エピローグ:太陽は昇る
タイトルに他意はないよ、ホントだよ
神話級処刑用BGMとは何も関係ないよ、ホントだよ
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激烈に疲れている。しかし気を緩めるとすぐ口元が緩んでしまいそうだ……疲労と歓喜で。
"緋色の傷"の単独討伐……いや、知らない人の助力がなかったらまた別の結果になっていたかもしれないのでソロ+ワンアシスト討伐。快挙と呼ぶに相応しく、思い出してニヤつくに不足ない。知らない人の名前全然見てなかったから全く思い出せないんだけど。
だがソロ討伐によるドロップアイテムは……なんかもう、ヤバいくらい落ちたのだ。なんなら武器から防具まで一式で作れそうなくらいには。
とはいえお楽しみは後にとっておこう。そもそも"緋色の傷"に喧嘩を売ったのは素材が主目的ってわけじゃあない。失ったヴォーパル魂を取り戻し、気分を切り替え、そうしてようやっと俺はこの扉の前に立つことが出来る。
「契約者……申し訳ありません、当機のインテリジェンスでは……」
「サイナ、インテリジェンスは柔軟にすりゃあいいってもんじゃないんだぜ?」
時に強硬、すなわちダイナミックに入室!!
「鉄拳ドアノック!!」
バキャッ!!
ドアノブを殴り砕いて破壊し、施錠という役目を遂行できなくなった木の板を蹴り飛ばしてオープン。部屋の中で硬直している白布お化け……白布お化け!? 新大陸にも生息していたのか……まぁ冗談はさておきウィンプの元へと一歩踏み出す。
「こ、こないで!」
「やだね。あとサイナ、下行って店主に謝ってきてくれ……あとで一括払いで弁償しますって」
「……了解:」
別に厄介払いというわけではないが、一流は物事の最中にあっても気配りを忘れない。これヒーラーの必須条件な。
「…………」
「やだ……もうやだぁ……」
白布お化け二号はというと、完全に心が折れて砕けて粉になったのが風に吹き飛ばされたご様子。ガワが美少女なのでニッチな需要はあるかもしれないが、随分とまぁ惨めな姿だ。
「……ウィ」
「どうして! どうしてサミーちゃんをしなせたのよっ!!」
「…………」
「あんたがいたのに……っ、どうして………! なんで、サミーちゃん……わたしを、おいていくの……っ!!」
大切な存在を失ったことで心にできた穴を埋めることは容易ではなく。さらにそこへ信じていた者に裏切られた悲しみによる痛みを注ぎ込まれれば、その苦しみは如何程のものか。
泣いているのか、怒っているのか、呪っているのか……あるいはその全てをぐちゃぐちゃの挽肉にして捏ねたようなドス黒い感情の叫びが部屋の中に響く。
だが、俺の視線を釘付けにしたのはそこではなく。
「……よう、元気かい」
ウィンプに隠れて見えなかったが、床に力なく伏せている一匹の蛇の方だった。
まぁ当然だがサミーちゃんさんではない、現実に存在しているアナコンダより少し小さいくらいのサイズ……つまりこの世界においては「超小型」に分類されるような小さな蛇。
───話は変わるが、この世広しといえどもゲーマーほど「経験」の多い存在はない、と個人的には思っている。
小悪党から大魔王までを倒し、特定の個人から世界までを救い、そしてヒトの想像力が続く限り無限に生み出され続ける世界を歩いていく……たかがゲームと笑う者もいるが、じゃあお前人生のうちにフルダイブVRクラスのリアリティでドラゴンと戦ったことあんのか? って話になるわけだ。
であればゲーマーとは悲劇も喜劇もプレイしたゲームの数だけ見てきた者だ。今にも死にそうな蛇がこれをウィンプの元に持ってきた……成る程、ロールプレイだ。
「言葉が通じるかは分からないけど、わざわざ探して持ってきてくれたことにありがとうと言っておくぜ」
こう見ると随分と見窄らしい覆面だ、だがこいつとは一番長い付き合いでもある。てっきりロストしたものと諦めていたが……というか別になくなっても若干ショックなだけで別に困ることはなかったのだが、戻ってきたならそこそこ嬉しい。
だが重要なのはそこではなく……恐らく他のゴルドゥニーネの眷属であろうこの蛇が、わざわざ俺の「正眼の鳥面」をここまで持ってきたという意味。古今東西死の間際に抱く未練は二種類。
つまり「死にたくない」か「死んでも死に切れない」だ。
そしてこの蛇の未練は後者……であれば、応えるべきロールプレイは決まっている。
「そして……安心しな、俺の懐は見た目よりもずっとずっと広い。お前の分も背負って持って行ってやるよ」
答えはない。蛇だから喋れないとかそういう話ではなく……あの時白い蛇がそうだったように、俺の鳥面を持ってきた蛇はもう砕け散ってしまったから。
「………さて」
