曇天の夜空:枢機なる赤が空を照らす
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───貪る大赤依。
血のように、火のように赤い怪奇。命を喰らい、増え続けなければ自らが滅びてしまう後退を知らぬ赤い蝗災。
未だ二度目の討伐が成し遂げられたとの話は聞かないが、俺に再びアレを倒せと言われても確実に倒せる確信はない。
何故ならばあの戦いは俺一人ではどうしようもないものだったから。腹立たしくはあるがディプスロがいて、トットリがいて、森人族がいて……そして奴がいたからこそ、勝ちを掴むことが出来たのだから。
新大陸東方、未だ人類の開拓を寄せ付けない未開の大樹海。
深夜に眠る良い子のプレイヤーもいる、だが深夜だからこそ徹夜だヒャッホウとログインするプレイヤーもいる。それ故に、この静けさはある種奇跡のようなものだ。
ラビッツから前線拠点に飛び、樹海を駆け回ること二十分。樹海の中でも北方……未だ全容が明らかになっていない、すなわち挑んだ奴らが殆どよく分からん殺しされたという北の凍土に近い大自然の中……奴はいた。
「よう」
六つの瞳が俺の姿を捉える。全身に走る紅よりもなお濃く暗い赤……すなわちドラクルス・ディノサーベラス"緋色の傷"と俺のエンカウントは、ただ視線だけが交差する静かな始まりだった。
「久しぶりだな兄弟……喧嘩しようぜ」
何度もリスポーンして戦いを挑むなんてこすっからい真似はしない。この戦闘で負けたら今後お前には二度と挑まない、それくらいの縛りでお前に勝つ。
"緋色の傷"に友愛とか絆、なんてものは最初から期待してはいない。三つ首を持つ恐るべき竜はゆっくりと俺に対して正面を向くと六つの目で俺を睨みつけ、三つの口を開きながら三重に響く唸りをあげ……そして、幾つあるか数えるのも面倒な数の牙を打ち鳴らした。
俺は最初からこいつを討伐するつもりで来た。そして"緋色の傷"はそんな俺を一切の慈悲なくぶち殺すつもりで迎え撃ってくれる……いいね、なんて理想的なプレイヤーバーサスモンスター! やっぱPvMはこうじゃなくっちゃ! レイド性能でマジの不意打ちかますクソ蛇なんかよりよっぽど好感が持てるぜ!
「だが死ね!!」
来いよ炎! こちとらクソ蛇だの王国権力だのなんかよく分からんアラドヴァル強化用のイベントボスだの、何より本気リュカオーンもあるクソみたいなボスラッシュが控えてんだよ!!
「エクゾーディナリーでもねぇレアエネミーに手間取ってられるかァーッ!!」
そうだ、奴はエクゾーディナリーモンスターでもなければレイドモンスター、ましてやユニークモンスターでもない。だが単なるレアエネミーがそれら特別なモンスターに匹敵しないなんて道理はこのゲームには存在しない。風の噂に聞いたぜ、この大樹海にいる「本来の」エクゾーディナリー……ドラクルス・ディノサーベラス"死闘の傷"に競り勝ったらしいな。化け物かよ。
「チッ……クソ程硬いな……!」
基本的な攻撃パターンはティラノサウルス的骨格に準拠する。強いて挙げるなら頭が三つあるので噛みつきの即死範囲が物理的に頭二つ分広いことか。
傑剣への憧刃のクリティカルを叩きつけて尚、俺程度のゴミ火力じゃなんの痛痒にもなっていないらしい。奴の全身がねじれるように撓む……尾の薙ぎ払いっ!
「っ!」
大縄跳びの縄が太すぎる。もはや空中で正座でもするかのように限界まで足を折り畳んで跳躍したすぐ下を鉄筋にゴム巻いて鉄板貼りつけたような大質量の尻尾が通過する。
チャンス、三秒以下の空隙は全て攻撃を叩き込むこちらのターンだ。斬撃は効果が薄い……なら打撃だ!
「この拳はカミソリにだって負けねぇ!」
メイン拳が失われた以上……いいや、失われたからこそこの紅蓮海の拳帯が日の目を浴びる! 夜だがな!!
紅蓮海の拳帯の能力は拳へのダメージ軽減、つまり狙えないような場所も狙えるって事だ!!
「迸れミュータンス! 喰らって砕けろ虫歯パンチ!」
狙うは左ヘッドの口、そこに並ぶ牙!
ハイクオリティなシャンフロを信頼しているからこその狙い、歯を思いっきりハンマーでぶっ叩いたらどうなる?
答えは「超痛い」だ。
「ギャオァァァァァァ!!」
左ヘッドの牙に叩き込んだ一撃が確かな手応えを伝える。砕くまではいかないがそれでも鱗と筋肉を殴るよりはよほどダメージになっただろうよ。
厳密にこいつのアイデンティティが一体なのか三体なのかは分からないが、少なくとも怯みを見せたのは左ヘッドだけで、残る二つの頭は生意気なドチビを消し飛ばすべく、二つの口を大きく開く……ハッ、
「ネタは割れてるぜ!」
"緋色の傷"の喉の奥から吐き出される粘液の塊、ゲロか痰かよと言いたいがあいにくそっちの方がまだマシだ。
怒りに燃える左ヘッドがガヂン! と歯を音を立てて鳴らした瞬間、摩擦と衝撃で点火した粘液塊が爆発と見紛う燃焼現象を引き起こした。大自然においてこの三つ首ティラノが最強たる所以、生木すらをも焼き尽くすナパームブレス!
「熱っ……」
ちょっと燃えた。ナパームの厄介なところはあの粘液が付着すると炎が消えないことだ。毒や呪いにある程度耐える開拓者であっても燃えれば死ぬ、スリップダメージ判定ではないからこそ燃焼という状態異常ではない「異常な状態」は危険なのだ。
「へっ……心配無用だぜ、「水」なら腐る程あるからな……」
回復ポーションは回復アイテムである以前に液体だ。経口摂取が一番回復するが、傷口に直接ぶっかけてもそこそこ回復する。回復ガチャは……失敗か、だが火は消えた。ただの水じゃないから? まぁいいや。
「ラウンド100まで戦えるが……そうだな、朝までには終わるといいな」
ちなみに俺の最長ログイン記録は二十時間だ、それ以上はカフェイン切れでVRの健康判定に引っかかった。
◇
落ち葉より柔らかいシーツ、土の上よりふかふかなベッド。
怪物に襲われることもなく、寝ているのか起きているのか分からない不安の微睡を維持する必要もない。
あの頃と同じ、たった一人。それでもあの頃よりもずっとずっと寂しいのはきっと、大切な半身を失ってしまったから。
「…………」
扉のノックはもう聞こえない。孤独がより寒々しく身体を覆っている気がした……身体は暖かいはずなのに。
コンコン
「…………」
ノックの音がした。まだ扉の向こうにいるのだろうか……
違う。
コンコン
「ぇ………」
音は、曇りガラスが嵌め込まれた窓の方からしていた。
・燃焼
火傷と違って状態異常ではない、しかし当然ながら人は燃えたら死ぬ
火耐性のないモンスターが住む環境でナパームぶちかますタフネスの塊とかそら最強よ