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曇天の夜空:光差す風雲急

作者も徹夜で書いたから正直整合性とかが本当に大丈夫かひたすら不安になる更新


白蛇、その悉くが俯く中で一匹の蛇(死に損ない)だけは顔を上げていた。


「………あなた」


どうか、どうかお願いしますと。

命の刻限がゼロに近づいているのが分かる、もはや主人の仇の結末を見ることはできない。だがそれならば、せめて。


「……やめてよ、なんでわたしのところにきたの? もうほうっておいてよ」


小さな蛇から嘆く白蛇に言葉を伝えることはできない。それが可能なのは白蛇と密接な繋がりのある眷属だけ、既に主人を失った小さな蛇では意思を伝えられる相手はもうどこにもいないのだ。


そんなもの(・・・・・)があるからって、だからなんなの? だれもかてないのよ? もうあきらめるしかないの」


そんな事はどうでもいいのだ。

勝てる勝てないを論じる為に、命を削ってここまで来たのではないのだ。

嗚呼、己を支える命に大きな亀裂が入った音がする。身体を支える力が抜けて、それ(・・)を加えたまま頭を床に力なく打ち付ける。


「う、ぅうぅぅぅぅぅ……!」


───どうか、どうかお願いします。

命を助けて欲しいわけじゃない。今すぐ仇の首を持ってきて欲しいわけじゃない。


どうか、繋げて欲しい(・・・・・・)

死にゆく前に、この小さな蛇の想いを受け取って欲しい。

誰かがこの無念を受け取ってさえくれれば、せめて納得して死ねる。


命の刻限がもうすぐそこまで来ている。薄く明るくなってきた窓の外から、光が差し込もうとしている。


「もうやだ、やだやだやだやだやだ……こわいのは、やだ……もうわたしにかまわないで、わたしをみないで…………わたしを、たすけて………」


誰も顔を上げようとしない。そうして、時間だけが過ぎ去ろうとしていたその時───

 




当てる。当たらない。お前が先に死ね。

この戦場を幾百幾千の言葉で表現しようとしても、結局はこの三つに全てが集約している。


「しいいいいねええええええ!!!」


体感重量が軽減され片手で扱える程になって尚、両手で握りしめフルスイングで叩き込んだ別離なく死を憶ふ(メメント・モリ)が"緋色の傷"の左ヘッドの顔に重傷と言っていい大ダメージを与える。

だが己であり兄弟である頭の一つが顔の半分を損失するようなダメージを受けても他二つ……否、直撃した左ヘッドも含めた全ての頭がただ俺を殺すべく戦意を煮滾らせて噛み付いてくる。


「はーっ! はーっ!」


上手に生きるコツは無理に欲張らないこと。一撃を当てた時点で既に回避行動に入っていた俺は三つ頭の強行攻撃から逃れて再び別離なく死を憶ふを構え直す。

分かっていた、分かってはいたがやはり……モンスタートレインを処理する前の数時間よりもこの一、二時間の方が遥かにつらい。回復ができないから? それもある、一撃で死にかねないから? それもある。だが精神を削る最大の理由は、そこではない。


ドラクルス・ディノサーベラス"緋色の傷(スカーレッド)"の最も恐ろしい点は何か。人伝でしかその存在を知らない者は頭の数だのナパーム攻撃だのと言うだろうが、実際に戦って……そしてある程度善戦できた者達なら皆口を揃えて同じ答えを返すだろう。


「体力の残量に反比例する防御力の強化……っ!!」


その名の示す通り、今にも血が滲み出そうな全身に刻まれた緋色の傷。それらは奴が死に近づく程に赤く、紅く、緋く輝く。あたかも死の間際にこそ命は真に輝くのだと言わんばかりに、その鱗も筋肉も強靱さを上げていく。

物凄く噛み砕いて説明すると100ある体力の内、90削ると防御が十倍になるので残り10の体力が実質100と同じくらいになるということだ。


あるいは自爆が好きな方の外道が持っているシャンフロ最強クラスの防御貫通性能を持つ聖槍であればこいつの鱗すらをも貫くのかもしれない。

だがこの場にそんな便利な槍はないし、仮に今からペンシルゴンを呼べるとしても……断言する、絶対に呼ばない。


「楽しい時間だ……なぁそうだろう兄弟、なぁ!!」


ああそうだ、今この瞬間俺は最高に楽しい。

そう……鯖癌を思い出す(・・・・・・・)。あの孤島にも、人間を餌かオモチャとしか思っていないようなクソエネミーがいた。そういう生まれついてのアドバンテージだけで生きてるような畜生をソロでブチ殺すのは十人暗殺(アサシネイト)するよりもずっとずっと楽しい!!