今の俺はR.I.P.の効果で他の装備が使えない、ので今度は落とさないようにインベントリアに格納してシーツおばけもといウィンプの方へと向き直る。
「さてウィンプ、話をしようぜ」
「……いやよ」
「残念、拒否権はない」
知らなかったのか? シャンフロにイベントスキップ機能は無い。
「あの時、何があったのか……まぁ大体わかってるだろう。俺たちは負けた、サミーちゃんさんは死んだ、んでもって他の連中は心が折れた」
「…………」
「誰のせいだと思う?」
沈黙。考えるまでもない簡単な質問も、今のウィンプには口に出すのも憚られるか。
「………わたしのせい、っていいたいんでしょ?」
「…………」
「わたしが、よわいから! サミーちゃんをまもれるくらいつよかったら! サミーちゃんがしぬことはなかったって! そういいたいんでしょ!?」
「…………」
「わかってるわよ! わかってるわよそんなことぉっ!! だからって……!! こわいの! たたかいたくないの!! そんなことがいえるのは! あなたはつよいからでしょ!?」
「…………」
「もうやだ、もうやだよぉ……わたしは……わたしは、いつだって、ちをはって……きらきらしたものを、うらやましいってみることしか……できないの………」
ボロボロとウィンプの目から落ちていく涙。俺はそれに対して何と言っていいものか僅かに迷う。慰めるか、それとも………うーん、まぁいいや。真実を教えてやろう。
「ウィンプ」
「ひぐっ……ひぐっ……」
「大、大、大……大不正解!!」
「!?」
「凄いなお前! この期に及んでまだ気づいてないのか!?」
サミーちゃんさんが死んだのも、俺がこっぴどく敗北する屈辱を味わったのも、なんか他の人らがやたらトラウマ負ったのも、元を辿れば全部! 全部!! 全部!!! ただ一点に集約されることだ!!!
「悪いのはあのクソゴルドゥニーネに決まってんだろうが!!!!」
「え………」
「いいかウィンプ、お前は自分を卑下しすぎだ。もっと世界に責任転嫁してこうぜ! 俺はする!!」
何故サミーちゃんさんは死んだ!? あのクソ蛇が奇襲かましてきやがったからだ!!
「大体なんだあのクソイベント戦闘は! せめてフラグを可視化しろよ!!」
何故俺は装備を失った!? あのクソPKだけならどうとでも対処できた、クソ蛇がいたからにっちもさっちもいかなくなったからだ!!
「俺は今、猛烈にキレてるぜ……絶対許さねぇってなぁ!!」
なぜ負けた? 頭数が足りなかったからだ!!
「挙句負けイベなりの見せ場は全部サミーちゃんさんに持ってかれた。どうしてくれんだオイ、今の俺はSNSで「こいつ設定の割にクソの役にも立たねぇ」って書かれるような惨めな有り様だ!!」
「え、え? あ……」
「怒っていいんだぜウィンプ、俺達は……いいや、お前はあのクソゴルドゥニーネの顔面にグーパン叩き込んでいい権利がある!!」
蛇も人も関係ない、受けた傷の報復は……失われた命の「仇討ち」は!! 全ての知的生命体が等しく持つ権利だ!!
僅かに開いていた窓が風に吹かれて大きく開く。東より吹いた風は"緋色の傷"との死闘で燃えた曇天を跡形もなく吹き飛ばし、快晴の空にいつだって太陽は昇る。
「復讐しようぜウィンプ」
「ふく、しゅう……」
「力がないなら鍛えればいい、それが嫌なら頭数を増やせばいい」
昇る暁光を背に浴びて、俺はウィンプに宣言する。
「戦争だ」
「せんそう……」
「何もかもを巻き込んで盛大に仇を討とう。そんで全部終わったら世界で一番立派なサミーちゃんさんの墓を作ってやろうぜ」
行手を阻む敵も、龍蛇も、なにもかも! 道を切り拓いて突き進む! それが俺達開拓者の使命ってもんだ。
差し伸べた手、泣き虫の蛇は日陰の中でそれを見つめている。そして、未だ恐る恐るといった様子だが…………
「……もういちど、しんじていいの?」
「当然だ。あとついでにお前も鍛える」
「う゛………ぐすっ、じょうとうよ」
弱々しくても確かに差し伸べた手は、日陰から立ち上がり踏み出した一歩と共に確かに掴まれた。
やることは山積みだ、だが俺はもう止まらない。レベル150がなんだ、最大速度がなんだ。足りない! 足りない!! 何もかもが足りなすぎた!!
鍛え直すのはウィンプだけじゃねぇ……俺自身もだ。いい加減、未消化のサブクエもどきも整理しなきゃいけない時が来たようだな。
今後は最短を最速でいく、もう手段を選り好みはしない。
ロリコンだろうが乱射魔だろうが変態だろうが、使えるものはなんでも使ってやるさ。
とりあえずここで一旦この章は終わります
この章のボスってゴルドゥニーネ?それとも"緋色の傷"?
その答えは皆さんの心の中にあるのです……少なくとも作者の心の中を家探ししても見つからなかったので