北部、巨人族の今は誰もいない無人の里から南へしばらく歩いた場所にあるその場所が彼女にとっての狩場だ。
「いつ見ても不愉快だねぇ……」
風も吹いていないのに、木が揺れている。いや違う、それは揺れているのではなく身悶えしている。
「オォ、オ……ォォオ……!!」
人ならざる人だったもの。未だこの場所に到達した二号人類がいないが故に、ディープスローターと……かつて、それに会ったことのあるサンラクが知っている妄念の代償たる姿。
「妄執の樹魔」、奇怪な木の怪が十数本程呻き、踠きながらも姿を見せたディープスローターに敵意を見せる。
「見目も、設定も、何もかも……ほぉんと、不愉快不愉快不愉快……【煉爆の流圧】」
詠唱破棄による瞬間の魔法行使。ダメージではなく状態異常とノックバックに特化した煉獄の炎が薄く雪の積もった地面を這いずり、妄執の樹魔達の足元を焼く。
妄執の樹魔達が怯み、火傷(燃焼?)に苦しむ中でディープスローターはすぐさま次の動きに移る。
「【代償詠唱】【加算詠唱】【重積言霊】【詠唱短縮】……地より吼えろ深き稲妻、」
体力を削る事で魔法火力を上げる魔法。
次の魔法に威力補正を付与する魔法。
魔法の詠唱が長い程に威力が上がる魔法。
そして、魔法の詠唱そのものを短縮する魔法。
それらを駆使する事で、通常の半分の詠唱でフル詠唱と同じ威力を保ちつつフル詠唱の半分以下の速さで魔法を放つ。
早口言葉もかくやな速度で淀みない詠唱を続けるディープスローターの顔に緊張の気配はない。
なにせ「とりあえず死ぬまで戦おう」という非常にアバウトな突貫一択なサンラクとは異なり、既に妄執の樹魔をレベリングのためのサンドバッグとして定めたディープスローターは最速最高効率で妄執の樹魔を根こそぎ狩り尽くす手順を確立している。
多少こちらの手口学習したところで無駄だ、あらゆる魔法・スキルに精通しているディープスローターは火が駄目なら雷を、それが駄目なら毒氷衝撃波……何を用いてでも新たな最適解を導き出す。
「天を貫く深き獄よりの御手、諸人よ恐怖を幾度なりと魂に刻め。彼の手は恐怖、其の手は暴威、我が手は比類無き槍」
詠唱量を減らす魔法を行使して尚、この文章量。
大地が揺れ、怯む妄執の樹魔達の足元に亀裂が走る。
あの日見た「炎の槍」、あるいはお揃いと自慢するためか。故に地より天を貫くそれはまさしく輝き、迸る光熱の───
「───消えろ木屑共。【深獄の雷槍】」
槍が炸裂した。
……
…………
焼け野原、という他になく。
あらゆる「熱」を帯びた暴力が振るわれ、妄執の樹魔を苦悶と苦痛ごと消し飛ばした果ての光景。
特に感慨もなく必要量の暴力だけで妄執の樹魔を倒し切ったディープスローターは、かろうじて残っているアイテムを回収しつつ乾いた目で今後を考える。
「レベル141……足りないねぇ……」
ディープスローターはフルダイブVRに非常に高い適性を持っている。しかしながらそれは並列的な判断力やより深度の深い思考に特化したものであり、瞬間的な反応速度に関しては人並程度のものでしかない。
だからこそ強さが必要なのだ。"世界最速"に追いつけるだけの強さを、そして世界最速に並び立てるだけの記録を。
「ピヨヨッ」
「……?」
と、ディープスローターの肩に一羽の隼が降りてきた。ディープスローターは一瞬だけ眉を顰めつつも届けられた手紙を開く。
「……あはっ」
差出人の名を見た瞬間、またどうでもいいプレイヤーからのメールだと判断した己を自ら嘲笑いながら、その顔に信じられないほど華やかな笑みを浮かべる。
「いいよぉ、私は君のためならなぁんだってしてあげる。私はいつだって君の都合に良く動いてあげるからねぇ……ふふっ、ふふふふふ……」
より深く、強い繋がりを。願わくば、彼が現実よりも現実を優先してくれるように。
彼女は彼に追いつく、他でもない……その隣を、我が物とする為に。
彼女がありとあらゆる準備を整え、そして全力のお洒落装備を整えてサンラクの前に現れるまで……あと五分。
今のディプスロは「超高出力全方位魔術師」みたいな感じ、ザ・デザイアーがあるからこそ、バッファーデバッファーアタッカーヒーラーアシスト全てを高い出力で行使できる
追伸
来たる12月17日にコミカライズ版「シャングリラ・フロンティア」二巻が発売します!
一巻同様、硬梨菜が色々書き下ろしていますがシャンフロのあのシーンやこのシーンが大魔導師級漫画家不二涼介先生によって実体化しています!
表紙はツラだけは清廉潔白なあいつ! 書き下ろしもあるし一部店舗ではあいつの自己紹介もあるよ!!
みんな!よろしくね!!