水晶群蠍やシグモニアの虫共に挑むように、殺し殺されで最適化していくのもゲームの醍醐味だが……やっぱり初見クリアの魅力は何よりも勝る。エンドルフィンとアドレナリンが両方ドバドバ出るから原液200%ってところだな。ハハハ、何言ってんだ俺。


「いいぞ……あたまがおかしくなってきた」


徹夜特有のハイテンションだ。これで負けたら向こう三日はゴミ箱を苛立ち紛れに蹴り飛ばす生活になるだろうが、この状態で勝てば向こう一週間は思い出し笑いでニヤニヤできる。実際バイバアル率いるクソゴリラ軍団を二十人抜きした時は事あるごとにニヤニヤしてたしな。


「死ねぇ!!」


爆進。もう何度使ったかも分からないスキルの起動で加速力を補強して一気に"緋色の傷"の懐に入り込む。この加速力、この回避力が俺の命を現世に留める細い糸だ。

はよ死ねすぐ死ねいい加減に死ね、怨念に近い思いを墓標の剣に込めながらひたすらに攻撃を叩き込む。だが未だ倒れない、何度かふらついていることから追い詰めているのは確かなのだ。だが……その残ったHPがゼロになるまでがあまりに遠い。

もしかして無理なのでは? 防御力上昇の上限がもしも本当に十倍とかだったら五時間かけて与えたダメージをもう一度再現しなければならないことになる。


「ふっ、ふくくくくくっ、ふははっ、あはははははは!!」


やべぇ、そんな事より自分の声が思いっきり女声なことに今更ながら笑いが込み上げてきた。笑顔は大事、笑顔で乗り切れ、正気か狂気かなんてただの一文字違いだぜぇ!!

一発で死なないなら百発殴ればいい。ダメージが通るならゲーマーは神だって殺せる。もはや弱い部分だろうが丈夫な部分だろうが関係ない、ヒットアンドアウェイを前提としつつも、攻撃のチャンスならばどこだろうと"緋色の傷"に攻撃する。


空が明るくなってきた、頬を涼しい風が撫でていく。いいや、きっとこれは凍えるような北風なのかもしれない。"緋色の傷"の全身からはとめどなく加熱された白い空気が霧の如くゆらめき、一際大きい風が吹いた時───


「来ぃぃぃぃぃぃぃいたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


一晩かけての死闘の結実。ドラクルス・ディノサーベラス"緋色の傷(スカーレッド)"の、無敵とすら思える巨体が今、確かにその自重を支えきれずに崩れ落ちた。


死んだ? 違う、死にかけている!! ここだ、ここしかない! ここで殺す! ここで死ね! ここで勝つ!!

別離なく死を憶ふを大上段に、もはや小細工無用と消えかけのスキルにあと二秒()てと無茶で無駄な要求を念じながら一直線に"緋色の傷"へと駆ける。


「俺の………勝、っ!!?」


げぼぉ、と。

"緋色の傷"が何かを吐き出した。血か? それとも吐瀉物(ゲロ)か?

血にしては暗過ぎる、ゲロにしては粘つき過ぎる。北風に乗って、鼻腔を貫く圧倒的な油臭さ………こ、こいつここにきて新技を──────


ガヂン!!


それまでの粘液塊が可燃性の油だとするならば。

今吐き出された黒い塊はそれまでの粘液塊を限界まで圧縮した……重油塊(ヘヴィ・ニトロ)

死に瀕して尚、さらに死に突き進んででも生を掴む覚悟がなければ出来ない自爆覚悟の至近起爆(・・・・・・・・・)


もはや回避は待ち合わない、バックステップをしたところで………


そこで、ドス黒い重油塊が白く膨らんで、音が消えて───




爆発した。





……


…………


………………





静寂。

ドラクルス・ディノサーベラス"緋色の傷"、先祖返りとも言える「火」を扱う術を持つ特異なるオンリーワン。

その特殊な体内構造、体内に可燃性粘液物質を貯蓄する臓器の中において、被捕食者を喰らった際に摂取した脂肪などを貯蓄する程に、粘液塊の素となるものとは別に蓄積圧縮される重油塊。

本当にギリギリまで追い詰められた時にのみ、初めて披露する"緋色の傷"最後にして最大の火力。


その威力たるや、隕石の着弾に等しく。

サンラクと"緋色の傷"の一晩をかけた死闘の音に気付いて近づいてきたプレイヤーが巻き添えで吹き飛ぶ程の衝撃、そして熱は樹海の一角にぽっかりと焼け野原を生み出した。


「ガロロロロロロ………」


"緋色の傷"は生きていた。左頭の完全沈黙、そして右頭が殆ど機能停止しかけている中で、しかし恐るべき緋色の三つ首竜は確かに死の淵で踏ん張っていた。


では"緋色の傷"と死闘を繰り広げた一人の人間は?

普通に考えれば生きているはずがない。大樹がへし折れ、地が抉れ、巻き添えで人が死ぬ規模の大爆発を受けて……生きる命があるはずもない。

加えて重油塊もまた、通常の粘液塊と同じ性質を持つ。即ち一度付着すれば地面を転がった程度では絶対に消えないナパームの如き炎。仮に、そう仮に衝撃と熱を凌ぎ切ったとて、その身を襲う炎がすぐさま死に体の肉体を焼き尽くすだろう。


だがそれでも、"緋色の傷"は決して油断していなかった。

屍を見るまでは、闘志も殺意も決して収まることはないと土煙を睨みつけ………


そして、油断なく警戒していた"緋色の傷"が対応するよりも早く。


「あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛っっ!!」


投擲よりもさらに速く(・・・・・・・・・・)、土煙を貫いて飛んできた「剣」が"緋色の傷"の中央の頭のど真ん中、眉間に突き刺さった。


「これでぇ………!」


土煙を貫いて飛び出した一人の人間。喪服を纏う女が酷い有様をも構わず、ただ一ヶ所を睨みつけて走る。

何故生きているのか、何故死んでいないのか。何故焼けていないのか。"緋色の傷"の知能(AI)ではその答え───別離なく死を憶ふを地面に突き立てて衝撃への盾とし、サンラクをして一つ二つしか持っていないような最上級ポーションをなりふり構わず額で割り、瓶同士を叩きつけ、挙句口で噛み砕いてありったけを全身で浴びる事で炎に抗い切ったなど───をこの瞬間に導き出すことはできなかった。


熱による消失ではなく、癒しの概念を拒む黒死の衣装レクィエスカト・イン・パーケに回復薬を浴びせかけた事で服としての役目ごと六割近く溶解した喪服のままに、走り、振りかぶり、振るって狙うはただ一点。

死を纏い、死を振るい、ドス黒い爆熱を突き抜けて……"緋色の傷"の眉間に突き立った竜殺し(・・・)へと墓標の刃に込められた全身全霊が叩きつけられた。


「死ねぇぇぇぇぇぇえ!!!!!!」


木に突き立った釘に、金槌を振り下ろせばどうなるか。

もはや竜殺しの剣(アラドヴァル)が砕け散るかもしれないという懸念すら忘れた乾坤一擲の穿撃(バンカーストライク)はアラドヴァルの刃を更に深く食い込ませる。


それが、この長きに渡る戦いに打ち込まれた終止符だった。






どれだけ死から遠のいても、決して逃げ切る事は出来ない。

百万の体力も、傷を上回る癒しを齎すリジェネも完全無敵の攻撃耐性も………HPがゼロになれば死ぬ。命とはそういうものだ、どれだけ強くなろうと無に抗うことは出来ない。無くなってしまえばそれで終わり。


「さよなら、"緋色の傷(スカーレッド)"」


あの爆発を生き延びるためにエリクサーは使い切っちまったんだ。もう助けられないし、もう助けない。


あるいは第二第三のドラクルス・ディノサーベラス"緋色の傷"が今後生まれるかもしれない。

それでも、貪る大赤依を相手に共に戦ったこいつはここで終わり。別れを悲しむには死を願い過ぎた……それでも、勝利を叫ぶよりも先に出たのは別れの言葉だった。


僅かに呻くような唸りを上げて、一度だけ大きく震えて、その巨体から力が抜けて………北風に流された雲の切れ間から僅かに覗く夜明け前の薄明に照らされて砕け散る。



それがこの死闘の最後であり……ドラクルス・ディノサーベラス"緋色の傷(スカーレッド)"の最期だった。


・回復アイテム

当然ながら、シャンフロという世界観において回復アイテムとは化学的に説明できるような薬品などではない。

回復という現象を「どう定義するか」が数多ある回復アイテムを区別するものであり、例えば「損傷を元の状態と同様に修復する」ものもあれば「損傷する前の状態に巻き戻す」ものもあり、果ては「使用者の肉体から「損傷」という事実を消し去る」というものすらある。


アイテムテキストを読むだけでは分からない事はあまりに多い。黒の装束に染み込んだ液体は炎に抗ったのではなく……損傷をもたらす「概念」そのものに抗い、耐え切ったのだ。




あとは身体を丸めて、目と口を閉じて耐えるだけ。

死を認識することも出来ないような一瞬の中で、地面に齧り付いてでも生にしがみつくような狂気がなければ出来ないイか()た突破方法。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 流石は緋色の傷との最終決戦、ユニーク戦並の読み応えだった。 [一言] サミーちゃんさんに続いてブラザーまでかァ〜… やっぱりバイプレイヤー的キャラのロスは心に来るぜぇ…
2024/08/19 20:35 名護
[良い点] 獣のような奇声を上げながらアラドヴァル投擲するのめっちゃ好き 読んでてその光景が鮮明に脳裏に浮かびました
2024/02/17 19:35 こしあん
[一言] スカーレッド R.I.P.
2023/12/21 20:12 15
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